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元Sランクの俺、今は底辺ダンジョン配信者ですが、三年前の事故現場に戻ったら突き落とされ、最強の力に目覚めました  作者: 水源


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ある底辺探索の日常風景

 朝六時半過ぎ、俺は安アパートの階段を降りていた。


 まだ少し眠気の残る頭でぼんやりと足元を見ながら最後の一段を降りきったところで、もう一段あるつもりで足を踏み出してしまう。


「うおっ」


 空振りした足に身体が前へ持っていかれ、俺は慌てて近くの壁へ手をついた。


 ……危なかった。


 昔なら、こんなことしなかったんだけどな。


「今のは階段が悪い」


 誰に言うでもなくそう呟いて、何事もなかったように歩き始める。


 近所のコンビニへ入り、店内を一通り見回したものの、結局いつもと同じように一番安いツナマヨのおにぎりを一つと、安いペットボトルのお茶を一本だけ手に取った。朝飯と昼飯をまとめて済ませるなら、このくらいで十分だ。


 レジへ向かう途中、財布の中身を確認する。


 なるべく余計なものは買わない。


 今は一円でも惜しい。


 レジへ行くと、そこに立っていた二十代くらいの女性店員が、商品を受け取って慣れた手つきでバーコードを読み取っていく。


「おにぎり一個と、お茶ですね」


「ああ」


「……あの、もしかして黒瀬旭《くろせあさひ》さんですか?」


 不意に名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。


「え?」


 女性店員は少し驚いたように目を丸くしたあと、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「やっぱりそうですよね。前に配信を見てました」


「……昔の?」


「はい。昔のです」


 そう言われると、俺はなんともいえない気分になって小さく苦笑した。


「よく分かったな。こんな格好で」


「顔を見れば分かりますよ。それに……テレビで見たときより、ちょっと痩せました?」


「そうかもな」


 俺が思わずすんっとした顔をすると、女性店員は慌てて口元を押さえた。


「あっ、すみません」


「別にいいけど、事実だし」


「ならよかったです」


 そう言って彼女が袋におにぎりとお茶を入れたところで、俺は財布を開いた。


 小銭を何枚かつまみ、レジへ置く。


「……これで」


 店員が硬貨へ目を落としたあと、少し困ったような顔をした。


「すみません。あと九十九円足りないです」


「……え?」


 何を言われたのか一瞬分からず、俺も自分の手元を見る。


 百円玉を出したつもりだったのだが、指先にあったのは一円玉だった。


「…………」


「百円玉はこちらですね」


 店員がレジ横に置いてあった百円玉を指差す。


「ああ……そうだった」


 俺は改めて百円玉を取り出し、差し出した。


「すみません」


「いえ、大丈夫ですよ」


 財布をしまいながら、俺は小さく息を吐いた。


 ……またやった。


 商品を受け取ったところで、ふと気になって尋ねた。


「まだ俺の配信なんか見てるの?」


 女性店員は一瞬だけきょとんとした顔をしたあと、少し照れくさそうに笑う。


「見てますよ。毎日ではないですけど」


「……そうか」


 たったそれだけの言葉なのに、不思議と胸の奥が少し軽くなった。


 俺は軽く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「ああ、こっちこそ配信を見てくれてありがとう」


 店を出ようとしたところで、背中から声が飛んできた。


「あの、黒瀬さん」


 振り返ると、彼女がレジ越しにこちらを見ていた。


「また配信、見ますね」


「……ありがとう」


 俺はもう一度軽く頭を下げ、そのまま店を出た。自動ドアが閉まる直前、何となく振り返ってみると、彼女はまだレジに立ったまま、こちらを見送っていた。


 朝の空気は少し冷たかったが、袋の中を覗けばツナマヨとお茶しか入っていない。もっと何か買ってもよかったのかもしれないが、今はこれでいい。可能なら、今日一日をワンコインで過ごしたい。


 長い間、日々の費用などをクレジットカードで払ったせいで、リボ払いの残高は増えるばかりだ。


 三年前の事故のあとにかかった入院費や、その後の生活費まで重なって、気がつけば返しても返しても残高が減らない。


 リボとガチャは悪い文明とは、よく言ったものだ。


「……ま、今日もやるか。生活のために」


 そう呟きながら、俺はダンジョンへ向かった。


 ――第二号低層ダンジョン、通称江戸川ダンジョン。


 江戸川区にできた比較的古いダンジョンで、そのためある程度構造や出現する敵も解明されている。浅い層なら、初心者や低ランクの探索者でも比較的潜りやすいダンジョンだ。


 入口の前で配信用のスマホ型カメラを確認し、録画ランプが点いていることを確かめてから胸ポケットへ入れる。準備を終え、いつものように配信を開始した。


「よし、今日もやるか。おはよう」


 数秒も経たないうちに、画面の隅へコメントが流れ始める。


『おはよう』


『今日も早いな』


『黒瀬さんおはようございます』


「おはよう」


 軽く手を振ってから、俺は通路を進み始めた。


『今日も二号?』


「そう」


『昨日のゴブリンどうだった?』


「ちゃんと倒したよ」


『嘘つけ』


『肩やられてたじゃん』


「かすっただけだって」


 そう返して苦笑した直後、前方から複数の足音が聞こえてきた。


「……来たな」


 少し先の角から姿を見せたのは、二体のゴブリンだった。


『二体』


『今日の相手きた』


『無理するなよ』


「分かってる」


 俺は剣を握り直しながら周囲へ視線を走らせる。通路は狭く、右側には崩れた壁があり、左側には途中で折れた柱が残っている。


 二体を同時に相手にすれば不利になる。俺は一歩だけ後ろへ下がり、片方だけがこちらへ寄ってくるように位置を調整した。


 狙いに気づいたのかどうかは分からないが、先頭のゴブリンが棍棒を振り上げて走ってくる。


 俺はその瞬間に半歩だけ横へずれ、振り下ろされた棍棒をかわしながら剣を滑り込ませた。浅い傷しか与えられなかったものの、それで十分だった。傷を負ったゴブリンがよろめいて後ろの一体とぶつかり、ほんの一瞬だけ二体の動きが止まる。


 その隙に踏み込み、今度は深く剣を入れると、最初の一体がその場へ崩れ落ちた。


 残ったゴブリンが唸り声を上げながら飛び込んでくる。


 俺は正面から受け止めようとはせず、左側の柱を利用するように身体をずらしたが、伸びてきた爪が肩口を掠めた。


「っ……!」


『当たった!』


『血出てるぞ』


『帰ったほうがいいって』


「これくらいなら、まだ平気さ」


 顔をしかめながらも、そのまま剣を振り抜く。今度はきっちりと急所を捉え、残った一体もその場へ倒れた。


「ふう、まあこんなもんだろ」


 静かになった通路で息を整えながら、俺はゴブリンの身体を確認する。


 ダンジョンのモンスターは、倒したからといってすぐに灰になったり消えたりするわけではない。しばらくは普通の死体として残る。


 そのため、探索者は討伐の証明になる部位を持ち帰る必要がある。


 俺は腰のナイフを取り出し、ゴブリンの耳を一つずつ切り取った。


「はい、これで討伐証明は確保」


『相変わらず地味だな』


『ファンタジー感ある』


「地味でいいんだよ。ちゃんと金になるんだから」


 続いて死体を簡単に確認する。


 体内から、淡く光る小さな石を取り出した。


「魔石もあったな」


 魔石は、モンスターの体内に蓄積した魔力が長い時間をかけて凝縮し、固化したものだとされている。大きさや純度によって価値が変わるため、探索者にとっては討伐報酬とは別の収入源だった。


 俺はそれを袋へ入れる。


『おお』


『魔石もちゃんと取るのね』


「取れるものは取るさ。今の俺には一円でも大事だからな」


 そう返して、俺は立ち上がった。


『あと討伐部位何個が目標?』


「今日の目標なら三個、1個3000円だから3個なら9000円にはなる」


『地味だなあ』


 俺は肩をすくめる。


「地味でいいんだよ。派手に戦って死ぬより、地味に帰ってくるほうがいいだろ。俺は一度死にかけて、それがよく分かった」


『それはそう』


『昔の黒瀬さんなら絶対そんなこと言わなかった』


『三年前なら突っ込んでたよな』


「まあ、あの頃は若かったからな」


 そのコメントを見て、俺は一瞬だけ足を止めた。


『あの頃は凄かったな。日本でも三本の指に入るくらいのSランクだったし』


『昔はゴブリンなら10匹くらい瞬殺だったよな』


『同接も凄かった。多いときは2万人くらいいってたよな』


『テレビにも出てたしな』


『三年前の事故のときは、本当に死んだと思ったわ』


『しばらく行方不明だったもんな』


『見つかったときも病院だったし』


『あのニュース見て安心したの覚えてる』


『まさか生きて戻ってくるとは思わなかった』


『あの事故のあと、まさかこうなるとは思わなかった』


「……朝から重い話するなよ」


 俺が苦笑すると、すぐに別のコメントが流れた。


『だって古参しか知らない話だし』


『最近見始めた人は知らんだろ』


『三年前の話、結構気になる』


『本人が話したくないなら無理に聞くなよ』


 俺はそれを見ながらしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いて再び歩き始めた。


「昔の話だよ」


 それだけ言って、俺はそれ以上何も説明しなかった。


『まあ黒瀬さんがそう言うなら』


『じゃあ今日の探索に戻ろう』


『次の魔物は?』


「そうだな。そろそろ来るんじゃないか?」


 その直後、通路の奥から物音が響く。


『フラグ』


『言った瞬間きた』


 俺は思わず笑った。


「うるさい」


 そんなやり取りをしながら、俺は先へ進んでいく。


 珍しい魔物が出るわけでもなければ、巨大なボスを派手に倒すわけでもない。経験と知識を使って低層の魔物を一体ずつ倒し、魔石を回収し、討伐証明の耳を確保し、怪我をしないように進んでいく。ただ、それだけの配信だった。


 その後もゴブリンを倒し、結局この日はゴブリンを三匹討伐した。


 討伐証明となる耳を三つ袋へ入れ、回収した魔石もまとめる。


「これで3匹だから、討伐報酬は全部で9000円だな」


『一般の派遣バイトの日給くらい?』


「まあ、そんな感じだな」


『それに魔石代もあるだろ』


「そうそう、でもそっちは結構時間がかかる。だから帰りに協会へ寄って討伐部位だけでも先に換金してくる」


 少しだけ探索を続け、予定していた探索を終えたところで、俺はダンジョンの出口へ向かった。


 最後にカメラへ視線を向ける。


「今日はここまでだな。また明日」


『お疲れ』


『また明日』


『無事でよかった』


 軽く手を上げてから、俺は配信を終了した。画面が暗くなるのを確認して、肩に荷物を掛け直す。


「……帰るか」


 ダンジョンを出た俺は、そのまま探索者協会へ向かった。


 受付で討伐証明の耳を提出すると、職員が一つずつ確認していく。


「ゴブリン三体、討伐確認しました。討伐報酬は九千円です」


「ああ」


 続いて、回収した魔石をカウンターへ置く。


「こちらが今回の魔石です」


「はい。こちらは一度、正式な査定に回します」


「今すぐ値段は出ないのか?」


「簡易的な確認はできますが、魔石は大きさだけでなく純度や内部の状態でも買い取り額が変わりますので。正確な査定には少し時間がかかります」


「なるほどな」


「査定が終わりましたら、探索者口座へ入金しておきます」


「分かった」


 俺は頷いた。


 ゴブリンの討伐報酬だけなら九千円。だが、魔石も合わせれば、今日の収入はその倍近くになる可能性がある。


「……それなら、今日は悪くないか」


 今の俺にとっては、数千円の違いだって馬鹿にはできない。


 協会を出て、俺はそのまま安アパートへ戻った。


 部屋へ戻ると、コンビニで買ったツナマヨを食べながら、お茶を飲む。


「……うまい」


 そんな、何でもない一日だった。


 だが、本当に重要だったのは、この日そのものではない。


 先週、俺のもとには一通の依頼が届いていた。


 指定されていたのは、俺が三年間、一度も踏み入れていない深層ダンジョンだった。


 見た瞬間、断るつもりだった。


 今の俺では深層など無理だ。そもそも深層への入場資格すら、三年前に失っている。


 ところが依頼主から提示された内容は、戦闘要員としてではなく、過去の深層到達経験を買うための案内役として参加してほしい、というものだった。三年前に俺たちが到達した区域について、現存する資料より詳しい人間が必要なのだという。


 それでも、最初は断るつもりだった。


 今の俺が深層に入れば、本当に死ぬかもしれない。


 だが、提示された報酬を見た瞬間、俺は画面を閉じることができなくなった。


 報酬は150万円。


 三年前の俺なら、一度の攻略で稼いでいた程度の金額だ。


 今の俺にとっては、当面の生活を立て直せる大金だった。滞っている返済を片付け、防具や剣を新調しても、しばらくは食いつなげる。


 そして何より――探索者を続けるために必要な金を、一度に確保できる。


 依頼書には、任務完了当日に全額支給とまで書かれていた。


 今の俺には、それが決定的だった。


 低層ダンジョンだけで少しずつ稼いでいく今までのやり方では、もう装備も生活もいつまで持つか分からない。


 少し大きな怪我でもすれば、その時点で収入が途切れてしまう。治療費まで重なれば、今の生活は簡単に崩れる。


 それに、リボの利息だって待ってはくれない。


 返済しても利息が乗る。このまま細々と稼ぎ続けているだけでは、借金を減らす前に生活のほうが先に行き詰まる。


 それでもなお、画面を閉じかけた俺の指を止めたのは、金だけではなかった。


 依頼書の末尾に、短い注記があった。


 調査区域は、三年前の深層事故発生地点に近接する可能性あり。


「……三年前?」


 その事故が起きたのは、このダンジョンだった。


 俺たちはそこで、何かに遭遇した。


 仲間たちは死んだ。


 俺だけが生き残った。


 何が起きたのか。なぜ俺だけが生き残ったのか。今でも、あの日の記憶には抜け落ちた部分がある。


 事故後の検査で、俺の身体から未知の魔力反応が検出されたという記録も残っていた。


 だが、その後の検査では何も見つからなかった。


 俺はそれを、事故による一時的な異常だと思っていた。


 ――そう思っていたはずだった。


 気づけば、依頼書を持つ指先に力が入っていた。


 もし違っていたら。


 もし、あの日からずっと俺の身体に何かが残っていたのなら。


 今回の依頼は、その答えに近づく最後の機会かもしれない。


 もちろん怖かった。


 今の俺はEランク相当だ。そんな状態で深層へ入れば、それだけで死ぬ可能性がある。


 それでも、断った先に待っている生活も怖かった。


 装備を維持できなくなり、探索者を続けられなくなる。借金の返済もできなくなり、今の部屋にも住み続けられなくなる。


 だったら――危険だと分かっていても、一度だけ賭けるしかない。


 金を得るため。


 三年前の答えを知るため。


 そして、探索者としてもう一度立ち上がるために。


「……受けるしかないか」


 俺はそう呟き、三年前の事故現場を示す注記をもう一度見つめてから、依頼の承諾ボタンを押した。

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― 新着の感想 ―
エピソード「ある底辺探索の日常風景」、読ませていただきました。 最初の階段を一段多く踏んでしまう現象、「あ、分かる」となりました。全人類一度は経験したことがあるはず。冷や汗ものですよね。 主人公の静か…
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