答え合わせ、初級編
翌朝、俺は病院食のようにきっちり管理された朝食のトーストをかじりながら、昨日の検証を思い出していた。
ゴブリンを見たら変身し、スライムを見ても変身した。なのに、訓練用の機械や煙、熱といった刺激では何も起こらなかった。
「……やっぱり、何か共通点があるんだろうな」
俺がぼそっと呟くと、向かいに座る神代恵理が、あっさり答えた。
「ありますよ」
「え?」
「昨日から調べてもらっていました」
神代はトーストを皿に戻し、端末の画面を俺へ向けた。
「ゴブリンとスライム、それぞれの体内構造です」
「……こんなの見せられても、俺にはさっぱりなんだが」
「でしょうね」
「即答するな」
俺が顔をしかめると、神代は少しだけ笑った。
「でも、私には分かります」
「また特殊な眼か」
「はい。ただし、私の眼で見えた構造と、研究員の方々が解析したデータを照らし合わせた結果です。私一人で全部分かったわけではありません」
神代は端末の画像を指先で拡大した。
「二体には共通する構造があります。体内にある、特殊な核です」
「スライムの中心にあったやつか?」
「そうです。ゴブリンにも規模は小さいですが、よく似た構造が確認されています」
「へえ……」
「研究員の方たちは、あれを『コア』と呼んでいます」
「コア?」
「はい。私たちが普段『魔石』と呼んでいるものとは、明確に違います」
「どう違うんだ?」
俺が聞き返すと、神代は画像を切り替えた。
「魔石は、環境中の適応細胞や、その残滓が長い時間をかけて凝集し、変質したものと考えられています。化石や垢のように固まったもの、といえば分かりやすいでしょうか」
「じゃあ、モンスターの中にあるコアは?」
「活動を維持している適応細胞が集まり、特定の機能を持つまでに凝縮したものです」
神代は二つの画像を並べた。
「魔石は、活動を失った細胞やその残滓が変質したもの。コアは、生きた適応細胞が集まったもの。その違いが、昨日の検証結果にも表れているようです」
「……つまり、魔石は活動を終えたもの。コアは生きているものってことか」
「大まかには、そう考えていいと思います。ただし、適応細胞の働きそのものがすべて解明されたわけではありません」
「なるほどな」
そこまで聞いて、俺は昨日の検証を思い出した。
普通の魔石を見ても、何も起きなかった。なのに、ゴブリンを見たときも、スライムのコアを見たときも、身体が勝手に変身した。
「じゃあ、俺が変身するのは……」
「コアに含まれる適応細胞に反応している可能性があります」
神代はそう言ってから、少しだけ俺の顔を見た。
「それに、もう一つ分かったことがあります」
「まだ何かあるのか?」
「黒瀬さんが変身したときの身体にも、コアに似た反応が現れているんです」
「……は?」
俺はトーストを持ったまま固まった。
「俺の身体にも?」
「正確には、変身した状態になったときですね。通常の身体では、同じような構造ははっきりと確認できていません」
「なんだそれ」
俺は自分の胸元を見た。当然、服の上から何かが見えるわけもない。
「じゃあ俺の中にも、コアがあるってことか?」
「そう断定するには、まだ情報が足りません。ただ、変身時には通常の人間には見られないコアに似た反応が確認されています」
「マジかよ……」
昨日まで、自分の身体にそんなものがあるなんて考えたこともなかった。
そもそも俺は三年前まで、普通の人間だったはずだ。
……いや。
その『普通の人間だった』という前提自体が、最近どんどん怪しくなっている。
「ちょっと待て」
俺は顔を上げた。
「じゃあ、ゴブリンとスライムに反応した理由って……」
「コアに含まれる適応細胞と、黒瀬さんの変身時に現れる反応に、何らかの関係があるのかもしれません」
神代はそこで言葉を切った。
「ただ、コアを見たことが変身の直接的な原因なのか、それとも別の条件が重なった結果なのかは、まだ分かっていません。昨日の検証で確認できたのは、通常の魔石には反応せず、ゴブリンとスライムには反応したということだけです」
「……結局、まだ調べなきゃいけないってことか」
「分からないから調べるんです」
「はいはい」
「黒瀬さん」
「今度は何だよ?」
「トーストが冷めますよ」
「……はい」
朝食を食べ終わるまでは、どうやら逃げられそうになかった。
◇
午前。
俺は昨日と同じ検証室へ連れていかれた。
ただし、今日は一つだけ違っていた。俺の正面には、見慣れない装置が置かれている。
「それ、何?」
俺が指差すと、研究員が説明した。
「適応細胞の反応と、コアに由来する波形を観測する装置です。一般的な魔石の測定器とは別系統のものになります」
「……俺に使えるのか?」
「変身状態なら、観測できる可能性があります」
「可能性かよ」
神代が横で苦笑した。
「昨日の結果から考えると、黒瀬さんは単純に魔力を持つ物質に反応しているわけではなさそうです」
「うん」
「ですから今日は、生きた適応細胞が集まったコアに対して、本当に反応するのかを確認します」
「なるほど。答え合わせってわけか」
「初級編ですね」
「初級編って言うなよ」
俺がぼやくと、神代はわずかに笑った。
「では、始めます」
研究員が装置を起動し、まずは通常時の俺の状態を測定した。
特に目立った反応はない。
次に、別室から普通の魔石が運び込まれた。
机の上に置かれたのは、赤く光る小さな魔石だった。
「これでどうだ?」
俺は魔石を見つめた。
しばらく待ってみたが、何も起きない。
「……変身しないな」
「昨日と同じ結果ですね」
研究員が記録する。
「では、こちらです」
次に運び込まれたのは、昨日のスライムから慎重に取り出されたコアだった。
魔石とは違い、その表面は薄く脈打つように動き続けている。
「うわ……」
俺は思わず身を引いた。
「まだ生きてるのか?」
「ええ。内部の適応細胞は活動を続けています。取り出したあとも反応が維持されているため、通常の魔石とは明らかに異なります」
神代が目を細めた。
「魔石とは、その点でも違いますね」
「なるほどな」
俺もコアを見る。
その瞬間、胸の奥がざわめいた。
「……来た」
俺が呟く。
「どうしました?」
「昨日と同じだ」
身体の奥に熱が集まり、手のひらがわずかに震える。
「変身するぞ」
俺の意思で変身を選んだわけではない。身体の奥から迫ってくる感覚を知っているからこそ、そう口にしたのだ。
次の瞬間、全身を黒い装甲が覆った。
皮膚の上を何かが這うような感覚とともに、身体の形そのものが変わっていく。胸元には、赤紫色の紋様が浮かび上がった。
「やっぱり!」
研究員が声を上げる。
「通常の魔石では反応しなかったのに、生きたコアでは変身反応が出た!」
装置が激しく反応し、モニターの数値が一気に跳ね上がった。
「何だこれ……」
俺自身も驚いて画面を見る。
「黒瀬さんの変身状態から、通常時には確認できない特殊な波形が出ています!」
「それって何か分かるのか?」
「今の段階では、まだ何とも……」
研究員は興奮気味に画面を確認していた。
すると、神代が俺の前に立った。
「黒瀬さん」
「なんだ?」
「右手を見てください」
「右手?」
言われたとおりに右手を見る。
黒い装甲に包まれた指先から、細い光の流れが手首へ向かって走っていた。
「……これか?」
「はい」
神代は自分の眼を細めた。
しばらく俺の腕を見つめたあと、小さく首を傾げる。
「……やっぱり、不思議ですね」
「何が?」
「装甲の内側にある適応細胞の反応が、拾えています」
「……透視してるのか?」
「いいえ。少し違います」
神代は自分の眼に触れながら答えた。
「私の眼には、適応細胞が視神経と融合した特殊な構造があります。その細胞が、コアや黒瀬さんの変身時に見られる反応と、何らかの形で共鳴しているようなんです」
「共鳴?」
「はい。昨日は装甲の表面しか捉えられませんでした。でも今は、コアが反応しているためか、装甲の内側にある適応細胞の動きまで、わずかに拾えています」
神代は俺の腕をじっと見つめた。
「ただ、装甲の内側を何でも見通せるようになったわけではありません。今、確認できているのは適応細胞の反応が流れていることだけです」
「……よく分からん」
「私にも、まだうまく説明できません」
そう言いながらも、神代は真剣な表情を崩さなかった。
「それと、反応を観測できることと、能力で直接干渉できることは別です。今の状態でも、黒瀬さんの身体を止められるようになったわけではありません」
「つまり、見えても止められるとは限らないってことか」
「はい。どの部分に、どう干渉すればいいのかまでは捉えられていませんから」
俺は自分の腕を見た。
黒い装甲。その向こう側にある、自分でも知らない何か。
「……俺の中に、何があるんだ?」
神代はすぐには答えなかった。
研究員は装置の記録を保存しながら、次の検証項目を端末に入力している。コアを遠ざけても反応が続くのか。通常の魔石とどこが違うのか。そして、変身が解除されたあと、観測された波形がどう変化するのか。
分からないことは、まだ多い。
けれど、昨日までは何も分からなかった現象に、ようやく比較できる手掛かりが見つかった。
今は、それだけでも十分だった。




