変身が起きる理由が少しわかったか?
特別隔離棟での生活が始まって三日目。
俺は朝から、妙な気分になっていた。
いや、生活そのものは悪くない。起きれば飯があるし、風呂もある。部屋も広いし、家賃もかからない。何より、複数のゴブリンと戦って死の瀬戸際に追い込まれることもない。
しいて言えば、俺のクレジットのリボ残高がどうなっているのか。それと、ダンジョンに入って配信しないと、これまでのようには金が入ってこないということが、今の俺にとって最大の恐怖だった。
「……監視されながら食う朝飯って、うまくてもやっぱり落ち着かないな」
テーブルに置かれた朝食を前に、俺がぼそっと呟く。
「慣れてください」
向かい側に座った神代恵理が、味噌汁をすすりながら淡々と返した。
「いや、慣れたくないんだが」
「でも、昨日より朝食を食べる速度が上がっています」
「そこを観察するなよ」
俺が眉を寄せると、神代は少しだけ口元を緩めた。
「監視役ですから」
「そうだった……」
ため息をつきながら焼き魚を口に運ぶ。そんな神代を見ているうちに、ふと疑問が浮かんだ。
「ちなみに、神代さんも強いんですか?」
「どういう意味でしょう?」
「ああ、いや、Sランクだって聞いたんで。単純な身体能力とか、そういう意味で」
神代は少し考えてから、首を横に振った。
「身体能力だけなら、Sランクの中では低い方です。私の強みは、特殊な眼にあります」
「眼?」
「空気の流れや熱源、筋肉の動きなどを詳しく見通せるんです。相手のわずかな動きから、次に何をするのかを予測することもできます。その能力から、一種の未来視や神眼などと呼ばれることもありますね」
「なるほど」
神代はそこで言葉を切ると、自分の目元に軽く触れた。
「それだけではありません。この眼で捉えた相手には、直接干渉することもできます」
「干渉?」
「目を合わせれば、相手を一時的に動けなくしたり、幻影を見せたりできます。必要なら、遠距離から高出力の光を放つこともできます」
「……普通に強いじゃないか」
「そうですか?」
「そうだよ。動きを止めて、幻影を見せて、そのうえレーザーみたいなのまで撃てるんだろ?」
「レーザーではありません」
「そこはどうでもいいだろ」
俺が呆れると、神代は小さく笑った。
「ただし、何にでも効くわけではありません」
「例えば?」
「変身後のあなたです」
「俺?」
「正確には、あの黒い装甲に包まれた状態ですね。映像を見る限り、装甲は非常に強固です。私の眼でも表面の状態は捉えられますが、その内側にある身体までは完全に見通せません」
神代は目元から手を離した。
「ですから、私の能力がどこまで通用するかは、実際に試してみなければ分かりません。装甲に阻まれる可能性もありますし、別の方法なら干渉できる可能性もあります」
「つまり、俺が変身したら、あんたでも止められないかもしれない?」
「はい。だからこそ、検証する必要があるんです」
「……なるほど」
俺は自分の腕を見る。
あの黒い装甲については、自分でもまだ分からないことが多い。神代の眼が通じるかどうかも、実際に試してみなければ判断できないというわけだ。
「なんか、思ってた以上にとんでもない身体なんだな、俺」
「それは最初から分かっていたことだと思います」
「そうでした」
俺が苦笑すると、神代もわずかに笑った。
「今日は協会の検査があります」
「……やっぱりか」
俺は箸を置いた。
「何をするんだ?」
「変身能力の検証です」
「また?」
「前回は医療検査が中心でしたから」
「医学的な検査の結果、何か分かったのか?」
「あなたの身体が、なんだかよく分からないということだけが分かりました」
「何だそりゃ」
神代は手元の端末を確認した。
「医学的な検査では限界があります。ですから今日は、能力が発動する条件を調べます」
「そんなもの、分かるのか?」
「分からないから調べるんです」
ごもっともだった。
「それと、今日は星宮さんにも来てもらうことになっています」
「セナちも?」
「はい。ワーボア戦を直接経験した探索者ですし、配信映像も残っています。本人が見たことと映像を照らし合わせれば、何か分かるかもしれません」
「なるほどな」
あの戦闘については、俺自身が覚えていない部分もある。セナが覚えていることが手掛かりになる可能性は十分にあるだろう。
「それでは、食事が終わったら準備をしてください。検査は昼前から始まります」
「はいはい」
「黒瀬さん」
「何だよ?」
「食事は残さず食べてくださいね」
「……はい」
どうやら、検査が始まる前から監視は続いているらしい。
◇
昼前。
俺は隔離棟の奥にある訓練施設へ連れていかれた。そこは想像以上に広く、壁も床も普通の施設より頑丈に作られていて、あちこちに防護設備が設置されている。
「……何だこれ」
俺が周囲を見回す。
分厚い壁に囲まれた広い空間。天井には照明だけじゃなく、何かの装置がいくつも埋め込まれている。床にも用途の分からない機械が並び、いざというときには区画そのものを変えられそうな造りだ。
「……なんか、某X-MENのデンジャールームみたいだな」
思わず口からそんな言葉が出た。
「デンジャールーム?」
隣を歩いていた神代が首を傾げる。
「いや、気にするな。要するに、いろんな訓練ができる部屋ってことだ」
「なるほど」
俺が周囲を見回すと、案内していた協会の職員が説明してくれた。
「模擬戦闘用の区画です。万が一の事態に備えて、通常より強固にしています」
「やっぱり俺のためか?」
「もちろんですと言いたいところですが、もともとSランク同士が戦うための施設でもあります」
「なんか傷つくなあ……」
苦笑しながら中央に立つ。
向かいには神代。その後ろには、数人の協会職員と研究員らしき人たちが並んでいる。分厚い観察窓の向こうにある管制室には、タブレットを手にしたセナの姿もあった。
俺が手を振ると、セナも気づいて手を振り返してくれた。
「聞こえる、黒瀬さん?」
天井のスピーカーから、セナの声が流れる。
「ああ、聞こえてるよ。わざわざ悪いな」
「ううん。私も、あのとき何が起きたのか気になってたからね。それに、直接見た人間にしか分からないこともあるだろうし」
「助かるよ」
セナは画面を切り替えながら続けた。
「私の配信映像も協会に渡してあるから、必要なら見返して。戦ってる最中は余裕がなかったけど、録画なら細かいところまで確認できるしね」
彼女は戦闘の当事者として、自分にできることをきちんと考えているようだった。その姿勢は、ワーボアと戦ったときと変わらない。
「では、まずは基礎的な刺激から確認します」
職員が端末を操作すると、床が揺れ、警報音が鳴り響いた。強い光が照らされたかと思えば、続いて空気を圧縮したような衝撃が身体を叩く。
それでも、俺の身体には何も起こらない。
「変身しないな」
「続けます」
今度は煙、暗闇、高温、低温。さまざまな刺激が次々に与えられたが、どれにも反応はなかった。
その後、訓練用の人型機械が動き出し、俺へ向かって拳を振るう。俺はそれを避け、試しに数発受けてもみたが、それでも変身する気配はなかった。
「……これでも変わらないのか」
神代が俺を見る。
「危険を感じませんでしたか?」
「感じたけど、まあ……避けられそうだったからな」
「なるほど」
管制室からセナが声をかけてきた。
「黒瀬さん、ちょっといい?」
「ん?」
「今の動き、普通に避けられるって判断したから変身しなかったんじゃない? ワーボア戦では、こっちが危ないと思った瞬間に変身してたように見えたけど」
「そうだったかな……」
俺は首を傾げた。
「ただ、あのときも、自分から変身しようと思ったわけじゃなかったからな。危険だと思ったから変身したのか、それとも別の理由なのか、俺にも分からない」
「だよね。だから、危険を感じたかどうかだけで決めつけない方がいいと思う」
セナの指摘に、研究員が頷いた。
「そのとおりです。単純な物理的刺激や身体的危険だけでは、発動しない可能性が高いですね」
「そりゃそうだろ。その程度で毎回変身してたら、くしゃみしただけで変身するぞ」
管制室から、セナの笑い声が聞こえた。
「……笑うところじゃないぞ」
「ごめん。でも、想像したらちょっと面白くて」
「絶対、俺で遊んでるだろ」
「少しだけ」
神代まで口元を押さえている。
「神代さんまで笑うなよ……」
「すみません。少しだけです」
「二人とも同じこと言うな!」
俺はため息をついた。
「では、ここまでの結果から、発動条件を『危険そのもの』ではなく、『特定の対象』と仮定して検証してみます」
研究員がそう告げた。
「特定の対象?」
「これまで黒瀬さんが変身したのは、ワータイガー、ゴブリン、そしてワーボアとの戦闘時です。いずれも通常の訓練用機械とは異なる生命体でした」
「そういえばそうだな」
「そこで、協会が捕獲しているモンスターを一体ずつ入れてみます。対象を確認したときに反応があるか、観察したいのです」
「……おい」
俺が思わず立ち上がる。
「まさか、それを俺の目の前に出すのか?」
「はい」
「危ないだろ」
「観察設備は整っています」
「俺じゃなくて、そいつが危ないんじゃないのか?」
神代が小さく笑った。
「黒瀬さん、自分の心配をしてください」
「いや、そっちも心配だろ!」
管制室からも、セナの笑い声が聞こえた。
「……お前ら、楽しんでないか?」
「まさか」
「私も、まさかです」
二人の返事が妙に揃っていて、余計に不安になった。
◇
しばらくして、隔壁の向こうから金属音が聞こえてきた。
ガチャッ。
重い扉が開き、その向こうから厳重な檻が運び込まれてくる。
中にいたのは――。
「……ゴブリン?」
俺は思わず呟いた。
小柄な身体に緑がかった皮膚、そして歪んだ顔。見覚えのある姿で、以前ダンジョンで戦ったものとほとんど変わらない。
「刺激しないでください」
研究員が檻から距離を取るよう促した。
「分かった」
俺も一歩下がった。
ところが、その瞬間。
「……ん?」
妙な感覚がした。
胸の奥がざわつく。今までの検証では一度もなかった感覚だった。
「どうしました?」
神代がすぐに気づいた。
「いや……」
俺はゴブリンを見つめる。
ゴブリンは檻の中でこちらを睨んでいるだけだ。暴れようとも、何かを投げつけようともしない。
それなのに――。
「……なんだろうな」
身体の奥が熱くなり、右手が勝手に動きそうになる。
「黒瀬さん?」
「ちょっと待て」
俺は右手を押さえた。
「こいつ……俺に何かしてるのか?」
「何もしていません」
神代が即答する。
「ですよね」
俺はさらにゴブリンを見る。
その瞬間、身体の奥で何かが切り替わった。
「――っ!」
全身を黒い装甲が包む。
突然の変身に、神代が身構え、研究員たちも一斉に後ろへ下がった。管制室でも、セナが思わず画面に身を乗り出す。
俺自身も驚いていた。
「なんでだ!?」
自分の腕を見る。身体は完全に戦闘状態へ移行している。
管制室から、セナの声が響いた。
「今の、ゴブリンが檻から出たわけでも、攻撃したわけでもないよね?」
「見てのとおりだ」
俺はゴブリンを見たまま答えた。
「……なんで俺、変身したんだ?」
研究員たちが端末を操作し、数値を記録していく。
神代は俺から目を逸らさず、慎重に尋ねた。
「黒瀬さん、今は自分の意思で動けていますか?」
「いや、あんまり……」
そう答えた直後、黒い装甲に包まれた右腕がゆっくりと持ち上がった。
「おい、やめろ」
俺は止めようとしたが、腕は止まらない。
その手はゴブリンの方向を指していた。まるで、そこに敵がいると知らせるように。
「……」
神代は、その様子を静かに見つめていた。
「黒瀬さん。こちらを向けますか?」
「やってみる」
俺は首を動かそうとした。しかし、顔はゴブリンの方を向いたままだった。
「……駄目だ。身体が言うことを聞かない」
「分かりました」
神代は一歩だけ前へ出た。
「では、事前に話していたとおり、私の眼による干渉を試します。黒瀬さん、無理に動こうとしないでください」
「分かった。頼む」
神代は俺の顔を正面から見つめた。その瞳が、わずかに光を帯びる。
「――止まってください」
静かな声が響く。
しかし、俺の身体には何の変化もなかった。
右腕は依然としてゴブリンを指し、装甲に包まれた身体も動きを止めない。神代は一度まばたきをして、もう一度だけ能力を試したが、結果は変わらなかった。
「……駄目ですね」
「効かなかったのか?」
「はい。装甲の表面までは見えます。でも、その内側にある身体を捉えられません。私の能力が干渉する対象を、きちんと認識できていないようです」
神代は悔しそうに眉を寄せた。
「協会は、私の能力で黒瀬さんの動きを止められる可能性があると考えていました。私自身も、その可能性に期待していたのですが……」
「まあ、こればっかりは仕方ないだろ」
俺は苦笑した。
「俺の身体がどうなってるのか、俺にも分からないんだからな」
それでも、神代の表情は晴れなかった。
「ですが、これで一つ分かりました。少なくとも、変身後の黒瀬さんには、私の眼による直接的な干渉が通じないようです」
管制室にいるセナも、真剣な顔で映像を見ていた。
「……黒瀬さん、少なくとも今は、研究員の人たちを攻撃しようとしてるようには見えないよ」
「そうなのか?」
「うん。身体はゴブリンの方を向いてる。ずっと、そっちを警戒してるように見える」
俺は動かない首の代わりに、目だけで周囲を確かめようとした。
セナの言うとおり、俺の身体はゴブリンの方向を向いたままだ。研究員たちや神代に対して、何かをしようとしている様子はない。
「……こいつを危険だと判断してるのか?」
「可能性はあると思う」
セナは慎重に答えた。
「でも、黒瀬さん自身は、まだ何もされてないんだよね?」
「……ああ。俺は何もされてない」
「だったら、単純に危険を感じたから変身した、という説明だけでは足りないんじゃないかな」
セナの言葉に、研究員が頷いた。
「そのとおりです。黒瀬さんが危険を感じたかどうかと、身体が反応する条件は、分けて考える必要がありそうですね」
俺はゴブリンを見る。
こいつはただ檻の中にいるだけだ。それなのに、俺の身体は戦闘態勢を解こうとしない。
「……こいつ、何なんだ?」
誰も答えられなかった。
◇
検証は、いったん中断することになった。
研究員たちはゴブリンを別の区画へ移し、俺は変身が自然に解除されるまで待つことになった。
自分から変身を解こうとしても、相変わらず何も起きない。やがて数分が経過した頃、黒い装甲が少しずつ薄れ、いつもの身体へ戻っていった。
「……戻ったか」
俺は自分の両手を確かめた。
「はい。ですが、黒瀬さんが自分の意思で解除したわけではないのですよね?」
「そうだな。勝手に戻った」
神代が記録を確認し、研究員たちも解除までの時間を記録していた。
管制室からセナが声をかける。
「ねえ、ちょっと試してみたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「ゴブリンが出てきたら変身したよね。でも、魔石を見たときはどうなるんだろう?」
研究員が顔を上げた。
「魔石ですか?」
「うん。ゴブリンの身体には、魔石に似た何かがあるんじゃない? でも、普通の魔石にも同じ反応をするとは限らないでしょ」
「……確かに」
研究員が端末を操作する。
「通常の魔石を使った対照実験は可能です。黒瀬さん、少し休憩を挟んでから、協力していただけますか?」
「構わないよ。何が起きるのか分からないなら、比べてみるしかないだろ」
休憩のあと、職員が透明なケースに入った魔石を運んできた。
俺はケース越しにそれを見つめた。
「……何も起きないな」
「身体に変化はありませんか?」
神代が尋ねる。
「ない。さっきのゴブリンを見たときみたいな感じは、まったくないな」
研究員は結果を記録した。
「通常の魔石だけでは、変身反応は確認できないようですね」
「じゃあ、ゴブリンに反応した理由は、魔石そのものではないってこと?」
セナが管制室から尋ねる。
「少なくとも、通常の魔石だけでは説明できないということです」
研究員は慎重に答えた。
「生物の種類、体内にある何らかの器官、あるいは別の性質に反応している可能性があります。ただ、現時点では断定できません」
「なるほど……」
俺はケースの中の魔石を見た。
普通の石に見えるそれには、何の反応もない。
なら、ゴブリンの何に反応したのだろう。
「次は、別のモンスターで確かめてみましょう」
研究員が言った。
「……また来るのか」
「はい。今度はスライムです」
「スライム?」
俺は目を細めた。ゴブリンとは姿も身体の構造もまったく違う相手だ。同じ反応が起きるとは思えなかった。
◇
やがて、別の檻が運び込まれてきた。
その中にいたのは、半透明の液体のような身体を持つスライムだった。身体の中心には、小さな光を放つ核が浮かんでいる。
「……スライムか」
「かなり興味深い個体です」
研究員が説明を始めた。
「身体の大部分は液状化しています。通常の生物なら維持できないような構造ですが、中央の核は生体活動を維持するうえで重要な役割を果たしています。核が無事なら、身体の大部分を失っても活動を続けることができます」
「魔石みたいだな」
「似ていますが、先ほどの魔石と同じものだとは考えていません。性質を比較する必要があります」
俺はスライムを見る。
ゴブリンとは姿も構造もまるで違う。人型ですらない。
なのに――。
「……ん?」
胸の奥が、またざわついた。
「ちょっと待て」
俺は右手を押さえる。さっきと同じ感覚だ。
「まさか……」
スライムが一度だけ、ぷるんと身体を揺らした。その中心にある核が、わずかに強く光る。
次の瞬間――。
「――っ!」
黒い装甲が再び俺の身体を包んだ。
「またです!」
研究員が声を上げる。
神代が身構え、管制室のセナも画面に身を乗り出した。
「黒瀬さん!」
「分かってる!」
俺はスライムから目を離せない。
身体が勝手に反応している。だが、スライムも何もしていない。ただそこにいるだけだ。
「……こいつにも反応する」
俺が呟く。
「ゴブリンとは姿も性質もまったく違うのに」
神代がスライムと俺を交互に見た。
「でも、あなたの身体は同じ反応をしています」
「……ああ」
俺は右手を見る。
やはり剣は出ない。ただ戦闘状態だけが続いている。そして黒い装甲に包まれた右腕が、ゆっくりとスライムの方を指した。
「……また、あっちを指してる」
セナの声が管制室から聞こえた。
「ゴブリンのときと同じだね。黒瀬さんの身体は、スライムの方を警戒してるように見える」
「何が共通してるんだ?」
俺が尋ねる。
研究員はすぐには答えず、ゴブリンの記録映像と現在の反応を見比べていた。
「ゴブリンとスライム。一見まったく別の生物ですが、黒瀬さんの身体はどちらにも反応しています。一方、通常の魔石には反応しませんでした」
「つまり、魔石そのものが原因ではない?」
「その可能性はあります。ただ、生物であれば何でも反応するのか、それとも特定の種類に限られるのかは、まだ分かりません」
「……じゃあ、もっと根本的な何かってことか?」
「今は、そう考えるのが妥当でしょう」
神代は俺の黒い装甲をじっと見つめていた。
「私の眼は、やはり内側を捉えられません。直接干渉も通じない。それでも、黒瀬さんの身体が何かを認識していることは分かります」
「認識してる、ね……」
俺はスライムを見る。
その中心で、魔石に似た核が淡く光っていた。
なぜか、一瞬だけ胸の奥に妙な痛みを覚える。
「……こいつら、何なんだ?」
誰も答えなかった。
ただ、セナだけが、画面に映った俺の姿をじっと見ていた。
「ねえ、黒瀬さん」
「ん?」
「ワーボアと戦ったときも、剣から黒いものが流れ込んだよね。あの現象と、今の変身が同じ原因なのかは分からないけど……私の映像も含めて、もう一度見直した方がいいと思う」
「そうだな。俺が覚えてないところもあるし、協会に映像を渡しておいてよかったよ」
「うん。必要なら、次の検証にも協力するよ。戦闘中に何が起きていたのかなら、私も一緒に確認できるから」
その言葉に、研究員が頷いた。
「助かります。実際の戦闘を経験した方の証言は、映像の分析だけでは分からない部分を補えるかもしれません」
「じゃあ、私もできる範囲で協力するね」
セナの声は、いつもの明るさを残しながらも真剣だった。
俺はその言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった。
自分の身体に何が起きているのか、俺にはまだ分からない。神代の能力でも、変身後の身体を止めることはできなかった。
それでも、分からないことを一つずつ調べていくしかないのだろう。
◇
その夜。
特別隔離棟の監視室で、神代は昼間の記録映像を何度も見返していた。隣には研究員が座り、セナが提供したワーボア戦の映像も別の画面に映し出されている。
ゴブリンが運び込まれた瞬間、黒瀬が変身した場面。通常の魔石には反応せず、スライムの核が光った直後に再び変身した場面。それぞれを並べて見比べていた。
「……やっぱり、何かありますね」
神代が呟く。
研究員が小さく頷いた。
「はい。通常の魔石には反応せず、ゴブリンとスライムには反応しました。単純に魔石や危険への反応とは考えにくいでしょう」
「でも、ゴブリンとスライムですよ? 見た目も全然違うのに」
セナが画面を指さした。
「ワーボア戦の映像も見直したいですね。あのときの反応も、今回と何か共通しているかもしれない」
「そうですね。別の種類のモンスターでも反応するかどうか、確認する必要があります」
神代は画面を止めた。
そこには、黒い装甲に包まれた黒瀬と、檻の中で震えるゴブリンが映っている。別の画面では、スライムの身体の中央で核だけが光っていた。
「……黒瀬さんの身体は、あれを見て何を判断したんでしょうね」
誰も答えられなかった。
危険を察知しただけなのか。それとも、彼の身体に備わった何かが、特定の存在を認識したのか。
今の段階では、どちらとも断定できない。
ただ、通常の魔石には反応せず、ゴブリンとスライムには反応した。その違いだけは、確かに記録に残った。
◇
一方、その頃の黒瀬はというと。
「……明日、何食べようかな」
ベッドに寝転びながら、そんなことを考えていた。
世界の謎がまた一つ増えたことも、自分の身体が何かを見分けているかもしれないことも、本人にはまだ整理できていない。
ただ、明日の朝食もきちんと出てくるのだろうということだけは、分かっていた。




