第五話 ノールの凶事
#五話 まえがき
シェリルのつぶやき
エミリーから聞いた事だけど、一応忘れないように復習しとこ。
ルース兄さまはラングリス子爵を継いだ。もちろん知ってるわよ。
エミリーはメルヴィル子爵を継いだ。
ラングリスは統括子爵として、メルヴィル他三つの子爵をまとめて五つの子爵団を率いている。
ルース兄さまとエミリーはいちゃいちゃしてるけど結婚していない。
エミリーの弟のアルヴィスが二年後に十四になってメルヴィル家を継いだら結婚する。
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#第五話 ノールの凶事
ノール様は史書館から帰る時に文房具商から出たところで襲われた。
最近エミリーの弟のアルヴィスと手紙でやりとりしているのは知ってた。
それで気になってバートンに聞いてみると、ハンカチで鼻をかみながら話してくれた。
「ノール様がいつものように紙をお求めになられたのでお渡しし、『少なくなって来たので補充致します』とお伝えしたのです。そしたらノール様はしばらくお考えになり、『せっかくだ#第五話 ノールの凶事
ノール様は史書館から帰る時に文房具商から出たところで襲われた。
最近エミリーの弟のアルヴィスと手紙でやりとりしているのは知ってた。
それで気になってバートンに聞いてみると、ハンカチで鼻をかみながら話してくれた。
「ノール様がいつものように紙をお求めになられたのでお渡しし、『少なくなって来たので補充致します』とお伝えしたのです。そしたらノール様はしばらくお考えになり、『せっかくだから自分で紙を選んでみるよ』とおっしゃられたのです」
傷は幸い浅く、ノール様は傷が塞がるまで屋敷でお休みされる事になった。
ところが自室のベッドで寝ている事はなく、お屋敷の史書室で調べ物をしながら手紙を書かれている。
バートンや侍女が声を掛けても鬼気迫るものがあり、まるで自分の命を削っているようでどうにかして欲しいと頼まれた。
「ノール様、どうしてそんなに根詰めてらっしゃるの?傷が癒えてからではダメなのでしょうか?」
「シェリル姉様。僕が襲われた時、ナイフで撫で切られたんです」
「おかげで傷は浅くて済みましたわ」
確かに傷を付けるなら刺すよりも切るようにした方がいいけれど、どういう事かしら。
「人を殺すにはナイフよりも毒の方がいいんです。刃に毒を塗れば、止血を優先して傷口の消毒がきちんとされない場合があるからです」
そんな事を知っているのはノール様が伯爵家の人間だからなのだろうか。
「何か、症状があるのですか?」
「まだほんの少しですが、時々手が震えるんです。きっと遅効性の毒だと思います」
「お医者様にお見せしたらどうでしょう。何か手があるかもしれません」
「もう手遅れです。治る程度の弱い毒であれば見せなくても大丈夫。治らないのであれば、アルに手紙を書きたい」
「アル?」
「アルヴィス・メルヴィル。エミリー様の弟です。もし僕が死んだ後、アルが手紙を寄越したら一通ずつ返事を出して欲しいんだ。ラングリス子爵団のそれぞれの課題を示してあるから」
私もノール様を止める事は出来なかった。
自分の寿命がもし分かったとしたら私でも思い残す事はしたくない。
ノール様の悪い予感は当たっていて、その日の晩に机に突っ伏して息を引き取っていた。
襲われてからわずか一日しか経っていない。
見つけたのは侍女の一人だった。
悲しみにくれる家族と使用人達を集め、ヴェルナー伯爵はおっしゃった。
「ノールは無念な事に流行り病で亡くなったが、悲しみに伏せず感染の拡大を防ぐ措置を取るように」
これが座学で教わった、伯爵家を守るための行動なのだとはっきりと分かる。
ヴェルナー伯爵家は国境を守る役目を負っている。
それがどこの誰とも分からない者から家族を守れないなどあってはならない。
「さあ、女達は屋敷の消毒、礼拝堂に来る人々にも消毒をしてください。男達は街の、特に文房具商近辺を消毒してください」
ダナン様が陣頭指揮を執られる。
多分、ノール様が病死であると礼拝に来た者達に伝え噂を広めるのと、犯人を探す為に文房具商近辺に聞き込みをするのだと思う。
そうして、屋敷の中も外も街も流行り病に怯え、そして伯爵家の力によって被害者は奇跡的に一人で済んだ。
ノール様を失った悲しみは段々と薄れて日常が戻り始めた。
ヴェルナー家ではノール様の事を大っぴらに話す事が出来ず、一人一人が心の中で整理するしかない。
他人に話が出来ないのがこれ程に辛いとは思わなくて言葉に出来ない。
私はまだノール様と知り合って深くまで知らないけれど、毎朝毎晩の食事を共にしていると自分の中の一部になりつつあった。
それが急にもぎ取られてしまう痛みは理解出来るし、家族なら尚更だ。
時々アルヴィスから手紙が来ているのは知っている。
バートンが悲しそうに礼拝堂に手紙を運ぶからだ。
手紙が二通溜まり、次の手紙が来た時にヴェルナー伯爵に呼ばれた。
部屋には既にアリアさまとバートンが待っていて、伯爵の机の上には今までのやり取りの手紙の他、礼拝堂の棺の中に入れてあった手紙も並べられている。
「それでは何かありましたらお呼びください」
「まあ待てバートン。お前もヴェルナー家の一員だ。知る権利がある」
ヴェルナー伯爵はそうおっしゃる。
バートンは返事をして縮こまっている。
「シェリル、これはノールとエミリーの弟のアルヴィスとのやり取りだ。返事がないのでとうとう私にも寄越した。覚悟は出来ている。読んでくれんか?」
ノール様はエミリーの行動力に興味を持ち、ラングリス家やメルヴィル家、子爵団を取り巻く状況を知り、年が同じアルヴィスに手紙で進言した。
そこから二人の交流が始まり、各子爵の課題をノール様が史書館の史料から読み取り進言するやり取りがある。
手紙だけの間柄だけれど、ノール様は立派に参謀としての役割を果たしていらっしゃる。
自分の事のように親身になって答えるノール様にアルヴィスも頼り、いつしかノア、アルと呼び合う中になっている。
そして封が解かれていない最初の一通の封を丁寧に開いて紙を広げた。
親愛なるノア
天使の知らせを見た。
初めて見たので驚いたが、念の為連絡が欲しい
アル
『天使の知らせ』
強く繋がった者同士が別れを告げる時に見られる不思議な現象。
一説には最期に会いたい人の元に天使が連れて来る、と言われている。
手紙を読んだ時、バートンが嗚咽を漏らした。
アリアさまは「ノア」と、二人だけの愛称を口にされて泣きながら微笑まれた。
ヴェルナー伯爵はぐっと口をへの字に結び、何かを堪えている風に見えた。
二通目。
親愛なるノア
身体の調子が悪い?
だいたいの場所は分かってるから見舞いに行こうか?
まだまだ困ってる事だらけだ。
一緒に頑張ろう。
アル
アルヴィスが一日以上も掛かる距離を気楽に見舞いに来ると言う程大切な存在と思われているのが分かる。
バートンもアリアさまもヴェルナー伯爵もアルヴィスに好かれているノール様に微笑んでいる。
そして最後の一通。
グリス・ヴェルナー伯爵
初めまして、アルヴィス・メルヴィルと申します。
ご子息のノール様とやりとりをさせていただいております。
最近返事がなく、何か体調を崩されたのではと心配で、不躾ではありますが文を出させていただきました。
ノールの方で出さない理由がおありでしたら、ご放念ください。
アルヴィス・メルヴィル
「どうしたものか」
ヴェルナー伯爵はぽつりとこぼれるようにそうおっしゃった。
私はノール様からお願いされた言葉を口にした。
「ノール様はご自身の死期を悟っておいででした。アルヴィスからの手紙が来る事を想定して返事も書かれています」
「ならば、ノールの命を賭して書いた手紙、アルヴィスに出さぬ手はないな。シェリル、代筆してくれるか?」
「もちろんです」
私はヴェルナー伯爵の言葉を筆にしたためた。
「紙上の参謀か」
ヴェルナー伯爵がまたこぼれるようにおっしゃった。
アルヴィスがやって来たのは手紙を出してすぐだった。
ボロボロで疲れ果てて涙の跡も分かる。
「アルヴィス、ようこそ!」
アルヴィスをぎゅっと抱きしめた。
抱きしめるという事の意味がようやく分かった。
人は哀しみを一人では処理出来ない。
それを受け止める人が必要だ。
抱きしめるという事は、受け止める事を意味する。
アルヴィスは感情が昂ぶっているのか、現実を見るまで受け入れられないのか、泣かなかった。
礼拝堂に連れて行くと肩が震えるのが見て取れる。
棺に力無くよろよろと近付き、崩れるように膝をついて手を伸ばす。
「ノア」
震える声で呟いて、ノール様を抱きしめた。から自分で紙を選んでみるよ』とおっしゃられたのです」
傷は幸い浅く、ノール様は傷が塞がるまで屋敷でお休みされる事になった。
ところが自室のベッドで寝ている事はなく、お屋敷の史書室で調べ物をしながら手紙を書かれている。
バートンや侍女が声を掛けても鬼気迫るものがあり、まるで自分の命を削っているようでどうにかして欲しいと頼まれた。
「ノール様、どうしてそんなに根詰めてらっしゃるの?傷が癒えてからではダメなのでしょうか?」
「シェリル姉様。僕が襲われた時、ナイフで撫で切られたんです」
「おかげで傷は浅くて済みましたわ」
確かに傷を付けるなら刺すよりも切るようにした方がいいけれど、どういう事かしら。
「人を殺すにはナイフよりも毒の方がいいんです。刃に毒を塗れば、止血を優先して傷口の消毒がきちんとされない場合があるからです」
そんな事を知っているのはノール様が伯爵家の人間だからなのだろうか。
「何か、症状があるのですか?」
「まだほんの少しですが、時々手が震えるんです。きっと遅効性の毒だと思います」
「お医者様にお見せしたらどうでしょう。何か手があるかもしれません」
「もう手遅れです。治る程度の弱い毒であれば見せなくても大丈夫。治らないのであれば、アルに手紙を書きたい」
「アル?」
「アルヴィス・メルヴィル。エミリー様の弟です。もし僕が死んだ後、アルが手紙を寄越したら一通ずつ返事を出して欲しいんだ。ラングリス子爵団のそれぞれの課題を示してあるから」
私もノール様を止める事は出来なかった。
自分の寿命がもし分かったとしたら私でも思い残す事はしたくない。
ノール様の悪い予感は当たっていて、その日の晩に机に突っ伏して息を引き取っていた。
襲われてからわずか一日しか経っていない。
見つけたのは侍女の一人だった。
悲しみにくれる家族と使用人達を集め、ヴェルナー伯爵はおっしゃった。
「ノールは無念な事に流行り病で亡くなったが、悲しみに伏せず感染の拡大を防ぐ措置を取るように」
これが座学で教わった、伯爵家を守るための行動なのだとはっきりと分かる。
ヴェルナー伯爵家は国境を守る役目を負っている。
それがどこの誰とも分からない者から家族を守れないなどあってはならない。
「さあ、女達は屋敷の消毒、礼拝堂に来る人々にも消毒をしてください。男達は街の、特に文房具商近辺を消毒してください」
ダナン様が陣頭指揮を執られる。
多分、ノール様が病死であると礼拝に来た者達に伝え噂を広めるのと、犯人を探す為に文房具商近辺に聞き込みをするのだと思う。
そうして、屋敷の中も外も街も流行り病に怯え、そして伯爵家の力によって被害者は奇跡的に一人で済んだ。
ノール様を失った悲しみは段々と薄れて日常が戻り始めた。
ヴェルナー家ではノール様の事を大っぴらに話す事が出来ず、一人一人が心の中で整理するしかない。
他人に話が出来ないのがこれ程に辛いとは思わなくて言葉に出来ない。
私はまだノール様と知り合って深くまで知らないけれど、毎朝毎晩の食事を共にしていると自分の中の一部になりつつあった。
それが急にもぎ取られてしまう痛みは理解出来るし、家族なら尚更だ。
時々アルヴィスから手紙が来ているのは知っている。
バートンが悲しそうに礼拝堂に手紙を運ぶからだ。
手紙が二通溜まり、次の手紙が来た時にヴェルナー伯爵に呼ばれた。
部屋には既にアリアさまとバートンが待っていて、伯爵の机の上には今までのやり取りの手紙の他、礼拝堂の棺の中に入れてあった手紙も並べられている。
「それでは何かありましたらお呼びください」
「まあ待てバートン。お前もヴェルナー家の一員だ。知る権利がある」
ヴェルナー伯爵はそうおっしゃる。
バートンは返事をして縮こまっている。
「シェリル、これはノールとエミリーの弟のアルヴィスとのやり取りだ。返事がないのでとうとう私にも寄越した。覚悟は出来ている。読んでくれんか?」
ノール様はエミリーの行動力に興味を持ち、ラングリス家やメルヴィル家、子爵団を取り巻く状況を知り、年が同じアルヴィスに手紙で進言した。
そこから二人の交流が始まり、各子爵の課題をノール様が史書館の史料から読み取り進言するやり取りがある。
手紙だけの間柄だけれど、ノール様は立派に参謀としての役割を果たしていらっしゃる。
自分の事のように親身になって答えるノール様にアルヴィスも頼り、いつしかノア、アルと呼び合う中になっている。
そして封が解かれていない最初の一通の封を丁寧に開いて紙を広げた。
親愛なるノア
天使の知らせを見た。
初めて見たので驚いたが、念の為連絡が欲しい
アル
『天使の知らせ』
強く繋がった者同士が別れを告げる時に見られる不思議な現象。
一説には最期に会いたい人の元に天使が連れて来る、と言われている。
手紙を読んだ時、バートンが嗚咽を漏らした。
アリアさまは「ノア」と、二人だけの愛称を口にされて泣きながら微笑まれた。
ヴェルナー伯爵はぐっと口をへの字に結び、何かを堪えている風に見えた。
二通目。
親愛なるノア
身体の調子が悪い?
だいたいの場所は分かってるから見舞いに行こうか?
まだまだ困ってる事だらけだ。
一緒に頑張ろう。
アル
アルヴィスが一日以上も掛かる距離を気楽に見舞いに来ると言う程大切な存在と思われているのが分かる。
バートンもアリアさまもヴェルナー伯爵もアルヴィスに好かれているノール様に微笑んでいる。
そして最後の一通。
グリス・ヴェルナー伯爵
初めまして、アルヴィス・メルヴィルと申します。
ご子息のノール様とやりとりをさせていただいております。
最近返事がなく、何か体調を崩されたのではと心配で、不躾ではありますが文を出させていただきました。
ノールの方で出さない理由がおありでしたら、ご放念ください。
アルヴィス・メルヴィル
「どうしたものか」
ヴェルナー伯爵はぽつりとこぼれるようにそうおっしゃった。
私はノール様からお願いされた言葉を口にした。
「ノール様はご自身の死期を悟っておいででした。アルヴィスからの手紙が来る事を想定して返事も書かれています」
「ならば、ノールの命を賭して書いた手紙、アルヴィスに出さぬ手はないな。シェリル、代筆してくれるか?」
「もちろんです」
私はヴェルナー伯爵の言葉を筆にしたためた。
「紙上の参謀か」
ヴェルナー伯爵がまたこぼれるようにおっしゃった。
アルヴィスがやって来たのは手紙を出してすぐだった。
ボロボロで疲れ果てて涙の跡も分かる。
「アルヴィス、ようこそ!」
アルヴィスをぎゅっと抱きしめた。
抱きしめるという事の意味がようやく分かった。
人は哀しみを一人では処理出来ない。
それを受け止める人が必要だ。
抱きしめるという事は、受け止める事を意味する。
アルヴィスは感情が昂ぶっているのか、現実を見るまで受け入れられないのか、泣かなかった。
礼拝堂に連れて行くと肩が震えるのが見て取れる。
棺に力無くよろよろと近付き、崩れるように膝をついて手を伸ばす。
「ノア」
震える声で呟いて、ノール様を抱きしめた。




