第六話 新たなる出発
#第六話 新たなる出発
ノール様の一件が静かに落ち着きを見せる頃に、再びヴェルナーの家族がグリス・ヴェルナー伯爵の自室に集まった。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない、そろそろグレイグに爵位を譲ろうかと考えている」
本来半年くらいで譲る話だったが、ノール様の一件で延び延びになっていた。
ヴェルナー伯爵はノール様が居なくなってめっきり覇気がなくなってしまった。
それも一因の一つに思える。
「グレイグさま、おめでとうございます」
私がお祝いの言葉を口にすると、グレイグさまは困った顔をされる。
「兄さん、おめでとう」
ダナン様のお言葉にもしかめっ面のままで、一体何があるのだろうか?
「伯爵になれば多忙になる。その前に二人で旅行に行って来なさい」
ヴェルナー伯爵は穏やかに言われた。
けれどその目には怒りが湧いている。
「父上、シェリが困っている。きちんと説明しないと」
グレイグさまがヴェルナー伯爵を宥めるように間に入られるけれど分からない。
何かイタズラしたかしら?
「クロイツベルク侯爵を知っているか?」
ヴェルナー伯爵は侯爵の名前を口にされる。
「いいえ、存知あげておりません」
正確には知ってはいるが、多分ヴェルナー伯爵よりも知らないのでヴェルナー伯爵の言葉を待った。
「ノールはやつに討たれた」
「それは何か証拠でも?」
話が見えて来ない。
クロイツベルク侯爵は何かをしようとして、ヴェルナー家、もしくはノール様が邪魔になったという事なのかしら?
「侯爵は我がグランベル王国から独立するつもりだ」
グレイグさまが続きを引き取っておっしゃるけれど、私にはまだ頭の中で何かが組み立てられるほどの情報はない。
「そんな事、出来るのでしょうか?」
素朴な疑問を投げるけれど、我ながら馬鹿な質問だと思う。
組織を大きくするのがその頂点に立つ者の務めだ。
現状で大きくなれないのなら別の状況を作るしかない。
「もちろん一朝一夕では無理だ。クロイツベルクは我がヴェルナーとも取引がある。そして、隣国とも取引があり、両国の関税をごまかして随分と羽振りがよい」
「あ、それでクロイツベルク領に隣接している領と共にグランベルからも隣国からも独立する気でいる?」
「そうだ。国境を警備しているヴェルナー家が寝返る事はないが、経済的優位に立てば味方に引き入れられると踏んでいるのだろう」
「それで?ノール様は味方にならないなら排除する、と言う見せしめにひどい目にあったという事ですか?」
「多分、それは違う。隣国の状況は分からんが、クロイツベルクは隣国にも甘言を口にしているだろう。功を焦った隣国が実力行使に出たと考える方が自然だ」
全てが一本の線で繋がった。
けれどノール様の事は終わった事。
明らかになったとして、どうするのだろうか?
「そこでだ」
推し黙ってグレイグさまと私のやりとりを聞いていたヴェルナー伯爵が口を開く。
「結婚はまだだが、先に新婚旅行をしてくれんか?」
どこへ?
もちろんクロイツベルクへ。
なにしに?
真相を調査するため。
もし想像通りならどうなる?
クロイツベルク侯爵は国家反逆罪として罰せられる。
もしくは最悪はグレイグさまと私が共に討たれ闇に葬り去られる。
「分かりました。グレイグさまと共に旅行を楽しんで参ります」
「シェリ、そんな簡単に引き受けていいのか?」
「ええ、グレイグさまは伯爵様から公にお許しが頂けて嬉しくはないのですか?」
「嬉しい。嬉しいが危険を伴うのだぞ。最悪……」
「ここで動かぬは敵の思うつぼ。敵の予想出来ない行動を取り、敵を混乱させる事が勝利の条件ですわ」
「さすがシェリル、グレイグよりも将の器だ」
ヴェルナー伯爵に褒められた。
こうしてグレイグさまとの新婚旅行が決まった。
私はやりたい事が一つあった。
それは、一日中グレイグさまと二人きりでいる事。
朝起きてから夜寝るまで、夢の中でも、きゃー。
そのために必要なもの、それは家事。
食事の支度や後片付けはクリスタがやってくれるだろうけれど、それは全く二人きりという状況ではない。
無人島で二人きりになって暮らすようなそんな生活をしてみたい。
まずシェフ達に料理を教わった。
もちろん主の花嫁候補にそんな事はさせられないと拒んでいたけれど、バートンが仲介に立ち、ヴェルナー伯爵の許可を伝えると驚きながらも了承してくれた。
危険な潜入捜査の間でも絶対に二人きりの時間を作りたいと強くお願いしたらヴェルナー伯爵はもちろん理解してくださった。
プロの手際を短期間で真似して習得しようとしても無理があるので、ジャガイモは皮を剥かずに済むように教えてくれる。
瓶詰めのソースを何種類も用意してくれ、これを温めて焼いた野菜や肉に掛ければいいだけの状態にしてくれた。
適当なものを一緒に煮込んで最後の味付けだけ変えられるものを幾つか教えてもらう。
プロのソースばかりではやはり家事をしているうちに入らないから。
グレイグさまには例え味がよくなくても私が作ったものを食べて欲しい。
それと、一番大事な盛り付けについても気を付けるべき事を教わった。
お皿の余白を作る事、重ねて立体にする事、三の倍数で並べると綺麗な事。
洗濯は肌着の洗い方を見て覚え、干す時にシワを伸ばす必要があるが、最悪は中に着るものなので大丈夫です、と侍女が教えてくれる。
確かに乾けばいい。
とても気が楽だ。
掃除はさすがに大っぴらにするわけにいかずまず自室を綺麗にする事から始めた。
はたきで埃を落とし、箒で掃き、汚れを取ってから雑巾で拭く。
机の上は乾拭きして、ベッドは布団に空気を含ませるように持ち上げてパサパサとなびかせる。
これは、クリスタと二人だけの秘密だけれど、特別にグレイグさまのお部屋に入れてもらった。
簡素な部屋。
大きな天蓋付きのベッドに文を書くための机、壁には凛々しい姿の誰かが馬に乗られている絵が掛けられている。
とても簡素でグレイグさまの性格を表しているようだ。
端から順に掃除をしていき、ベッドに取り掛かる。
枕が、二つ。
二つ……!
きゃー。
グレイグさまのエスコートで馬車に乗る。
伯爵とアリアさま、ダナンさま、バートン、それにお屋敷で働く人たちが見送ってくれる。
クリスタは別の馬車に乗って荷物と共に付いて来る。
少しずつ遠ざかる人たちが見えなくなるまで手を振った。
「シェリ、楽しみだな。クロイツベルクは絶景もあるし人の行き交いが多いので街も大きい。店もたくさんあるというし、ひと時全てを忘れて楽しもう」
「そうですね、誰も私たちの事を知らないんですもの、ちょっとはしゃいでもいいですわ」
令嬢は走らないけれど、他領でなら走っても大丈夫。
グレイグさまと草原を一緒に走りたい。
『間違いで求婚された令嬢は新婚旅行に行く』へ続く
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