第三話 エミリーの来訪
#第三話 エミリーの来訪
「グレイグさま、いつか話していた親友のエミリーをご紹介出来る事になりました。伯爵もアリアさまも呼んで良いとおっしゃったので遊びに誘いました」
「シェリの親友であれば是非会いたい」
グレイグさまの即答が嬉しい。
今回のルース兄さまとエミリーの旅は色々な目的がある。
グレイグさまに会っていただくのもその一つ。
エミリーならもちろん凄く喜んでくれるはず。
手紙の返事が来てから到着の予定に合わせて街に出掛けた。
アリアさまのお土産を一緒に選ぶ予定にしてある。
仕立屋で待つと、遠くに懐かしい姿が見えた。
嬉しさの余りルース兄さまを置き去りにしてエミリーが走って来る。
令嬢は走らない。
けれど二人の時はよく走った。
互いの屋敷の中も庭園もピクニックで行った原っぱも二人手を繋いで走った。
私も走りたかったけれど、もう走れない。
馬車を引く馬の数が他よりも多く、とても子爵や豪族には見えない。
いつか偉い貴族の方々にお目見えする時に扇子で口元を隠して悪口を言われないように。
代わりに見ていた布を置き、両手を広げて待った。
「エミリー!」
「シェリル!」
何年も会っていない人に会ったかのように飛び込んで来て抱き合った。
全てそれで分かちあった。
「元気にしてた?」
「もちろん。エミリーは?」
目の端にルース兄さまがいたけれど、ついこの間会ったばかりだから感動はない。
「もちろん元気よ!マーシャさまとコレットちゃんにも会って来た!」
「素敵な方だったでしょ?」
「うん、私もマーシャさまを目指すわ!」
ルース兄さまは野暮は言わない。
女同士の会話が一段落するまでじっと待ってくれる。
アリアさまのお土産を色々物色してから、お茶を飲ませるお店に入った。
エミリーとルース兄さまの仲の進展具合を確認しようと思う。
ルース兄さまはコーヒーだけ。
絶対にエミリーが頼んだビスケットとジャムを分けてもらうつもりだ。
昔からそうだ。
互いの屋敷でお茶を飲む時に、ルース兄さまは食べているものを欲しがる。
私がその視線に気付かないふりをするとエミリーに欲しい視線を投げる。
エミリーは私があげないものだから可哀想になってルース兄さまにあげてしまう。
その繰り返しで二人は両想いになったのだ。
だから、絶対に私の分はあげてはいけない。
邪魔する者がいないせいだろうか、ルース兄さまは三種のジャム全てを要求した。
「あーん」
あーん?
ルース兄さま?
「はい」
はい?
エミリー?
店の中がざわついている。
私の心もざわついている。
ルース兄さまはエミリーの指ごと口に入れるし、エミリーは驚きもせず店中に見せびらかすように、にこりと微笑んだ。
あー、これはもう結婚だ。
ヴェルナー家に到着したらグレイグさまはまだお仕事中だったので他の皆様にエミリーを紹介して、お土産を差し上げたり色々な話をしたりして楽しく過ごした。
ダナン様もノール様も令嬢の扱いに慣れてエミリーも満更でもなさそうだ。
「エミリーちゃんも一度、判定をお願いしたいの」
アリアさまはそういって二人とデートさせようとされる。
あのお店での一幕、あれを見たらこんな事絶対に言えない。
ルース兄さまがこの場にいればアリアさまに反応を楽しまれているはずだけど、客室にこもって多分お父さまとやり取りする手紙を書かれているはず。
グレイグさまがエミリーには来た当日に挨拶したいとおっしゃっていたので、エミリーと二人で部屋で積もる話をして待った。
それなのに、会っても軽く挨拶をしただけで普通に部屋に戻られてしまう。
全く、私の親友なのよ?
興味を持って接しなさいよ!
ぷりぷりしながら結局夜遅くまでグレイグさまとルース兄さま、つまり男共の悪口で盛り上がってしまった。
折角エミリーが来たというのに、クリスタはマナー講習をいつものように開始するという。
びっくりした。
でもこういう事は毎日の繰り返しが大切なのよね。
みっちり練習して疲れた頃に庭に出るとエミリーがいて、偶然にもアリアさまも出て来られたので休憩がてら三人で盛り上がる。
アリアさまからは人生の先輩として伯爵とアリアさまの生々しい実体験のお話を聞いた。
時々エミリーと顔を見合わせる。
これ、反省会が必要。
私とエミリーはときめくお話を聞くと、どちらかの屋敷でお茶を飲む時に反芻して楽しでいるのだけど、それを反省会と呼んでいる。
アリアさまのお話は多少誇張はあったとしても本当に体験された話なので二人して師を仰ぐような目になってしまった。
せっかく女三人で盛り上がっていたのに、ルース兄さまがやって来てエミリーのそばに立つと史書館へ行くと言い出した。
そろそろ例のこっそり裏で動く、が始まるわけだ。
「ルースさま、史書館においでになるなら、私も手紙を出したいので書くまで待ってください」
あれ?エミリーも裏で動いてるの?
エミリーは手紙を書くために自室へ戻って行った。
ルース兄さまはエミリーの代わりに席に座るとエミリーの飲みかけのお茶を口にする。
「エミリーちゃんはいい子ね」
「はい、一見すると大人しいですが、芯が強く聡明で気が利きます」
ルース兄さまはお茶を勝手に飲んだお礼にエミリーを褒めているわけではないと思う。
「グレイグに見習わせたいわ。こんなノロケをしれっと口に出来ればもっと楽なのにね」
「そんな事はありません。彼の実直さは部下のバルト様から聞いています。とても部下からの信頼が厚いのだとか」
ルース兄さまはおべっかは使わない。
そしてグレイグさまの知らない部分を知れたのが我が事のように嬉しい。
そんな話をしていると、エミリーが手紙を持って戻って来た。
両手でしっかりと手紙を渡し、ルース兄さまを決意に満ちた目で見つめる。
「行ってらっしゃいませ」
グレイグさまが久しぶりのお休みなので、庭園でお茶をしながらルース兄さまとエミリーの顛末を話した。
「あの日、二人は翌朝帰る、と言ってたじゃないですか」
てっきり一週間はゆっくり過ごすのかと思ったのにあの早さ、びっくりした。
「ああ、何事かと思ったよ」
やっぱりグレイグさまもそう思われたみたい。
「あのあとすぐにラングリス家が仕えるアルドワーズ伯爵が代替わりしたんです。それで、ルース兄さまもシェリルも子爵を継いだんです」
「ほう、ラングリス家とメルヴィル家か。だがあの二人、夫婦になるように思えたが」
ルース兄さまが帰ると言った時、エミリーも一緒に帰ると言ってた。
あれはルース兄さまと一緒にいたいからかと思ったけれど、そうではなかった。
「そうなんです!だからエミリーは弟のアルヴィスが十四になるまでの二年間限定で子爵で、そのあとルース兄さまと結婚するんですって!」
「それはめでたいな!だが我々は二年も待たなくていい。父と話したのだが、あと半年もすれば伯爵になる。するととても忙しくなるので、先に新婚旅行に行ってはどうか、となった」
!!!
結婚もしてないのに新婚旅行の話が出た!
あれ?
結婚してから行くの?
それとも帰ってから結婚!?
どっちにしても情報をうまく整理出来なくなった。




