第五話 家族
「うん、短い間だったけどね。僕はアストリア王国の勇者として、君のお父さんはシュトラウス王国の剣士として、一緒に黒竜の討伐に行った事があった」
「父さんは、私の事や母さんの事、何か言ってた?」
「もちろん。リリィの事もフランさんの事も毎日話してたよ。早く会いたいって」
フラウは当時を懐かしむように遠くを見た。
魔王ウェルザはかつては人間だった。
人間の時の名前はクリムロッド・ウェルザという。北方の大国シュトラウスでも最強と謡われる剣士であり、フラウも一時期は彼の元で剣術を学んでいた。しかし、彼は自らの力に溺れる事となった。
ウェルザが生まれたクリムロッド家には代々ある力が受け継がれていた。
それは、魔を従える力と呼ばれていた。魔族を使役し、時には魔族の力すらも己のものとして扱う異能だった。当然、その力には代償があった。魔に近付き過ぎるあまり、いつしか人としての心を失ってしまうのだ。
そのため、クリムロッド家では先祖代々から従えてきた魔族以外にこの力を使う事が禁止されていた。だが、ウェルザは力を求め過ぎたばかりに――。
「なぁ、父さんはどうして魔王になんかなっちゃったんだ」
リリィの声がフラウを現実に戻した。
「どうしてだろうね。出来る事なら僕もそれが知りたいよ」
フラウは力なく笑った。ウェルザとの付き合いは短かった。だが、彼が自らの力に呑まれるような未熟な男には思えなかった。だからこそ、彼が何を求め、何を焦っていたのか、フラウは今なお分からずにいた。
「ねぇ、リリィ。リリィが望むなら、僕は喜んでこの命を差し出すよ」
フラウが言うと、リリィは意地の悪い顔を見せた。
「お前って勇者のくせに卑怯者なんだな。卑怯者の腰抜けヤローだ」
その言葉を聞き、フラウは柔らかな笑みを浮かべた。
「懐かしいな。ウェルザさんにも同じような事を言われたよ。お前はずっと逃げてばかりだって。玉無し野郎だってさ」
リリィは更に目つきを鋭くして口を開く。
「お前、そうやってずっと自分を殺して生きてきたんだろ。誰かに傷付く事を言われても、理不尽な事を言われても、ずっと笑って誤魔化してきたんだろ」
「えっと、どうだろう。良く分からないや」
「言えばいいだろ、魔王を殺して何が悪いんだって、それが勇者なんだって。私だって本当は分かってるんだ。父さんが取り返しのつかないような酷い事をしてきたって事も、こ、殺されて当然だって事も……」
リリィの瞳からついに涙が溢れた。
「でも、父さんは私には優しかったんだ。私は父さんの優しい姿しか知らなかったんだ。だから、父さんが出て行った日も、父さんが色んな国で酷いことをしたって話も、ずっと信じられなかった」
フラウは何も言えずにいた。
自分が何を言ったところでリリィの父親を殺したという事実は変えようもなく、そんな自分がどんな言葉をかけようともリリィを深く傷付ける気がした。
「ごめんね、リリィ」
酷い言葉だと思った。自分勝手で無責任な言葉だ。きっとまたリリィに怒られる。フラウはそう思ってリリィから目を逸らした。
「目を逸らすな、バカ」
「ごめん」
「謝るな、玉無し野郎」
「えっと、ごめん――じゃなくて、分かったよ。リリィ」
リリィの涙は止まっていた。その代わりに彼女の瞳には強い意志や宿っている。人間の頃のウェルザにそっくりな美しくて真っ直ぐな瞳だ。
「勇者フラウ、お前は死ななくていい、私に謝る必要もない。お前は勇者として自分の役目を果たしただけだ。だけど、お前が父さんを殺したことを少しでも悔やんでいるなら、その力を私に貸せ」
「リリィが良いのなら、僕はいくらでも力になるよ」
フラウの答えを聞いたリリィは静かに立ち上がった。
「それと、一発ぶん殴らせろ。色々とモヤモヤするから」
「え、いや、殴るって――」
フラウの返事を聞く事も無く、リリィは脇を閉めて腰を捻った。そして、フラウの右頬に向けて渾身の一撃を放つ。
「この、クソ野郎! 父さんを返せ!」




