第四話 リリィ
「この件については、念のためカロン様へ報告させていただきます。もしあの魔王に娘がいたとなれば、看過できる話ではありませんので」
ルリアの声が遠のいていく。フラウはふぅと息を漏らし、リリィをゆっくりと地面に下ろした。
「もう大丈夫だよ、リリィ」
「名前で呼ぶな」
「あぁ、ごめん。でも、さっきの魔法はもう使わない方が良いよ。ルリアさんが見てるからね」
小さな声でのやりとりが交わされる。リリィはハッとして右手を後ろに隠した。さっきまで短刀が握られていた方の手だ。
「ひとまず僕の家においで。ここよりはゆっくりと話しが出来るはずだから」
フラウは一人でふらふらと歩き出した。その様子を困惑した表情で眺めていたリリィは、やがて彼の後をゆっくりとついていく。
「なんだか懐かしいね。君は覚えていないだろうけど、僕は一度だけ君に会った事があるんだよ。あれは何年前だったかな。えーっと、たしか、僕がまだ十代だったと思うから――」
「八年前」
リリィは戸の前で足を止めて言った。
「あぁ、そうだったか。僕もまだ十五だったね。って、覚えてたの?」
フラウも足を止めて振り返った。フラウの記憶では、当時のリリィは人見知りで母親の背中にいつも隠れていた。そして、初めて会ったその日は、とうとう一度も顔を見せてくれなかったのだ。
「なんで、なんで父さんを殺したんだよ」
リリィの声が微かに震えていた。
「とりあえず中に入ろう。ルリアさんが聞いてるかもしれない」
フラウは暗い森の中に視線を送って言った。
「自分の家だと思ってゆっくりしてね」
「リリィ、お茶かコーヒ、どっちがいい?」
「甘いお菓子の用意があれば良かったんだけど、うーん、草団子しかないなぁ。どこかに買いに行こうにも町にも行けないし。もう契約破っちゃおうかなぁ」
リリィを椅子に座らせ、フラウはてきぱきと家の中を動き回った。
といっても、客人をもてなす事もコーヒーを作ることすらも出来ないフラウは、リリィの目にはただじたばたと動き回ってるだけに映る。
「なにこれ、ドブ水? 遠回しに死ねって事?」
リリィの前に差し出された『コーヒーと思しき液体』はひどく濁っていた。カップの表面にはコーヒー豆の残骸がこれでもかと付着し、水面には何故か茶柱のような物も浮いていた。
「コーヒーのつもりだったんだけど、ちょっと作り方を間違えたかな」
フラウは照れ臭そうに笑った。
「……えっと、作り直そうか?」
フラウが言うと、リリィは静かに首を横に振った。
「なぁ、お前は父さんと旅をしてたんだろ」
少しして、リリィがぼそりと零した。




