第二話 追放
「勇者フラウ、其方を国外追放とする」
玉座の間に重苦しい沈黙が降りる。
両手を鎖に繋がれた勇者フラウは感情の読めない表情で立ち尽くしていた。その顔は何かを憎むでもなく、絶望に打ちひしがれるでもなく、ただただ冷たかった。
「あ、あの、なぜ勇者様が――」
フラウを取り囲む群衆の中から一人の少女が声を上げた。しかし、どこからか現れた白髪の男の手によって少女の口はすぐに塞がれる。
「何をするんですか、ローウェン様! こんなのってあんまりですよ!」
「いいんだ。あいつも分かってるはずだ」
ローウェンと呼ばれた白髪の男は静かに言った。
「勇者フラウ、其方の功績は認めよう。其方は見事に魔王を討ち果たし、世界に平和をもたらした。その点については各国の王達も感謝しているはずだ」
王はそこで言葉を切ると、小さく息を吐いた。
「しかしだ、其方は力を持ち過ぎた。持ちすぎてしまったのだ。いまや其方の加減一つで、いや、気分一つで、世界は大きく傾き、そのバランスを崩してしまうだろう。それが悪い方へ悪い方へと傾けば、今度は人間同士で血を流すことになる。分かってくれ、勇者フラウ。噛まないと分かっていても、人は狼とは暮らしていけんのだ」
「何を甘い事ばかり言ってるのですか、王よ」
王の言葉を遮る様に一人の男が声を上げた。その男は群衆を掻き分けて王の元へぐんぐんと突き進んでいく。
「王よ、お言葉ですが、この者は今や魔王と同等――いや、心の内が読めない故に魔王以上の脅威となり得ましょう。狼は国を滅ぼしませんが、この男は国をも簡単に滅ぼしてしまします。どうするのですか、この者が急に態度を変えたら、我々の敵となったら。その時はどうやってこの国を、民を守るのですか?」
そう勇ましく声を上げたのはサラットと呼ばれる貴族の男だった。
「そうだそうだ! 俺達にはもう勇者は必要ない!」
「この国の未来の為にも勇者は殺せー!」
「勇者なんて嘘だ! 幻想だ!」
芝居がかった怒声が至る所から飛んでくる。その怒声を味わうように聞き終えたサラットはフラウに向けて声を掛けた。
「勇者殿、どうか我々の安寧の為に死んではもらえないか? 勇者殿が愛した民もこう言ってる訳ですし、何卒何卒」
サラットはチチチと鼠のように笑った。
「えっと、死ぬっていうのは、勘弁して貰えないでしょうか」
フラウは困ったように笑って答える。
「あぁ、あぁ、なんて見苦しい。それが勇者の言葉ですか? 勇者とは自らの命を賭して世界に平和をもたらす者でしょう? それなのに、あなたはそんなに自分の命が惜しいのですか? あなたの存在に怯える弱き者もいるのですよ? あぁ、恥ずかしい。あぁ、恥ずかしい」
「恥知らず!」「恥知らず!」「恥知らず!」
サラットの言葉に同調するように、再びどこからか怒声が飛んでくる。
「あのー、良ければ、勇者という肩書きはあなたに差し上げますよ。別に僕のものという訳でもないですから」
フラウの言葉を聞いたサラットは唖然とした。そして、次の瞬間にはフラウへ憐みの目を向けた。
「あぁ、そうですか、そうですよね。あなたみたいな"人間モドキ"に国や名誉の話をしたところで、なかなか理解できるものではなかったですよね。で、元勇者殿、あなたはのうのうと生きて何がしたいのですか? 良ければお聞かせ下さい」
「えっと、そうですね、僕は家族を作りたいです。仮初でもいいので、家庭というものを一度味わってみたいのです。ずっと戦ってばかりでしたから」
フラウは照れ臭そうにそう言った。
「そんな事は許されません。勇者殿、あなたが死ぬことで、初めて世界に本当の平穏が訪れるのです。それなのに――」
「もうよい、下がれ」
王の声が玉座の間に響き渡った。
「何を言っているのですか、私はこの国のため――」
「下がれといっておる」
王の言葉に気圧された様子のサラットはその場で小さく頭を下げ、群衆の中に戻って行った。その際、フラウの背中に向けて小さく罵声を浴びせた。
「くたばれバケモノ」
それを聞いたフラウはサラットの方へ静かに振り返り、明るい笑顔を見せた。
「勇者フラウよ。あの者のように其方の力に怯える者もいるのだ。身勝手な願いだとは分かっている。しかし、どうか我々の願いを聞いてはくれぬか」
「そうみたいですね、わかりました。宿屋の荷物をまとめ終わったら国を出る事にします。あ、そうだ、色々とお世話になりました。アレク王」
フラウはあっさりと答え、王に向けて深く頭を下げた。
「其方には辛い思いばかりさせてしまったな。まったく、私は不甲斐ない王だ」
フラウの元に静かに歩み寄ったアレク王はフラウにだけ聞こえるよう、小さな小さな声で言った。
「結構楽しい事もありましたよ」
フラウはカラっとした笑顔で答えた。




