第255話 洗礼のジャブ
例のシノハさんが戦艦の外に来ているらしい。しかも僕を呼んでいるそうだ。
僕としてはスルーしたいところなんだけど……ロゼッタさんはニタ~ッと笑っている。
「面白い! オケアノスのシャトルに通したまえ。シキ君、ラビ君。会議はいいから行ってきなさい」
言うと思った。
「殴り込み上等ーっ!」
ラビちゃんも乗り気だし……。
「うぅ……わ、わかりました」
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オケアノスの宇宙巡回用シャトル。
その応接室に、僕とラビちゃんは足を運んだ。
部屋にはソファーがあるのにもかかわらず、来客者3名は立って待っていた。
「呼ばれて来たよーん。で、私に用があるのはどこのかわいこちゃん?」
ラビちゃんは品定めするように来客者3名を見る。
「あたしだよ」
白い髪で、毛先だけ赤い女の子。アネモネさんがラビちゃんを睨む。
「君、どこかで会ったことあるっけ?」
ギリ。とアネモネさんは歯を軋ませる。
アネモネさん、目つきが鋭くて、歯もギザギザで、僕より背は低いけど……こ、怖い。目に強い憎悪を感じる。
「……あたしは火緋色金で軍警をやっていた。と言えば、わかるだろ。ラビリンス」
怪盗の格好をしていないラビちゃんを、アネモネさんは確信をもって『ラビリンス』と呼んだ。
「ん~? あーっ! 思い出した! 私が火緋色金で盗みまくっていた時に、私に何度も突っかかってきたドM警官!」
「ドMじゃねぇっ!!」
「まったくドM子ちゃんまた私に縛られに来たの~? ホント物好きだねぇ~」
ムキーっ! と肩に力を入れるアネモネさん。
そんなアネモネさんをネモフィラさんが後ろから抱き締める。
「落ち着いてくださいお姉さま。お姉さまがドMであることは周知の事実。今更顔を赤くして否定することではありません」
ネモフィラさん。おっとりとした雰囲気だけど、どこか毒がある。
「適当なことを言うなネモ! あたしはアレだ……ドSだ! ドS!」
「あら? その割には、ベッドの上では借りてきた猫のようにおとなしいではありませんか」
「おまっ……!?」
アネモネさんの顔がカーっと赤くなる。
「成すがまま。やられるがまま」
「そ、それは……」
「嘘はいけませんよ。お姉さま」
なんだか妖しいムードが2人の間に流れる。
なんだろう。やっぱり、姉って妹には勝てないのかな。
「と、とにかくだ! 今に見てろラビリンス……! あたしは強くなった! もうお前に好き勝手やられるあたしじゃねぇぞ!」
「なになに、それだけを言いにわざわざ来たの? 生真面目だね~」
「てめえっ……!」
「ねぇ」
シノハさんが話に割り込む。
「そろそろ私に話させてよ」
「あ、うっす。どうぞ」
アネモネさんはシノハさんの後ろに下がる。
強気な感じのアネモネさんが完全にシノハさんにはビビっていた。つまり、それだけ怖い人……!
「……」
「……」
シノハさんは僕の前に立って、無言で見下ろしてくる。
僕は目を左右に泳がせる。視線が定まらないぃ……!
「クイーンの傍は私のものだ」
「え……? クイーン……?」
「多分PPPのことだよ。シキちゃん」
あ、ピーさんか。
そういえばこの前、ピーさんは意味のわからないことを言っていた。僕をプリンセスにするとかなんとか。もしかしてこの人、それが気に入らないのかな。僕が火緋色金のプリンセスになることが……そもそもプリンセスってどういうこと? って話なんだけど……。
「クイーンはアンタを気に入っているようだけど」
「そうなんですかね……」
「だが、私はアンタを認めない。クイーンの傍に立つのは私だ。あの人の隣は誰にも譲らない……!」
凄まじい熱いオーラが見える。
そ、そういうことなら、僕の気持ちをハッキリ言おうか。うん、それがいい。
「えっと、その……お、お好きにどうぞ。僕は別にぃ……ピーさんに思うところは無いので――」
「ッ!!」
瞬間、稲妻の如き拳が飛んできた。
僕は頭を左に振る。ジャブは僕の顔のすぐ横を通った。
「あの人に、思うところが無いだと!!!」
「ひぃ!?」
「それにピーさんってなんだ! 略すなクイーンの名を!」
僕は飛び退き、シノハさんから距離を取る。
シノハさんが1歩でも詰めてきたら――やるしかない。
「ちょっとさ~、それは無いんじゃない?」
ラビちゃんがシノハさんの背後を取り、逆手に持ったレーザーダガーをシノハさんの喉元に添えた。
「こっちの会議中に訪問してきて呼び出してぶん殴るって、人としてどうかと思うけど?」
声こそ笑っているけど、目は笑っていない。
「ごめんごめん。つい取り乱しちゃって」
素直に謝るシノハさん。ラビちゃんもダガーを引っ込める。
「……良い反応だね」
シノハさんは僕の右手、ホルスターのG-AGEに添えた右手を見て小さく笑う。
「殴り甲斐がある」
シノハさんから戦意が見えなくなったところで、僕は右手をG-AGEから離す。
「モノクロ髪、私達が勝った際には火緋色金に近づくなよ。クイーンは勝利した後、アンタを軍に誘うつもりみたいだけど、断ってね」
「……わ、わかりました」
「それを約束してくれるなら、もう私から言うことは無いよ。良い勝負にしよう」
シノハさんはアネモネさんに視線を送る。『帰るぞ』、と目で言っている。
アネモネさんはラビちゃんを指さし、
「絶対ぶっ殺してやるからなラビリンス! お前だけは……お前だけは絶対許さねぇ……!」
「ぬっふっふ~。また縛ってあげるよ♪ アネモネちゃん」
「それではお二方、楽しい試合にしましょうね」
3人は部屋を去る。僕とラビちゃんは3人が出ていった扉を見つめる。
「ジャブ、完全に見切ってたね。この調子なら余裕そう?」
「いいや。あのジャブはかなり加減してたよ。本気なら避けられなかったと思う」
今でも拳の残像が頭に残っている。
一切の無駄の無い拳。最短且つ、超速。コンパクトなのに、異常な程勢いが乗っていた。
アレだけ洗練されたパンチは初めて見た。ロゼッタさんの言う通り、アレは努力と才能、どちらも費やしてようやく到達できるレベルだ。
「まだゲーム内時間で18時間ある。シノハさんに絞って情報を集める必要があるね」
ゲーム内のデータだけでなく、現実のシノハさんのファイトも見よう。インタビュー記事とかもできる限り集めるんだ。リアルで得た技術をそのままゲームに持ち込んでいる人を攻略する鍵は、意外にも現実側に転がっていることが多い。
「それにしてもラビちゃん、アネモネさんに何をしたの? 尋常じゃないぐらい恨んでいたけど……」
「あの頃、緊縛100選って本を買ってね。アネモネちゃんに片っ端から試したんだ。亀甲とか逆海老とかね。エッチかったぁ……」
どうしよう。僕、今回ばかりはアネモネさんを応援してしまう。
「おかげさまでSM縛りは完璧にマスターしたよ。シキちゃんも良ければ……って冗談だよ。無言で銃向けないで……!」





