第253話 シノハ
3年前。女子ボクシングライト級世界チャンピオンに私は挑んだ。
女王蜂の異名を持つあの人に、私は挑戦した。
完全無欠のチャンピオン。
判定負け・反則負け以外の負けは無い。つまり、KOされたことが無い怪物。
私は彼女が嫌いだった。なぜなら彼女はほとんど練習をせず、女漁りに精を出していたからだ。彼女のスキャンダルの数は100や200じゃきかない。彼女に泣かされた女性の中には私の友人もいた。チャンピオンの食事会に参加した私の友達は……帰ってきた時には男じゃ満足できない体にされていた。
実直に修練を積んできた私にとって、この人は『最悪のボクサー』だった。
色々な意味で、絶対倒したい相手だったんだ。
相手は怪物。だけど自信はあった。私はアウトボクサー。ステップを使い、距離を保ちつつ、ジャブを当てていくスタイル。一方でチャンピオンは1撃必殺のインファイター。私が1番得意なタイプだった。
試合が始まり、チャンピオンはすぐさま突進してきた。私はジャブを繰り出し、チャンピオンの突進を撃退した。
その後も私はジャブを刻んでポイントを取りつつ、彼女の間合いに入らなかった。勝負は最終ラウンドまでもつれ込んだ。
判定は確実に私が勝っていた。まともにもらったパンチは1つも無い。
あとは逃げ回れば勝ち――
「良い腹だな」
「……はぁ?」
唐突に、チャンピオンは妙なことを言い出した。
「お前のその腹筋、素晴らしい。割れていて、しなやかで、ハリがある。メスの美味さは腹を見ればわかる。私にはわかるぞ……お前は名器だ!!!」
「……アンタ、ふざけてるのか! 判定は確実にこっちが勝っているんだぞ!」
私が叫ぶと、チャンピオンは笑いを噛み殺し、
「すまない。あまりにお前が美味そうで集中できていなかった。ここからは本気でやってやる」
「なんだと……!」
「屈服させてやる。オスでは満足できない胎にしてやる」
あまりに品の無い言葉の連続に、私はキレた。
そんな私に対して、チャンピオンは両腕を開いた。
打ってこい。と言わんばかりのノーガード戦法。照明に照らされたチャンピオンの青い双眸は狼の瞳のように見えた。
私は左拳を握りしめ、前に出る。得意の連続ジャブを仕掛けようとした。瞬間、腹部に激痛が走った。
「ごはっ!?」
綺麗にカウンターをもらった。
カウンターで腹筋に右拳をもらった。尋常じゃないパンチスピード。先ほどまでと動きのキレがまるで違った。本当に、チャンピオンは9ラウンドの間性欲で動きを鈍らせていただけだった。
「教えてやる。クイーンが誰なのかを……!」
さらに左拳のジャブが腹筋に突き刺さる。
腹の中にある臓物が全部飛び出すかと思った。それ程に重い衝撃が腹を貫いた。
最早戦闘を続行できる状態じゃなかった。全身が痺れ、足も手も動かなかった。痺れ切った私の顔を、チャンピオンは右拳のストレートで殴った。
私は鼻血を出しながら、後ろへ倒れ込む。マウスピースはリングの外まで飛んでいった。
「悪く無かった。その気があるなら夜が明ける前に私の部屋に来い。第11ラウンドだ」
仰向けに倒れて、あの人を見上げる。
歯を見せて笑う彼女を見て、私の腹の内がざわついた。
それはあまりにも強烈な感情だった。
彼女に殴られた場所から、黒い快感が広がっていった。
腹から広がった快感が、脳に渡り、全身を駆け巡った。
たった3発のKO劇。
彼女と私は同じ『女』ではないと、拳のやり取りでわかった。私は『メス』で、彼女は『女王』だった。
それまで実直に積み重ねてきた私にとって、彼女の無法さは蜜のように甘く、毒のように刺激的だった。
――これが、屈服という感覚。
――なんて甘く、とろけるような快感。
あなたにKOされたその瞬間に、私は初恋を知った。





