第224話 ペテル
エースへの憧れは捨てた。
ただ私は、役割が欲しかった。
『アンタ、弱いからいらない』
『チームから出て行ってね。ウチら今年こそB級に上がりたいから』
インフィニティ・スペースが好きだ。
発売前に体験版をやってからずっと、このゲームのファンだった。発売が待ち遠しかった。PVも千回は見たんじゃないだろうか。発売して、買って、この世界に入った時、全身が歓喜した。その全てが、私を魅了した。
中でもランクマッチは私の求めているものが全てあった。仲間内で作戦を立てるのが好きだ。戦術のぶつかり合いが好きだ。たまに現れる超絶テクの持ち主と戦うのが好きだ。勝利した時の、あの達成感は堪らない。
だけど、好きだから上手いというわけでは無くて。
『マジ、このゲームの才能ないよ君。別のゲームしたら?』
『他のチームでも頑張ってね! 応援してるよ!』
『私の覇道の邪魔をするなよ。雑魚が』
どうやら私のゲームセンスは平均以下だったらしい。
私は弱かった。
それでも必死に努力した。このゲームにしがみつくために、自分の可能性を片っ端から試した。
『あ~、ホント、噂通りの疫病神!』
『努力しなさいよ! そんなんじゃウチのチームにはついていけないよ!』
『もっと頑張ろうよ! みんな真剣なんだからさぁ!』
どうやら、能力の無い人間というのは怠惰に見えるらしい。
私は嫌われて嫌われて嫌われて……たらい回しにされた。
いつの間にか、私には『疫病神』という仇名が付いていた。
事実、私が入ったチームは勝率を下げた。理由はわからない。私の実力はC級レベルはあるはず。足を引っ張っていることもない。なのに、なぜか勝率が下がった。
それでも惨めったらしくこのゲームにしがみついた。
雑用でもなんでもやって、チームに入れてもらった。
アタッカー、ガードナー、ガンナー、スナイパー、スカウター、ボマー、バランサー。
色々やった。けれど、全部駄目だった。
『私は……持っていない側だ』
わかっていたことだけど、口に出すには随分と時間がかかった。
開き直ろう。
たとえ持っていない側でも、1つの役割ぐらいは全うできるはずだ。なにか、1つぐらいは――
『邪魔』
『出てって』
『うーん……頑張ってくれているのはわかるんだけどね、ごめんなさい。ウチでやるには実力不足かなぁ』
貶され、追放され。
それでもインフィニティ・スペースを嫌いにはなれなかった。インフィニティ・スペースを愛するこの感情は、ある意味呪いだと思った。
色んな人の理論を見て、納得して、実践して。
だけど、勝率は上がらない。貢献度は上がらない。
何が足りない。何を手に入れれば役割を貰える?
「何も、わからない……」
気づくと、私はゴミ山の上に座っていた。
この神ゲー世界で、何をするでもなく、ただゴミ山の上に……。
「こんな美しい世界に生を受けて、なんで下を向いているの?」
夕陽を背に現れたのは、真っ赤な瞳の女だった。
「贅沢だね。きみ」
左眼を眼帯で隠した、黒髪の女。
常に薄く笑っていて、不気味だが、怪しい色気のある奴だった。
「ねぇ、隣座っていい?」
「……」
「座るね~」
セーラー服の上に、身の丈以上の赤いマント。マントは恐らく武装の1種であると直感した。
そいつは私の横顔に赤い右眼を向けてきた。
「――必要なものはぜーんぶ揃ってるよ」
まるで、私の悩みを見透かしたように。
「全てのロールを経験し、全てのロールの視点を得た。多くのランクマッチをこなし経験値も十分。センスは無いけど根気がある。脇役に徹する覚悟もある。そして……誰よりもこのゲームを愛している」
彼女はきっと、私のログを飽きる程見てきたのだろう。
私すら知らない私の素養を、彼女は知っていた。
「――きみのような人間が欲しかった」
顔を赤らめて、彼女は言う。
女の私でも、思わずドキッとしてしまうような……艶のある声だった。
「きみに必要なのは、得ることじゃない」
眼帯女は思いもよらぬ行動をとり出した。
彼女は私の前に立ち、スカートをたくし上げ、純白の下着を見せてきた。
「捨てること」
私は動揺した。身を数センチ、引いてしまった。その私の行動を、コイツは見逃さない。
「いま動揺したでしょ?」
息がかかるほどまで顔を近づけてくる。
「やばいと思った? エロいと思った? 抱いてやりたいと思った? それは脇役に必要な感情かな?」
仮想体なのに恐怖を感じた。
それほどの、圧倒的な存在感。内臓を舐められているような、異質な感覚。
無視するつもりだったのに、思わず口を開いてしまう。
「なんだ、お前……!」
眼帯女は、私の胸に人差し指を当てる。
私は咄嗟に眼帯女の手を払う。
「ほら、まただ」
眼帯女は私の髪を掴んだ。
私の髪を掴んで、顔を近づけてくる。
「おっぱい触られて嫌だと思った? それ、脇役に必要な感情かな?」
「……!?」
なぜかわかった。
今までランクマッチで出会った誰よりも、コイツは強いと、なぜか直感した。
「きみの中にはまだ欲がある。相手を倒したいって欲が。微量、他の人間が抱えるソレの、100分の1程でしかない。けれど確実にある。――捨てろ。半端な欲は邪魔になる。その欲のせいで、きみは歯車になりきれず、チームを乱してきた」
ずっと欲していた答えを、彼女は簡単に口にする。
「プライドを、欲求を、感情を、戦闘中は一切捨てるんだよ。ゲーム中の一人称は『ジブン』にして、誰に対しても敬語を使うこと。『己』を殺せ。名前も私が付けるよ」
捨てる。
自分を捨てる。
「もしも、私が……全て捨てたら、お前は私に何をくれる?」
「役割と勝利」
どちらも、私が欲してやまないものだ。
「わたしがきみを勝利の女神にしてあげる。自分を殺す覚悟ができたら、事務所においで」
眼帯女は私に住所の書かれたメモを渡す。
「じゃあね」
立ち去ろうとする彼女を、私は「待てよ」と呼び止めた。
「お前、名前は?」
眼帯女は、自身の赤い瞳を指さす。
「アカボシ」
眼帯女の背後で、夕陽が大きく揺れる。
「自己紹介を忘れていたね。好きなものは虫の標本、嫌いなものは生きている虫。えーっと、あとは趣味かな。趣味は自分の首を絞めること。首を絞めるとさ、お腹がキュッとして落ち着くんだよね。わかる?」
「……知るか」
アカボシ。
私は自分を消して、コイツのチームに入った。
脇枠に徹し、他のメンバーが状況を整えるまで他チームのエースを止める。それが、私の役割。
全てのロールを経験して得た、ロールごとの視点。
無数の試合をして得た、大量の経験値。
攻略サイト、解説動画、様々な場所から得た情報・理論。
全てを総動員し、ただただ敵にしがみつく。
人によっては私のプレイスタイルは『つまらなそう』と思うんだろう。けど、残念ながら私は楽しんでいるよ。虚勢ではなく、心から楽しんでいる。
凄い人達の凄い技術を長く体験できるんだ。こんなに幸せなことって無いだろう。
しかも長く耐えていれば、アイツが勝利を運んでくれる。
役割があって、勝利も掴めて、そして楽しい。不満なんてあるはずが無い。
もう美少女のパンツを見たからって動揺しない。
胸を揉まれても動揺しない。
いきなり尻に指を突っ込まれたって、無感情を貫いてみせるよ。
虫のような感情で、役割に徹する。それが私、『ペテル』だ。
アカボシの趣味については、アカボシというキャラクターを表現する以上必要と感じつつも最後まで入れるか迷いました。マジで、良い子も悪い子も絶対真似しちゃダメですぜ。もしもここが書籍になったら100%消えるだろうなぁ。
『スナイパー・イズ・ボッチ』の特設ページができたので、まだ見ていない方はぜひチェックしてください。
あと『スナイパー・イズ・ボッチ』の宣伝用にXのアカウントを作ったので、そちらもチェックしてくださいませ~。色々と『スナイパー・イズ・ボッチ』関連で面白いことやっていくので。





