第213話 孤独のランナー
昼休みになった。
梓羽ちゃんはついさっきお友達と一緒に帰っていった。目立ちまくったツバサさんもいたたまれなくなって帰ったようだ。知り合いもいなくなったことだし、僕はボッチ飯を食べることにした。テントは騒がしいので、3号館の裏で食べた。いつもよりちょっと豪勢な梓羽ちゃん弁当、とってもおいしゅうございました。
「ごちそうさま」
午後の二種目目、玉入れを華麗にこなし、僕の全プログラムは終了。
玉入れでかいた汗をテントの下で拭っていると、
「百発百中! お見事だね」
千尋ちゃんが入ってきた。
「千尋ちゃん……」
「見てたよレイちゃん! 投げる玉全部入ってたね!」
「あはは……これぐらいはね。少しは貢献できたかな」
「うん! 紅組1番だったし! できたできた!」
僕1人が全部入れたところで大した数にはならないと思うけどね。
「千尋ちゃんはそろそろクライマックスだね」
「チーム対抗リレーね。聞いた話だと、白組のアンカーはあの星架ちゃんらしい」
「え!? 確か、紅組のアンカーって……」
千尋ちゃんだ。
じゃあ、千尋ちゃんvs月上さん再びってこと!?
「面白いカードになったね……」
「ふふふ……見ててよレイちゃん。かっ飛ばしてくるぜぃ!」
千尋ちゃんは親指を立て、入場門の方へ走っていった。
チーム対抗リレー……この体育祭のメインディッシュ。それぞれのチームの総力戦だ。
チーム対抗リレーの前の競技が終わると、みんなテントを出て、ロープ際に寄った。僕もそうだ。なんとか最前列を確保し、コースを見守る。さすがにゴール際は人口密度がやばかったので、コースの半分の地点……アンカーがスタートする場所でレースを見ることにした。
リレーの選手が位置につく。1人半周ずつで1チーム6人が出る。まだ出番は先なので、月上さんと千尋ちゃんはトラックの内側に引っ込んでいる。
『位置について、よーい』
パン!
空砲が鳴り、対抗リレーが始まる。
『紅組、速いです。緑組、頑張ってください』
5つの組は綺麗に前後に別れた。紅組と白組が差をつけて前へ、他3組が後ろだ。
レースは順調に進み、後半に入る。第5走者、アンカーの1つ前の走者がスタートした。順位は紅組1位、白組2位。僅差だ。
「まったくもう、星架ちゃんとは事あるごとに衝突する運命にあるみたいだね」
月上さんと千尋ちゃん、2人の声が聞こえる。
「もしかして、私達ってライバルってやつ?」
「……違う」
ピリ。空気が張り詰める。
「あなたじゃ、私のライバルにはなれない」
ハッキリと、そう言ったのが聞こえた。
月上さんは千尋ちゃんを視界にも入れていない。眼中にない、と態度で示している。
「私を倒すのは、あなたじゃない」
「言ってくれるじゃん……!」
いつもニコニコしている千尋ちゃんも、顔から表情を消した。本気だ。本気でやる気だ。
(なんか……変だ)
いつもと違う。
月上さんの纏う空気が、違う。
千尋ちゃんとツバサさんのおかげで、この体育祭の熱気は桁外れのものになった。
こんな衆目の前で、月上さんは負けるわけにはいかないんだ。背負っている看板の量は千尋ちゃんにだって負けない。
本気だ。月上さんも本気で、勝ちを狙っている。
(月上さんが本気出す時って、こんな感じなんだ)
大体の人は気合いを入れると、メラメラと燃えるようなオーラを纏う。
でも月上さんは逆。凍り付かせていく。他者のオーラごと、周囲の空気を凍結させる。
パシ!
バトンが渡される。先に千尋ちゃんがスタートした。月上さんは2歩遅れてのスタートだ。
リード分を加味せずとも千尋ちゃんの方が速い。月上さんが引き離される。
『紅組速いです! 白組、追いつけません!』
今回の体育祭の花形である千尋ちゃんが活躍し、観客は大いに盛り上がる。千尋コールが始まる程だ。
完全なるアウェー。ほとんどの人が千尋ちゃんの勝利を願っている。
だけど、あの人はまったくそんなプレッシャーを感じていない。
月光が、陽を喰らう。
「……っ!?」
僕は思わず、息を呑んだ。
彼女の纏うオーラの、底知れなさに。
月上さんが加速する。腕の振りが、足の回転が、速くなる。
4歩差が3歩差に、2歩差に、1歩差に。
ゴールまで残り10mで、並ぶ。その瞬間、千尋ちゃんがどれだけのプレッシャーを感じたのか、ここからじゃわからない。
月上さんは千尋ちゃんを追い抜き、歓声を抜き去り、ゴールテープを切った。
「「「…………」」」
みんなが、声を止めた。
『空気を読まずに勝つな』とか、『お前誰だよ』って空気ではない。見惚れていた。他を圧倒し、君臨する姿に。堂々とする銀髪の少女の姿に見惚れていた。まだ残暑が残る空の下に居て、彼女の周囲にだけ雪が降っているように見える。雪が魅せる美しさと侘しさを、彼女は纏っている。
その横顔には、なんの感慨も無かった。
これが、月上さんの抱える『孤独』。
アレが月上星架。
他を拒絶し、ボッチになった僕とは違う。彼女は誰も拒んでいないし、肯定してもいない。ただ圧倒し続けたゆえの孤独。月上さんには学友もいっぱいいるし、月上さんを評価する大人の人達もいっぱいいる。なのに誰も、彼女に近寄らない。この勝利の立役者にハイタッチを求めない。敵味方問わず圧倒している。
怖さを越え、憧れが胸に灯る。堂々とした立ち姿に、僕は憧れる。
「カッコいい……」
よく目に焼き付けるんだ。アレが、僕の『ターゲット』の姿だ。
月上さんがバトンを係員に渡すと、止まっていた時が動き出した。『なに今の子!? 凄くない!』、『めっちゃ速かった! 動画撮った? 動画!』――と。月上さんが舞台を降りてから盛り上がる。
月上さんは校舎の影へと消えていった。
「月上さん……!」
僕はその後ろ姿を追いかけた。
「月上さん!」
体育館前の通路で、僕は月上さんを呼び止める。
「なに?」
「あ、えっとぉ……」
僕は、右手を上げた。
「は、はいた~っち……」
「……?」
月上さんはきょとんとしている。
うっ……上げた手が、なんだか無性に恥ずかしくなってきた……!
「その、ハイタッチというのはですね……」
「知ってる。私が疑問に思っているのは、なんであなたがハイタッチを求めているのか。ということ」
「いや、だって……」
「あなたは紅組でしょ」
「そうですけど……でも!」
僕は月上さんに接近する。
「月上さんの、味方ですから……」
「意味が……わからない」
確かに意味がわからない! 僕、紅組だもん! 白組じゃないもん!
へ、変な奴だと思われたらどうしよう……。
「でも……ありがとう」
月上さんは僕の右手に、タッチしてくれた。
その後、月上さんはなぜか僕の頬っぺたをプニプニしてきた。
「あの、月上さん? なぜ頬っぺたを?」
「さっき中学生の子がこうしてたから」
二叶さんのことか。いや、なぜ二叶さんの真似を?
「アレはいつものことだから、気にしなくていい」
月上さんは頬っぺたから手を放す。
「アレ?」
「本気を出すと、いつもああなる」
あのリレー後の雰囲気のことかな。
「あはは……皆さん、圧倒されていましたね……」
「やっぱり、あの子じゃ私のライバルにはなれない」
あの子、とは千尋ちゃんのことだろう。
「待っていてください」
勇気を振り絞り、そう口にする。
「この世界じゃ、月上さんに追いつけない……ですけど。あの世界では、僕が追いつきますから」
自分でも大それたことを言っている自覚はある。
けれど、あなたの孤独を埋めるためならば、僕はやりますよ。
「必ず、横に立ちますから。1人にはさせません」
「レイ……」
月上さんはまた頬っぺたを触ってきた。今度は頭も撫でてくる。まるで飼い犬を愛でる飼い主のようだ。
「な、なぜまた頬っぺたを……」
「ハマった」
月上さんは例の如く無表情。だけどいつもよりちょっぴり、目に光が灯っている気がした。
「あ、あと……千尋ちゃんをあまり舐めない方がいいですよ。月上さん」
「?」
ズザーッと靴を擦る音が聞こえた。
振り返ると、半泣きの千尋ちゃんが月上さんを睨んでいた。
「今回は負けたけどね! 次は絶対勝つから! 来年はぜったい、ずぇ~~~~~ったい勝つから! 覚えとけよこんちくしょー! ばーか! ばーか!!」
そう言って走り去っていく。まるで小学生のよう。
「ふっ」
小さい。けれど、僕は確かにいま、笑い声を聞いた。慌てて月上さんの方を振り向くと、月上さんは口元を右手で隠し、顔を仄かに赤くしていた。
(つ、月上さんが、吹いた!?)
「……」
月上さんは何も言わず、僕に背中を向けて歩いていった。その背中には近づくなオーラが張り付いていたので、追いかけることはしなかった。
こうして、僕の高校二年次の体育祭は終わった。ちなみに優勝は白組で、紅組は2位だった。
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