31 あぶり出し計画
「全体にってことは、もうあの計画は意味なくなっちゃったってことですか?」
実は、入学式の日にカインの事があってから、スイネグ先輩は情報が何処から漏れていたのか探るために、いくつかの計画を練っていた。
その中の1つに、研究結果の情報を一部秘匿するなどして、内通者の動きをあぶり出すというものがあったのだけど…。
「あぁ。魔獣についての研究は、魔法と魔術の研究の延長線上のものだったからな。囮には丁度良いと思っていたんだが…」
どうやら、先輩の様子からして、その計画は失敗に終わってしまったようだった
『どうせこんなものに興味がある奴は居ないだろう』なんて言って、もとから関わっていた人が少ないこの研究を、囮に使うと決めたのはカインの一件からすぐの頃だっただろうか。
ちなみに『魔獣』と言うのは、去年の校外学習で私の班員が連れ帰った子熊を利用して研究した結果、私達が『魔法』と『魔術』を区別したように、『魔物』も段階に応じて区別した方が良いと結論付け、新たに名付けたものだ。
というのも、今回の研究で動物が魔物化する時に、一度魔素の影響を受けた細胞が肥大化することで、より獣性が増す過程が存在することが判明したのだけど、これらの存在も『魔物』として扱ってしまうと、認識の齟齬から思わぬ事故に繋がる可能性があった。
そこで私達は、この獣性が増した状態の魔物を『魔獣』、その後の、細胞が崩壊して元の性質から変化したものを、従来通りの『魔物』と呼ぶことにしたのだ。
「それで、学校にはどれくらい情報を提供したんですか?」
この魔獣の研究について秘匿すると決めると、スイネグ先輩はまた私に誰かが接触してきた時に、相手が怪しい人物か見極められるようにと、以前よりも詳しく研究内容を教えてくれていたのだけど、今回の事態でどの程度影響が出たのか確認したいところだ。
「一応話し合いの結果、公開するのは『魔獣に関する事だけ』には抑えられたが、それらが発生する事象の説明に、『魔素に関する研究内容』の提出も求められた」
「えっ?てことはつまり…」
「あぁ。先生方は、『この内容を許可なく校外へ発信することは無い』なんて心強い言葉をよこしてくれたが、期待できるものじゃ無いだろう」
元々、校外に出るはずの無い情報が、部外者であるカインに漏れていたのだ。
内通者が特定出来ない限りは、空手形もいいところだろう。
「魔素に関しては、あの男が来る前からのも、後からのも要求されたから、もはやそこから内通者を絞り込むのは不可能だろうな」
「そう…ですね…」
『魔獣』についての研究を囮にすることで、相手の情報源を探るはずだったのに、気が付けば相手の影すら掴めないままに、研究成果だけが抜き取られてしまった。
私達は、カインが現れたあの日からこのベネウッド学園に、見えない魔の手が迫っているように感じていた。
「なんだか、私全然役に立ててないですね…」
この1ヶ月、先輩は内通者の対策やら校外学習の準備やらで奔走していたというのに、私は彼の助手と言う立場にあるにも関わらず、自分のことだけで手一杯になってたことに気付いて、自己嫌悪からそんなことを口走る。
「いや、お前も囮として役割を果たしていたぞ?」
そんな私に、先輩はそう声をかけるが、何のことだろうかと首をかしげたところで、突然タイガと訓練場に呼ばれた日のことを思い出す。
「そう言えば、急に新しい研究を始めてましたけど、あれももしかして…」
「あぁ。色々とちょうど良かったからな。おかげで情報が学園と生徒のどちらから流れているかを絞り込めた」
あの日スイネグ先輩は、私達を訓練場に集めてから、研究内容を説明をしていたけど、てっきり何度も移動する手間を省く為にそうしたと思っていたのに、どうやら先輩にはそれ以上の思惑があったみたいだ。
「えっと、いつの間にか囮に使われていた事には、もう何も言いませんけど、もしかして、私達はもう少し隠れて魔術の練習をしたほうが良かったですか?」
これについては、あんな事があって気付けなかった私も悪いと思って、それ以上追求はしなかったけど、それはそれとして、内通者をあぶり出すなら、目立たないようにしたほうが良いのかを確認してみる。
「いや、その辺は特に気にせず好きにすれば良い。どうせ俺の研究は内容を知ったところで、役に立たないと切り捨てる奴が大半だろうしな」
「…確かにそうですね」
けれど、先輩は私達に特に行動の制限をかけるつもりはないようだった。
それに、言われてみれば、先輩は魔素や魔力について研究してるわけだけど、魔素に関してはアリアス大陸以外の人には、ほとんど意味の無い知識だし、魔力の方も、胸の辺りに魔力の塊ができている人は、他の人に比べて効率良く魔法を使える事は分かっていても、それを生み出す方法はまだ判明してないので、期待して研究内容を見に来る人ほど、ガッカリする感じになっている。
「そもそも、どこから研究内容を聞きつけたか知らんが、わざわざ学園まで来たなら、そのままここに来れば良かっただろうに。いちいち遠回りなやり方で、情報だけを取りに来るのが気に食わない」
そうして、ぶつくさと文句を垂れ流す先輩を眺めながら、『結局、私達以外にカインに会ったって人は居ないし、あれは夢だったのだろうか』なんて考えていると
「だがまぁ、俺のことは別にどうでもいいんだ。問題はお前の方だ」
「わ、私ですか?」
「そうだ。今度の校外学習では、くれぐれも今後に悪影響が出るような事をしてくれるなよ?」
と、突然釘を刺される。
「私だって、やりたくてやったわけじゃないですもん」
それが、カインの事で不機嫌になっていたせいか、まるで咎めるような口調だったので、私はつい不貞腐れてそう言い返してしまう。
あの親熊との戦いは、色々な運も重なって紙一重の勝利だったのだ。
言われなくたって繰り返すつもりはない。
「良いか?今回2年に任されるのは、あくまで撤退判断等の補佐的な役割に過ぎない。間違っても命令を聞かないような馬鹿どもと心中する事ではないのをその頭に刻み込んでおけよ?」
「分かりましたよ…」
まだ先生から話を聞いたわけでもないのに、そんなに強く言わなくてもと思わないでもないけど、去年の前科がある以上、何を言っても無駄だと考えた私は、しぶしぶそう頷く。
それから、私との話が終わると、先輩は学園に渡す資料を纏め始めるのだけど、その量が意外と多い事に気が付く。
理由を聞いてみると、『これまでの俺の研究を、学園が引き継いでくれるうえ、その研究結果を自由に閲覧出来るよう特別措置を取るそうだ』とのことで、無理やり研究内容を公表させられる腹いせに、予算の都合上出来なかったものも一緒に纏めているのだとか。
そうして纏め終わると、実に半分以上の資料が学園に渡すものになり、残った小さく分けられた山を見て、スイネグ先輩が
「何か他にも研究を始めるかなぁ」
なんて呟いてるのを耳にするのだった。




