TASさんと、自由への道程。
————私がこのベッドの上で目覚めてから、彼此、十五時間経過した。
私の身体は未だにピクリとも動かないし、気怠さも抜けていない。
やる事がないので、ひたすら脳内鍛錬に勤しみ続けていた私だったが、今はそれを止め、ある一つの問題に対して、真正面から闘い続けていた。
そう。私は今、闘っている。
もし、打ち負ける事があれば、私のヒトとしての尊厳が、一から十まで喪われるような、今直ぐにでも解決せねばならない、非常に重大な問題と————闘っている。
解り易く言えば————漏れそうなのだ。
私は目覚めてから、約十五時間もの時刻が過ぎた今でも、ベッドの上で動けない状態のままでいる。
そう————お手洗いに行く事も出来ずに、寝転びっぱなしなのである。
当然、溜まるモノが溜まってくる。
私はその溜まってきたモノが漏れ出さない様に、一部の筋肉で締め付け続ける事により、事無きを得てきた。
しかし、それが限界へと近付いている。
普段、余り酷使する事の無い筋肉を、無理やり使い続けているのだ。
ソレは段々と断裂し始め、時を刻む毎に、弛緩してゆく。
————もう、限界だ。
どんな手段を使ってでも、身体を起き上がらせねば。
そもそも、身体が全く動かない事自体がおかしいのだ。
そう感じた私は、腕の筋肉に電気信号を送り、無理矢理に右腕を動かそうとした。
結果、私の筋肉は、しっかりと伸縮をした。
だが————右腕を動かす勢いで、私の上に被さった毛布を取っ払う事は、敵わなかった。
何と、ベッドの、私の腕が置いてある位置に、なにか、輪の様な物が嵌め込まれており、それに身体を動かす事を遮られてしまったのだ。
思い切り、がつん、と、右腕全体を強打してしまった。
大方、無理矢理に電気信号を与えて動かした為、力の入れ過ぎなどで、生物として自らが傷付く事を防ぐ役割をする、安全装置が効かなかったのだろう。もしかしたら、骨が折れているかもしれない。ずきずきする。
だが、その痛覚が私の身体を叩き起こしてくれたのだろうか、いつの間にか、私の体は、普通に動かせる様になっていた。
しかし、どうやら、謎の輪は、私の全身のあちこちを押さえつける様に、身体のラインに沿って、ベッドに埋め込まれているようだった。
ベッドと私の身体の間に敷かれている、薄い敷物を貫通している輪は、ピクリとも動かない。
ううむ、どうしたものか。
……そういえば、何処かの色気好きな大泥棒は、手の関節を外して、嵌められた手錠を外していたりしていたな。
他にも、実際に、脱獄王やら何やらと呼ばれていた人は、全身の骨を外して、普通では通れない隙間を通っていたりしたらしいし……
よし、関節外し大作戦だ。
私の壊滅的なネーミングセンスについては置いておいて、やれることは全てやろう。
まず、右手の関節を外す。
電気信号で、不自然な方向に無理やり筋肉を動かせば、外れるかな?
やってみた。
ごき、ばぎょ、ごぎり。
ばぎょり、ごぎょ、ごぎょり。
よし。外れた。痛覚を遮断しているので痛みは無い。
そして、関節が外れてグネグネになった右手を引っ張り、輪を抜けられるか確認。
するり。
私の右腕は、ベッドに埋め込まれた謎の輪を、簡単にすり抜ける事が出来た。
私は、まだ輪に通ったままの左手で、外れた右腕の関節を嵌め、その後、同じ様に関節を外す。
ごぎょり、ごぎ、ごぎん。
べぎょ、ごぎょん。
そして、引っ張る。
するり。
よし、両手が自由になったな。
足でも同じ事をすれば————
と、そこまで考えて、私は溢れんばかりのソレを、押さえ付けている筋肉が、ほぼほぼ限界を迎えている事に気付く。
ギリギリの限界だ。
このままでは——————漏れる。
それはいけない————非常に、いけない。
ヒトとしての尊厳が、掛かっているのだ。
急がねば。
私は、足の関節を外し、足抜けを————成功!
私は上に被った毛布を取り払————
ばよん!
————そんな、コミカルな音を立てて、毛布は、私の身体の、孤独で静かで自由な救われている世界への旅立ちを、その異様な弾性を以て、遮った。
毛布じゃ……なかった?
思い切り勢いを付けて起き上がろうとしていた私の体は、薄い敷物がしてあるだけの、非常に堅いベッドへと、ばだん!と、叩きつけられた。
う、ぐぅ!
筋肉の収縮が……弱まる!
————ああ、だめだ。
わたしは、ここで、おもいきり、もらしてしまうのだ。
ひととしてのそんげんを……うしなうのだ。
もう、とりもどせない————とても、とても、たいせつなものを————
いまここで、ほうしゅつ————
「し、て、たまるもんかああああああああ!!!!!」
私は、大声で叫びながら、全身全霊を以て、力を振り絞り、寝転んだ状態で、脚を内股にする————
「ぁぁああああああああ!!!!!」
堪えろ。堪えるんだ、私の尿道括約筋よ。
私は、こんな所で、大切なナニかを喪う訳にはいかない!
「ふぬああああああああ!!!!!!!!!!」
私は天へと叫びながら脚を内股にする力をより強くする。
そして————————
ふっ、と。
一瞬、尿意が、途切れた————
「とぉう!」
私は右手の中に、”闇属性魔法”で、瞬時にナイフを作り出し、弾性のある謎毛布に、それを突き立てる。腕の怪我?知ったことか————
さくっ!
良し、貫通。
そのまま、ナイフを流す様にして、謎毛布に大きな切れ込みを入れる————
しゃしゃっ!
謎毛布を、十字に切り裂く事に成功した。
私は即座に、内股を維持したまま立ち上がり、寝ているときに見えていた、扉がある場所へ、産まれたての子鹿の様に脚を震わせながら、向かう。
ぺた、ぺたぺた、と、裸足で、少しづつ、ゆっくりと、歩む。
もう少し————もう少しだ。
だが、ここで、また、激しい尿意が私を襲う。
「ふぐ、うう、う!!」
恐らく、私は今、物凄い顔をしているのだろう。
だが、知ったことではない。
今は、ただ、歩むだけだ!
そして、扉の前まで到着。
ただし————
扉は二つあった。
————ダメだ、両方を開けるだけの力が、私にはもう残っていない。
通路を挟んで、右か、左か。
何方かを選び、もたれ掛かって、ドアノブ(L字型)を体重をかけて引き下げ、そのまま、扉の先に倒れ込むように飛び込むしかない。
つまり————この究極の選択を成功させれば、晴れて、この苦しみから解放される訳だが————
失敗すれば————————
いや。
考えるのは、もう、よそう。
ただ、ドアノブを捻ればいい。
そこに、きっと、自由はあるのだ。
私は。
ぷるぷる、と、震える左手で。
左側の扉を開いた。
そして、堪え続けた結果、なんだか朦朧としている意識の中で————————私は、其れを、ぼやけた視界に捉えた————
堂々と佇む、洋便器————
天国が、そこにあった。
私は、右手に持ったナイフで、布のズボンと下着をぶつ切りにし————
解放、された————
個室の中。
一人、洋便器に座る、私は。
「う、うぅ、ううう……ぐすっ」
うわあん、と。
天に向かって————号哭した。
私は。私は————
目の周りが真っ赤になっても。
鼻水で顔がべちゃべちゃになっても。
ただ、ただ、独りで、涙を流し続けた————




