イゴールは、話しかけた。
この世界では、誰もが”魔力”を持って生まれる事が当たり前の事だ。
ヒトであろうが。
亜人であろうが。
魔物であろうが。
野生動物であろうが。
家畜であろうが。
植物であろうが。
強弱の差はあれど、生きとし生けるものは、通常、魔力を宿している。
しかし。
全く魔力を持たずに生まれてくる者が、稀にいる。
————“先天性魔力欠落症”。
その名の通り、身体から魔力が抜け落ちた状態でこの世に生を受けてしまう、特殊な先天性障害である。
原因は不明。数多の魔導師がこの課題を研究してきたが、何一つ、進展が得られなかった為、今ではもう、研究する者も少ない。
この障害を持って生まれた者は、魔力に干渉する力を持たない。
その為、魔法や魔導具など、魔力を使う行動をする事が、一切出来ない。
俗称、”持たざる者”。
しかし、この俗称は、蔑称ではない。
彼らが無力で、魔力を持つ者達に虐げられている訳ではないのだ。
現に、彼————イゴールは、冒険者ギルド、ソルド国、ガルムの町支部内にて、トップクラスの実力を誇る、ギルドランク、A。
即ち、”Aランカー”。
その他にも、この町の冒険者ギルドの機関長、副機関長は、二人とも、先天性魔力欠落症の罹患者、”持たざる者”だ。
それどころか、“人外”とも評される、冒険者ランクSの保持者、”Sランカー”達の1/5ほどは、”持たざる者”だ。
何故、魔力が無い、”持たざる者”達がこれ程までに、強者として大成しているのか。
それには、”持たざる者”にしか無い、幾つかの”特性”が有るからなのだがーーーー
閑話休題。
そんな事情を抱えたイゴールには、今、目の前で壁に貼られた依頼書を即決で選んで破った幼女が、”賢者の域”にまで足を踏み入れているとは知らない。
ーーーーまぁ、本人である彼女も知らないのだが。
ただ、イゴールは、彼女から、強者の気配を感じ取っていた。
“持たざる者”の特性の一つで、存在を感知した対象の強さがある程度判るというものだ。
その感知の正確さは、感覚を鍛え上げるほどに、正しくなって行く。
イゴールは、そこまで感知が得意な訳ではないが、それでも、彼の感覚は、非常に洗練されている。目の前の彼女がある程度の実力を持っている事は分かった。
そうして、暫く彼女に注目していて、イゴールは、気付いた。
彼女が壁から破り取り、手に持っている依頼は、”Dランク”以上が受注条件の依頼だった。
彼は、咄嗟に彼女に話しかけた。
「おい、そこのチビ」
彼の口から出た言葉で、周囲に彼の重圧が渦巻く。
彼は優しく、"おうい、そこのおちびさん"といったニュアンスで話しかけたつもりでも、その言葉には、"恐怖"が乗る。
周りの冒険者達は、背筋に一瞬悪寒を感じたが、直ぐに落ち着いた。やはり、慣れているのだ。
目の前の幼女は、くるり、と、此方を振り向く。
彼女は、イゴールと、目を合わせた。
イゴールにとって、その目は、初めて見た目だった。
彼女の表情には、何処にも驚き、恐怖、といった、感情が無かった。
無表情。
彼は、今まで生きて来た中で、初対面の際に、平然とされる事は、一度も無かったのだ。
街中の人々は恐怖の目を浮かべ、ある程度以上の強者は、驚いた顔をする。
Aランカーの彼より、圧倒的に優れた実力を持つ、Sランカーの冒険者ですら、彼の周りに渦巻く重圧を感じ、驚かない事はなかった。
————彼の母は、子を身に宿した時から、全身に異常な圧力感を感じるようになり、身体の弱さから、彼を産む時に死んでしまった。
母の死体から這い出て来たその赤子に、彼の父がまず感じた感情は”恐怖”だった、と、彼は聞かされている。
彼の父は、この子が、悪の道に進んでは、世界が滅ぶと本気で思った。
その為、彼の父は、幼少期から、自分の子が正しい道を歩めるように、優しい人間になれるように、と、精一杯の真心を込めて育てた。
そして、彼は、人の事を思いやれる、”いい人”となった。
だが、彼が身に纏う”恐怖”は、人との関わりを許してはくれなかった。
父も死に、独りとなった十三歳の彼は、引き取られた親戚の家で、激しい虐待を受ける。
彼は、やり返そうとはしなかった。
ただ耐えたのだ。
彼は少し、人に優しくなり過ぎた。
威圧感を常に身に纏っているというのに、何をやってもやり返そうとしない彼を、気味悪く思ったのだろう。
そのうち、親戚の家すら追われてしまい、彼は各地を放浪する旅人となった。
幸い、彼には、飛び抜けた戦闘の才能があった。
彼は毎日野生動物や魔物を倒して、野営をする、といった、サバイバル生活を始める。
そして、紆余曲折して、とある出来事があって、彼の優しさが冒険者達に知られる様になり、今に至っている。
だが。彼の優しさを知っている、顔馴染みの冒険者達ですら、彼の身に纏う”恐怖”には、完全に慣れてはいない。
それなのに。
いま、目の前で彼と目を合わせている、”彼女”は、全く動じる様子が無い。
初めて、彼の目を、初対面で、しっかりと見据えた者は、目の前の”彼女”が初めてだったーーーー




