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TASさんは異世界にて自由に生きたいようです。  作者: 粗茶漬け
TASさんが流浪の旅を始めるようです
35/53

イゴールは、見た。

 その男は、がちゃん、と、手に持っていた双眼鏡を落とした。


 ぱりん。


 レンズが割れた音が、彼の耳には入らない。


 彼は、立ち尽くす。


 彼には、今し方起きた出来事が、現実のものだとは思えなかったのだ。


 だが。彼はその目で見た。


 彼の目に映ったそれは、紛れも無い現実だったーーーー



 ◆◆◆◆



 その男は、”悪人”の様な見た目をしている。


 黒髪。


 左瞼に裂傷跡。


 右頬に大きな火傷跡。


 その他様々な傷跡が、点在しており、異常なまでに目つきが悪く、目を合わせているだけで、背筋が凍るような感覚に陥ってしまうほどの、悪人面。


 どこからどう見ても、”悪人”にしか見えない男。


 だがーーーー彼は別に、何も悪い事はやっていない。


 “お節介焼き”、”優しい”、”いい人”。


 彼と少しでも話したり(コミュニケーション)した者たちは、皆、彼に対してそんな評価を出す。


 どんな人でも、だ。


 それ程までに、”悪人面”の彼はいい人なのである。


 しかし、周りの者から彼を見ると、そんな評価が信じられなくなるほどの”悪人”感を、常にばら撒いている、恐ろしい男にしか見えないのだ。


 さらに、彼に対していい評価をしている人達は、みんな彼に何かしらの弱味を握られ、脅されているが為に、そんな評価を言いふらさざるを得ないのだ、と、彼に対する誤解は、どんどん広がっていった。


 そんな、悲劇の男。


 名は、イゴールという。


 只今、散歩中である。


 彼の通る道には、誰も居ない。いや、居なくなる。


 そして、彼が通りかかった道に面している、店などは、次々に店仕舞いをしたふりをし始める。


 ばたん、ばたばた、かさ、かさささ、といった、ドアを閉める音や、店先の幕を降ろす音が鳴り響いて後には、何も残らない。


 ひゅぅぅ、と、遮るものが無く、風が吹く道を見据えた彼の細い目は、どっしりと据わっている。


 彼にとっては、いつもの事だ。



 ◆◆◆◆◆



 歩き始めて数十分。


 がやがや、と、賑やかな道。


 そこに店を構える者や、道端の通行人達。


 この通りの人々は、彼の姿を見ても、怯える事は無い。


 それどころか、彼に挨拶をしたりしている。


 ———ここは、ソルド王国、ガルムの町、三番地、五十二番通り。


 通称、ギルド通り。


 この街の冒険者ギルドに続くその道は、筋肉ムキムキな男や荒くれ者が闊歩し、名のある武器店や防具屋が連なる、”怖いもの知らず達の通り”だ。


 彼の放つ重圧は、この通りの人間には、慣れたものなのであった。


 何より、この通りを通る人々は、新顔でもない限り、皆、彼の事を知っている。


 彼の優しさを、知っているのだ。


 この通りにある場所こそ、この街で唯一つの、掛け替えのない彼の居場所。


 彼は、ギルド通りを進む。


 その先には、冒険者ギルド。


 今日も、彼は冒険者として、活動をする。


 自分の為ではなく、この通り(自分の居場所)の為に。

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