最終話 笑う門には福来たる
いつもの時間に更新ができませんでした。すみません。
本日、最終話です。
これらの家に属する子どもら全てが、一般的に分かりやすく言えば「霊力」と呼ばれる、陰陽師として必要不可欠な力を備えて生まれてくるわけではない。
現に、わたしの二番目の兄、充の妹、優斗の弟は、「見鬼」の力など陰陽師としての資質を備えていないため、お祓いや祈祷などは一切できず、陰と陽の世界とは無縁のところで生きている。
わたし、優斗、充、わたしの一番目の兄や充の兄のように、力を持って生まれてしまった子どもたちは、陰陽師のいろはを叩きこまれ、力を制御し支配できるようになるまで修練に修練を重ねさせられるのだ。
わたしは合格をもらえるまで十二年を費やした。あの苦しくて苦しくて苦しみしか思い出せない厳しい修行から晴れて解放されたのは、高校入学前だったのだ。
だいたい、中学までが修行の期間とされており、わたしの一番目の兄が中学二年生あたりで修行を終えたのが標準である。
つまり、わたしはギリギリであった。
一方、充は中学入学前、優斗に至っては、小学校四年生頃に合格をもらえたらしい。全く、何てチートなんだ。
まあ、ここまで説明すれば、わたしたちのパワーバランスが分かっていただけただろう。
そして、優斗の力に関しても説明しておかなければならない。
優斗の陰陽師としての資質は、一族の追随を一切寄せ付けない。
それほど、強大なのだ。
何故なら、優斗は――あの『安倍晴明』の生まれ変わりとまで謳われる『先祖返り』の力を有しているからである。
仮に、優斗が持てる力を全て放出したとしよう。
そうなれば、尾崎さんがあの時言っていたように、この京都は一たまりもないだろう。天変地異が起こったぐらいのダメージを負わせられると一族の中では推測されている。
「そっか。明ちゃんや充先輩、そして保科さんは、陰陽師だったんだね」
「麻衣子…」
「麻衣子。そういうことですから、貴女は、少し私たちと距離を置いた方がいいでしょう」
「へ?」
今抱いているこの複雑な気持ちを上手く言葉に表せなかったわたしは、麻衣子の名を呼ぶだけに留まったが、優斗は、はっきりと麻衣子に告げた。
「私たちは陰陽師です。私たちの周りには危険が溢れています。だから、麻衣子は、私たちとあまり関わるべきではないんですよ」
「……それで、距離を置け、と?」
「はい。そうです」
優斗は断言した。
ちらりと横を窺えば、優斗は平然とした顔をしていたが、その瞳を見れば、そこには、断固たる決心と少し悲壮な色を読み取ることができた。
おそらく、優斗は、わたしたちの話を打ち明けなければいけなくなってしまった時点から、ある種の覚悟はしていたのだろう。
「では、謹んでお断りさせていただきます」
「ハ?どうしてでしょう…私の耳には、おかしな日本語が聞こえてきたのですが」
「だから!それは『無理』だと言ってるの!」
「何をッ」
「どうして、あなたたちが『陰陽師』だから、今まで通りではダメなの?」
「だから、それは危険だからと言っているでしょう?」
「何故、そんなに自虐的に考えるの?別に、あなたたちが、わたしに危害を加えるわけではないのでしょう?!それなら!今まで通りでいいじゃない!」
「だからッッ!今までみたいに、俺たちと一緒にいたら、今回みたいに、お前まで巻き込まれるじゃないか!?」
「そんなの、私が勝手に巻き込まれたのよ!別に、あなたたちと一緒に行動してたからじゃない!」
「お前は『高貴な魂』を持っているんだッ!お前は全く気付いていないが、お前の魂は、普通とは違うんだよ!それこそ、バケモノたちが、お前の魂を喰えば、高位の妖怪に匹敵するくらいの力を得てしまうんだよッ!俺たちは、ただでさえ『此岸』と『彼岸』――つまり、この世とあの世を行き来する者だ。麻衣子みたいに、この世だけで暮らしている人とは違うんだよ!俺たちみたいなヤツは、どうしても異形と接することが多いから、半分、アッチの世界に足を踏み入れているようなもんだ!そんなヤツらの側にいたら、バケモノたちは、お前のその魂に絶対目を付ける!正直言って、どうして麻衣子が今まで、こんな怪異にも遭遇することなく、無事に生きてこられたのか、甚だ疑問だが、麻衣子みたいなアイツらにとって極上の餌を、みすみす俺たちの側に置いておくことなんてできないんだよッッ?!」
「……わたしのことが、嫌になったからとかなら、もう言わない――でも、わたしのためだって言うなら引かないッ!!わたしのことを心配して思いやってくれるのは有り難いけど、折角、あなたたちと縁ができたというのにッ―――わたしは、もっと明ちゃんや充先輩、保科さんと一緒にいたいのッッッ」
「麻衣子!」と、感極まったわたしは、麻衣子に抱きつきにいこうとしたが。
「それでも、無理なものは無理だッ!所詮、麻衣子と俺たちとでは、住む世界が違うんだよッッッ」
優斗は、非情にも、そう言った。
(わたしには、優斗を非難することができない)
何故なら、優斗の言っていることは正しいから。
現在、この京都でのお祓い業は、わたしたち以外の一族が主に担っており、わたしたち一族は守護の方に重きを置いているとは言え、この世界には危険がつきものである――それこそ、ヒトの生死に関わるほどの。
麻衣子のことは大事な友達だが、本当に麻衣子のことを思うならば、優斗の言うとおりにするべきなのだろう。
「確かに、あなたたちは『陰陽師』で、わたしがこれまで全く知らない世界で生きてきた――あなたが、『住む世界が違う』と言うのならば、その通りだと思う……でも!」
麻衣子の目には、強い意志が宿っていた。
「それが全てではないわ!だって、あなたたちは、わたしと同じヒトよ!バケモノではない!!保科さん、あなたは『陰陽師』である前に、『優斗』でしょ?!わたしは、『陰陽師』のあなたと共にいたいんじゃない!『優斗』という人間と一緒にいたいのよ!!!」
「ッ!」
「もし、『優斗』と一緒にいて、わたしの魂が狙われ、それで命を落とすことがあったとしても、それは、今、この瞬間のわたしの、『あなたたちと一緒にいたい』という『選択』のせい!あなたたちの『責任』では、決してない――自惚れるんじゃないわよ!わたしが誰と一緒にいるか…――それは、あなたじゃない!わたしが決める!わたしは、わたしの決めたことに『責任』をもって生きるの!そして、わたしの『幸せ』は、わたしが決める!」
「――ッ、麻衣子ッッッ!!!!」
それこそ、魔王の怒りのような表情になった優斗が、次に言葉を発しようとした、その時。
穏やかな声が、この緊迫した雰囲気を見事にぶち破ってくれた。
「まあまあ。優斗くん…だったかな?もうそこら辺にしといたら?きっと彼女、どんなに言い聞かせても、自分の主張を変えないと思うよ?」
「尾崎さん…」
「優斗くん……君って、一見冷めているようなクールくんなのに、実はとても熱い男なんだね。若いっていいねえ~」
「…主様。少し、年寄り臭いですよ。このままでは、主様の年齢がばれてしまいます」
「!!……黒斗。仕方がないじゃないか――これでも僕の四分の一は妖怪の血が流れてるんだから、ヒトの二・三倍は寿命があるだもん」
「そうですが…ここには明さまもいらっしゃるんですよ」
「ああ!そうだった……なるべくおじいちゃんとは思われないようにしないとな―――…エエ…ゴホンッ。今のは何でもないよ――と、話を戻そう」
尾崎さんは、一度、目の前に置かれたお茶を飲むと、こう続けた。
「優斗くん。彼女は、ここまで言ってるんだ。彼女のその想いを受け入れてあげたらどうかな?」
「ですが……」
「僕は今まで、いろいろな人に出会ってきた。僕たちみたいな業界に身を置いている者に対して、ここまで言ってくれる人なんて、そうそういないよ?それに…」
「……」
「優斗くんは強い――彼女のことだって、君くらいの力の持ち主なら守ってあげられるんじゃないかな?」
「!」
「大切なものをみすみす手放してはいけないよ。それに、君には、その大切なものを『ほしい』と手を伸ばせる度量があるはずだ」
「……そう、ですね―――…麻衣子」
「!」
「麻衣子の言ったこと、本当は、嬉しかった―――…これからも、今まで通り、一緒にいてくれますか?」
「うん!もちろんよ!ありがとう!!!」
「うんうん。よかったよかった――『名は体を表す』とはよく言ったものだ」
「どういう意味なのだ?尾崎さん?」
「きっと、彼らは感づいていると思うけど…『麻衣子』さんの『麻』という字には、衣服などの繊維である『麻』という意味が一般的に知られているけど、他にも『魔』という意味もあるんだよ」
「『魔』…」
「『麻』って、『絹』ほど高級ではないけど、通気性と肌触りがいいから、今でも服を作る時に用いられるね。いろいろな人に親しまれるっていうこともあるんだろうけど、『麻』って結構丈夫なんだよね。『魔がさす』という言葉があるくらい、いろいろな意味で『魔』は身の回りに存在する。そんな『魔』に負けないで丈夫に逞しく生きてほしい――そんな意味もあるのかもしれないね…――麻衣子さんのご両親は、麻衣子さんのこと…どこまで知っていたんだろうね…」
わたしは、含みをもたせた尾崎さんの発言に逡巡していると、優斗が口を開いた。
「そういえば、麻衣子は田舎の出だと聞いていましたが…」
「ええ、わたしは神話とかで有名なところから、京都へ来たの」
「もしかして、麻衣子の出身は、そこではないのでは?」
「ええ!どうして分かったの?わたしの出身は、『御上市』よ」
「エ!」
「やはり…」
わたしが、麻衣子の発言に驚いていると、少し考えるようなそぶりをした優斗が言った。
「麻衣子。私の家『保科家』は『ホシナグループ』を率いています」
「ええ!?御上市に拠点を置いている大企業じゃない!」
「何故、私たち『保科家』は、わざわざ京都から離れ、『御上市』に拠点を置いているのでしょうね?」
「そう言われれば…別に京都だって発展しているし、場所的に近畿圏で日本の中心あたりだから、どの地域にもアクセスしやすいもんね。京都で企業しても、『御上市』で企業するのと、そんなに変わらないわ」
「ええ、そうです。では、一体、何故?」
「それは…『御上市』にしなければいけない理由があったから?」
「そうです。『御上市』とは、本来『御神市』と表記されます。その名の通り――『神が坐する都』。最も敬われるべき都であるのです。それは、何故か……『御上市』には、名のある姫や偉人の生まれ変わり、そして…『高貴な魂』を持って生まれてくるものが、他の地域より多数存在します。だから、我々の業界では、『神』の威光が一番ある場所として知られています。もちろん、そうなると、バケモノどもにとっては、天界のような魅力的な所であり、地獄のような場所となります。バケモノたちも、全てが全て、あの猫又のように悪しきモノというわけではありませんが、あそこは特別。一瞬でも気を抜けば、正気を失い理性を奪われ、常世のもの全てを貪り尽くしてしまうまでとなってしまうでしょう。かなりの力と理性を持っていなければ魅了され惑わされてしまうモノが多く発生してしまうため、『保科』によって管理されるようになったというわけなのです」
「そうだね~、僕もできれば、あそこには近づきたくないよ。『おがみし』なんて、本当に『名は体を表す』だよね――…そうそう。僕の名も、君たち同様そうだよ」
そろそろ僕サイドの話もしようかと、尾崎さんは静かに語り出した。
「僕の名字『尾崎』は、本来『尾裂狐』と表され、僕の祖父――正確に言うと、曾祖父なんだけど、いちいち説明するのが面倒だから、祖父、僕はクウォーターで通してるんだ――僕の祖父の名は『濡髪童子』。今でも、実在する、天狐さ」
「天狐だと!」
(千年は生きた狐がなるとされ、九尾を持ち、千里のことを身通すと謳われる神獣ではないか!)
「『濡髪童子』の話は、君たちも知っているよね」
昔、知恩院に霊巖上人がおられました。
ある日、上人の枕元に、濡れ姿でシクシクとすすり泣く童子が現れました。
実は、この童子――古くからこの地に住む白狐でありましたが、とある事情で、住処を失っていたのでした。
憐れに思った上人は、この童子のために寝ぐらを作ってやりました。
すると、童子は大喜び!
後日、再び枕元に、童子は現れました。
童子は、お礼に知恩院を火災から守ることを誓い、その証に堂の軒下に傘を置いていった、とさ。
その後、上人はその童子を『濡髪童子』と名づけ、祠にお祭りしたとされている。
「その『濡髪童子』が、僕の祖父だということだよ。だから、僕の名前は『恩』――『知恩院』から一字をもらったんだ…つまり。霊巌上人から受けた『恩』を忘れないで、これからもその『恩』を返していってほしいという意味が込められている。だから、僕は、この京都を、特に知恩院を守る使命を果たさなくちゃいけないんだ。この黒崎――黒斗は、僕の先代から仕えてくれている一族の『黒狐』であり、僕の使命を共に負ってくれるパートナーさ――…ただ、他にも、『金狐』『銀狐』『白狐』――普段は猫や人間に化けている狐たちに懐かれてしまって……僕の屋敷は、こんな風に『猫屋敷』とかしてしまったんだけどね」
「それは、主様がお優しく、どんなモノでも受け入れてしまわれるからです――きっと、あいつ等も、主様の非常時には、命を賭してお守りするでしょう」
「…そんな、重たいの、いらないんだけど…」
「いえ!主様!!貴方様は、ご自分を過小評価しすぎでございます!」
「そんなことより!!!」
「へッ?そんな、こと?」
急に、今まで黙って尾崎さんの話を聞いていた麻衣子が、身を乗り出しながら声を上げた。
「尾崎さんのお話はそれで終わりですか!?」
「うん…そう、だ…けど」
「もっと大事な話があるはずでしょ?!なら、わたしから訊かせてもらいます!」
「はい…どうぞ…」
「尾崎さん!『香織さん』という方とは、どういった間柄なのでしょうか?」
「!!」
(麻衣子、それはッッ)
「『香織さん』?何故、その人のことを君が?」
「そんなこと、どうでもいいんです!その『香織さん』とやらとの関係を聞かせてください!『恋人』なんですか!?」
「えっ!?『恋人』なんてそんな…」
「じゃあ、『片思い』でもしてるんですか?!」
「えええ!?違うよッ、誤解だよ!彼女は、僕の同僚で、今回の猫又事件の被害者でもあるんだ。だから、たまたま今回保護して…」
「じゃあ、どうして、名前で呼んでるんですか?!」
「だって、彼女も、僕と同じ名字『尾崎』なんだ!だから、区別しやすいように、僕を『尾崎』彼女を『香織さん』と呼ぶように、職場で決められているんだ。それにそもそも、彼女は、黒崎狙いだしッ……て!明ちゃん!どうして泣いてるんだい?」
「あ…」
「えええ!明ちゃん、大丈夫?!」
わたしは、自分で思っていたよりも、不安に思っていたんだ。まさか。
(泣くなんて、な)
それだけ、わたしの尾崎さんに対する想いは強かった、ということか。
驚いた顔をしている麻衣子、静かに見守っている充、口元を緩め温かい視線を浮かべている優斗、呆れたように尾崎さんを見る黒崎さん――そして。
この場で一番慌てふためく彼の顔を見ていると、どことなく、温かい気持ちになってしまって。
「!」
気付くと、わたしの顔は、笑みを取り戻していた。
すると、何故か、頬を赤く染めた尾崎さんが、頬笑みながら言った。
「やっぱり、明ちゃんには、笑顔が似合うな」
今度は、わたしが、顔を赤くする番だった。
「世にも奇妙な猫物語」
(完)
ここまで、お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
このお話は、前作の過去編、またの名をアンサー編ということで、ファンタジー要素が強くなり、あまり恋愛要素が足りなくなってしまいました。
…この挽回は、番外編でやる!――――という、予定です。
とりあえず、年内に、短いですが、エピローグを載せます。
もしよければ、そちらにも目を通してやってください。
ここまで、本当にありがとうございました。
今度ともよろしくお願いいたします。
では!よいお年を!!
月嶋 ゆう