ナツの真実
ユキの書斎。
そこには、狐の耳の少年ロクもいる。
ロクは、ユキと向かい合い、机を挟んで片膝をついて座った。
「ユキ様、こちら来週のあやかし会議の資料です! お届けに参りました!」
「ああ。目を通しておく」
「つかぬことをお聞きしますが……」
「なんだ?」
「毎年、七夕婚はお断りされているのに、今年はなぜお引き受けになったのですか?」
「……なぜそんなことが気になる」
「そりゃ、数十年、人間界にだって降りたってなかったのに! 気にならないわけがないです!」
「……はあ」
「もしかして、ナツ様は、なにか、あやかしの世界に必要な力でもお持ちなのですか?」
「いや……そういうわけではない」
「では、なぜです? まさか、一目惚れなんて言わないですよね?」
ロクは、ニヤッと笑い、冗談っぽくユキに問いかける。
「……」
「そ、そうなのですか!?」
「ち、違! 違うというか、違わないというか、違くはない……」
赤面するユキを目の前に、ロクは「ええ!!」と飛び跳ねて驚いた。
ユキは、これまで女性に興味がなさそうな素振りばかりしていた。
ロクは、ユキが女性に興味を持ったことに加えて、ナツに一目惚れをしたなどというので、大変驚いたのだ。
「ロク、うるさい。だまれ!」
この二人のこういったやりとりは、屋敷では日常茶飯事のこと。
主従関係ではあるものの、ユキは、自分の家に仕えるものたちを心から信頼し、妹弟のように可愛がっているのだ。
「ユキ様、失礼します。マツとユユでございます」
ユキは、赤い顔をなんとか元に戻そうと努力しながら、部屋の外から聞こえる声に「入れ」と許可を出した。
二人は、ユキの前で正座する。
「……ユキ様、ご報告がございます」
「ああ、なんだ」
「ロク、外してくれないかしら?」
「ええ!! なんでだよ! 先にユキ様と話していたのはこっちだぞ!」
ロクは、ぴょんぴょんとマツとユユの周りを回りながら駄々をこねた。
「……ナツ様のことだからよ」
「そういうことなら、僕も聞いておいた方がいいじゃないか!」
ユユの肩に手を置いて、足だけぴょんぴょんとするロクに
「ロク、悪いが外してくれ。お前に共有すべきことであれば、俺から伝えよう」とユキが静かに言った。
ユキは、すでに赤い顔から通常の白くて美しい顔に戻っていた。
「ちぇっ! わかりました。じゃあ、あやかし会議の件、よろしくお願いしますね!」
ロクは、プンプンしながら部屋を出ていった。
ロクの足音が聞こえなくなったのを確認すると、ユキはマツとユユに質問する。
「で、どうした? 報告とは?」
「ナツ様なのですが……左半身にアザがあるのはご存知ですよね?」
「……!?」
「……え? ご存知ないのですか?」
「まさか、昨日の初夜は……」
「う、うるさい。ナツが怯えていたから、手は出さないから安心しろと言ったのだ」
「えええ!」
「はあ、まったく。旦那様ったら。これが世界に名を馳せる大妖ですか……」
「なんだその言い草は!」
少しムッとした様子のユキを、まあまあとマツはなだめる。
「だから、今朝、体は大丈夫か確認したら、ぽかんとしていたのよ」
「そりゃそうよね。私なんてユキ様に激しく求められたんじゃないかって、ヒヤヒヤしちゃって」
「そうよね、今まで女の影すらなかったし」
「そういう人って目覚めちゃうじゃない? 一回女性を抱いてしまうと……」
マツとユユが二人でこそこそと話していると、こほんとユキが咳払いをする。
「おい、おまえたち。いい加減にしろ」
「「はーい」」
「それで、左半身のアザとは……? 俺が見たのは手だけだったが……」
「おそらく小さい頃に、ひどい火傷を負われたのではないかと思います。左半身全体に。相当な痛みだったのではないでしょうか」
「そうか……」
悔しそうに唇を噛むユキを見て「それだけではないのです……」とユユが言いづらそうに口を開く。
「それだけではないとは、どういうことだ?」
「背中や太ももに鞭のようなもので打たれた跡がありました。古傷ですが、ずっと体罰を受けていた人の体です」
「なんだと!?」
ユキは、書斎にある机を叩きながら立ち上がった。
まるで怒りが収まらないというふうに。
「それと……」
「ま、まだあるのか!?」
ユキはグッと拳を強く握った。
◇◆◇
お屋敷の縁側。
ナツは、窓を一枚、一枚……とふき掃除する。
台所にあった未使用の布巾を一枚借りていたのだ。
(旦那様には、やりたいことを……と言われたけれど、何も思いつかないから……。それに、こんな広いお屋敷だと掃除が大変よね。敷地はどこまで続いているのかしら)
ナツは、窓の外に顔を出してみる。
左右を見渡しても、この屋敷は、果てしなく続いているように見えた。
(不思議だわ。これがあやかしの世界なのかしら。みなさん、姿は、人間とさほど変わらないのに……)
マツとユユは、真っ白な人間離れした肌をしている。
ロクという七夕橋で話した少年は、狐のような耳がついている。
ただ、それ以外は人間と変わらない。
ユキに関しては、そのような違和感すら感じないのだ。
「お前、何をしてるんだ……?」
ナツが振り返ると、そこにはユキがいた。
そして、また、驚いた顔をしている。
(驚かせてしまったわ……)
「申し訳ありません……窓拭きを……」
「そんなことはしなくていいと言っただろ」
そう言ってユキはナツに駆け寄り、抱き寄せた。
(え……)
突然のことでナツは驚いたが、ユキがなぜか震えていたので、そのまま受け入れる。
ユキは、昨日、人間界からこのあやかしの世界に連れてくる際に、ナツを抱き上げたときの軽さを思い出した。
成人女性とは思えない軽さだったのだ。
それに、先ほどマツとユユから「ご飯をろくに食べさせてもらえてなかったのではないか」と報告された。
何をしているかと思えば、使用人のように常に仕事を探している。
ユキは、ナツの心と体に染みついた苦労を心配せずにはいられなかったのだ。
ユキの力は、だんだんと強くなる。
一方ナツは、ユキに何かあったのだろうと察した。
そして、ゆっくり抱きしめ返した後、背中を優しくさすった。
「……!?」
動揺した様子でガバッとナツから離れたユキは、顔を真っ赤にしている。
「旦那様、どうされたのですか?」
「な、何をしているんだ!」
「旦那様が震えているような気がしまして……。小さい頃に母がよく背中をさすってくれたんです。落ち着きませんか」
ナツが微笑むので、ユキはさらに赤面した。
(……天然でやってるのか、勘弁してくれ)
頭を抱えるユキ。
ナツは、「旦那様、どうされましたか?」と顔を覗き込む。
ユキは、居てもたってもいられず、またナツを抱きしめた。




