ナツの朝食
「ナツ様! 何をされているのですか!」
「マツさん、ユユさん、おはようございます。勝手にお台所をお借りして申し訳ありません……。朝食の支度を……」
「ナツ様は、そんなことなさらなくていいのです! お休みになっていてくださいませ」
朝5時。
朝食の準備を始めていたナツに、マツとユユが駆け寄る。
「でも……いつも通り、4時に起きてしまって……。それに、一年間お世話になるので、朝食を作るくらいは……」
「一年間?」
「何をおっしゃっているのですか?」
マツもユユもキョトンとした顔をしている。
「お米は、しかけてあります。味噌汁のお出汁を今とっているところで……」
「完璧に準備されているわ……」
マツとユユは、目を見開いた。
「お野菜がどこにあるか分からず、お米とお味噌があったので……副菜まで準備できず申し訳ありません」
「そ、そういうことではなく!」
「ナツ様は、この屋敷の奥方様なのですから、このようなことはなさらなくていいのです」
「で、でも……何もしないでいるのは、申し訳なくて……」
うるうるした瞳でナツは二人を見た。
「わ、わかりました。今日だけですからね。それに、ユキ様にも報告いたしますよ」
と、マツは呆れ顔。
「お体、大丈夫なのですか。ご無理なさらないでくださいね」
と、ユユ。
(あんな上等なお布団で寝かせてもらったんだもの。体は元気なのに何を心配されているのかしら……)
「二人ともお気遣いをありがとうございます」
「さあ、ユキ様が起きる前に準備しましょう」
「野菜は私が持ってきますので、少々お待ちくださいね」
「はい」
ナツのニコッとした初めての笑顔に、マツとユユはまた驚く。
「美人な方と思っていたけれど、笑うとこんなに可愛らしい方だったのですね」
ユユはナツに聞こえないようにつぶやくと、勝手口から野菜を取りに出た。
◇◆◇
和室の前。
ナツ、マツ、ユユの順で三人で並ぶ。
「旦那様、失礼いたします」
襖を開けてお膳を運び、ナツがユキの前に膳を置く。
ナツの膳は、向かい合わせの場所にマツが置いた。
ユユは和室の端であたたかいお茶を淹れている。
「なぜ、お前が膳を運んでいる?」
ユキの厳しい声にナツはビクッと体を強張らせた。
(私が運ぶのは失礼だったのかしら。マツさんかユユさんに運んでいただかなくてはいけなかったのかも……)
マツがユキの質問に反応する。
「今朝は、ナツ様がユキ様のために朝食を準備してくださったのです」
「な、なんだと!? ナツに朝食を作らせたのか?」
「ユキ様、落ち着いてください。ナツ様のお話を聞くべきかと」
「そうですよ、ユキ様は決めつけるところがありますから。さあ、ナツ様、あたたかいお茶もどうぞ」
「……え、この向かいにあるお膳は、私のものですか?」
「「「え……?」」」
ナツ以外の三人がハテナマークを頭に浮かべている。
「当たり前です。ナツ様はユキ様の奥様なのですから。朝食は一緒に召し上がってください」
「……わ、わかりました」
(一年限りということを旦那様は、私にしかお話しされていない。マツさんとユユさんには、まだ正式な妻ではないと話したいけれど、きっと秘密にしておいた方がいいのよね)
「「それではごゆっくり」」
そう言って、マツとユユは部屋を後にした。
ユキとナツは二人きりになり、沈黙が続く。
(旦那様に勝手に朝食を作ったことを謝らなきゃよね。でも怖い顔をしていらっしゃるし、発言していいと言われてないのだから、今は黙っておいた方がいいかもしれないわ)
「なんで朝食を作った?」
ユキの声で、ナツはハッと顔を上げる。
「申し訳ありません、旦那様」
「怒っているのではない。理由を聞いているのだ」
「……は、はい。一年間、ここでお世話になるのですから、何か役に立つことをさせていただきたいと思ったのです」
「……名家のお嬢様なのに、朝食など作るのか?」
「家では、ご飯の支度やお洗濯、お掃除などすべてやっておりました。今日の朝食、お口に合うといいのですが……」
「すべてやっていた!? 本当か……?」
ユキは、目を丸くしている。
「はい……。ですので、他もお任せいただければ、精一杯勤めます。お世話になる分、恩返しをさせてください」
「……ここでは、何もしなくて良い。やりたいことをやって、自由に過ごせ」
「やりたいこと……」
「何か不満か?」
「いえ……やりたいことなど今まで考えたことがなかったもので……」
「はあ、もうよい。食べるぞ。……いただきます」
(旦那様をイライラさせてしまったわ……何かやりたいことを見つけておかないと)
「……いただきます」
(それにしても、誰かと食べるのは何年ぶりかしら。手が空いた時間に残り物をかき込むしかなかったから)
ナツは、久しぶりのあたたかいご飯に感動する。
いつもは冷たくなって硬くなったものを食べていたからだ。
「……うまいな」
ユキは、ナツが作ったという朝ごはんのあまりの美味しさにつぶやいた。
「はい、美味しいお米とお野菜です」
(こんなもっちりとしたお米と甘みのあるお野菜。きっといいものに違いないわ)
「それはそうだが、俺は、お前が作った朝食がうまいと言っているんだ」
「え……?」
「な、なんだよ」
ユキは、普段人を褒めたりしないので、不自然だっただろうかと顔を赤らめる。
「褒めていただいたのは初めてで……ありがとうございます。旦那様」
ナツが笑いながら目に涙を浮かべると、
「ほら、さっさと食べろ。冷めるぞ」
と、ユキは優しくナツを促した。




