一年だけの夫婦
ナツが気づいた頃には、大きなお屋敷の前に着いていた。
慣れない花嫁衣装を着て、橋の上で緊張しながら1時間立っていた疲れが出たのだろう。
ナツは、いつの間にか、ユキの胸の中で寝てしまっていたのだ。
「おかえりなさいませ。ユキ様」
お屋敷の門をくぐると、ロクと同じように狐のような耳をつけた子どもたちや、天狗のような鼻のおじいさん、鬼のツノを生やした青年など、あやかしを思わせる面々が、二列に並び、ユキ達を迎え入れた。
「あの、重かったですよね。申し訳ありません。私、もう歩けます」
ナツは、ユキに懇願する。
一方ユキは「ここまできたのだ。心配は無用だ」とナツをさらにしっかり抱きしめた。
「……」
「寝室に案内する」
その言葉を聞いてナツは、ハッとした。
今日、ユキとナツの結婚が成立したのであれば、初夜を迎えることになる。
あやかしとの初夜の作法など、誰も教えてはくれない。
それに、本当に結婚してもらえたのか、ナツはずっと懐疑的であった。
もしかすると、食べられてしまう可能性もある。
寝室の前に着いたようで、ユキは足を止めた。
「ユキ様、ナツ様、準備は整っておりますわ」
「支度を頼む」
ユキはやっとナツを自分の腕からおろし、美しい精霊のような女性二人に支持をした。
この二人は、双子だろうか。
全く同じ顔をしている。
「「承知いたしました。支度が整いましたらご報告いたします」」
「頼んだぞ。マツ、ユユ」
◇◆◇
それからナツは、マツとユユと呼ばれた女性に風呂に入れられた。
ナツはされるがまま、自身の左腕を見つめる。
(もしも今日、夫婦になるための初夜を迎えるのだとしたら……乗り切れるかしら……。でも、このアザを目の当たりにしたらあのお方はきっと……私を抱きたいとは思わないわよね……)
マツとユユは、ナツの体を優しく丁寧に洗った。
すると、みるみるナツの化粧は落ち、左半身のアザが浮かび上がった。
「あの……見苦しい姿で申し訳ありません。あとは、自分でやりますので……」
「ナツ様、大丈夫ですわ。ユキ様が治してくださいます」
「……え?」
「それに、見苦しいなど思いません。美しいですよ」
マツとユユは、優しい表情をした。
その後は、何も言わずにナツの世話をした。
時折り、マツとユユは、ナツの背中や太ももにある痛々しい古傷を見て、苦しそうな表情をしたが、その傷について質問することはなかった。
継母に鞭で打たれ、松葉杖で殴られたときの傷だが、ナツがもう痛みを感じることはない、古い傷だった。
ナツは、マツとユユを見ていると、トメとトキのことを思い出した。
年齢は違うけれど、トメとトキのようなあたたかさを感じたからだろう。
ナツは、二人に身を委ねることにした。
花嫁姿から一変。
寝るための白い浴衣に身を包まされたナツは、寝室の奥にあったお風呂場から改めて寝室へと移動した。
ナツの全身真っ白のその姿は、美しかった。
マツもユユも納得のいく出来栄えだと、誇らしげだった。
「お待たせしました。ユキ様」
マツの言葉に「ああ」とユキが反応し、ナツは部屋に入る。
「ナツ様、私たちはここまでです。ユキ様はお優しい方ですから。大丈夫ですよ」
「身を任せればよいのです。ナツ様は何も不安になることはありません」
マツとユユが不安そうな表情をしていたナツに、こそっと声をかけた。
(お二人はとても優しい方だわ。こんなアザものの私によくしてくれて……)
「……マツさん、ユユさん、ありがとうございました」
ナツは二人に礼を言い、ユキの元へと歩みを進めた。
◇◆◇
布団が二枚。
ぴたりとくっつけてある。
ナツはごくんと息を呑んだ。
二枚のうち、一枚の布団の上に、ユキはあぐらをかいて座っている。
ナツはお待たせしないようにサササと移動し、布団のそばの畳の上に正座した。
「なぜそこに座る?」
「……?」
「布団の上へ」
「……え?」
「こちらに来なさい」
ユキは立ち上がると、ナツの手を引き、布団の上にナツを座らせた。
(ふわふわだ……)
ナツは、継母が来てからまともな布団で寝たことがない。
掛け布団のような薄い敷布団に毛布一枚で、冬も夏も過ごした。
冬は寒かったし、夏は暑かったが、トメとトキが湯たんぽや氷嚢を貸してくれてやり過ごした。
「そう怯えるな」
ユキは、ナツの手を優しく握った。
ナツは、アザが覗く左手を握られたことを気づき、ハッと我に返る。
「申し訳ありません。汚いので……」
ナツがユキの手を自分の左手から離そうとすると、ユキはガシッとナツの手を掴みなおした。
「汚いなどと思ったことはない。誰かに言われたのか?」
「……いえ」
父・一雄だけではない。
継母も妹サキもこのアザのことを汚い汚いと罵った。
ナツの中では、アザは汚いものだと変換されているのだ。
「……お前」
「はい」
ナツは返事をして、ユキの顔を見つめた。
(美しいお顔だわ……白い肌、銀色のサラサラの髪、黒くてまっすぐな瞳……)
「俺は今日お前を抱く予定はない。安心してくれ。初夜はなしだ」
ユキの言葉に、ナツはなんとも言えない気持ちになった。
(やはりアザのことが気になるのね……。でも、今日初夜を迎えなければ、私はどうなるのだろう)
「結婚は……なしということでしょうか」
「……!? ち、違う! そういう意味ではない」
焦った様子のユキ。
ナツは、何を焦っているのだろうとぽかんとする。
「では……なぜ今日の初夜はなしに……」
「七夕婚は、一年後の七夕までに、お互いが夫婦として愛し合わなければ婚姻が消されることになっている」
「一年後の七夕……」
「ああ、来年、本当の婚姻関係になるのだ」
「一年後、愛し合っていればということですね……」
「……ああ」
ユキは、自信がなさそうに俯いた。
ナツは、ユキの様子が気になったようだが「承知いたしました」と頭を下げた。
ナツは、生贄である。
愛し合うも何も一年後に自身が捨てられるのだと理解したのだ。
「こちらの世界では、すでに私たちが夫婦であると思われている。だから、一年間、夫婦らしく振る舞ってくれ」
「承知いたしました、旦那様」
「だ、旦那様!?」
「え……失礼でしたか」
「い、いや。そういうわけではない」
ナツは、握られていた手をそっと話して姿勢を正した。
そして正座したまま、深く礼をする。
「旦那様。一年間よろしくお願いいたします」
「ああ。寝室が一緒で悪いが、許してくれ。ただ、毎日お前におやすみと言いたいのだ。許してくれるか?」
「……はい、もちろんでございます」
「……ありがとう。おやすみ」
ナツは、ユキが少しだけ顔を赤らめたような気がした。
でも、その後、ユキが布団の中に入り、反対側を向いて眠りに入ったので杞憂だったなと思い直す。
ナツは蝋燭をフッと消した。
「おやすみなさい。旦那様」
(一年間は、このお屋敷で生活させてもらえるのよね。一年後、ここから出ていかなくてはならないとしてもこんなありがたいことはないわ……。明日から精一杯勤めよう……この恩をお返ししなくては)




