七夕橋に降り立つ大妖
七夕の夜。
天の川のもと、帝都の中心にある「七夕橋」にあやかしは降り立つと言われている。
七夕の日の十二時ちょうど。
人の世界とあやかしの世界が繋がるのだ。
夜十時に支度を終えたナツは、父・一雄の部屋の前で最後の挨拶をする。
「お父さま、これまで大変お世話になりました。ありがとうございました」
「さっさといけ。疫病神が」
襖越しに一雄の声が聞こえる。
どうやら最後は、顔も見ないらしい。
(厳しいお父さまだったけれど、4歳の頃にもらった短冊の形をした髪飾りだけは、持っていこう)
そっと胸元に一雄からもらった髪飾りを入れる。
ナツは、それ以外は何も持たず、身一つで七夕橋に向かうのだ。
使用人同様の扱いを受けていたのだから、当然自身のものなど何もない。
玄関を出ると、継母と妹サキが立っていた。
「お義母さん、サキ、本日までお世話になりました。ありがとうございました」
ナツが深く礼をすると、
「馬子にも衣装ね。お母さま」
と、サキが鼻で笑った。
継母は、
「ふふふ。そうね。その言葉ぴったりだわ」
と、サキに同調し、続ける。
「アザはちゃんと隠せたの? 大丈夫かしら? もうこの家には戻って来られないのだから、最後くらい役に立ってくださいな」
そう言って、二人は家の中へそそくさと入ろうと玄関へ向かう。
ナツが継母とサキに日頃から受けていた体罰に比べれば、こんな暴言など易いものだ。
「行きましょう。ナツ様」
「夏なので衣装が暑いでしょう。仰ぎながら参りましょうね」
トメとトキだけが七夕橋までついてきてくれるようだ。
歩き始めると、
「トメさん、トキさん、何やってるの? もう遅いんだから休みなさい。その子は一人でいけますよ。ねえ、ナツ?」
そう言って、継母が首を傾げる。
トキとトメは、体を硬直させた。
こう言われてしまうと、トキとトメはナツについていくことができない。
(トメとトキには、最後まで心労をかけてしまったわ……)
「大丈夫よ、ありがとう。トメとトキに出会えて私は幸せだったわ」
ナツは小声でふたりに礼を言い、七夕橋にひとりで歩みを進めた。
「「ナツ様、お元気で」」
トメとトキの絞り出した涙声に、ナツは一筋二筋と涙を流した。
◇◆◇
七夕橋の上。
十一時前から、橋の上であやかしを待つナツは、不安に駆られていた。
「十二時にお迎えに来られなかったら、あやかし様は私との結婚を拒否されたということよね」
これまで辛いことがあっても弱音を吐かなかったナツだったが、今回ばかりはどうも落ち着かないのだ。
婚約の相手は、あやかしでどんな姿かもわからない。
それに、迎えに来ない可能性が高いのだ。
ここ数十年迎えられていない花嫁。
ナツが花嫁に選ばれることなんて、可能性としては限りなく低い。
ナツはふと満天の星空を見上げた。
「きれい……」
あまりの美しさに数十分の間は、何も考えずにいられた。
ただただ、美しい星空だと思ったのだ。
でもその後は、帝都を出た後、どこで暮らすのがよいのか、どうやって生活していこうか、そればかりを考えるしかなかった。
自分は捨てられたのだ。
十二時の刻。
星空が輝き、流れ星がキラッと光ったと同時に、橋の向こうから男性が歩いてくる。
男性の婚礼衣装なのだろうが、少し変わった袴姿だ。
きっと、あやかしの世界の衣装なのだろう。
ただ、あやかしとは思えない人間のような容姿。
顔立ちは美しく整っていて、長い銀色の髪は橙色の紐で縛られている。
男性は、ナツの近くまで来たところで、足を止めると、
「ようやく、迎えに来れた」
と、言った。
ナツは驚きながら、
「は、はじめまして。ナツと申します」
と、頭を下げた。
「……」
顔を上げて、なぜか黙ってしまった男性の目を見る。
ナツは、どうやって婚礼を断られるのだろうと覚悟しながら男性に対峙した。
すると、男性の後ろから、小さい金髪の少年がひょこっと顔を出した。
耳は狐のように尖って頭の上についている。
「こんばんは。ナツ様! お会いしたかったー! 僕は大妖・ユキ様の従者、ロクです。 さあ、いきましょう! 僕についてきてください!」
ぴょこぴょことナツの周りを歩きながら、ナツに話しかけるかわいらしい少年は、ロクというらしい。
ロクは、大妖の従者と言っていた。
目の前のこの男性は、大妖なのだろうか。
「あの……ロク様。私は、結婚をお断りされるのではないでしょうか」
ナツが恐る恐る確認すると、
「ユキ様は、お迎えにいらっしゃったと申しておりましたではないですか! 安心してくださいませ!」
と、ロクはニコッと笑った。
ロクは人懐っこさを十分に発揮して、ナツの手を握った。
「おい。ロク!」
「まったく。ユキ様は恥ずかしがり屋なんだからー!」
「うるさい。それにその手を離せ」
ナツは、どうしたらいいのか戸惑う。
(私は、大妖であるこの方の花嫁になるの……?)
「ナツ様、大丈夫ですよ。怖い怖いユキ様から僕が守ってあげますから! えっへん!」
(怖い怖いユキ様ということは……あやかしの世界に連れて行かれて、食べられてしまうとか……?)
「きっと、私はまずいかと……」
「何言ってるの? ナツ様?」
ロクは手を握ったまま、ナツの顔を覗き込んだ。
ナツは、花嫁に迎えてもらったとしても、いつの日か食べられてしまうとしても、左半身のあざのことを話しておかねばならないと思っていた。
今は化粧で白くなっている肌も、洗い流せば濁った黒い肌に戻ってしまう。
「ユキ様、ロク様、こんな私を迎えようとしてくださってありがとうございます。でも、私はアザものなのです。黒々とした汚れた肌でございます。きっとおふたりを嫌な気持ちにさせてしまう……」
「アザなど見られませぬが!」
ロクはナツの手をじっと見た。
「……私のことはお気になさらず、この結婚はなかったことにしていただくのが……」
「アザなどどうでもいい。行くぞ」
ユキは、ナツが話し終えるのを待たずに、ナツとロクの手を引き離す。
そして、ユキはふわっとナツの体を抱き抱えた。
「えっ……」
ナツは、驚きを隠せず思わず声をあげてしまう。
ユキは、そんなことを気にも留めず、
「しっかり掴まれ。あやかしの世界へともにいくぞ」
次の瞬間、宙に浮き、星空の方向へ、上へ上へと飛んでいく。
ナツは、ユキの着物をギュッと掴んだ。
ユキは、さっきまでむすっとしていた表情を一変して、ナツを見て優しく微笑んだ。
「待ってくださいよ〜! ユキ様ー!」
ロクも慌てて後をついてきた。




