災いをもたらすアザ娘
七夕を数日後に控えた帝都。
七夕祭りの準備で賑わっている家々ばかりの中、なぜか空気が重い名家・福田家では、長女ナツが夕食の支度をしていた。
「……失礼いたします」
襖を開けて一礼し、お膳を手に持ち、和室に入室する。
ナツが父・一雄の分を、使用人であるトメとトキが継母と異母妹の分の夕食を運ぶ。
今日も豪華で色鮮やかなおかずと艶々の白米が、それぞれの皿の上で輝いている。
「……お待たせしました」
父・一雄の前にお膳を置き、ここでもまた一礼する。
「チッ。ほんとノロマな娘だ。……それに汚い左手」
一雄は、舌打ちをしながら腕を組んだ。
ナツの左半身には、火傷の痕ーーアザがある。
産みの母が死んだ次の月のこと。
沸騰したヤカンがナツの左半身にバシャっとかかったのだ。
ナツが四歳になる頃のことだ。
一雄は「ナツは汚い、ナツがアザものになってからうちは災難続きだ」と毎日のようにナツを罵った。
ナツの朝は、左手の先から左腕の上の方まで包帯をぐるぐる巻きにすることから始まる。
アザものになってから、欠かさない日課だ。
「お父さま、わたくしが苦手なお茄子が入ってますわ。あれだけ苦手と伝えているのに……。お姉さまは、意地悪ばかりしてくるんです」
「まあ、なんて可哀想なの。ナツは、サキがこんなにもかわいくて、自分はパッとしないからって、嫉妬のあまり意地悪をしてしまうんではなくて?」
異母妹のサキがわざとらしく涙を浮かべると、継母はサキの頭を撫でて寄り添う。
「おい! いい加減にしろ。ナツ!」
茄子がのっていた小鉢がナツの顔面に直撃した。
「……うっ」
あまりの勢いの強さに、すぐに額が赤くなる。
サキの好き嫌いは気まぐれだ。
先日、ナツは「茄子料理が好きだから、茄子のおひたしを出してくれ」とサキに言われていたのである。
「……申し訳ございません」
「本当に反省しているなら、夕食の後、私の部屋に来なさい。いいな! ナツ」
「……承知いたしました」
投げ飛ばされた小皿と散らばった茄子を回収しようとすると使用人のトメが「ナツ様はもう下がってくださいませ」と小声でフォローする。
再び襖を開けて、一礼をし、部屋を出ようとする瞬間。
「あれは、左半分、ほとんどがアザだからな。額にまたアザができようが関係ないわ」
一雄の捨て台詞が和室に響いた。
◇◆◇
一雄の部屋の前。
「……お父さま、ナツでございます」
部屋の中から「入れ」と冷たい声が聞こえた。
そこには、父だけでなく、継母も妹サキもいた。
三人が部屋の奥に並んで座っている。
(何事だろう……)
三人の前で正座をすると、厳しい顔をした一雄がそっぽを向きながら言った。
「単刀直入に言う。今年の七夕婚、お前があやかしに嫁げ」
(……え、あやかし……?)
「まあ、お姉さま可哀想。あやかしに嫁がされるなんて。ねえ、お母さま」
「サキは、優しい子ねえ。それに対してナツは……。どうやって育つと、こんなになるんだか。ノロマで勘も悪いし……」
「出来が悪いやつは、さっさと嫁いで家に貢献してもらわないとな」
「あんなボロ着を着た貧相な子、あやかしだってもらってくれるかわからないわよ、あなた」
ナツは、産みの母が死んで、継母がこの家に来てから使用人と同様の扱いを受けていた。
着物はボロボロで、朝から晩まで働きっぱなし。
食事は十分にとれず、残り物ばかりで痩せ型だ。
「嫁入りのための着物だけは用意してやる。あやかしに気に入ってもらえるようにな。ここ数十年は、あやかしのお眼鏡に叶う生贄がいないが、お前は、顔だけはいいからな」
一雄はそう言いながら鼻で笑った。
「あやかしに嫁いだ娘がいる家は、裕福に一生幸せに暮らせると言いますから、それくらいは貢献してもらわないと。ねえ、あなた」
「お姉さまは、左半身がアザだらけだし、きっと難しいと思うわ。サキは、今から気の毒でならないの」
「サキは、心優しい子だよほんと。大丈夫だ、アザなんて化粧で隠せばいい。嫁にいっちまえば、アザが後からバレて困るのはナツだからな」
ナツは目の前で繰り広げられるナツを馬鹿にした会話が続くと、いつもの命令となんら変わらないと思った。
言われるがままに、ナツは生きていくしかないのだ。
「ナツ、七夕は明後日だ。急いで仕立て屋を呼ぶから明日には出ていく準備を済ませておくように」
(私に拒否権はないわよね……)
「……承知いたしました」
生贄としてあやかしに嫁ぐといっても、あやかし側が受け入れてくれなければ成立はしない。
(どちらにしても、明後日、私は捨てられてしまうのね)
行く当てのないナツは、心の中で「どうしよう」グッと手に力が入る。
でも、これは決定事項なのだ。
◇◆◇
それからは、あっという間だった。
仕立て屋がすぐに作れる着物などあるわけがなく、ナツの背丈に合う展示品の花嫁衣装を一雄が購入した。
それでも立派な花嫁衣装で、ナツは嬉しかった。
あかやし側に受け入れてもらえなかったとしても、この着物を売れば、数ヶ月は暮らせるであろう高価なものだったからだ。
(お父さまからもらった二つ目の贈り物が、花嫁衣装になるなんて思ってもみなかったな……)
「失礼します。ナツ様、準備をいたしましょう」
使用人のトメとトキが、ナツが暮らす屋敷の隅の小さな部屋まで来てくれる。
二人は、ナツが産まれたときから使用人として、福田家で働いている。
この二人だけがナツのことを「ナツ様」と可愛がってくれるたのだ。
ほかの使用人は、継母が怖いのか、ナツには近づかなかった。
「ありがとう。トメ。トキ」
ナツが微笑むと、二人とも涙ぐみながら準備を始めた。
ナツにとって、二人は唯一信頼できる姉のような母のような存在だったのだ。
トメとトキにとっても、同じ。
娘のように思っていたナツが今日旅立つのである。
もうナツは、きっとこの屋敷には戻って来られない。
そう思いながら、トメとトキは、精一杯涙を堪えたのだ。
そして、トメとトキはこの世のものとは思えない世界一美しい花嫁を誕生させた。
ナツは、帝都一の美人だったのだ。




