青は藍より出でて藍に煤む
例えば公園の遊具が雨風によって錆びてしまうように、俺と安食の関係は時間によって風化していった。なにか決定的な仲違いをしたわけではない。むしろ、喧嘩の頻度は日に日に少なくなっていき、俺たちが二年生になる頃にはまったくしなくなっていた。
バオバブはいよいよ、世界平和に向けて本格的にその活動を発進し始めていた。シンポジウムやフォーラムなどに参加する立場から、主催する立場へと変容していく。その様を、俺はただの聴衆として見ていた。
安食の理想と五十嵐の才覚があれば、大抵の用事は済んだ。『現実』を担当するはずだった俺が熟す仕事などどこにもなかった。だから、俺が参加していたのは、一週間に一度の集会だけだった。
安食はバオバブに恋に勉強にと忙しそうだった。
五十嵐と安食は、二年生になってすぐの頃に別れたと聞いた。医学部と法学部であるふたりは、それぞれの勉強を熟しながらバオバブの活動を続けるうちに、恋人関係が破綻してしまわないように自ら終止符を打ったらしい。だから、ふたりが別れた後もバオバブの活動に支障はなかった。
俺と安食のサイクルが合うはずもなく、ふたりで会うなんてもうずっとしていなかった。俺たちが出会ったあの授業も、安食が周囲に認められるようになると、彼女の周りには彼女の知り合いが座るようになっていた。だから、俺は端っこで窓の外を眺める活動を再開した。
友達として物寂しくはあったけど、俺は安食の人間関係に口出しするような恥知らずな人間ではなかった。
そういう風に安食との関係が少しずつ離れていってしまったことを、未来の俺はとても悔いることになるのだけど、当時の俺はさして気にしてもいなかった。安食真澄という人間が、俺の人生にとっての熱であることを当時の俺は知らなかったから。
ゆったりと冷めていく日々を、俺は落ち着いた大学生活だと勘違いして過ごしていた。
反対に、安食の毎日は刺激に富んでいることが傍目にもわかった。あの頃の安食には、変化のない日常なんてものを想像することもできなかっただろう。彼女の極彩色の日常は、彼女の表情にもよく表れていた。彼女のような特別な人間には、特別な人生が用意されているのだろう、と俺は納得していた。
ただ、そういった日常は、彼女の人格にも影響を及ぼした。
その日も俺は週に一度の集会に参加していた。特に意見も持たず、ただ今後の活動についての議論を聞いているだけなので、俺は窓際に座って、外の景色を見ていた。雨の日だった気がする。
安食とは長らく喋ってもいなかった。メッセージのやり取りもなかった。
集会での話し合いも聞いていなかった。
だからどういう話の流れだったのかは覚えていない。たしか、大学の新入生の新しいバオバブメンバーがなにか意見をしていたのだと思う。覚えている限りだと、若者の世界からいじめを根絶するために云々と言っていたような気がする。
安食はその新入生の意見表明を聞いて、冷笑とも取れる笑顔を見せて言った。
「たしかに、そうなればいいね」
それは明らかに、あしらうような口調だった。
ちょうど一年前、安食が哲学の授業で教授から受けた仕打ちに似ていた。それをそのまま、その子にやり返したようにも見えた。
俺は、自分の目と耳を疑った。
彼女の真意がどこにあれ、誰かの理想を、他の誰でもない安食が嗤うなんてことがあっていいはずがないと思っていた。だから、信じられなかった。
その子は明らかに傷ついたような表情を見せた。
安食が理想を嗤った。貶した。傷付けた。
信じられなかった。信じたくも、なかった。
俺は、安食がさっきの態度を撤回して、せめて謝罪だけでもするのではないかと思って、彼女をじっと見ていた。
しかし、集会が終わるまで、安食が俺の方を見ることはなかった。
安食は意識の半分を聴衆に、残りの半分を五十嵐に向け、とても実践的で現実的な話し合いを訥々と行っていた。
その時になって、俺はやっと気付いた。
遅すぎるくらいだった。
気が付けば、バオバブのどこにも理想を追う姿などなくなっていたのだ。
その日を境に、俺は週に一度の集会にも顔を出さなくなった。




