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一般マッサージ師、女騎士団の専属になる  作者: 久喜崎


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第23話:逆転の鉄槌と甘えん坊の帰還

円卓の間の空気が、じりじりと煮詰まっていく。

 セレスとエストが査問会議の場に引き出されてから、すでに数時間が経過していた。

 この間、急進派の貴族たちは代わる代わる演壇に立ち、白百合騎士団への糾弾を繰り返した。根拠のない中傷、針小棒大な誹謗、そして下卑た嘲笑――それら泥の嵐を、二人はただ黙然と浴び続けた。


「……ふむ」


 上座で成り行きを見守っていた国王が、ほんの微かに目を細める。

 しかし、円卓を支配する空気に、それを読み取る余裕のある者は一人もいなかった。


「さて」

 ヴァレラン侯爵がようやく立ち上がり、仕上げとばかりに大きく息を吸った。


 侯爵の双眸には、勝者の光が宿っていた。

 半日にわたる追及の末、目の前の二人は一言も反論できず、ただ立ち尽くしている。これ以上ない証左だ。いかな『王都最強』の看板も、所詮は貴族の掌の上で踊る操り人形に過ぎない。


「以上の通り、白百合騎士団はその組織の体をなしていない。王都の治安は今なお悪化の一途を辿り、彼女たちはその職責を放棄して、身元の知れぬ平民の男と寮の中で淫猥に耽っているにすぎない」


 パン、と侯爵が手を打ち鳴らした。


「陛下。今こそ決断を下される時です。腐敗した白百合騎士団は即刻解体し、治安維持の権限は我ら貴族側の手に委譲されるべきでしょう。そして、その平民の男――レオンとやらは、この王都から永久に追放するべきかと!」


 急進派の貴族たちが一斉に賛同の声を上げる。

 拍手と勝どきが円卓の間に満ちる中、侯爵は最後に勝者の視線をセレスへと向けた。


 貴様が守りたかった居場所も、あの男の存在も――今この瞬間に終わりだ。


 その視線を真正面に受け止めながら、セレスは微動だにしなかった。

 拳の中で、ただ静かに、熱いものが燃えていた。


 (……今、だ)


「――陛下」


 王の側近が、静かに一歩進み出た。

 そして、一枚の羊皮紙を国王へ恭しく差し出す。


「強襲部隊より、速報が届いております。『目標拠点の制圧、ならびに証拠品の確保、完了』と」


 円卓の間が、しん、と静まり返った。


 ――勝ちどきが、消えた。


「……は?」


 侯爵の顔から、勝者の色が消える。

 代わりに広がるのは、理解が追いつかない者特有の、間の抜けた表情だった。


 報告書に一瞥を落とした国王が、ゆっくりと顔を上げる。

 その白髪の老いた顔に刻まれていたのは、穏やかな、しかし金剛石のように揺るぎない意志の光だった。


「時に、侯爵よ」


 静かな声が、広間の空気を裂いた。


「このところ治安維持に随分とご苦心のようだが……。余が今しがた受け取った報告書によれば、お前の私有地である第四区画の廃教会の地下から、大量の不審な薬物と栽培設備が発見されたとのことだ。さらには――」


 国王がゆっくりと羊皮紙を掲げ、広間の全員へと向ける。


「お前の直筆の署名が入った、王都の暗部組織との取引を記した裏帳簿が押収されたとある。これはいったい、どういうことかな?」


 刹那の沈黙。


「そ、そのような物は……! でたらめだ、捏造に決まっている! 陛下、これは白百合騎士団による謀略で――!」

「ほう。捏造と申すか」


 国王は静かに遮った。その声には、老人のものとは思えない圧力が宿っていた。


「では、この帳簿に克明に記された七年分の取引履歴も、貴様の事業印が押された密約書も、すべて偽物だと? 筆跡鑑定人と法務長官も同席しておるが、構わぬな?」


 ぐ、と侯爵が言葉に詰まる。

 その額から、みるみる脂汗が滲み出した。


 騙されていたのだ、と彼はようやく悟った。

 白百合騎士団は最初から反論するつもりなど毛頭なかった。サンドバッグを演じながら、この時のために時間を稼いでいたのだ。

 絵を描いていたのは自分だと思っていた。だが本当の筋書きを書いていたのは――


「ヴァレラン侯爵、並びに急進派の関係者一同」


 国王が立ち上がった。

 白い顎鬚の下で、その口許にほんの僅かに笑みが宿る。孫を見るような、温かくて、しかし厳しい目だった。


「近衛よ」


 短い一言で、扉という扉が一斉に開いた。

 完全武装の近衛兵たちが円卓の間へ流れ込み、侯爵たちを取り囲む。


「全員、身柄を拘束せよ。証拠隠滅の恐れあり」

「な、なぜだ……! なぜこうなる……!」


 侯爵がすがりつくように叫ぶ。しかし近衛兵たちは一言も発さず、手際よくその両腕を捕縛した。

 得意の絶頂にいた男の顔が、一瞬にして、見るも哀れな灰色に塗り潰されていく。


 エストが息をのむ。隣のセレスも、固く結んでいた口許を、かすかに弛めた。


 終わった。

 本当に、終わった。


 見えない檻が砕け、重石が消えたような感覚が、全身をゆっくりと満たしていく。

 セレスは眼を閉じ、胸の内で静かに呟いた。


 (……やったぞ、皆。よく帰ってきてくれた)


---


 その夜。白百合騎士団の女子寮の前に、ぞろぞろと人影が戻ってきた。


 先頭に立つリリヤは、外套のあちこちが裂け、頬に切り傷があった。シエルは左腕に包帯を巻き直し、ディアンヌは鎧の肩当てが丸ごと吹き飛んでいた。ミレイアとノアは互いの肩を貸し合いながら引きずるように歩いている。後方からセレスとエストが追いつき、全員が寮の入り口で揃った。


 誰も何も言わなかった。

 言葉など必要なかった。


「――ただいま」


 リリヤが小さく呟いた瞬間、談話室の明かりが灯り、扉が内側から開いた。


「あ、みなさん! おかえりなさ――って、わぁ!? もう、こんなにボロボロになって……!!」


 エプロン姿のレオンが、両手を頬に当てて目を丸くした。

 温かい光を背負ったその姿が目に入った瞬間、ヒロインたちの全身から、一日かけて積み上げてきた「騎士」の仮面が、ぼろりと音を立てて崩れ落ちた。


「…………レオン」

「セレスさん!? え、なに、泣いてる……!?」


 セレスが一歩踏み出し、何も言わずにレオンの胸元にその額を押し当てた。

 いつも凛然としている団長が、ぎゅっと彼のエプロンを両手で握りしめ、声を押し殺して震えている。


「うぅ……ずるい。セレスだけ一番乗りとかありえない」


 リリヤが口を尖らせながら、後ろからレオンにしがみついた。

 続けて「あ、私も」とシエルが横から体をもたれかけ、ミレイアが「レオンさぁん……疲れましたぁ……」と情けない声を上げながらその背中へ顔を埋める。


「ちょっと、押さないで——って、私も倒れる……!」

「……エスト、一緒に寄りかかる」

「ディアンヌ!? あなた鎧のまま来ないで! 痛い!!」


 玄関前で、王都最強の女騎士団が、揃いも揃って子どものようにレオンへ殺到した。

 レオンは「え、えぇ? みんなどうしたんですか!?」と戸惑いながらも、しっかりと複数の腕を受け止め、抱きとめ、その背中にそっと手を回した。


「……とにかく、まず中へ。お湯と料理、全部用意してあります」


 柔らかい声が言う。

 いつも通りの、どこまでも穏やかな声だった。


「今夜は、全部僕に任せてください」


 その言葉が、最後の堤防を決壊させた。

 誰かがくすりと笑う。それが伝播して、もう一人が笑い、また一人が笑う。

 笑いと涙が混ざり合って、談話室は久しぶりに、沸き立つような温かさに満ちた。


 居場所を自らの手で守り抜いた誇り。

 夜通し戦い続けた身体の疲弊。

 そして、帰ってきた場所の、変わらない温かさ。


 それらがすべて混ざり合い、弾けて、白百合騎士団の今夜を、最高に甘い凱旋の夜へと塗り替えた。

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