5,チェーザレという人
チェーザレは自宅の机でうつ伏せになっている。右手には万年筆、左手には沢山の紙の束がある。
「おかーさん!おとーさん、ねちゃった!!」
「あら、本当ね。寝かせてあげましょう」
チェーザレの妻リリーはユキナが使っている小さい毛布を肩にかける。チェーザレの肩幅が大きく毛布が心許なく見える。
チェーザレの大事な家族が微笑んでいる中、チェーザレは昔の夢を見てきた。
✿✿✿
「お初目にかかります。チェーザレ様。プロット家の次女、リリー・プロットと申します」
チェーザレが初めてリリーに出会ったのは十五歳の時。この時は冬だった。
そして、チェーザレは深く動揺した。
(この子が俺の結婚相手…?いや、いやいや、まだ…初等部にいるような年齢では無いが…)
チェーザレの目の前に居たのはドレスで着飾った自身の嫁。この時は学生婚なんて沢山あった。特に貴族なんて学生婚をしている連中が沢山いた。今は、学生の間は婚約者と言う形になっている。
しかし、学生婚をするのは大体高等部にいる年齢層だ。チェーザレは高等部の一年生。相手はまだ、初等部にでも居そうな格好だ。
「チェーザレ、挨拶をしろ」
「あ…初めまして。チェーザレ・マルデストロと申します。お会いできて光栄ですプロット嬢」
チェーザレも頭を下げるが、すぐに父親に頭を上げさせられる。
(…いや、いくら俺の嫁になる人だからといって伯爵令嬢に頭を下げさせるのは…)
チェーザレの家、マルデストロ家は東に領地を構えている男爵家だ。男爵家の割にいい暮らしをさせてもらっているとは思っていた。そして、いずれ何処かの令嬢を嫁にとるんだろうなとも思っていた。
しかし、しかしだ。やって来たのは何度も言うが初等部位の娘。そして、プロット伯爵の次女だ。
本来、貴族階級が低い者が高い者に跪く。だが、リリー・プロットは自ら自身より貴族階級の低いチェーザレに跪いている。女と男だと男の方が確かに尊重される。それでもだ。伯爵令嬢が男爵令息に跪くのは違うのでは無いのか、と思うのがチェーザレの意見だ。
(いや、そもそもだ。プロット嬢は家に嫁入りする事に何も思わないのか?伯爵が男爵にだぞ。逆なら分かる…わかるが…いや、これはなんだ夢か?夢ならさっさと覚めてくれ…)
チェーザレは表面上ではなるべく出来る良い笑顔をしていたが内心は動揺しまくりだ。さらに、チェーザレ自身は顔つきが怖い為良い顔をしても相手から見ると少し恐ろしく感じる。チェーザレはそれに気づいていない。
「さて、リリー様。お部屋にご案内致します」
家のメイドがプロット嬢の荷物を持ち案内をする。チェーザレはただ、それを見ているだけだった。
突然、ただの男爵令息から一人の夫となってしまったチェーザレ。全く飲み込めずにチェーザレは自室の椅子に座り寄りかかる。明日も平日だ。学園に行かなくてはならない。
(今日の事は一度…後で飲み込もう。今日は無理だ)
チェーザレは諦め、鞄の用意を始める。どれだけ動揺していても明日は平等に訪れてしまうのだ。
そうしているとコンコンとノック音が聞こえた。
「…?はい。どうぞ」
チェーザレが返事をすると扉が開いた。そこにはプロット嬢ことリリーがいた。先程会った時のドレス姿ではなくラフな格好だ。
「ど、どうしましたか?プロット嬢」
「私はプロット嬢ではありません。先程印面にサイン致しました。貴方の妻となる人間です」
チェーザレは頭を抱える。
(堅物だ…この歳で…いや幾つだ。そもそもこの縁談は誰が持ってきた)
チェーザレは頭の隅に追いやっていた事をもう一度たぐり寄せる。
「プロット…いえ、リリー様。何か御用でしょうか」
「…リリーと呼んでください。様付けは不要です。どちらかと言えば私が貴方様を敬う立場なのですから」
チェーザレは、言葉を失う。
(相当な堅物だ…誰だこの子を送ってきたのは…いや、言ってることは正しい…のか?もう分からない)
頭が痛いと言うようにして額を抑えるチェーザレ。リリーはいつの間にかベッドに登っていた。
「えっと、リリー…様、何をなさっているのですか」
「え?貴方様のメイドさんにこうしなさいと言われたのです」
チェーザレは色々察してしまった。そして、頭を抱える。
(…いや、この歳にか?無理がありすぎる…年齢知らないが。メイド…余計な事は頼む、もうしないでくれ…)
リリーは疑問符が浮かんでいる。流石に何故こうしろと言われているのかは理解できていないようだった。
「…リリー、様。その、ご年齢はお幾つですか?」
女性に年齢を聞くのは失礼だと口酸っぱく言われてきたが今は良いだろう。むしろ、妻となった相手の年齢がわからないのは流石に不味い。
リリーはコテンとしながら年齢を答えた。
「十二歳です。来年の春から中等部の…進学の予定でした」
「は?十二歳…?」
十五の相手に十二歳。年齢差だけを見れば大したことは無さそうだが、学年を聞けばチェーザレが間違いなくヤバい男になる。
しかし、チェーザレはリリーの言葉に気になる点があった。
「…進学予定でした。とは」
「本当は中等部、行く予定でしたがこちらの妻になったので行けません。女に学問は必要無いでしょう?」
リリーは、悲しそうにしている。
(これは…学びたい人の目だ)
学問自体はチェーザレも苦労はしてない。しかし、やはり世の中には学びたくても学べない人がいる。特に平民だ。
入学させるお金が無いからと挫折している子が沢山いる。
チェーザレは、街に降りる時は幾つか使っていた教科書を平民に上げている。そうすれば皆が興味津々で覗いているからだ。
チェーザレは確かに学びたい人の目を知っていた。
「いや、俺はそう思わない。女がや男が…なんて無いだろう。学問に性別の壁はないと思うぞ。学びたかったら学べばいい。金なら心配しなくていい。俺が父上と掛け合ってみよう」
「ですが…」
「年上の言うことは聞いた方がいい。部屋まで送ろう」
チェーザレは有無を言わせずにリリーを立ち上がらせ、部屋まで送った。
「ほ、本当に良いのですか?」
「当たり前だろう。なりたい職が有るのか、ただ学びたいだけなのか分からないが少なくとも俺は君を支援するし応援もする、手も貸す」
まだリリーは何か言いたそうだったがチェーザレは、挨拶をし扉を閉めた。そして、父の部屋へ向かった。
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「…?あぁ、寝てしまっていたのか」
チェーザレは伸びをし体を解す。そうすると方から毛布が落ちてきた。それを拾うと下からユキナの玩具が出てくる。
「あ、おかーさん!おとーさんおきた!!!」
「あら本当」
ユキナが全力で走ってきたのをチェーザレは受け止める。ユキナは日々成長をしている。そして、後ろからはリリーが来た。」
「何分くらい寝てた」
「…三十分?」
「そうか」
チェーザレはまだ眠そうだ。それもそうだろう。地獄みたいな徹夜を一週間ほどくりかえしていたのだ。
「…そうだ。リリー今日は何時からだ」
「今日は…夜勤」
「そうか…眠いな…」
「寝なさいよ」
リリーに強制的に立たされ押され、ベッドに叩き込まれたチェーザレ。ユキナもチェーザレの上に乗ってきた。
いつからか、チェーザレはリリーをリリー様からリリーへ呼べるようになった。リリーも、チェーザレ様や貴方様から呼び捨てになっていた。
「いつもすまない」
「何ですか突然。私の旦那だったら風邪なんてひかないでちょうだうね」
リリーは勉学に励み、今では王立病院の看護医院長まで上り詰めている。
「おとーさんねるの?」
「そうよー。じゃましちゃダメよ」
「はーい」
ユキナとリリーが部屋を出ていく。
チェーザレはまた、深くて優しい眠りに落ちた。




