3.書類とココア
現在、マリノの手元には二、三枚の資料がある。そこに書いてあるのは、大量の数字と文字。経費を出せ、と国王陛下直々に命じられたのだ。
(…一ヶ月前もやりましたよ?)
思い出すのは一ヶ月前の経費申請の時。
出費と収入の欄の格差が激しく異なっており、頭を抱えていた。そして、締め切り一週間ほど前に任された仕事でもあった。寝る間を惜しみ、計算をした一週間だと記憶している。
(…しばらく睡眠時間は無さそうですね)
幸い、今日は自宅にいる。現実逃避をする方法なんて幾らでもある。そう考え万年筆の蓋を開け、計算を初めていくマリノだった。
しばらく計算をしていくとやはりどんどん辻褄が合わなくなっていく。天八座一同から貰った用紙に書かれてある数字を確かに計算しているはずなのに収入と合わない。出費の方が大きくなっている。
「…はぁ」
マリノは椅子の背もたれに寄りかかり目元を覆う。後三日は寝れない事が確定してしまった様だ。前回も全く合わなく、睡眠不足の日々が続いたと言うのに。
(…ここか)
一つの項目に目を付けた。リーナから貰った書類を見てみる。金額自体は正しいように見えるが、メモ欄には違う数字が書いてある。そして、多分その金額の上にはお店の名前か書かれている。本部に近い居酒屋のお店だった。
『お酒は経費!』
この様に叫んでいるリーナを思い出したマリノ。頭を抱えた。前回もその前も経費は誤魔化され続けている。それを訂正しているのがマリノの仕事になりつつある。
本来、経費の見直しは天八座交代でやる事だ。しかし、最近は魔物も何故か増えた。
その為、見直しは固定にしようと言う案が出た。そこで、天八座で一番計算が出来ると言われているマリノが経費の見直し、という事になった。
予想にはなってしまうが、計算が早いだけでは無く、若い社会人だからという事もありそうだ。押し付けても何も言わないのがちょうど良かったのだろう。
要は、面倒な仕事を押し付けられてるのだ。
リーナの誤魔化しの部分を適正するマリノ。まだ、数字のズレは起こったままだ。経費の資料と数枚の書類を見比べる。
(…酒代は経費なのか)
疲れ過ぎているのか、はたまたおかしな事に慣れすぎてしまった故か、酒代を経費として申請し掛けていたマリノ。酒代に斜線を引き、経費欄から弾く。
次に見たのはセレナの持ってきた資料。
大人しそうに見えて使える物は全て使う恐ろしい娘は、前回も、色々とやらかしていた。しかし、リーナよりはマシだろうと思い先にセレナの経費に手をつけたのだった。
項目はおかしい所はあまり無いが、完全に無い訳では無かった。
しれっと『本』と書かれていた。
『本は経費です……』
頭の中でセレナが言ってそうな事を思い出すマリノ。本は経費で落とせないので弾く。
今回は、経費の誤魔化しではなく、無駄な物を経費にしようとしている事が何となく分かった様だ。もしかしたら、今晩中に終わるかもしれない、少し気が楽になった様子。
しかし、残りは自身のも含め六人分。やはり終わらないかも。そんな気に陥ったマリノであった。
少しした後、部屋の扉がノックされた。邪魔しないようにとても控えめなノック音だ。思わず口元が緩む。返事をすればコソコソと扉を開ける姿が見えた。
「…お疲れ様」
チョコンと顔を出したのは最愛の妻だった。持っているトレーの上にはカップが一つ乗っている。少し甘い匂いがしている。
「ココア…私を眠りへ誘う気なのですか?」
「な⁉な、なんで分かったの⁉」
「簡単ですよ」
そう告げながらマリノはカップに口をつける。その姿をオロオロ見ている様子が目の隅に写った。
「…甘いですね」
とても幸せそうな顔をしている。ただ、甘いからだけでは無さそうだ。
「…頑張ってね」
「頑張ります」
「夜更かしダメだよ?」
「…善処します」
「ダメ」
「……」
マリノはカップに口を付けたまま目を逸らす。どんなに完璧な人でも弱い所はあるのだ。
マリノが弱い相手は奥さんという事だ。
「…おやすみ」
「おやすみなさい」
扉をゆっくり閉じ、部屋から出て行く最愛の人。マリノは見送った後、万年筆をまた持つ。しばらく書類を見つめ、斜線を引き、計算をしていく。
ランプの中にある蝋燭はどんどん溶けていく。
✿✿✿
(まだ合わない…)
マリノは経費の欄をなぞっていく。現在ズレている額は銀貨六枚。一般人の一ヶ月分のお給金と少しの金額だ。銅貨一枚でもズレてはいけないのが天八座の経費だ。
資料とメモを見比べる。
『花代』『酒代』『研究費』『医療費』『書籍代』『交通費』『酒代』
経費で落とせるのは書いていく。そして、酒代や花代は弾いていく。弾いても弾いても一向に経費の金額はズレたまま。
「何故毎回なのですか…」
誰も居ない部屋にひっそりと響いた。
仮に、その答えが返ってきても聞きたくは無い。それよりも、この経費申請の仕事を一度でいいので休みたいのがマリノの本音だ。
ふと、時計を見た。
いつの間にか深夜二時を超えている。
『夜更かしダメだよ?』
何時間か前に言われた事を思い出した。しかし、万年筆を持ち直す。
「無理ですね」
小さく呟き、また、資料と向き合った。




