3.崩壊
前回のあらすじ
騒がしい使い間に会いました。
「弱い?またまたー」
リーナは、まるで天気の話でもするみたいに軽く笑った。肩の力が抜けきったその声には、深刻さの欠片もない。
「この間もさ、弱いーって言ってたけど、全然強かったじゃん。ウチが出たじゃん」
彼女の言葉は、悪意ではなく純粋な評価だった。だからこそ余計に、チーロの表情は曇る。
魔術師にも階級がある。
下級魔術師、中級魔術師、上級魔術師。そして、そのさらに上魔術師という枠の中で頂点とされる存在。それが【天八座】なのだ。各魔術体系のの頂点に座す八人。国家の戦力そのものとして扱われ、彼らに割り振られる任務は常に例外で異質、複雑だ。魔物討伐、竜種対応、災害級現象の鎮圧。どれも常人では生還すら怪しい案件ばかり。
それを難なくとこなし、終わらせる。だから、天八座は憧れを抱かれ、尊敬され、魔術師の、子供の目標になっているのだ。
「本当に弱いのよ!リーナの攻撃術ですぐやっつけられるわよ!」
チーロは必死に言い返した。甲高い声はさらに裏返り、焦りが混じっている。
その瞬間。リーナの動きが、ほんの一拍だけ止まった。
「主、主」
肩に止まっていたユリが、囁くようにセレナへ声をかける。
「キラキラ、どうしたんだ?」
「……リーナさん。攻撃術、苦手なんだよ。中級魔術師くらいのしか使えないの」
「じゃあ、キラキラは魔物と竜倒せないぞ」
「えっと……リーナさんは大規模転移ができるから。騎士団とかとよく組んでいて、戦闘は専門外というか……補助職みたいな感じで」
ユリはしばらく考えたあと、興味なさそうに「ふーん」とだけ言った。そして森の木々を眺める。完全に観光客の目だ。
「うーん。予定変更!!」
リーナは指を軽く弾いた。パチン。乾いた音と同時に、足元に美しく、複雑な術式陣が展開された。
「セレナちゃん、ローブと杖ある?」
「……」
「反応的になし、か。どこにある?家?」
セレナは視線を落としたまま、じわじわと顔色が青くなっていく。沈黙が続いた。
「どこ?チーロとユリちゃんに持ってきてもらうけど」
「──です」
「うん?」
「分からないんです!!」
一瞬、森が止まった。風の音も、鳥の声も、何もかもが抜け落ちるような無音。リーナの頭の中では、なぜかひよこがぐるぐると回転し始めていたが、それが現実に接続された瞬間、カチッとはまった。
「はぁぁぁぁ!?分からない!?どういうことよ!」
「だってだって……!」
セレナは半泣きになりながら、両手を胸の前で強く握りしめる。逃げ場のない言い訳が喉で絡まっている。ユリは事の重大さを理解していないのか、枝の上を興味深そうに見上げていた。
「つ、使わないし、じゃま、だし……」
「邪魔って!?これは王国からの支給品だよ!?選ばれた人しか着れないやつだよ!?」
リーナは自分のローブを掴み、セレナの目の前に広げる。深い紺の布地には微細な魔術紋が織り込まれ、動くたびに淡い光が走る。空間術筆頭の証である空色の刺繍の光を反射している。杖を軽く振れば、先端の星飾りがシャランと鳴った。
「どどどうしよう……極刑……」
「いや、真面目にそうだよ……ウチが黙っててもあの人達が……」
二人の脳裏に同時に浮かんだ顔がある。
一人目は【治癒術筆頭】だ。
年齢不詳。穏やかな笑みの裏に、絶対に逆らってはいけない圧を持つ人物。天八座の中でも最も政治的影響力が強く、セレナに対しては既に催促状を複数回送りつけている。
そしてもう一人。【結界術筆頭】だ。
理論と執念の化身。魔術を愛しすぎた結果、常識を置き忘れたマッドサイエンティスト。何か一つミスをすると、それをねちっこく言う。
実際、セレナは過去のとある失敗を今も延々と蒸し返されていた。
「……とりあえず、最後に着たのはいつ?」
リーナは一度深呼吸して、現実的な線に引き戻す。
「最近ならまだ探せる」
「えっと……四ヶ月前……です」
セレナは視線をさらに逸らした。
「四ヶ月前って北の街の時じゃん……」
リーナは頭を抱えた。ズボラという単語では足りない。これはもはや生活管理の崩壊だと確信する。
「あのねぇ。日常生活で使う分ならローブいらないけど、これ討伐。魔物。ローブないと騎士団送り。わかる?」
その言葉にセレナは何も返せない。
魔術師はローブを着なければ魔術を使ってはいけないと言うルールが存在する。物を浮かす。火を灯す、位のものであれば着なくても良いのだ。
しかし、今回は大規模なものになる。その為セレナは、ローブを着なければならない。
春先に魔術を使ったのは対象外として処理された。魔術学園の倉庫爆発は国王も流石に見逃せなかったらしい。
「まぁいいや。とりあえずチーロ、ユリちゃん。セレナちゃんのローブと杖探してくれない?」
「わかったぞ!」
「わかったわ!」
二人は元気よく返事をすると、リーナが展開した魔法陣へと吸い込まれるように消えていった。静寂が戻る。
「さぁーてセレナちゃん。ウチ、ちょっと聞き込みしてくるから」
「えっ……?」
「じゃ、セレナちゃんは森の中探しておいて」
「ばば、ばれたらどうするんですか……」
「まぁ、その時はその時!」
リーナは親指を立て、軽く舌を出してウィンクする。明るすぎるその態度が、逆に不安を煽る。
「無理ですよ……絶対に無理……」
セレナは必死に首を振った。拒絶というより、祈りに近い動きだ。
「そんなに嫌なら、じゃーん」
リーナは懐から取り出す。白と金で装飾されたベネチアンマスク。仮面は光を受けるたびに鈍く輝き、表情を完全に隠す形状になっている。
「これつけたらバッチリ!絶対バレないよ」
「……」
セレナの沈黙は、肯定でも否定でもない。
ただの絶望に近かった。




