2.ある日の休日
明るい光が地面を白く照らしている。窓の外では風が緩く流れ、人々がそれぞれの世界を生きている。
街は今日も平穏を彩っていた。
セレナの家の窓は開け放たれている。そのせいで部屋の中は少しだけ混乱している。机の上に積まれていた書類が、風に煽られてふわりと舞い上がり、天井近くまでふらふらと漂っていく。
それを横目に、セレナはまったく動じていなかった。
椅子に深く腰掛け、膝の上の本に視線を落としたまま、指先だけでページを押さえている。本の世界に深く入り込んでいるようだ。
その静けさを破るように、窓枠から青い蝶がすごい勢いで入り込んできた。
「主ー! 外行こうぜ!! ほら、太陽がユリ達を呼んでいる!」
セレナはようやく顔を上げた。
飛び込んできたのはユリだった。妙に人間くさいテンションと、やたらと健康的な思考回路を持っている。セレナよりも人間をしているのかもしれない。
「呼んでないし、詩的な表現過ぎてなんかやだ」
セレナの回答はいやだ、というもの。即答だった。ユリはまったく気にしない。
「『してき』かは分からないが、この間、人間が言ってたぞ!」
「変なこと覚えないでよ……」
セレナはため息をつきながら、飛んでいった書類の一枚を指でつまんだ。
だがそれを戻す気力はないらしい。ただ視線だけが追っている。ユリはそんなことお構いなしに、部屋の中央で堂々と胸を張る。
「主、外」
「いやだ、行きたくない」
セレナの絶対的意思を覆すのは難しいとユリは理解していた。
「ちぇっ」
ユリは、窓辺に行き花の近くに止まる。街を眺めているようだ。セレナも本の世界にもう一度入り込んだ。
しばらくした後、ユリはセレナの前に飛んできた。
「主!今からいい事教えるぞ!」
「…いい事?」
セレナは少し興味を示したようだ。ただ期待はしていない。ユリは溜めたあと、ドヤッと言う効果音が似合うような声色で告げた。
「主はイカレポンチなんだな!」
「……!なに、突然……イカレポンチって……」
ユリは得意げに続ける。
「すごいだろ!外の人間のちっせぇ奴が言ってたんだ! あいつイカレポンチだから誘わない! てな!」
「……イカレポンチの意味知ってる?」
「すごいやつだろ!!」
間違いなく違う。だがユリの中では揺るぎない定義として成立しているらしい。セレナはしばらく黙った。
処理に時間がかかっているようだ。
「……ユリ、それ、あの、あんまり良くない…」
「?」
「だから、その、良くないんだって」
ユリは首をかしげるだけで、まるで理解していない。そしてさらに畳みかけるように言う。
「だから、キラキラとか壁とかもイカレポンチ達だろ」
その言葉で、セレナの手が止まった。
「……【空間術筆頭】さんと【強化術筆頭】さん………」
ぽつりと名前が出る。
セレナには、あの二人の顔が思い浮かんだ。
そして、【空間術筆頭】に責め立てられる所まで思い浮かべてしまった。
お陰で顔は真っ青だ。
(ユリの言葉…どうしよう…どうやればいいの…)
セレナの考えはお構い無しにユリは部屋中を飛び回る。
「外、楽しいぞー。たぶん」
セレナは本を閉じた。そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……たぶん、って何」
「たぶんはたぶんだ!」
「説明になってない」
そう言いながらも、セレナは窓の方へ視線を向けた。外の光は相変わらず明るい。どこか遠くで、街が普通に生きている気配がする。
ため息をひとつ。
「……ほんとに少しだけだからね」
ユリの耳がぴくりと動いた。
「行くのか!!」
「少しだけって言った」
「行くんだな!!」
「話聞いて」
書類の一枚が、最後にふわりと宙を舞ったまま落ちていく。セレナは、扉を開け、外に出た。
(うぅ、眩しい…)
セレナに外の世界はまだ早かったようだ。
(でも…)
ユリが先に外に出ていた。ふわりふわりと右往左往に飛び回る。
「主!最近すごいの見たんだ!行こうぜ!」
「…うん、そうだね」
テンションの高いユリに案内されながら、セレナは歩みを進めた。




