↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/21

謁見する

 大会議室は、政務の中心と呼べる、城内屈指の重要な場所だ。

 入室が許されるのは国王を筆頭に、各部門や軍の長のみ。当然、警護に当たるのはハルフォンドの長兄を筆頭とする、近衛の精鋭。

 

 錚々たる居並んだ顔ぶれに、ラビは足を踏み入れた途端に後悔に襲われた。

 ――怖いのだ。

 とにかく、怖い。

 誰もかれもが厳しい表情をし、激情を押し殺している。そんな緊迫感があった。

 

 顔色の蒼くなったラビに対して、ギル・イーハンとレイゼンは平然としていた。

 が、傍らを歩くレイゼンの目とかちあった瞬間に、ラビは間違いなく相手の心の声を聞いた。

 曰く……だから言ったのに、である。

 

 いや、だって……と言い訳がこぼれそうになる。出てこなかったのは抑えたからではなく、緊張で喉が機能しなかったせいだ。


 知らなかったのだ。

 こんなに怖い場所だなんて、知らなかった。


 唯一のんびりしているのは、一番奥まった場所にいるバストラスと宰相くらいだ。その二人だけが、なぜか平然と微笑みすら浮かべている。一見すると、人のいい青年と、人好きのする好々爺だ。


 が、この場において、それがどれだけ異様か、ラビでさえわかる。

 

 つまり、あの二人が、いちばん、おっかないのだ。


 ふるふる、と首を振って、ラビはこっそり目線を下げた。うっかり目が合ったアカツキには、きっと心臓が止まってしまうに違いない。そんな変な確信さえあった。


 長い沈黙が続いていた。なかなか、その場に一度退室したという国王が現れないせいだ。中央の玉座は、ラビたち三人が到着してからずっと空のままである。

 そういえば、とふとラビの中に過ぎったことは、ちょいちょい、と腕を軽く引かれたことで消えてしまった。


 右横には、当然ながらレイゼンがいる。

 ちなみに、目の前にはギル・イーハンの広い背中があった。彼の従者のような体裁で、レイゼンとラビは大会議室に入ったのだ。


「なんですか、レイゼンさん」


 ほぼ口パクで尋ねると、今度は掌を取られる。その上に乗せられたのは……小さな、黄色の玉。

 えっとレイゼンの顔を凝視すると、なにやら左の頬が……ちょっと、膨らんでいる。ちょうど、たった今乗せられた丸いものと同じ大きさに。


「証拠、隠滅しといて」


 レイゼンは菓子を持っていたらしい。しかも飴玉。その上、こんな場面で堂々と口にした。

 

「……」


 どうやったら、そんな図太い根性を持ち合わせることができるのだろう……。


 遠い目をして、引きつったまま、ラビはそれでも言葉に従った。まさかとは思うが、万が一手やポケットに入れといて、毒だなんだと誤解されたのちには、確実に職を失う。さらに悪ければ、処刑されるか牢獄行きか。


 どちらにせよ、明るい未来が待っている、なんてことには絶対ならない。


 早く無くしたくて、うっかり音を立てて噛みそうになる。が、なんとか焦りを押さえて、口の中に広がるさっぱりとした甘みをとにかく転がした。自然、黙り込む形になる。


 あらかた飴が消えたあたりで、ふっとラビの肩の力が抜けたのを、レイゼンは見逃さなかったし、ギル・イーハンはちらりと一瞬だけ目線を後ろに流した。


 そんな二人には露ほども気付かず、ラビは先ほど浮かんできたことを、もう一度思い出した。


「国王様って、見るの初めてかもしれない」


 ほとんど囁き声だが、それでも口に出ていた。ふうん、とレイゼンが首をかしげる。


「閲兵式とかで、見れなかったの?」

「すごい下っ端の下っ端なんですよ、僕。遠すぎるとの、周りにいたのがたまたま高身長の奴らばかりで、ちっとも見えなかったんです」

「でも、三年前から変わってないよ?」

「僕は今年から、兵士になれたんです」


 ラビは、どちらかといえば大人しい人間だった。それでも軍人になったのは、家庭の事情があったからだ。軍人なら、食いっぱぐれない上に、そこそこ安定した収入がある。まだ小さい弟や妹がいるラビは、苦手だなんだということはできず、訓練学校に通い、ちょっと遅めの修学証明をもって、この春から兵士になった、一番の新人だった。


 説明こそしなかったが、あらかたレイゼンは何か察したらしい。ふうん、と納得の声が聞こえた。


「だったら……ちょっと驚くかもな」

「は?」


 唐突に割って入ったギル・イーハンに、思わず声量を上げて問い返しそうになったところで、国王入室の合図がなった。すぐに全員が礼を取る。三人も、膝をついて首を垂れた。


 カッカッと靴音を鳴らし、国王は大してもったいぶることもせず、玉座に腰かけた。


「面を上げよ」


 下された命令。その声に……ん? とラビは違和感を覚えた。


 ゆっくりと周りの人々が体を起こす。ラビももちろん、同じように従った。

 そこで……かなり想定外だった事実に、危うく声を上げそうになった。無言で済んだのは、ひとえに恐ろしい一瞥を、ギル・イーハンからもらったせいだ。今度は喉どころか、体の全機能が一時停止した。

 

 鋭く、射抜いたものを逃さない力のある、漆黒の目。


 殺気こそないが、ラビを硬直させるには、過ぎた視線だった。

 すぐに前を向いたおかげで、その背中のじっと見ることで、今度は衝撃をやり過ごす。それから……恐る恐る、もう一度正面の玉座を仰いだ。


「皆の者、大儀である」


 高く、気着心地がいい声だった。十分な声量があり、はっきりと澄んで通る。

 ただし。


 女性特有の、だ。


「女王……?」


 国王といえば、男と思い込んでいたラビは、あんぐりと開いたまま閉まらなくなった口を隠すために、慌てて俯いた。

 それなりに距離があるため、さほど目立つこともない。彼女はすでに、側近である宰相やそのほかの大臣たちとの議論に移っていた。


「やっぱ、知らなかったか」


 ぼそりと背中越しに低く呟かれて、ラビは大仰にため息を吐いた。がっくりと肩から力が抜けた。


「そりゃ……知らなかったですよ。なんでギル様、教えてくれなかったんです」

「別に、男でも女でも全然問題ないだろ。要はいればいいんだから」

「そんな無茶な。大問題ですよ……いくら僕が下っ端だからって、一番偉い国王陛下の事を知らないなんて」

「心配しなくても、たぶんお前一人じゃないと思うぞ、国王陛下は女王陛下だって知らない奴ら」


 ここにきて、何度目になるかわからない疑問符を、ラビは浮かべることになった。


「どういう意味です」

「なんつーか……知らせてないっていうか、知れ渡るのを防いでるっていうか」

「はあ……」

「まあ……ちょっと見てりゃわかる」


 どうにもごまかされて、ラビはレイゼンに助けを求めた。だがなだめるように背を叩かれただけ。これではどっちが年上なのだか、とまたしても落ち込む。


「そろそろ気づくから、前見てないと」

「ええ?」


 これまた意味が分からない。けれど忠告通り前を見た途端、まあ、と歓声に近い嬉しそうな声が、一番奥の正面からもたらされた。


「ギル・イーハン! ずいぶんと、久しぶりですこと」


 女王陛下が、立ち上がらんばかりに、身を乗り出していた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。