謁見する
大会議室は、政務の中心と呼べる、城内屈指の重要な場所だ。
入室が許されるのは国王を筆頭に、各部門や軍の長のみ。当然、警護に当たるのはハルフォンドの長兄を筆頭とする、近衛の精鋭。
錚々たる居並んだ顔ぶれに、ラビは足を踏み入れた途端に後悔に襲われた。
――怖いのだ。
とにかく、怖い。
誰もかれもが厳しい表情をし、激情を押し殺している。そんな緊迫感があった。
顔色の蒼くなったラビに対して、ギル・イーハンとレイゼンは平然としていた。
が、傍らを歩くレイゼンの目とかちあった瞬間に、ラビは間違いなく相手の心の声を聞いた。
曰く……だから言ったのに、である。
いや、だって……と言い訳がこぼれそうになる。出てこなかったのは抑えたからではなく、緊張で喉が機能しなかったせいだ。
知らなかったのだ。
こんなに怖い場所だなんて、知らなかった。
唯一のんびりしているのは、一番奥まった場所にいるバストラスと宰相くらいだ。その二人だけが、なぜか平然と微笑みすら浮かべている。一見すると、人のいい青年と、人好きのする好々爺だ。
が、この場において、それがどれだけ異様か、ラビでさえわかる。
つまり、あの二人が、いちばん、おっかないのだ。
ふるふる、と首を振って、ラビはこっそり目線を下げた。うっかり目が合ったアカツキには、きっと心臓が止まってしまうに違いない。そんな変な確信さえあった。
長い沈黙が続いていた。なかなか、その場に一度退室したという国王が現れないせいだ。中央の玉座は、ラビたち三人が到着してからずっと空のままである。
そういえば、とふとラビの中に過ぎったことは、ちょいちょい、と腕を軽く引かれたことで消えてしまった。
右横には、当然ながらレイゼンがいる。
ちなみに、目の前にはギル・イーハンの広い背中があった。彼の従者のような体裁で、レイゼンとラビは大会議室に入ったのだ。
「なんですか、レイゼンさん」
ほぼ口パクで尋ねると、今度は掌を取られる。その上に乗せられたのは……小さな、黄色の玉。
えっとレイゼンの顔を凝視すると、なにやら左の頬が……ちょっと、膨らんでいる。ちょうど、たった今乗せられた丸いものと同じ大きさに。
「証拠、隠滅しといて」
レイゼンは菓子を持っていたらしい。しかも飴玉。その上、こんな場面で堂々と口にした。
「……」
どうやったら、そんな図太い根性を持ち合わせることができるのだろう……。
遠い目をして、引きつったまま、ラビはそれでも言葉に従った。まさかとは思うが、万が一手やポケットに入れといて、毒だなんだと誤解されたのちには、確実に職を失う。さらに悪ければ、処刑されるか牢獄行きか。
どちらにせよ、明るい未来が待っている、なんてことには絶対ならない。
早く無くしたくて、うっかり音を立てて噛みそうになる。が、なんとか焦りを押さえて、口の中に広がるさっぱりとした甘みをとにかく転がした。自然、黙り込む形になる。
あらかた飴が消えたあたりで、ふっとラビの肩の力が抜けたのを、レイゼンは見逃さなかったし、ギル・イーハンはちらりと一瞬だけ目線を後ろに流した。
そんな二人には露ほども気付かず、ラビは先ほど浮かんできたことを、もう一度思い出した。
「国王様って、見るの初めてかもしれない」
ほとんど囁き声だが、それでも口に出ていた。ふうん、とレイゼンが首をかしげる。
「閲兵式とかで、見れなかったの?」
「すごい下っ端の下っ端なんですよ、僕。遠すぎるとの、周りにいたのがたまたま高身長の奴らばかりで、ちっとも見えなかったんです」
「でも、三年前から変わってないよ?」
「僕は今年から、兵士になれたんです」
ラビは、どちらかといえば大人しい人間だった。それでも軍人になったのは、家庭の事情があったからだ。軍人なら、食いっぱぐれない上に、そこそこ安定した収入がある。まだ小さい弟や妹がいるラビは、苦手だなんだということはできず、訓練学校に通い、ちょっと遅めの修学証明をもって、この春から兵士になった、一番の新人だった。
説明こそしなかったが、あらかたレイゼンは何か察したらしい。ふうん、と納得の声が聞こえた。
「だったら……ちょっと驚くかもな」
「は?」
唐突に割って入ったギル・イーハンに、思わず声量を上げて問い返しそうになったところで、国王入室の合図がなった。すぐに全員が礼を取る。三人も、膝をついて首を垂れた。
カッカッと靴音を鳴らし、国王は大してもったいぶることもせず、玉座に腰かけた。
「面を上げよ」
下された命令。その声に……ん? とラビは違和感を覚えた。
ゆっくりと周りの人々が体を起こす。ラビももちろん、同じように従った。
そこで……かなり想定外だった事実に、危うく声を上げそうになった。無言で済んだのは、ひとえに恐ろしい一瞥を、ギル・イーハンからもらったせいだ。今度は喉どころか、体の全機能が一時停止した。
鋭く、射抜いたものを逃さない力のある、漆黒の目。
殺気こそないが、ラビを硬直させるには、過ぎた視線だった。
すぐに前を向いたおかげで、その背中のじっと見ることで、今度は衝撃をやり過ごす。それから……恐る恐る、もう一度正面の玉座を仰いだ。
「皆の者、大儀である」
高く、気着心地がいい声だった。十分な声量があり、はっきりと澄んで通る。
ただし。
女性特有の、だ。
「女王……?」
国王といえば、男と思い込んでいたラビは、あんぐりと開いたまま閉まらなくなった口を隠すために、慌てて俯いた。
それなりに距離があるため、さほど目立つこともない。彼女はすでに、側近である宰相やそのほかの大臣たちとの議論に移っていた。
「やっぱ、知らなかったか」
ぼそりと背中越しに低く呟かれて、ラビは大仰にため息を吐いた。がっくりと肩から力が抜けた。
「そりゃ……知らなかったですよ。なんでギル様、教えてくれなかったんです」
「別に、男でも女でも全然問題ないだろ。要はいればいいんだから」
「そんな無茶な。大問題ですよ……いくら僕が下っ端だからって、一番偉い国王陛下の事を知らないなんて」
「心配しなくても、たぶんお前一人じゃないと思うぞ、国王陛下は女王陛下だって知らない奴ら」
ここにきて、何度目になるかわからない疑問符を、ラビは浮かべることになった。
「どういう意味です」
「なんつーか……知らせてないっていうか、知れ渡るのを防いでるっていうか」
「はあ……」
「まあ……ちょっと見てりゃわかる」
どうにもごまかされて、ラビはレイゼンに助けを求めた。だがなだめるように背を叩かれただけ。これではどっちが年上なのだか、とまたしても落ち込む。
「そろそろ気づくから、前見てないと」
「ええ?」
これまた意味が分からない。けれど忠告通り前を見た途端、まあ、と歓声に近い嬉しそうな声が、一番奥の正面からもたらされた。
「ギル・イーハン! ずいぶんと、久しぶりですこと」
女王陛下が、立ち上がらんばかりに、身を乗り出していた。




