協力申請
執務室はひどい有り様だった。乱れた書類、ひっくり返された机、そして、捜査なのか人が入り乱れていた。レイゼンが戻っても、そこに居場所がない。
うわうわと狼狽えるばかりのラビを引きずって、レイゼンは一目だけ内部を見たあとは、すぐにそこから遠ざかった。ほとんど有り得ないような珍事態だが……アルフレートが執務室から連れ去られたのは確かだった。彼が自主的に部屋を退去したなら、あの惨状を許すはずがない。貴族らしからぬとも、自分の手で片づけて行っただろう。
ついでに、どうやら出張ってきたのは長兄のいる近衛兵だと分かった。騎士団ではなくなぜ王の側仕え達なのかは気になるが……これで余計に噂に拍車がかかるな、と思わずにはいられない。流石に、長であるルシフェルこそいなかったが、いつぞやイオネアを護衛していた副団長が指揮を執っていた。見つかる前に、逃走する。捕まれば長時間拘束された挙句、ハルフォンドの本邸に連れて行かれる可能性が高いからだ。そうなると、事件が事件だけに、しばらくは出仕できなくなる。その事態だけは避けたかった。
適当な資料倉庫に入り、それで、とラビに事情を尋ねた。ちなみに、連れて歩くと目立ちすぎるギル・イーハンは置いてきた。そもそも、彼にだって仕事はあるのだから、当然の措置と言えば当然だった。だいぶ、不満そうではあったが。
「なにがあったわけ?」
「そ、それが……自分にも全然よくわからないのです」
まだ混乱中のラビから、話の要点だけを抜くと――
休憩の終わったラビが持ち場に戻ろうと部屋を出た時。ラビはいつもならいるはずの見張りが扉の前にいないことに気付いた。違和感を感じて振り返ったが、その瞬間に入り口は内側から閉ざされた。泡を食ってアルフレートを呼ぶも、物音がするばかりで返答はない。仕方なく応援を呼び、執務室に戻るも、すでにそこはもぬけの殻だった――
狼狽えながらも一応話し終えると、落ち着いたのかラビはがっくりと肩を落とす。
「なんか……我ながら、すごく情けないですね」
「えっと」
「レイゼンさんはあんなにかっこよくアフルレート様をお守りしてたのに……兵士の僕は、全然役に立たなかったなんて」
「……」
さすがにしょげ返ったラビを前にして……えーと、とレイゼンが何か言いたそうに考える。
「たぶん、部屋の中にいても無駄だったよ」
「……」
「かなり用意周到に準備してたみたいだし」
「……」
「敵さんの人数も多かっただろうし」
「……」
「狭い部屋じゃ、逃げようにもできないから、外にいてラッキーだったんじゃない?」
「…………」
「もっ――」
「お前、どこまで抉れば気が済むんだよ?」
唐突に、レイゼンの口を掌が塞いだ。言いつのるにつれてどんどん沈んでいったラビは、すでに目がだいぶ死んでいる。傷心に塩を塗り込む口を止めたのは――
「結局ついてきちゃったんですか、ギル様」
どうやら、ひそかに尾行されていたようだ。さすがのレイゼンも、別のことに気を取られていて気付けなかった。ニヤッと人の悪い笑みをギル・イーハンが浮かべる。
「置いてけぼりじゃあ、詰まんねえからな。てか、気づけよお前。全然慰めなってねえぞ」
「……そう?」
土気色のような顔色のラビにようやく気付いて、あら、とレイゼンが首をかしげた。丸めた肩と、涙さえ浮かばない目が、もの悲しい。
「やっぱり……僕はとんでもない役立たずですね……」
「えーとあの。ごめんね、ラビ」
「いえ、いいんです。どれだけ自分が情けないか、再確認できたので……」
全くよくない顔色で、俯きながらレイゼンの言葉に傷つくラビ。謝ったのはさらにまずかった、とさすがのレイゼンも気付いた。しばらく悩んでから……ギル・イーハンを見上げた。ため息をついてから、彼はフォローに回った。
「あー。かなり誤解があるんだが、こいつが言いたかったのは、この一件は相当計画性が高いから、おそらく実行に移された時点で成功率が高かった、てことだ」
「……そう、でしょうか」
「ああ。レンとお前は部屋から遠ざかるように仕向けられていたし、犯行も人手をかけて短時間で済んでいるしな。突発的なものじゃない。時期も慎重に見計らっていたはずだ……誰だろうが、一人じゃどうにもならんかっただろ」
のろのろと、ラビの顔が上がった。その表情には、後悔や煩悶と同時に、悔しさがにじんでいた。
「出来ることはやっただろ。相手のが上手だっただけだ。大体、レンのやつはその場にすらいなかったんだぜ? 上司の噂を知ってたくせに、うかうか一人にしたんだから、こいつの方が下手を打ってる」
「まあ、そうですねえ……誰が悪い、とすれば、私が悪いかな?」
だいぶサボってたし、といつも通り淡々というレイゼンに、ラビがようやく少しだけ笑った。
「というわけで、悪かった私を、ラビは許してくれる? あと、手伝ってほしいんだけど」
「……レイゼンさんは、アルフレート様がご無事に戻られると信じているんですか?」
「うん」
どんな根拠か、レイゼンは即座に頷いた。それはとても頼もしく……同時に、やはり少しだけ悔しかった。
アルフレートが目の前で消えたのに、手をこまねいていたことはもちろん、すでにレイゼンには、手立てがあることも。
「わかりました。やらせてください」
自分には、そう言うよりほかにできないことも。もとより、レイゼンを許す、許さないという考えは、ラビの中に存在しない。
けれど。
ふっとレイゼンの表情が柔らかくなった。それがほほ笑んだ、と気づくのは、一拍遅れてからで。
あれっと思った時には、すでにいつもの無表情だった。
「じゃあ、今から行かなきゃいけないところがあるんだけど」
「はい」
ふっと、つられたような笑みが、ラビの口から自然ともれた。この、一見ただのどこにでもいる文官に見える、とんでもない少女についていけば、必ずアルフレートが帰ってくる。そう、確信する。
「これ、置いてきてくれないかしら」
「……」
無造作に指されたのは、ギル・イーハン。いきなりの無理難題に、温かい何かに包まれていた心が、頬と一緒に思いっきり引きつることになった。




