伝令が戸を叩く
「帰れ」
開口一番、アルフレートはそう告げた。ドアを開けたまま突っ立った状態で固まったのは、おそらく兵士であろう、がたいのいい青年だ。完全に怒り心頭のアルフレートが出す冷気とも怒気ともつかないオーラに、すっかりのまれてしまっている。それでも何とか引きつった笑みを浮かべた。愛想笑いのつもりらしい。
そんな二人をようやく顔を上げたレイゼンが、ゆっくりと等分に首を振ってみた。その手元には紙で作られた精巧な船や花が並んでいる。どう見ても遊んでいた。動けずにいる青年を、じっと観察してからアルフレートの方へ視線を向けた。
「あんまり邪険にしたら、可哀そうですよ?」
全く他人事と言わんばかりの台詞に、ダン、とアルフレートが机をたたいた。つかつかと寄ってレイゼンの首を絞める。
「だ・れ・の、せいだと思ってんですかっ」
「ギル様じゃあ、ないですか」
「そのギル・イーハンに興味を持たれるようなことをしたのは誰です!」
「はあ……私、かなぁ」
ぼんやりとしたまま答えた部下に、びしりと指を突き付けた。
「だったら、あなたのせいでしょう」
「ええー。責任転嫁ですよそれ」
「どう考えても直線でつながっています」
不満げなレイゼンだが、下手な言い訳をしても口で勝てる相手ではない。どうにかしろと脅されても、毎回きちんとお帰り願う以外の方法を、レイゼンは知らない。
ここ十日ほど、ほとんど二人だけだったこの執務室に、訪れる人がひっきりなしに戸を叩く。用件はたいてい決まっている。勧誘と、物見遊山だ。
下っ端らしい兵士が来れば、一緒に働きませんかと誘われる。
ちょっと身なりのいい騎士が来れば、これがあの妹かと見物される。
珍獣、レイゼン・ハルフォンド。
そんな看板をいっそぶら下げてやろうかとアルフレートはやけくそで考えたことすらある。もちろん、実行したところでレイゼンは気にも留めないだろう。それよりもそんな部下が手元にいるという事実に打ちのめされそうなので、自分可愛さで撤回した。
最初の一日はそれなりの対応をしていたアルフレートだが、こうも続けば嫌気がさす。仕事に支障はなくとも、うっとうしいことこの上ない。いっそ本気でこの部下が武官に転向しないかと伺っているのだが、生来ものぐさらしいレイゼンは、どこにも行く気がないようだった。
「ギル様に言ってくれればすぐだと思うんだけどなぁ……」
「ギル、さま……?」
なにを聞き咎めたのか、アルフレートの眉間にしわが寄った。
「あなた、ギル・イーハンとまともに面識があるのですか?」
「はあ、まあ、二、三回ほど」
「人の名は一年たっても覚えなかったのに、ギル・イーハンなら三回で覚えられると?」
先ほどよりも凄味の増した氷の笑顔で詰め寄られた。なんで怒られるのか、レイゼンはさっぱりわからない。
「だって二文字だし……」
なんなんだその基準はっとアルフレートは腹立ちまぎれに叫びたかった。
「でも、会ったと言ってもまともに話せたのは一回だけで、あとは窓越しと木越しでした」
「意味が分かりません。というより、余計に訳が分かりませんよっ」
「ええと……窓越しで唇で会話したのと、木の上と下でお話しました」
「そんな会話の仕方はありません。もういいです」
常識がまるで通じない。アルフレートは早々に諦めた。普通はそんな出会い方をしない。と、アルフレートが頭を抱えるような対話になったのにはもちろん理由がある。こちらも非常識な兄姉たちによって、あれこれと手が回されているのだ。仕事しなさい、とアルフレートが知ったら厳しく突っ込むに違いなかった。
あのう、と忘れ去られていた兵士が躊躇いがちに声をかけた。
「今日は指令書をお持ちした伝令なのですが……」
「伝令?」
とっさに飲み込めずに首をかしげた。兵士をパシリに使う部署から伝令を受け取るなど、前例がない。それでも差し出されたのは正式な指令書の形式をしっかり踏んでいる。仕事がらみだと知ってとたんにアルフレートの対応が変わった。
「失礼。君、名前は?」
「はっ。ラビといいます」
「ではラビ君。場合によっては返書を出しますので、こちらでお待ちなさい」
「いえ。返書ではなく、指令書を通読後はお連れするよう、申し付かっております」
どこか会議場に、ということか。やや怪訝な表情ながらも、アルフレートは受け取って読み――丸めてレイゼンに投げつけた。
パシ、と器用にレイゼンが受け止める。
「なんですか?」
「読めばわかります」
いきなり機嫌が転げ落ちたアルフレート。その原因らしい手紙を広げ、レイゼンは首をひねった。指令書はようするに――
『確認よろしく!』
と、一言書いてあるだけに近い。持って回った言い回しと書式通りの宛名書きのあとには、具体的な命令は何もなかった。無駄な大きさがあるだけだ。が、兵士の伝令がきたのに、差出人は宰相である。ここから導き出されるのは、今のところただ一つ。
「これ、逆らえないんですね?」
「それだけわかれば十分です」
くどくどとレイゼンに説明する気はない。どちらにせよ、行けば嫌でもやることは分かる。必要最低限の荷物をまとめると、アルフレートは手ぶらのレイゼンの首根っこを引っ掴んだ。時々逃亡するので、油断ならない部下なのだ。
「では、行きましょうか、ラビ君」
「は……はっ」
手ひどい扱いにちょっと呆然としてから、伝令兼案内役のラビは執務室の扉を開ける。
一体どんなことをするんだろう、とちょっとしか好奇心を持ちながら、彼は指定された場所へ二人を連れて行った。




