090●そして誰もいなくなった
城に引きこもる帝王は、己の置かれた状況が理解できなかった。
ボレリアの技術も食糧も蓄積した。
遠征で、全てがこの帝国のものとなるはずだった。
だが、新しく打たれた剣も槍も、使用することさえなかった。
会戦にすらならなかったのだ。
帝王は、ただの一度も、戦場らしい場に立つことはなかった。
一体、どこで間違えた?
何が、いけなかったのだ?
わからぬ。
見えない蜘蛛の糸に、
いつの間にか、がんじがらめに絡め取られているようだった。
「帝王陛下、大変でございます!」臣下が息を切らし、駆け込んできた。
「どうしたのだ?ボレリアが攻めてきたとでもいうのか?あの焼け野原となった国が、追撃などできるはずもないだろう!」
「いえ、ボレリアのことではございません。我が国のことでございます!」
臣下は、声を震わせながら告げた。
物流が完全に途絶えた、と。
報告では、荷馬車の多くが、
’たまたま’時をほぼ同じくして、
車軸が折れ、馬は急に倒れ、御者が急病になった、と。
全てが動かなくなってしまったのだ。
「ええい、ならば兵に運ばせよ!食糧がなければ困るのは奴らも同じ。飢餓の恐ろしさは、身に染みているはずだ!すぐに差し向けろ!」
しかし、差し向けた兵たちは、誰も帰ってこなかった。
「奴らはどこで何をしているのだ!物資を持って、まだ帰らぬのか!」
帝王は臣下に怒りをぶつけるが、彼らもまた、何が起きているのかを把握できていなかった。
日を追うごとに、その臣下たちさえも、姿を見せなくなった。
広い城に、帝王はひとりで考える。
わからん。
何が起きているのだ。
このままでは、いかん。また、飢えるのか。
意を決し、供もなく城外に出た。
しかし、そこには、誰もいなかった。
帝都は、まるで死んだかのように静まり返っている。
ふと、近くの壁に目をやる。
何かの落書きがある。
ひどく下手な字だ、と帝王は思った。
その落書きは、ただ一文、こう記されていた。
「従順なれども従わず」と。




