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069●泣かない決意 ひとくちのスープ

帝王陛下のご命令とあれば従うのみだ。

兵力で勝る我らが、一度も矛を交えることなく苦境に立たされるとは。

このような戦術、見たことがない。

誰の発案だ?まるで異世界の知恵者がいるかのようだ。


それにしても、自分の領土を焼いて撤退を続けるなど、何故できるのか?

領地の貴族どもが、反乱を起こしかねんぞ。

流民はおらんのか?国の外に逃げる者、亡命する上位階級者たちもいない。

不思議だ。魔法をかけられているかのようだ。


天幕内で考え込む、ヴァルター・グレイヴス将軍に配下の者がやって来る。

「将軍、お召し上がりください。もう、まる3日も何も口にされておりません。それでは、お身体が持ちません。」

「そういうお前はどうなのだ?儂よりもっと食べておらんのだろう?」

「わたしが倒れても、軍への影響は微々たるものです。しかし、将軍に何かあれば、わたしたち全体が困ります!何とぞ、何とぞ、お召し上がりを!もう、将軍のお食事を兵にまわそうとなされますな。」

「そういうわけにはいかん。儂には儂の矜持がある。」


ヴァルター・グレイヴスは貴族ではない。

農家の5人目の男子として生まれた。

帝国の徴税は厳しい。

耕し、育てた作物は取り立てられ、ギリギリの生活を送る分しか一家には残されない。

それが、何年たっても続くのだ。

労働力になるかならないかの年齢に達したヴァルターは、口減らしのために奉公に出された。

奴隷となるよりは、少しでも人間らしい暮らしができればという、せめてもの親心だった。


帝都の軍人貴族の館が、彼の新しい住処となった。

幼いことは言い訳にならない。

ただ言われたことをやっていては、年長の同じ境遇の者たちに殴られた。

生き延びるため、彼は他人の行動の先を読む力を手に入れた。

ちょっとした表情や声音から、何を考えているのか、次に何を命じられるのかを察知するようになった。


この能力は、殴られる危機にも有効に働いた。

相手のパンチをかわし、一番弱い部分を打つ。

やがて、彼の戦闘能力は当主の目に留まる。

それが、ヴァルターの軍人としての第一歩だった。


「兵の空腹はよくわかる。儂だけ、というのはできん。」

「・・・ならば、今、わたしのこの命、この場で絶ちましょう。人としてあるまじきことですが、我が身体を戦友の食として提供してください。さらば、です・・・。」

食人の風習など、あるはずもない。

ヴァルターでも、この行為は予見できなかった。

慌てて兵士の右手を打つ。短剣が地を転がる。


他の兵士が駆けつける。地に伏せ泣く戦友の姿に、すぐに、皆、何があったのかを理解する。

「将軍・・・。彼の考えを支持します。もし、この一皿のスープもいらぬ、とおっしゃるならば、わたしも同じことをしましょう。」

「閣下、生き延びるのです。なんとしても。閣下のお力は、我らに必要不可欠。」

「将軍がこれまで我々に注いで頂いた御恩、何としても報いなければなりません。」

「わたしも同じ考えです。」

「同じく。」

「同意します。」

「お願いです、閣下。」


いつの間にか、狭い天幕は兵士で溢れている。天幕の外にも。

ヴァルターは親元を離れた時に、誓ったことがあった。

もう、二度と泣かないと。

「それなのに、この儂の目から流れるものは、いったい何なのだ・・・。」


彼がひとくちのスープを含んだ時、歓声があがった。

それは戦場での勝鬨よりも大きなものであった。


だが、このひとりの兵士が我が身を投げ出すという行為とその発想は、ラベリア軍の兵糧が、危機的に枯渇しつつあることを物語っていた。


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