Episode 6: 珍客御用達弁護士
登場人物
カヨ/ 健一の妻、ハリウッドでカリスマ、管理魔
エマ/ ハリウッド女優、カヨ大好き
レイチェル・ジマーマン/ 弁護士、お人好し、幸薄
翌日、午後。
カヨは、エマと一緒にダウンタウンのビルに向かっていた。
「Thank you for coming, Kayo(来てくれてありがとう、カヨ)」
「It’s okay. But what exactly is wrong with your friend?(大丈夫よ。でも、友達、何が問題なの?)」
「She’s…stressed. Overworked. And…her clients are…unusual(彼女…ストレス抱えてる。働きすぎ。それと…クライアントが…変わってるの)」
「Unusual?(変わってる?)」
「You’ll see(会えば分かるわ)」
エマは、少し困ったような顔をした。
古いビルの3階。
小さなドアに、プレートがあった。
Rachel Zimmerman, Attorney at Law
エマが、ノックした。
「Rachel? It’s me, Emma(レイチェル?私よ、エマ)」
「Come in…(入って…)」
中から、疲れた声。
ドアを開けた。
狭いオフィス。
机。
椅子。
そして、ファイルの山。
大量のファイル。
机の上、床、棚、至る所に積まれている。
「…」
カヨは、黙って見回した。
奥のデスクに、女性が座っていた。
30代後半。
スーツ姿。
でも、シワだらけ。
髪はボサボサ。
目の下に、深いクマ。
「Emma…(エマ…)」
「Rachel, this is Kayo. The one I told you about(レイチェル、これがカヨよ。話してた人)」
「Nice to meet you, Ms. Zimmerman(はじめまして、ジマーマンさん)」
カヨが、手を差し出した。
レイチェルは、弱々しく握手した。
「Nice to meet you…thank you for coming…(はじめまして…来てくれてありがとう…)」
「Sit down(座って)」
カヨは、椅子を探した。
でも、椅子にもファイルが積まれている。
カヨは、ファイルを脇にどかして座った。
「So, what’s going on?(それで、何が起きてるの?)」
カヨが聞いた。
レイチェルは、深呼吸した。
「I…I can’t handle it anymore. The clients. The cases. They’re all…crazy(私…もう無理なの。クライアント。案件。全部…おかしいの)」
「Crazy?(おかしい?)」
「Yes. I don’t get normal cases anymore. Only…weird ones(ええ。普通の案件が来ないの。変なのばかり)」
「Like what?(例えば?)」
レイチェルは、ファイルを一つ取った。
「This one. A man who claims he was abducted by UFOs. He wants to sue the government for not protecting him(これ。UFOに誘拐されたって主張する男性。政府が彼を守らなかったって訴えたいんだって)」
「…」
カヨは、無表情で聞いていた。
レイチェルは、別のファイルを取った。
「This one. A woman who says her neighbor’s cat is spying on her. She wants a restraining order…against the cat(これ。隣人の猫が自分をスパイしてるって言う女性。猫に対して接近禁止命令が欲しいんだって)」
「…」
「And this one. A man who believes the government implanted a chip in his brain. He wants compensation(それとこれ。政府が脳にチップを埋め込んだって信じてる男性。補償金が欲しいんだって)」
「…」
カヨは、静かにファイルを見た。
そして、言った。
「Why do you accept these cases?(なんでこんな案件を受けてるの?)」
「I…I can’t say no. They’re desperate. They need help…(私…断れないの。彼ら、必死なのよ。助けが必要で…)」
「But you can’t help them. These cases are impossible(でもあなたには助けられない。こんな案件、無理よ)」
「I know…but…(分かってる…でも…)」
レイチェルは、俯いた。
「I feel bad. They have nowhere else to go…(可哀想で。彼ら、他に行くところがないのよ…)」
エマが、横から言った。
「Rachel has a good heart. But it’s killing her(レイチェルは優しいの。でもそれが彼女を殺してるわ)」
カヨは、レイチェルを見た。
冷静に。
「You need to learn to say no(『ノー』と言うことを学ばないと)」
「I…I can’t…(私…できない…)」
「Yes, you can. You just choose not to(できるわよ。ただ、しないことを選んでるだけ)」
「…」
レイチェルは、何も言えなかった。
カヨは、立ち上がった。
「Show me all the cases(全ての案件を見せて)」
「All?(全部?)」
「Yes. Every file(ええ。全てのファイル)」
「But…there are over 50…(でも…50以上あるわよ…)」
「I don’t care. Show me(構わない。見せて)」
次の1時間。
カヨは、全てのファイルを見た。
一つ一つ、丁寧に。
そして、3つの山に分けた。
「This pile. Reject(この山。却下)」
最も大きい山。
40ファイル以上。
「This pile. Consider, but probably reject(この山。検討するけど、多分却下)」
中くらいの山。
10ファイルくらい。
「This pile. Accept(この山。受理)」
最も小さい山。
3ファイルだけ。
レイチェルは、呆然としていた。
「But…these people…(でも…この人たち…)」
「They need therapy, not a lawyer(彼らに必要なのはセラピー、弁護士じゃないわ)」
カヨは、冷静に言った。
「You’re a lawyer. Not a therapist. Not a social worker. Focus on what you can actually do(あなたは弁護士。セラピストじゃない。ソーシャルワーカーでもない。実際にできることに集中して)」
「…」
レイチェルは、俯いた。
エマが、横から言った。
「Kayo is right, Rachel. You can’t save everyone(カヨが正しいわ、レイチェル。みんなを救うことはできないの)」
「…I know(分かってる)」
レイチェルは、小さく頷いた。
その時、電話が鳴った。
リリリリ…
レイチェルは、電話を取ろうとした。
カヨが、手を止めた。
「Wait. Speaker phone(待って。スピーカーフォンで)」
「…Okay(分かった)」
レイチェルは、スピーカーボタンを押した。
「Hello, Zimmerman Law Office…(もしもし、ジマーマン法律事務所です…)」
『Hi! I need a lawyer! It’s urgent!(やあ!弁護士が必要なんだ!緊急だ!)』
男性の声。
興奮している。
「What’s the issue?(どんな問題ですか?)」
『A ghost! A ghost stole my money!(幽霊だ!幽霊が俺の金を盗んだんだ!)』
「…A ghost?(幽霊?)」
『Yes! In my house! I saw it! It took $500 from my wallet!(そうだ!家の中で!見たんだ!財布から500ドル取られた!)』
「…」
レイチェルは、カヨを見た。
カヨは、首を横に振った。
「I’m sorry, but I can’t take this case(申し訳ございませんが、この案件はお受けできません)」
『What!? Why not!?(何だって!?なんでだ!?)』
「This is not a legal matter. I suggest you contact…(これは法律問題ではありません。連絡されることをお勧めします…)」
カヨが、紙に何か書いて見せた。
「…a mental health professional(メンタルヘルスの専門家に)」
『Mental health!? I’m not crazy!(メンタルヘルス!?俺は狂ってない!)』
「I didn’t say you were. But I can’t help you. Goodbye(そうは言ってません。でも私には助けられません。失礼します)」
レイチェルは、電話を切ろうとした。
でも、手が震えている。
カヨが、電話を取った。
「Goodbye(失礼します)」
ガチャ。
カヨは、電話を置いた。
レイチェルは、呆然としていた。
「I…I did it?(私…できた?)」
「Yes. You did(ええ。できたわ)」
「But…I feel bad…(でも…可哀想で…)」
「That’s normal. But it’s necessary(普通よ。でも必要なこと)」
カヨは、座った。
「You can’t help everyone. You need to focus on cases you can actually win(みんなを助けることはできない。実際に勝てる案件に集中しないと)」
「…」
レイチェルは、静かに頷いた。
その後、カヨはレイチェルに色々と教えた。
案件の選別方法。
断り方のスクリプト。
新しい営業方法。
「You need to target normal clients. Corporate clients. Small businesses(普通のクライアントをターゲットにしないと。企業クライアント。中小企業)」
「How?(どうやって?)」
「Networking. Join business groups. Attend events. Make yourself visible to the right people(ネットワーキング。ビジネスグループに参加して。イベントに出席して。正しい人たちに自分を見せるの)」
「…I haven’t done that in years(何年もやってない…)」
「Then start now(じゃあ今から始めて)」
カヨは、スケジュール表を書き始めた。
「Monday, Wednesday, Friday. Networking events. Tuesday, Thursday. Client meetings. Only normal cases(月、水、金。ネットワーキングイベント。火、木。クライアントミーティング。普通の案件だけ)」
「…」
レイチェルは、スケジュール表を見た。
「And sleep. You need 7 hours minimum(それと睡眠。最低7時間必要)」
「7 hours…I haven’t slept that much in months…(7時間…何ヶ月もそんなに寝てない…)」
「Then start tonight. Go home. Sleep. Tomorrow, we start fresh(じゃあ今夜から始めて。家に帰って。寝て。明日、新しくスタート)」
「…Okay(分かった)」
レイチェルは、小さく頷いた。
オフィスを出た後。
エマが、カヨに言った。
「Thank you, Kayo. You saved her(ありがとう、カヨ。あなたが彼女を救ったわ)」
「Not yet. She needs to actually follow through(まだよ。実際にやり通さないと)」
「She will. I’ll check on her(やるわ。私が確認する)」
「Good」
カヨは、街を歩いた。
エマが、横を歩く。
「Kayo, you’re really amazing(カヨ、あなた本当にすごいわ)」
「I just told her what she needed to hear(彼女に必要なことを言っただけよ)」
「But you did it with…clarity. No sugarcoating(でもあなたは…明確に言った。甘い言葉なしで)」
「Sugarcoating doesn’t help. Truth does(甘い言葉は助けにならない。真実が助けになる)」
エマは、少し笑った。
「I wish I could be like you」
「You can. Just practice(なれるわ。練習すればいいだけ)」
「…Really?(本当に?)」
「Yes. Everyone can learn discipline(ええ。誰でも規律は学べる)」
カヨは、あっさりと言った。
エマは、少し感動した顔をした。
その夜。
ホテルの部屋。
健一は、ベッドに横になっていた。
「今日は何してたの?」
「エマの友達に会ってきた。弁護士」
「弁護士?」
「ええ。変なクライアントばかり来て、困ってたの」
「変なクライアント?」
「UFOに誘拐されたとか、猫にスパイされてるとか」
「…何それ」
健一は、笑った。
「それで、どうしたの?」
「案件を選別した。断り方を教えた」
「…お前、弁護士じゃないのに」
「弁護士じゃないけど、管理はできる」
カヨは、平然と言った。
「そっか…」
健一は、天井を見上げた。
(カヨ、君は一体…)
「明日は、トシキたちとどこか行くの?」
「ええ。シンディの友達に会うって」
「友達?」
「アスリートらしい。健康管理が好きみたい」
「…また、お前と気が合いそうな人か」
「かもね」
カヨは、少し笑った。
「でも、私より厳しいかもしれないって、シンディが言ってた」
「お前より厳しい…?」
健一は、想像できなかった。
「まあ、明日会えば分かるわ」
「…そうだな」
健一は、目を閉じた。
(また、まともじゃない人な予感)
翌日。
レイチェルのオフィス。
朝9時。
レイチェルは、デスクに座っていた。
昨日より、少し元気そうだ。
7時間、寝たらしい。
電話が鳴った。
リリリリ…
レイチェルは、深呼吸した。
そして、電話を取った。
「Hello, Zimmerman Law Office(もしもし、ジマーマン法律事務所です)」
『Hi, I need a lawyer. A Bigfoot destroyed my car!(やあ、弁護士が必要なんだ。ビッグフットが車を壊したんだ!)』
「…」
レイチェルは、カヨの言葉を思い出した。
『You can’t help everyone(みんなを助けることはできない)』
レイチェルは、言おうとした。
「I’m sorry, but I can’t…(申し訳ございませんが、お受けでき…)」
『Please! You’re the only one who’ll listen! Everyone else hung up on me!(お願い!あなただけが話を聞いてくれる!他のみんな、電話切っちゃうんだ!)』
「…」
レイチェルは、沈黙した。
『It was huge! At least 8 feet tall! It came out of the forest and…(でかかったんだ!少なくとも8フィート!森から出てきて…)』
「…Wait. 8 feet?(待って。8フィート?)」
『Yes! And it had red eyes! And…(そうだ!それに赤い目をしてて!それで…)』
「Tell me more…(もっと詳しく教えて…)」
レイチェルは、ペンを取った。
メモを取り始めた。
『Really!? You’ll listen!?(本当!?聞いてくれるの!?)』
「…Yes. Tell me everything(ええ。全部話して)」
電話は、30分続いた。
レイチェルは、たくさんメモを取った。
電話を切った後。
レイチェルは、メモを見た。
そして、頭を抱えた。
「Oh no…I did it again…(やっちゃった…また…)」
デスクの上には、カヨが作ったスケジュール表。
その横に、新しいファイル。
「Bigfoot Car Destruction Case」
レイチェルは、溜息をついた。
「Kayo…I’m sorry…(カヨ…ごめんなさい…)」
そして、ファイルを開いた。
「…But I need to at least hear the full story…(でも、全部聞かないと…)」
レイチェルの「珍客御用達弁護士」生活は、まだ続きそうだった。
彼女は、窓の外を見た。
LAの空。
青い。
そして、小さく呟いた。
「…Tomorrow. Please. Just one normal case…(明日は…お願い…普通の案件が一つでいいから…)」
でも、彼女の電話は、また鳴り始めた。
リリリリ…
レイチェルは、電話を見た。
そして、溜息をついた。
「…Here we go again…(また始まった…)」
月曜木曜8時更新




