Episode 17: 伝説たちの夜
登場人物
田所家
健一/元ハリウッド映画主演原作者
カヨ/健一の妻、カリスマ、管理魔
トシキ/東大休学中、パン屋でバイト
シンディ・ゴールドバーグ/トシキの彼女、カヨの弟子
Dharma Beans
アラン・ゼンズバーグ/シンディの叔父、詩人
※アレン・ギンズバーグではありません
ジェイク・ケンドリック/詩人、作家、アランの親友
※ジャック・ケルアックではありません
Nirvira
クリス・ノヴァセリック/ニルヴィラのベース
デヴィッド・グロウル/ニルヴィラのドラム
※ニルヴァーナではありません
☆なんちゃって参考文献
アレン・ギンズバーグ「HOWL」
ジャック・ケルアック「路上」
※読んでなくても大丈夫!
金曜日の夜。
Dharma Beans。
健一は、アラン、ジェイク、劫火と一緒にテーブルに座っていた。
ビール。
2杯まで。
約束。
「Kenichi, tonight is special!(健一、今夜は特別だぞ!)」
アランが、興奮気味に言った。
「Special?(特別?)」
「Yes! We have special guests coming!(ああ!特別ゲストが来るんだ!)」
「Who?(誰?)」
「You’ll see. Old friends. Legends(見れば分かる。昔の友達。伝説だ)」
ジェイクも、にやりと笑った。
「They’re the reason we’re still doing this. They kept the spirit alive(彼らがいるから俺たちはまだこれをやってる。精神を生き続けさせたんだ)」
「…」
健一は、よく分からなかった。
劫火が、横から言った。
「まあ、見てろ。面白いことになるぞ」
「…そうですか」
午後8時。
店内は、いつもより人が多かった。
椅子が満席。
立ち見も出ている。
「すごい人だな…」
健一は、少し驚いた。
その時、店のドアが開いた。
二人の男性が入ってきた。
50代。
一人は、長身。
ギターケースを背負っている。
もう一人は、がっしりした体格。
ドラムスティックをポケットに入れている。
「…!」
健一は、目を見開いた。
(あれ…もしかして…)
アランとジェイクが、立ち上がった。
「Chris! David!(クリス!デヴィッド!)」
「Allan! Jake!(アラン!ジェイク!)」
四人は、ハグした。
「Long time no see!(久しぶりだな!)」
「How many years? Ten?(何年ぶりだ?10年?)」
「At least!(少なくとも!)」
みんな、笑顔だった。
健一は、呆然としていた。
(クリス・ノヴァセリック…)
(デヴィッド・グロウル…)
(ニルヴィラのメンバー…!)
劫火が、横から言った。
「驚いたか?」
「…ええ」
「あいつら、昔からの知り合いなんだ。ビートニクと、グランジ。時代は違うが、魂は同じだ」
「…」
健一は、まだ信じられなかった。
アランが、マイクを取った。
「Everyone! Tonight, we have special guests! Chris Novaselic and David Growl from Nirvira!(みんな!今夜は特別ゲストがいる!ニルヴィラのクリス・ノヴァセリックとデヴィッド・グロウルだ!)」
拍手。
大きな拍手。
歓声。
クリスとデヴィッドは、手を振った。
「Thank you, thank you!(ありがとう、ありがとう!)」
クリスが、マイクを取った。
「It’s great to be here. Dharma Beans. This place is special to us(ここに来られて嬉しい。ダルマ・ビーンズ。この場所は俺たちにとって特別なんだ)」
「Why?(どうして?)」
観客の一人が、聞いた。
「Because Allan and Jake…they’re the reason we started making music(なぜなら、アランとジェイクが…俺たちが音楽を始めた理由なんだ)」
「…」
観客は、静かに聞いていた。
デヴィッドが、続けた。
「We were young. Lost. Angry. And we found their poetry. Beat poetry. It spoke to us. Raw. Real. No bullshit(俺たちは若かった。迷ってた。怒ってた。そして彼らの詩を見つけた。ビート詩。俺たちに語りかけてきた。生々しい。本物。ごまかしなし)」
「That’s what we wanted to do with music. The same thing they did with words(それが俺たちが音楽でやりたかったこと。彼らが言葉でやったのと同じことだ)」
クリスは、アランとジェイクを見た。
「So, thank you. You changed our lives(だから、ありがとう。君たちが俺たちの人生を変えたんだ)」
拍手。
大きな拍手。
アランとジェイクは、少し照れくさそうに笑った。
健一は、その光景を見て、少し感動していた。
(アランとジェイク…ただの変なおじさんだと思ってたけど…)
(本当に、伝説だった…)
健一のスマホが鳴った。
カヨからだ。
健一は、急いで外に出た。
「もしもし?」
『今、どこ?』
「Dharma Beans。ポエトリーナイトで」
『そう。何時に帰るの?』
「えっと…まだ分からない。でも、カヨ」
『何?』
「ニルヴィラのメンバーが来てる」
『え?』
「クリスとデヴィッド。今、店にいる」
『…!』
カヨの声が、少し震えた。
『今から行く。トシキも連れて行く』
「え、でも…」
『待ってて』
ガチャ。
電話が切れた。
健一は、笑った。
(カヨ、そりゃそうか…)
30分後。
店のドアが開いた。
カヨ、トシキ、シンディが入ってきた。
カヨは、店内を見回した。
そして、クリスとデヴィッドを見つけた。
「…」
カヨは、立ち止まった。
「母さん?」
トシキが、心配そうに聞いた。
「…大丈夫」
カヨは、小さく答えた。
でも、足が震えている。
シンディは、その様子を見て、少し驚いた。
(カヨさん…こんな顔するんだ…)
健一が、近づいてきた。
「来たな」
「…ええ」
カヨは、まだクリスとデヴィッドを見ていた。
「声をかける?」
「…いえ、いい。見てるだけで」
「そうか」
健一は、少し笑った。
クリスが、カヨに気づいた。
「Kayo!(カヨ!)」
「...っ!」
カヨは、小さく声を上げた。
クリスとデヴィッドが、近づいてきた。
「Long time no see! How have you been?(久しぶり!元気だった?)」
「Y-yes...I-I've been well...(は、はい...げ、元気です...)」
カヨの声が完全に裏返っている。
シンディは、横でその様子を見て、目を丸くしていた。
(カヨさん...声...)
デヴィッドも、笑顔で言った。
「Good to see you again! You came all the way here?(また会えて嬉しいよ!わざわざ来てくれたの?)」
「U-um...Kenichi called...so...(あ、あの...健一から電話が...それで...)」
カヨは、しどろもどろだった。
トシキは、完全に困惑していた。
(母さん...こんな話し方するの...?)
「We're glad you came. It's always nice to meet real fans(来てくれて嬉しいよ。本物のファンに会えるのはいつも嬉しい)」
「R-real...!(ほ、本物...!)」
カヨの目が、さらに潤んだ。
健一は、遠くでその光景を見て笑っていた。
(完全に崩壊してるな...)
その時、アランが言った。
「Kayo, you know, we’re legends too!(カヨ、俺たちも伝説なんだぜ!)」
「…」
カヨは、アランを見た。
複雑な表情。
(この人たち…変なおじさんだと思ってたのに…)
(ニルヴィラに影響を与えた人たちだったなんて…)
「…そうですね」
カヨは、小さく答えた。
でも、まだ完全には受け入れられていないようだった。
アランは、少し残念そうだった。
「まあ、いいけどな」
その後、クリスとデヴィッドは、即興でアコースティック演奏を始めた。
ギターとドラムスティック(テーブルを叩く)。
ニルヴィラの曲。
「Smells Like Youth Spirit」のアコースティックバージョン。
店内は、静まり返った。
みんな、聞き入っている。
カヨも、目を閉じて聞いていた。
涙が、少し流れている。
シンディは、その姿を見て、少し感動していた。
(カヨさん…こんな一面もあるんだ…)
曲が終わった後。
大きな拍手。
スタンディングオベーション。
カヨも、立ち上がって拍手した。
涙を拭いながら。
「Thank you…(ありがとう…)」
小さく呟いた。
イベントが終わった後。
クリスとデヴィッドが、カヨに声をかけた。
「Kayo, wait a second(カヨ、ちょっと待って)」
「Y-yes!(は、はい!)」
カヨは、即座に振り返った。
クリスが、CDを取り出した。
ニルヴィラのアルバム。
「We brought these. Let's all sign it for you(これ、持ってきたんだ。みんなでサインするよ)」
「え...!(What...!)」
カヨの声が、また裏返った。
デヴィッドが、ペンを取り出した。
サインを書く。
そして、アランとジェイクを呼んだ。
「Allan, Jake! Come sign this!(アラン、ジェイク!これにサインして!)」
「Oh! Sure!(おお!もちろん!)」
二人も、サインを書いた。
4人分のサイン。
ニルヴィラのメンバー2人。
ビートニクの伝説2人。
「Here you go(はい、どうぞ)」
クリスが、CDをカヨに渡した。
カヨは、震える手で受け取った。
「Th-thank you...so much...(...あ、ありがとう...ございます...)」
声が震えている。
目から涙が流れている。
「You're welcome. Keep supporting us(どういたしまして。これからも応援してね)」
「I will...forever...(します...ずっと...)」
カヨは、CDを胸に抱きしめた。
シンディは、その姿を見て、完全に驚いていた。
(カヨさん..こんな一面あるんだ…)
健一は、劫火を探した。
でも、もういなかった。
(いつ帰ったんだ...)
テーブルには、空のビールグラス。
そして、ナプキンに書かれた一言。
「伝説は便所の落書きと同じだ
消えても、誰かが覚えている」
健一は、少し笑った。
(相変わらずだな...)
その夜。
カヨは、CDを何度も見返していた。
4人のサイン。
「...最高」
満足そうに呟いた。
そして、CDをケースに入れた。
大切に、棚に飾った。
健一は、その姿を見て、笑った。
「良かったな」
「...ええ。夢みたい」
カヨは、まだ少しぼんやりしていた。
「でも、アランとジェイクのサインも入ってるんだな」
「...ええ」
カヨは、少し複雑な顔をした。
「変なおじさんだと思ってたのに...」
「まあ、何が伝説なのか分からないものだな」
「...そうね」
カヨは、CDをもう一度見た。
4人のサイン。
「大切にするわ」
「ああ」
健一は、頷いた。
翌日。
Dharma Beans。
カヨは、アランとジェイクに会いに来た。
「Um…I wanted to thank you. For yesterday(あの…昨日はありがとうございました)」
「Oh, Kayo! No problem!(ああ、カヨ!問題ないよ!)」
アランは、笑顔で答えた。
「And…there’s something else」
カヨは、少し言いづらそうにした。
「I think I misjudged you. Both of you(私…あなたたちのこと、ちゃんと理解してませんでした)」
「Hmm?(ん?)」
「I assumed you were just…strange old men(変なおじさんだと…思ってました)」
「Ahahaha! We are weird old men!(あはは!俺たち、変なおじさんだよ!)」
アランは、笑った。
ジェイクも、頷いた。
「Yeah, we know. But that’s okay(ああ、分かってる。でも大丈夫だ)」
「…But you were legends. Actual legends(でも、あなたたちは…伝説でした。本物の)」
「Well, in some circles(まあ、一部の人たちの間ではね)」
「So from now on…I’ll treat you with more respect(だから…これから、もう少し…尊重します)」
「…」
アランとジェイクは、顔を見合わせた。
そして、笑った。
「Kayo, you don’t have to respect us. Just treat us like before(カヨ、そんな風にしなくていいよ。前みたいに接してくれ)」
「But…(でも…)」
「We’re still weird old men. Legends or not(俺たちは変なおじさんだ。伝説って言われてもな)」
「…」
カヨは、笑った。
「…Fine. Don’t blame me if I go back to bossing you around(分かりました。また口うるさくしても知りませんよ)」
「Good!(よし!)」
その後、カヨは健一にも報告した。
「アランとジェイクに、謝ってきたわ」
「そうか」
「でも、彼ら、変なおじさんのままでいいって」
「らしいな」
健一は、笑った。
「まあ、それでいいんじゃないか」
「…そうね」
カヨも、笑った。
でも、その夜。
カヨは、ニルヴィラのポスターを壁に貼った。
サイン入り。
「…最高」
満足そうに呟いた。




