Episode 16: The Eve of a Lovey-Dovey Couple(バカップル誕生前夜)
登場人物
田所トシキ/東大休学中、パン屋バイト
シンディ・ゴールドバーグ/トシキの彼女、カヨの弟子
ブレイディ・ヴァーデン/役者志望、おバカ、レッドブル依存
エイミー・ヴァーデン/ブレイディの妹、ストイック、アスリート
ミーチャ(ドミトリア・カラマゾヴァ)/三姉妹長女、ベーカリーの看板娘
サーシャ(アレクサンドラ・カラマゾヴァ)/三姉妹三女、心優しいカトリック
※カラマーゾフの兄弟とは無関係です。
ある日の午後。
シンディのアパート。
エイミーが訪ねてきた。
「Cindy! I need to talk!(シンディ!話があるの!)」
「What’s wrong?(どうしたの?)」
二人は、ソファに座った。
エイミーが、少し困った顔をした。
「It’s about Brady. He’s been…weird(ブレイディのこと。彼…変なの)」
「Weird how?(どう変なわけ?)」
「He keeps talking about this bakery. Bakery Karamazova. Every single day(ずっとあのベーカリーの話してるの。ベーカリー・カラマゾヴァ。毎日よ)」
「…Oh」
シンディは、少し笑った。
「That’s Toshiki’s workplace!(それ、トシキのバイト先よ!)」
「I know! He keeps going on about it — ‘Mitya’s so funny, Mitya’s so kind, Mitya’s so bright, she’s like this, she’s like that.’ That’s all he ever talks about.(わかってるわ、それでミーチャが面白いだ、優しいんだ、明るいんだ、あんな感じこんな感じ、やたらそんな話ばかりするのよ)」
「He’s got it bad. So obvious.(好きなのね、ホントわかりやすいわね)」
「Right? Who talks about someone like that to their sister? He’s completely gone.(そうなの、延々と妹にそんな話するなんて、よっぽどよ)」
「That’s sweet though. You should cheer him on.(いいじゃない、応援してあげたら?)」
「I mean, yeah. But also… I kind of want to go check her out. What do you think?(まあね、それでちょっと見に行きたいって思ってるんだけど、どうかな?)」
「Let’s do it. We’ll go to the shop tomorrow.(いいじゃない、明日一緒にお店に行きましょ!)」
翌日、午前10時。
Bakery Karamazova。
シンディとエイミーが、店に入った。
チリンチリン。
カウンターに、ミーチャが立っていた。
「Cindy! Long time no see!(シンディ!久しぶりね!)」
「Hi, Mitya!(こんにちは、ミーチャ!)」
シンディは、笑顔で挨拶した。
「This is my friend, Amy. Brady’s sister(友達のエイミー。ブレイディの妹よ)」
「Oh! Brady’s sister! Nice to meet you!(ああ!ブレイディの妹さん!はじめまして!)」
ミーチャは、エイミーと握手した。
力強い。
「Nice to meet you too. I’ve heard a lot about you(はじめまして。あなたの事、よく聞いてるわ)」
「Good things, I hope!(いい話だといいけど!)」
ミーチャは、笑った。
エイミーは、ミーチャを観察していた。
(明るい。元気。確かに、ブレイディが好きそうなタイプ…)
その時、奥から別の女性が現れた。
20代前半。
長い黒髪。
首に、小さな十字架のネックレス。
「Mitya, we need more flour…(ミーチャ、粉がもっといるわ…)」
「Oh, Sasha! Come here, meet our guests!(ああ、サーシャ!こっち来て、お客さんに顔見せて!)」
サーシャは、カウンターに来た。
静かな雰囲気。
「This is Cindy, and her friend Amy(こちらシンディ、それと友達のエイミー)」
「Nice to meet you. I’m Alexandra, but call me Sasha(はじめまして。アレクサンドラです。でもサーシャって呼んでください)」
「Nice to meet you」
シンディとエイミーは、握手した。
サーシャの手は、柔らかかった。
「Sasha, can you bring some fresh bread? I want them to try it!(サーシャ、焼きたてのパン持ってきて!試してもらいたいの!)」
「Okay(分かったわ)」
サーシャは、奥に戻った。
ミーチャが、シンディに聞いた。
「So, what brings you here today?(それで、今日は何で来たの?)」
「Just visiting. And Amy wanted to see the bakery(ちょっと訪問。それとエイミーがベーカリーを見たがっていたから)」
「Oh, great! Brady talks about this place too, right?(ああ、いいわね!ブレイディもここの話してるなよね?)」
「…Yeah. A lot(ええ。たくさん)」
シンディは、少し笑った。
ミーチャは、気づいていないようだった。
サーシャが、黒パンを持ってきた。
「Here. Fresh from this morning(はい。今朝焼いたばかり)」
「Thank you!(ありがとう!)」
エイミーは、一口食べた。
「…Mmm! This is good!(うーん!美味しい!)」
「Right? Sasha makes the best bread!(でしょ?サーシャが最高のパン作るの!)」
ミーチャは、誇らしげに言った。
サーシャは、少し照れくさそうに笑った。
「Thank you…(ありがとう…)」
その時、トシキが厨房から出てきた。
「あ、シンディ」
「Toshiki! Hi!(トシキ!こんにちは!)」
「エイミーも」
「Hi, Toshiki!(こんにちは、トシキ!)」
「Break time?(今、休憩?)」
「Yeah, just a bit.(ああ、ちょっとだけ)」
トシキは、シンディの隣に座った。
ミーチャが、言った。
「You know what? We should all hang out sometime!(ねえ、みんなでいつか遊ばない?)」
「Hang out?(遊ぶ?)」
「Yeah! Dinner or something. You, Cindy, Amy, Brady, me, and Sasha!(ええ!ディナーとか。あなた、シンディ、エイミー、ブレイディ、私、それとサーシャ!)」
「…Sounds good」
トシキは、シンディを見た。
シンディも、頷いた。
「Let’s do it!(やりましょう!)」
「Great! How about this Friday?(いいわね!今週金曜は?)」
「Perfect!(完璧!)」
エイミーも、頷いた。
「I’ll tell Brady(ブレイディに言っとくわ)」
その夜。
エイミーは、ブレイディに電話した。
「Brady, we’re having dinner on Friday. With Mitya and the others(ブレイディ、金曜ディナーよ。ミーチャたちと)」
「Mitya!? Really!?(ミーチャ!?本当!?)」
ブレイディの声が、急に大きくなった。
「Yes. Calm down(ええ。落ち着いて)」
「I’m calm! I’m totally calm!(落ち着いてる!完全に落ち着いてる!)」
「…You’re not(落ち着いてないわね)」
エイミーは、溜息をついた。
「Just…be yourself. But not too much yourself(ただ…自分らしくして。でも自分を出し過ぎないで)」
「What does that mean!?(どういう意味!?)」
「You’ll figure it out(分かるわよ)」
金曜日の夜。
イタリアンレストラン。
テーブルに、6人が座っていた。
トシキ、シンディ、エイミー、ブレイディ、ミーチャ、サーシャ。
「Cheers!(乾杯!)」
グラスがぶつかる音。
みんな、笑顔だった。
「So, Brady, how’s the acting going?(それで、ブレイディ、演技はどう?)」
ミーチャが、聞いた。
「Uh, yeah, good! I’ve been auditioning a lot!(ああ、まあ、いいよ!オーディションたくさん受けてる!)」
「That’s great! Any callbacks?(素晴らしいわ!コールバックは?)」
「…Not yet. But I’m persistent!(まだだけど。でも粘り強くいくよ!)」
「I like that! Persistence is important!(それがいいわ!粘り強さは大事よ!)」
ミーチャは、にこやかだった。
ブレイディは、ドキドキしていた。
(ミーチャ、近くで見ると、さらに綺麗だ…)
食事が進む。
パスタ。
ピザ。
サラダ。
みんな、楽しそうに話している。
サーシャは、静かに食べていた。
でも、時々、ブレイディとミーチャの会話を見ている。
(二人、仲良さそう…)
その時、ブレイディが立ち上がった。
「Uh, everyone, I have something to say(えっと、みんな、言いたいことがある)」
「What is it?(何?)」
ミーチャが、笑顔で聞いた。
ブレイディは、深呼吸した。
そして、突然、片膝をついた。
「…」
トシキ、シンディ、エイミー、固まった。
(え…何…?)
サーシャは、ドキドキしながら見ている。
ブレイディが、言った。
「But, soft! What light through yonder window breaks?(でも、静かに!あの窓から差し込む光は何だ?)」
「…」
みんな、さらに固まった。
「It is the east, and Juliet is the sun!(それは東、そしてジュリエットは太陽だ!)」
ブレイディは、ミーチャを見た。
真剣な顔。
「…」
トシキは、小さく呟いた。
「…やっちゃってる」
シンディも、頭をおさえた。
「…Oh no」
エイミーは、顔を覆った。
「…I told him not to be too much himself(自分を出し過ぎるなって言ったのに)」
サーシャは、ドキドキしながら見守っていた。
(これ、どうなるの…)
その時。
ミーチャが、笑い始めた。
「Ahahaha!」
大きな笑い声。
そして、立ち上がった。
「O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?(おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオなの?)」
ミーチャは、ブレイディを見た。
笑顔。
「Deny thy father and refuse thy name!(あなたの父を否定して、名前を拒否して!)」
「…」
ブレイディは、少し驚いた。
でも、すぐに笑顔になった。
「Or, if thou wilt not, be but sworn my love!(もしくは、もしそうしないなら、ただ私の愛を誓って!)」
「And I’ll no longer be a Capulet!(そして私はもうキャピュレットじゃなくなるわ!)」
二人は、笑いながら続けた。
即興のロミオとジュリエット。
めちゃくちゃなセリフ。
でも、楽しそう。
レストランの他の客たちは、唖然として見ていた。
「What's going on over there?(あっちで何やってるの?)」
「Are they...performing?(演技してるの?)」
何人かが、テーブルから見ている。
ブレイディとミーチャは、続けた。
完全に自分たちの世界に入っている。
「With love's light wings did I o'erperch these walls!(愛の光の翼で、私はこの壁を飛び越えたんだ!)」
「For stony limits cannot hold love out!(石の限界は愛を止められないから!)」
「And what love can do, that dares love attempt!(そして愛ができることを、愛は敢えて試みるんだ!)」
客たちは、完全に見入っていた。
「...They're actually good(実際、上手だよ)」
「This is amazing!(すごい!)」
セリフが終わった。
ブレイディとミーチャは、座った。
一瞬の沈黙。
そして。
パチパチパチパチ!!!
拍手。
レストラン中から。
「Bravo!(ブラボー!)」
「That was beautiful!(素晴らしかった!)」
何人かの客が、立ち上がった。
スタンディングオベーション。
ブレイディとミーチャは、驚いていた。
「...Uh」
「...We did it?(やっちゃった?)」
でも、すぐに笑った。
手を振って、お辞儀した。
「Thank you! Thank you!(ありがとう!ありがとう!)」
そして、二人は手を繋いで席を立った。
レストランの出口に向かって歩き出す。
「...え、帰るの?(They're leaving?)」
トシキが、呟いた。
でも。
ブレイディとミーチャは、ドアの手前で止まった。
振り返った。
そして、また戻ってきた。
手を繋いだまま。
深々とお辞儀。
カーテンコール。
「Ahahahaha!(あははは!)」
客たちは、さらに拍手した。
「Encore!(アンコール!)」
「Bravo!(ブラボー!)」
トシキ、シンディ、エイミーは、完全に脱力していた。
「I don't know them anymore.(…もう知らないからね)」
「This is embarrassing.(ヤバいよな…)」
「But kinda funny.(…でもちょっと面白いかも)」
サーシャは、笑いながら拍手していた。
ブレイディとミーチャは、ずっと話していた。
演技のこと。
映画のこと。
好きなこと。
サーシャは、静かに見守っていた。
トシキとシンディは、横で微笑んでいた。
エイミーは、少し呆れていた。
でも、悪い気はしていなかった。
帰り道。
エイミーが、ブレイディに言った。
「So? You like her, don’t you?(それで?彼女の事、好きなんでしょ?)」
「Obviously! She’s incredible! What did you think, Amy?(そりゃそうさ、彼女は最高だよ!エイミー、どう思った?)」
「She’s fun. Honestly? She’s too good for you.(楽しい人よね、アニキにはもったいないくらい、素敵な人)」
「Right!? That’s what I’m saying! She’s so easy to talk to — and you saw her energy!(だろ?そうなんだよ、話しててモノすごい楽しいし、見たろ!彼女のあのノリ!)」
「She went along with your weird act. Most people would’ve walked away.(あなたの変な演技に乗っかってきてくれたからね、普通の人だったら引いちゃうよ?)」
「You think? But she looked like she was having fun!(そうか?でも彼女、楽しそうだったろ?)」
「Brady. What you’re doing is textbook ‘funny guy who can’t get a girlfriend.’ Watch yourself.(だけどあなたのやり方は典型的な面白いだけのモテない男の行動だからね、気をつけた方がいいわ)」
「…」
「But she did seem to like you. So go for it. I’m rooting for you.(だけどあなたのこと、気に入ってはいたみたい。頑張って、応援するわ)」
「Thanks, Amy.(ありがとう、エイミー)」
ブレイディは、嬉しそうだった。
ミーチャは、サーシャと一緒に家に帰っていた。
「Sasha, what did you think of tonight?(サーシャ、今夜どうだった?)」
「…Fun. Brady is…interesting(楽しかった。ブレイディは…面白い人ね)」
「Right!? He’s so funny!(でしょ!?すごく面白いの!)」
ミーチャは、楽しそうだった。
「I think he likes you(彼、あなたのこと好きなんじゃない?)」
「…Maybe」
ミーチャは、少し照れくさそうに笑った。
家に着いた後。
ヴィックが、カウンターで座っていた。
「You’re late.(遅かったな)」
「Dinner with friends(友達とディナーだったの)」
「Friends?(友達?)」
「Yeah. Toshiki, Cindy, Amy, Brady, and Sasha(ええ。トシキ、シンディ、エイミー、ブレイディ、それとサーシャ)」
「Brady? That guy who comes every morning?(ブレイディ?毎朝来るあいつか?)」
「Yes」
「Well, fine.(…まあ、いい)」
ヴィックは、あっさりと答えた。
でも、少し気になっているようだった。
ミーチャは、笑った。
「Goodnight, Papa(おやすみ、パパ)」
「Goodnight.(おやすみ)」
ミーチャは、自分の部屋に行った。
ベッドに横になった。
(ブレイディ…面白い人よね…)
ミーチャは、少し笑った。
そして、眠りに落ちた。
翌日。
ブレイディは、また朝からBakery Karamazovaに来た。
「Morning, Mitya!(おはよう、ミーチャ!)」
「Morning, Brady!(おはよう、ブレイディ!)」
ミーチャは、いつものように笑顔で迎えた。
でも、今日は少し違った。
「Yesterday was fun!(昨日、楽しかったね!)」
「Yeah! Me too!(俺も!)」
「We should do it again!(また行きましょう!)」
「Definitely!(絶対!)」
二人は、笑い合った。
トシキは、奥でその光景を見ていた。
サーシャも、横で微笑んでいた。
「They look happy(幸せそうね)」
「…Yeah」
トシキは、頷いた。




