Episode 14: 訳あり物件と未知との遭遇
登場人物
田所家
健一/元ハリウッド映画主演原作
カヨ/健一の妻、カリスマ、管理魔
トシキ/健一の息子、東大休学、パン屋でバイト
レイチェル・ジマーマン/弁護士、お人好し、幸薄
ハリー・ウォロフ/大家さん
ゲイリー・ギブス/隣の住人
健一は、ホテルのフロントでチェックアウトの延長手続きをしていた。
「また1週間延長で…」
「かしこまりました」
フロントスタッフは、にこやかに対応した。
健一は、部屋に戻った。
カヨが、ソファに座っていた。
「また延長したの?」
「ああ…」
「いつまでホテル暮らしするつもり?」
「…そろそろ、アパート探した方がいいかな」
「当然でしょ」
カヨは、呆れた顔をした。
「ホテル代、いくらかかってると思ってるの?」
「…分かってる」
健一は、小さく溜息をついた。
その日の午後。
カヨのスマホに、エマから電話が来た。
「Kayo! How are you?(カヨ!元気?)」
「I’m fine. What’s up?(元気よ。どうしたの?)」
「Remember Rachel? The lawyer I introduced you to?(レイチェル覚えてる?紹介した弁護士)」
「Yes, I remember(ええ、覚えてるわ)」
「She’s struggling again. Different problem this time(また困ってるみたいなの。今回は別の問題で)」
「Another weird client?(また変なクライアント?)」
「Sort of. But this time it’s…complicated. Can you help her again?(まあ、そんな感じ。でも今回は…複雑なの。また助けてあげられない?)」
「Sure」
「Thank you! She’ll be so relieved(ありがとう!彼女、安心するわ)」
「Okay(分かったわ)」
翌日。
カヨは、レイチェルのオフィスを訪れた。
古いビルの3階。
ドアのプレートには。
「Rachel Zimmerman, Attorney at Law」
カヨは、ノックした。
トントン。
「Come in…(どうぞ…)」
疲れた声。
カヨは、ドアを開けた。
中は、相変わらずファイルの山。
レイチェルは、デスクに座っていた。
目の下のクマが、前より深くなっている。
「Mrs. Tadokoro…you came again(カヨさん…また来てくれたんですね)」
「Yes. Emma told me(ええ。エマから聞いたわ)」
カヨは、椅子のファイルをどかして座った。
「You still look overwhelmed(相変わらず、大変そうね)」
「Yes」
レイチェルは、少し恥ずかしそうに笑った。
「I’ve been trying to follow your advice, but…there’s a new problem(前に教えてもらったこと、実践しようとしてるんですけど…また新しい問題が)」
「Tell me(聞かせて)」
レイチェルは、深呼吸した。
「Actually…I have two consultations. But they conflict(実は…二つの相談が来てて。でも、利害が対立してるんです)」
「Conflict?(どういう事?)」
「Yes. One wants to sue because a ghost stole his money. The other is a landlord whose apartment has no tenants because of that rumor(ええ。一人は、幽霊に金を盗まれたって訴えたい。もう一人は、その噂のせいでアパートに入居者が来なくて困ってる大家)」
「…」
カヨは、黙って聞いていた。
「I don’t know what to do…I want to help both, but…(私、どうすればいいか分からなくて…どっちも助けたいけど…)」
「You don’t need to help both(どっちも助ける必要はないわ)」
カヨは、冷静に言った。
「What?(え?)」
「A ghost stealing money is ridiculous. Don’t take that case(幽霊に金を盗まれた、なんて馬鹿げてる。そんな案件、受けちゃダメ)」
「But he’s really troubled…(でも、彼、本当に困ってて…)」
「He’s troubled in his head. Just show him reality(困ってるのは彼の頭の中よ。現実を教えてあげればいいのよ)」
「…」
レイチェルは、黙った。
カヨが、続けた。
「Can I see the property?(その物件、見せてもらえる?)」
「You want to see it?(え?見たいんですか?)」
「Yes. We’re actually looking for an apartment. Perfect timing(ええ。実は、私たちもアパート探してるの。ちょうどいいわ)」
「Okay. I’ll contact the landlord(…分かりました。大家さんに連絡してみます)」
翌日。
カヨ、健一、トシキは、レイチェルと一緒にアパートを訪れた。
古いビル。
でも、外観は綺麗。
「これです。3階、3B号室(This is it. Third floor, unit 3B)」
レイチェルは、鍵を開けた。
中に入る。
広い。
清潔。
窓も大きい。
「…悪くないな」
健一は、部屋を見回した。
カヨも、チェックしている。
壁を叩く。
床を確認する。
キッチンを見る。
「構造は問題ないわね」
その時、ドアがノックされた。
トントン。
「Who is it?(誰ですか?)」
レイチェルが、ドアを開けた。
男性が立っていた。
50代。
メガネ。
きちんとしたシャツ。
普通の大家に見える。
「Hello. I’m Howie Woloff, the landlord(こんにちは。ハウィー・ウォロフです。大家です)」
「I’m Kenichi Tadokoro(「田所健一です)」
「I’m Kayo」
「I’m Toshiki
三人は、握手した。
ハウィーが、言った。
「This unit…it’s been empty for a while. Because of a stupid rumor(この部屋…しばらく空室なんです。馬鹿げた噂のせいで)」
「Rumor?(噂?)」
「Yes. One of my tenants, Gary, claimed a ghost stole his money(ええ。住人の一人、ゲイリーが、幽霊に金を盗まれたって主張して)」
「…」
カヨは、冷静に聞いていた。
「But there’s no ghost. Just…delusion(でも、幽霊なんていません。ただの…妄想です)」
「I’d think so」
カヨは、当然のように答えた。
「Where is he?(で、その人はどこに?)」
「Next door. Unit 3A(隣の部屋です。3A)」
「Can I meet him?(会えますか?)」
「What will you do?(…会って、どうするんですか?)」
「I’ll convince him(話をしてみるわ)」
「Really?(…本当ですか?)
ハウィーは、驚いた表情を浮かべた。
「Yes. Leave it to me(ええ。任せて)」
数分後。
ハウィーは、3Aのドアをノックした。
トントン。
「Gary! Open up!(ゲイリー!開けて!)」
ドアが開いた。
男性が現れた。
40代。
野球帽。
サングラス。
少し神経質そうな顔。
「Howie? What is it?(ハウィー?何だ?)」
「These people want to talk to you(この人たちが、話したいって)」
「Talk? About what?(話?何について?)」
カヨが、前に出た。
「About the ghost(幽霊について)」
「…Ghost?(幽霊?)」
ゲイリーは、少し警戒した。
「Yes. You said a ghost stole your money, right?(ええ。あなた、幽霊に金を盗まれたって言ってるんでしょ?)」
「…Yeah. $500(ああ。500ドル)」
「When?(いつ?)」
「Last Tuesday night(先週の火曜の夜)」
「Where did you keep it?(どこに置いてた?)」
「In my wallet. On the table(財布に。テーブルの上)」
「The window?(窓は?)」
「…Open. It was hot(開いてた。暑かったから)」
「Then it blew away in the wind, didn’t it?(じゃあ、風で飛んだんじゃない?)」
「No! I would’ve noticed!(いや!気づいたはずだ!)」
「Really?(本当に?)」
カヨは、冷静に見つめた。
ゲイリーは、少し動揺した。
「I…I think so…(多分…そうだと思う…)」
「Did you drink that day?(あなた、その日、お酒飲んでた?)」
「…A little」
「How much?(どれくらい?)」
「…A few beers(ビール数本)」
「Then you forgot while drunk, didn’t you?(じゃあ、酔って忘れたんじゃない?)」
「…」
ゲイリーは、黙った。
カヨは、続けた。
「There’s no ghost. You just misplaced it while drunk. Or it blew out the window. One or the other(幽霊なんていない。あなたが酔って、どこかに置き忘れただけ。または、窓から風で飛んだ。どっちか)」
「But…(でも…)」
「No buts. Face reality(でももないの。現実を見なさい)」
カヨの声は、冷たかった。
でも、説得力があった。
ゲイリーは、少しずつ、納得していった。
「…Maybe you’re right(もしかして…君が正しいかも)」
「Of course」
カヨは、当然のように答えた。
「And stop thinking about stupid lawsuits. Don’t waste Rachel’s time(それと、もう訴訟とか馬鹿なこと考えないで。レイチェルさんの時間を無駄にしないで)」
「…Sorry」
ゲイリーは、頭を下げた。
レイチェルは、横で感動していた。
(カヨさん…ありがとう…)
ハウィーも、感動していた。
「Wow…I’ve been trying to convince him for months…(すごい…何ヶ月も説得しようとしてたのに…)」
「Just logic(ただ論理的に話しただけ)」
「Thank you, Mrs. Tadokoro. Really(ありがとう、田所さん。本当に)」
ハウィーは、深く頭を下げた。
「So…about the apartment…(それで…アパートのことですが…)」
「Yes?(はい?)」
「If you’re interested, I’ll give you a special price. $1200 a month. And it’s a great unit(もし興味があれば、特別価格にします。月1200ドル。素晴らしい部屋です)」
「$1200?(1200ドル?)」
健一は、驚いた。
「Yes. You helped me. This is my thank you(ええ。あなたが助けてくれたから。これが私のお礼です)」
「Really?(…本当ですか?)」
「Yes. And the building is well-maintained. Quiet. Good location(ええ。ビルはよく管理されてます。静かだし、ロケーションもいいと思います)」
カヨは、健一を見た。
「どうする?」
「…いいんじゃないか。それに安いし」
「じゃあ、契約するわ」
「Great!(素晴らしい!)」
ハウィーは、嬉しそうに握手を求めてきた。
「Welcome to the building!(ビルへようこそ!)」
数日後。
田所家は、アパートに引っ越した。
荷物を運び込む。
ソファ、ベッド、テーブル。
「やっと、ホテルから出られたな」
健一は、ソファに座った。
カヨも、満足そうだった。
「ええ。これで落ち着けるわ」
トシキは、自分の部屋を見ていた。
「広いな。いいじゃん」
その時、廊下で、ゲイリーに会った。
「Oh, hey, new neighbors!(よお、新しい隣人さん!)」
「こんにちは(Hello)」
「I’m Gary Gibbs. 3A. Sorry about…you know, the ghost thing(ゲイリー・ギブスだ。3A。悪かったな、あの…幽霊の件)」
「大丈夫です(It’s okay)」
「Your wife set me straight. She’s amazing(君の奥さん、俺を正してくれた。すごいな)」
「Yeah」
「Anyway, welcome!(とにかく、ようこそ!)」
ゲイリーは、握手を求めてきた。
健一は、握手した。
「…ありがとうございます」
その夜。
健一は、ベッドで横になっていた。
「いい物件だったな」
カヨも、横に座った。
「ええ。静かだし」
「ハウィーさんも、ちゃんとした大家みたいだし」
「そうね」
二人は、満足していた。
午前2時。
屋上から、声が聞こえた。
「Greetings, cosmic travelers! I am here! Show me a sign!(宇宙の旅人よ、こんにちは!私はここにいる!サインを見せてくれ!)」
健一は、目を覚ました。
「…何だ、今の?」
窓の外を見る。
屋上。
ハウィーが、両手を広げて空に向かって叫んでいる。
周りに、奇妙な装置。
アルミホイルで作ったアンテナのようなもの。
「…」
健一は、呆然としていた。
カヨも、起きた。
「何?」
「…ハウィーさんが、屋上で何か…」
二人は、窓から見た。
ハウィーは、まだ叫んでいる。
「I feel your presence! Communicate with me!(あなたたちの存在を感じる!交信してくれ!)」
翌朝。
健一は、ハウィーに会った。
「Um…last night…(あの…昨夜…)」
「Ah! Sorry if I woke you!(ああ!起こしちゃってごめんね!)」
ハウィーは、笑顔で答えた。
「What were you doing?(あれ、何してたんですか?)」
「UFO observation! I do it every week!(UFO観測だよ!毎週やってるんだ!)」
「…UFO?(UFO?)」
「Yes! Aliens are real! I can feel their communication!(ええ!宇宙人は実在する!交信を感じるんです!)」
「Communication?(…交信?)」
「Yes! It’s amazing! Much more real than ghosts. Ghosts? That’s crazy!(ああ!すごいだろ!幽霊よりずっとリアル。幽霊?あんなのイカれてる!)」
「…」
健一は、何も言えなかった。
ハウィーは、続けた。
「Don’t worry. I only do it once a week. And it’s harmless!(心配しないで。週1回だけだから。無害だよ!)」
「I see」
「If you’re interested, you can join me!(興味あったら、一緒にどうぞ!)」
「I’ll pass(…遠慮します)」
健一は、部屋に戻った。
カヨに報告した。
「ハウィーさん、UFO信者だって」
「そう」
「毎週、屋上で観測してるらしい」
「そう」
カヨは、平然としていた。
「…気にしないの?」
「週1回でしょ?別にいいんじゃない」
「でも…」
「でももないじゃない。家賃安いんだし」
「…そうだけど」
健一は、溜息をついた。
(今更、キャンセルってのもな…)
その夜。
トシキが、笑っていた。
「ハウィーさん、面白いね」
「…ああ」
「UFO信者とか、初めて会った」
「俺もだ」
健一も、少し笑った。
「でも、悪い人じゃないんだろ?」
「…そうだな。ちゃんとしてる」
「なら、いいじゃん」
トシキは、あっさりと言った。
健一は、頷いた。
「…そうだな」
数日後。
また金曜の夜。
午前2時。
「Greetings, cosmic travelers!(宇宙の旅人よ、こんにちは!)」
ハウィーの声。
健一は、もう慣れていた。
耳栓をして、寝た。
カヨも、平然と寝ていた。
トシキも、爆睡していた。
LA生活。
新しい住まい。
UFO信者の大家。
陰謀論者の隣人。
でも、問題ない。
田所家の新しい日常が、始まった。




