Episode 13:Bakery Karamazova
登場人物
田所家
カヨ/健一の妻、カリスマ、管理魔
トシキ/カヨの息子、東大休学中、マザコン
シンディ・ゴールドバーグ/トシキの彼女、カヨの弟子
ブレイディ・ヴァーデン/役者志望、レッドブル依存、おバカ
ベーカリー カラマゾヴァ(ロシア風ベーカリー)
ミーチャ(ドミトリア・カラマゾヴァ)/三姉妹長女、明るいパン屋の看板娘
イヴァンナ(イヴァンナ・カラマゾヴァ)/次女、コンサルタント会社勤務、インテリ
サーシャ(アレクサンドラ・カラマゾヴァ)/三女、心優しいカトリック
ヴィック(ヴィクター・カラマゾヴァ)/父親、粗野、パン職人
※カラマーゾフの兄弟とは無関係です。
☆なんちゃって参考文献
ドフトエフスキー 「カラマーゾフの兄弟」
※読んでなくても大丈夫!
数日後の朝。
トシキは、シンディと一緒にカフェにいた。
「I’m thinking about getting a part-time job(バイト、始めようと思ってるんだ)」
「Really? Why?(本当?なんで?)」
「To change my rhythm. Wake up early, work, meet new people(生活のリズムを変えたくて。早起きして、働いて、新しい人と会う)」
「That’s a good idea」
シンディは、スマホで求人を検索した。
「Let’s see…bakery, cafe, bookstore…(えっと…ベーカリー、カフェ、本屋…)」
「Bakery sounds good(ベーカリー、いいかも)」
「Oh! Look at this. “Bakery Karamazova.” Russian bakery. Hiring(あ!これ見て。“ベーカリー・カラマゾヴァ”。ロシア風ベーカリー。募集中)」
トシキは、画面を見た。
写真には、黒パン、ピロシキ。
「Looks interesting(面白そうだね)」
「Let’s go check it out(見に行きましょうか)」
午後2時。
Bakery Karamazova。
小さな店。
ウィンドウには、ロシア語と英語で書かれた看板。
「Хлеб(パン)」「Пирожки(ピロシキ)」
ドアを開けると、ベルが鳴った。
チリンチリン。
店内には、焼きたてのパンの香り。
カウンターの奥から、女性が現れた。
20代後半。
明るい笑顔。
ブロンドの髪を後ろで束ねている。
「Hello! Welcome to Bakery Karamazova!(こんにちは!ベーカリー・カラマゾヴァへようこそ!)」
「あ、こんにちは」
トシキは、少し緊張していた。
「We saw the job posting. Is it still available?(求人を見たんですけど、まだ募集してますか?)」
「Yes! We need help! Are you interested?(ええ!人手が必要なの!興味ある?)」
「Yes」
「Great! I’m Mitya. Dmitria Karamazova. But everyone calls me Mitya(素晴らしい!私はミーチャ。ドミトリア・カラマゾヴァ。でもみんなミーチャって呼ぶわ)」
「I’m Toshiki. Nice to meet you(トシキです。よろしくお願いします)」
「And I’m Cindy. His girlfriend(私はシンディ。彼の彼女よ)」
「Nice to meet you both! Wait here, I’ll get my father. He does the interviews(二人ともよろしく!ちょっと待ってて、父を呼んでくるわ。面接は父がするの)」
ミーチャは、奥に消えた。
数分後。
奥から、男性が現れた。
60代。
白髪混じりの髪。
無精髭。
エプロンに粉がついている。
でも、目つきが鋭い。
「You. Japanese, yes?(お前、日本人か?)」
ロシア訛りの英語。
「Yes, sir」
「I’m Viktor. Call me Vik(俺はヴィクター。ヴィックでいい)」
「Nice to meet you(よろしくお願いします)」
ヴィクターは、トシキをじっと見た。
「Why you want work in bakery? Money?(なんでパン屋で働きたい?金か?)」
「No, I want to change my routine…(いえ、生活のリズムを変えたくて…)」
「Rhythm?(リズム?)」
ヴィクターは、鼻で笑った。
「You are young. Don’t talk about rhythm. Bread-making start at 5 AM. You can do?(若いくせに、リズムがどうとか言ってんじゃねぇ。パン作りは朝5時からだぞ。できるか?)」
「I can」
「Really?(本当か?)」
「Yes」
ヴィクターは、トシキをじっと見ている。
「Fine. Come tomorrow. 5 AM. You late — you fired(まあいい。試しに明日来い。朝5時。遅刻したらクビだ)」
「Understood(分かりました)」
「$12 an hour. Problem?(時給は12ドル。文句あるか?)」
「No」
「Good. See you tomorrow(よし、じゃあ明日から)」
ヴィクターは、奥に戻っていった。
ミーチャが、申し訳なさそうに言った。
「Sorry about my father. He’s…rough(父のこと、ごめんなさい。あんな感じなの)」
「It’s okay(大丈夫です)」
トシキは、笑った。
シンディも、横で少し心配そうだった。
「Are you sure about this?(本当に大丈夫?)」
「Yeah. I’ll be fine(うん。大丈夫)」
翌朝、午前4時30分。
トシキのスマホのアラームが鳴った。
「…」
トシキは、ベッドから起きた。
外はまだ暗い。
(流石に早いな…)
でも、決めた事だ。
遅刻はできない。
急いで着替えて、ホテルを出た。
午前5時。
Bakery Karamazova。
店の裏口。
トシキは、ノックした。
ドアが開いた。
若い女性が立っていた。
20歳くらい。
長い黒髪。
静かな雰囲気。
首に、小さな十字架のネックレス。
「You must be Toshiki. I’m Alexandra. Call me Sasha(あなたがトシキね。私はアレクサンドラ。でもサーシャって呼んで)」
「Nice to meet you(よろしくお願いします)」
「Come in. We’re starting(入って。始めるわ)」
サーシャは、トシキを中に入れた。
厨房。
広いオーブン。
大きなミキサー。
生地がボウルに入っている。
ヴィクターも、すでに来ていた。
エプロンをつけて、生地をこねている。
「You’re not late(遅刻しなかったな)」
「Yes」
「Good. Sasha, show him(よし。サーシャ、こいつに教えろ)」
「Okay, Papa(分かったわ、パパ)」
サーシャは、トシキにエプロンを渡した。
「First, wash your hands(まず、手を洗って)」
「Yes」
トシキは、手を洗った。
サーシャが、続けた。
「Today we make black bread. Rye flour, water, salt, yeast. Simple, but kneading is important(今日は黒パンを作るわ。ライ麦粉、水、塩、イースト。シンプルだけど、こねるのが大事)」
「Understood(分かりました)」
トシキは、サーシャの指示に従った。
生地をこねる。
力を入れる。
汗が出てくる。
(これ、結構きつい…)
でも、サーシャは黙々と作業している。
その姿は、静かで、集中していた。
(すごいな…)
しばらくして、ヴィクターがトシキの手元を見た。
「Stop(止まれ)」
トシキは、手を止めた。
ヴィクターは、生地を指でつついた。
「You see? No spring back. Dough is dead(見ろ。戻らない。生地が死んでる)」
「Dead?(死んでる?)」
「Life in dough — you must feel it. Push, fold, listen(生地の命を感じろ。押して、折って、感じろ)」
ヴィクターは、トシキの手を取って、生地に押し込んだ。
「Feel that? Resistance. That is alive(分かるか?この抵抗感。これが生きてる証だ)」
トシキは、生地の感触に集中した。
(…なんとなく分かる気がする)
「Now you. Again(さあ、もう一度やれ)」
午前7時。
店が開く。
ミーチャが、カウンターに立った。
「Good morning!(おはよう!)」
客が入ってくる。
常連客。
「Morning, Mitya! The usual, please(おはよう、ミーチャ!いつものを)」
「Coming right up!(すぐ用意するわ!)」
ミーチャは、手際よくパンを袋に入れた。
トシキは、奥で生地をこね続けていた。
ヴィクターが、また横から言った。
「Too fast. Bread is not in a hurry(急ぎすぎだ。パンは急がない)」
「Yes」
トシキは、ペースを落とした。
(力じゃなくて…リズム、か)
午前8時。
休憩時間。
トシキは、サーシャと一緒にテーブルに座った。
「Tired?(疲れた?)」
「A little…(少し…)」
「You’ll get used to it(慣れるわ)」
サーシャは、紅茶を入れてくれた。
「Thank you」
トシキは、紅茶を飲んだ。
その時、店のドアが開いた。
男性が入ってきた。
30手前。
ジャケットにジーンズ。
「Morning, Mitya!(おはよう、ミーチャ!)」
「Morning, Brady!(おはよう、ブレイディ!)」
ブレイディだった。
トシキは、驚いた。
「Brady?(ブレイディ?)」
ブレイディも、トシキに気づいた。
「Toshiki! What are you doing here?(トシキ!何してんの?)」
「I started working here(バイト始めたんだ)」
「Seriously? That’s awesome!(マジで?すごいじゃん!)」
ブレイディは、カウンターに向かった。
「Mitya, the usual! Two piroshki!(ミーチャ、いつもの!ピロシキ2つ!)」
「Coming up!(はいよ!)」
ミーチャは、ピロシキを袋に入れた。
ブレイディは、トシキのところに来た。
「Man, I come here every morning. Best piroshki in LA!(おい、俺、毎朝ここ来んだ。LA最高のピロシキだぜ!)」
「I see」
「And Mitya’s smile — man, it gets me every time(しかもミーチャの笑顔、毎回やられちゃうんだよな)」
ブレイディは、ピロシキを一口食べた。
「Mmm! Perfect!(うまい!完璧!)」
トシキは、笑った。
(ブレイディ、ここの常連だったんだ…)
午前9時。
また別の女性が、店に入ってきた。
20代後半。
スーツ姿。
メガネ。
スマートフォンを片手に、足早に歩いてくる。
ミーチャが、少し緊張した顔をした。
「Ivanna…(イヴァンナ…)」
「Mitya. I need to check the books. And I have a client call at ten, so make it quick(ミーチャ。帳簿を確認する。10時にクライアントとの電話があるから手短に)」
「Now?(今?)」
「Yes. Now(ええ。今)」
イヴァンナは、奥に向かった。
ヴィクターが、イヴァンナを見て、少し顔をしかめた。
「You’re here again(また来たのか)」
「Of course. I’m a co-owner of this place(当然でしょ。この店、私も共同経営者なんだから)」
「You have another job(お前、他に仕事あるだろ)」
「That’s why I only come on weekends. Or, don’t you want me to check the books?(だから週末だけ来てるのよ。それとも、帳簿を見られたくないわけ?)」
「…Do what you want(…好きにしろ)」
ヴィクターは、また生地をこね始めた。
イヴァンナは、帳簿を開いた。
そして、すぐに眉をひそめた。
「Papa. This expense. “Vodka - $200.” From the store’s account(パパ。この支出。“ウォッカ - 200ドル”。店の口座からでしょ)」
「…Work stress(…仕事のストレスだ)」
「Unacceptable. I’m deducting this from your share(認められないわ。あなたの取り分から差し引くわ)」
「What!?(何だと⁉︎)」
「You heard me(聞こえたでしょ)」
イヴァンナは、冷静に言った。
ヴィクターは、怒っているが、何も言い返せなかった。
イヴァンナは、帳簿を閉じた。
スマートフォンを確認する。
「I’ll be on a call outside. Don’t interrupt(外で電話に出るわ。邪魔しないで)」
「Hmph」
イヴァンナは、店の外に出た。
ガラス越しに、真剣な顔で電話をしている姿が見えた。
トシキは、遠くでその光景を見ていた。
(この家族…みんな感じが違う)
午前10時。
トシキの初日の仕事が終わった。
ミーチャが、トシキに話しかけた。
「Good job today, Toshiki!(今日はよくやったわ、トシキ!)」
「Thank you」
「Come back tomorrow?(明日も来る?)」
「Yes」
「Great! See you at 5 AM!(素晴らしい!朝5時に!)」
トシキは、店を出た。
外の光が、眩しい。
(疲れたけど…悪くない)
スマホを見ると、シンディからメッセージが来ていた。
『How was it?(どうだった?)』
トシキは、返信した。
『Good. Tough, but good.(良かったよ。きつかったけど、良かった)』
『I’m proud of you!(誇りに思うわ!)』
トシキは、笑った。
そして、ホテルに向かって歩き始めた。
その夜、ホテルの部屋。
カヨが、トシキに話しかけた。
「バイト、どうだった?」
「うん、良かったよ。ロシア風ベーカリー」
「ロシア風?」
「ああ。黒パンとかピロシキとか」
カヨは、興味を持った顔をした。
「栄養価は?」
「…え?」
「黒パン。ライ麦でしょ?食物繊維が豊富なの。悪くないわね」
「…そうなんだ」
トシキは、少し笑った。
(母さんはまず気になるのが栄養なんだな…)
カヨが、言った。
「明日も朝5時?」
「うん」
「じゃあ、今夜は早く寝なさい」
「分かった」
トシキは、ベッドに向かった。
(新しい日常が始まった…)
翌朝、午前5時。
トシキは、また店に向かった。
サーシャが、迎えてくれた。
「Good morning, Toshiki(おはよう、トシキ)」
「Good morning」
「Today, we make blini. Russian crepes(今日は、ブリヌイを作るわ。ロシア風クレープ)」
「Understood(分かりました)」
二人は、厨房で作業を始めた。
しばらくして、ヴィクターがトシキの手元を見た。
「Better(良くなったな)」
たった一言。
でも、トシキには十分だった。
(…認めてもらえた)
静かな朝。
パンの香り。
トシキは、少しずつ、この店に馴染み始めていた。
数日後。
カヨが、ベーカリー カラマゾヴァを訪れた。
ドアを開けると、ミーチャが迎えた。
「Welcome!(いらっしゃい!)」
「Hello. I’m Toshiki’s mother(こんにちは。トシキの母です)」
「Oh! Mrs. Tadokoro! I’m Mitya!(ああ!田所さん!私はミーチャ!)」
「Nice to meet you(よろしくお願いします)」
カヨは、店内を見回した。
清潔。
整理されている。
パンも、綺麗に並んでいる。
「Do you have black bread?(黒パン、ありますか?)」
「Yes! Fresh from this morning!(ええ!今朝焼いたばかり!)」
ミーチャは、黒パンを袋に入れた。
カヨは、それを受け取った。
そして、奥の厨房を見た。
トシキが、サーシャと一緒に生地をこねている。
(真面目にやってるわね…)
その時、ヴィクターが現れた。
「You’re Toshiki’s mother?(あんた、トシキの母親か?)」
「Yes」
「Your son — serious kid. Not bad(息子、真面目だな。悪くない)」
「Thank you」
「But hands still too soft. Need more time(でも、まだ手が柔らかすぎる。もう少し時間が必要だ)」
「Hands…soft?(手が…柔らかい?)」
カヨは、少し困惑した。
ヴィクターは、続けた。
「Bread-making — you feel everything in your hands. Strong hands, good bread(パン作りは手で全てを感じる。強い手が、いいパンを作る)」
「I see」
カヨは、彼を少し理解した。
(この人、口は悪いけど…職人なのね)
カヨは、黒パンを持って店を出た。
ホテルに戻って、黒パンを食べた。
「…美味しい」
健一も、横で食べていた。
「うん、美味いな」
カヨは、栄養成分を確認した。
「ライ麦、食物繊維豊富。ビタミンB群も。悪くないわね」
「お前、やっぱり栄養の話をするんだな」
健一は、笑った。
カヨも、少し笑った。
「当たり前でしょ」
その夜、トシキが帰ってきた。
カヨが、言った。
「黒パン、食べたわよ」
「どうだった?」
「美味しかった。栄養価も高い」
「良かった」
トシキは、嬉しそうだった。
「店の人たちも、いい人たちでしょ?」
「ええ。特にサーシャ。真面目で、優しい子ね」
「うん、そうなんだ」
「でも、お父さんは…少し変わってるわね」
「…そうだね」
トシキは、少し笑った。
「でも、悪い人じゃないよ」
「そうね。職人気質なのね」
カヨは、頷いた。
「これからも、頑張りなさい」
「うん」
トシキは、ベッドに向かった。
(明日も、朝5時だ…)
(でも、慣れてきた…)
翌朝、午前8時。
ブレイディが、また店に来た。
「Morning, Mitya!(おはよう、ミーチャ!)」
「Morning, Brady!(おはよう、ブレイディ!)」
ミーチャは、いつものようににこやかに迎えた。
ブレイディは、カウンターに向かった。
「The usual! And…maybe an extra one today?(いつものを!それと…今日はもう一つ追加、いい?)」
「Extra? Big appetite today?(追加?今日はお腹空いてるの?)」
「No, I just…(いや、ただ…)」
ブレイディは、ミーチャを見た。
「I like coming here. Best part of my morning(ここに来るのが好きなんだ。一日で一番いい時間)」
ミーチャは、少し驚いた。
そして、笑った。
「That’s sweet, Brady. Okay, extra piroshki for you!(優しいわね、ブレイディ。じゃあ、ピロシキ追加ね!)」
「Thanks!(ありがとう!)」
ブレイディは、嬉しそうだ。
トシキは、奥でその光景を見ていた。
(ブレイディ、もしかして…)
サーシャが、横から小さく言った。
「Brady comes every day. Always smiling when he leaves(ブレイディは毎日来るわ。帰る時、いつも笑顔)」
「Yeah…(そうだね…)」
トシキは、微笑んだ。




