Episode 11: 真実の壁
登場人物
田所家
健一/元ハリウッド映画主演原作、自己評価低め
カヨ/健一の妻、カリスマ、管理魔
トシキ/健一の息子、東大休学中、マザコン
シンディ・ゴールドバーグ/トシキの彼女、カヨの弟子、アランの姪
Dharma Beans (カフェ)
アラン・ゼンズバーグ/ シンディの叔父、詩人、カフェ経営 ※アレン・ギンズバーグではありません
ジェイク・ケンドリック/ 詩人、作家、アランの親友、カフェ共同経営 ※ジャック・ケルアックではありません
地獄谷劫火 /謎の便所詩人
☆なんちゃって参考文献
アレン・ギンズバーグ 「HOWL」
ジャック・ケルアック 「路上」
takaki//cw 「個性なき幸福」(TALES掲載、現在休載中)
※読んでなくても大丈夫!
数日後。
ブレイディは、松葉杖を使いながらも、回復していた。
「It’s getting better(良くなってきたよ)」
「Good. But no running for two weeks(いいわね。でも2週間は走らないで)」
エイミーは、厳しく言った。
「I know, I know(分かってる、分かってる)」
ブレイディは、笑って答えた。
トシキは、LA生活に慣れてきていた。
朝のランニング。
カヨとシンディとの朝食。
午後は、観光や映画鑑賞。
夜は、ホテルでリラックス。
「LA、いいところだね」
「Yeah. I’m glad we stayed(ええ。残って良かったわ)」
シンディも、満足そうだった。
健一は、ホテルの部屋でリモートワークをしていた。
AI活用のコンサルティング。
オンライン会議。
講演の準備。
「リモートでも、意外と仕事できるな」
カヨが、横から言った。
「でも、ちゃんと休憩取ってる?」
「取ってるよ」
「嘘。さっきから3時間、ずっと座ってるでしょ」
「…そうだった?」
「立ちなさい。ストレッチ」
「…はい」
健一は、立ち上がってストレッチをした。
ある日の夕方。
健一のスマホに、メッセージが来た。
アランからだ。
『Hey Kenichi! Poetry night tonight! Bring your family! 7 PM!』
『よお健一!今夜ポエトリー・ナイトだ!家族連れてこいよ!午後7時!』
「…また、ポエトリー・ナイトか」
カヨが、聞いた。
「何?」
「アランから。今夜、ポエトリー・リーディングだって」
「行く?」
「…まあ、用もないし」
「じゃあ、行きましょうか」
午後7時。
Dharma Beans。
店内は、前回と同じように、椅子が並べられている。
小さなステージ。
マイク。
観客が、20人くらい座っている。
田所家も、後ろの席に座った。
健一、カヨ、トシキ、シンディ。
アランが、ステージに上がった。
「Welcome, everyone! Welcome back to Dharma Beans Poetry Night!(ようこそ、みんな!ダルマ・ビーンズ・ポエトリー・ナイトへようこそ!)」
拍手。
「Tonight, we celebrate the Beat spirit! Freedom! Expression!(今夜、ビート精神を祝う!自由!表現!)」
「Yeah!(イエー!)」
観客が、盛り上がっている。
アランが、紙を取り出した。
「I’ll start with “HEARD”(まず『HEARD』を読む)」
そして、朗読を始めた。
“HEARD”
「I heard the whisper of the freeway at midnight,
the cars singing their lonely songs,
searching for meaning in the endless asphalt…」
(俺には聞こえたんだ、真夜中の高速道路のささやきが、
車たちが孤独な歌を歌い、
終わりなきアスファルトに意味を求めているのが…)
健一は、相変わらず困惑していた。
(相変わらず、よくわからないポエムだ…)
カヨは、無表情で聞いている。
トシキとシンディは、笑いを堪えている。
アランの朗読が終わった後、ジェイクが即興詩を披露した。
そして、何人かの観客も、自分の詩を読んだ。
その時。
店の入口が開いた。
ギィ…
新しい客が入ってきた。
40代後半の男性。
全身黒ずくめ。
穴の開いたハット帽。
ヨレたシャツ。
ボロボロのジーンズ。
日本人だ。
健一は、少し興味を持った。
(日本人…?)
男は、静かに後ろの席に座った。
誰も話しかけない。
でも、その存在感は、異様だった。
鋭い目。
観察するような視線。
アランの詩を、じっと聞いている。
休憩時間。
男は、立ち上がった。
そして、トイレに向かった。
健一は、何故か彼が気になった。
(あの人…誰だ?)
5分後。
男が、トイレから出てきた。
何も言わず、また席に戻った。
そして、静かに座った。
休憩が終わった後。
アランが、トイレに行った。
数秒後。
「WHOA!!!」
アランの叫び声。
みんな、驚いた。
「What happened?(何があったの?)」
アランが、トイレから飛び出してきた。
目を輝かせている。
「Japanese! Real Japanese poetry! On the wall!(日本語だ!本物の日本の詩!壁に!)」
「What?(何?)」
観客が、ざわついた。
アランは、みんなを手招きした。
「Come! Come see!(来い!見てくれ!)」
トイレ。
壁に、日本語が書かれていた。
黒のマーカーで。
力強い筆跡。
便所は真実の壁だ
俺たちは此処で嘘をつかない
糞と共に、虚栄も流す
残るのは、ただの人間
アランは、感動していた。
「This…this is beautiful!(これは…美しい!)」
「What does it say?(何て書いてあるんだ?)」
ジェイクが聞いた。
健一が、翻訳した。
「The toilet is the wall of truth. We don’t lie here. We flush vanity with our shit. What remains is just a human(便所は真実の壁。俺たちはここで嘘をつかない。糞と共に虚栄も流す。残るのは、ただの人間)」
「…Wow」
ジェイクも、感動していた。
アランが、振り返った。
「Who wrote this!? Who!?(誰が書いたんだ!?誰!?)」
観客は、顔を見合わせた。
その時、黒ずくめの男が手をあげた。
「I did(俺だ)」
静かな声。
でも、響く。
みんな、男を見た。
アランが、近づいた。
「You!? You wrote this!?(あんたが!?これを書いたのか!?)」
「Yeah」
「This is…this is Zen! Real Zen!(これは…禅だ!本物の禅だ!)」
「It’s not Zen(禅じゃねぇよ)」
男は、あっさり否定した。
「Just graffiti in a toilet(ただの便所の落書きだ)」
「No! This is art!(いや!これは芸術だ!)」
アランは、興奮していた。
「What’s your name?(名前は?)」
「…Jigokutani. Jigokutani Gouka(…地獄谷。地獄谷・劫火)」
「Jigokutani… Gouka…」
アランは、その名前を何度も繰り返した。
「Beautiful name!(美しい名前だ!)」
「…If you say so」
炎は、無表情だった。
アランが、言った。
「Gouka! You must read your poetry tonight!(ゴウカ!今夜、詩を読んでくれ!)」
「No(断る)」
「Why!?(なんで!?)」
「I don’t read in front of people. I only write on toilet walls(俺は、人前で読まねぇ。便所の壁に書くだけだ)」
「But…(でも…)」
「The toilet is the wall of truth. The stage is a place of vanity(便所は真実の壁だ。ステージは虚栄の場だ)」
劫火は、きっぱりと言った。
アランは、少し黙った。
そして、言った。
「…I understand. The toilet is sacred(分かった。便所は神聖だ)」
「Not sacred. Just a toilet(神聖じゃねぇ。ただの便所だ)」
「But you made it sacred!(でもあんたが神聖にしたんだ!)」
劫火は、溜息をついた。
「…Do whatever you want(…好きにしろ)」
そして、また席に座った。
その後、アランは宣言した。
「From today, this toilet is ‘The Wall of Truth’! Anyone can write poetry here!(今日から、この便所は『真実の壁』だ!誰でもここに詩を書いていい!)」
観客が、拍手した。
「Yeah!(イエー!)」
「The Wall of Truth!(真実の壁!)」
健一とカヨは、呆然としていた。
「…便所が、聖地になった」
「…みたいね」
トシキとシンディも、笑っていた。
イベントが終わった後。
劫火は、店を出ようとした。
健一が、声をかけた。
「あの…」
劫火が、振り返った。
「What?(何だ?)」
「日本の方ですよね?」
「ああ」
「何でLAに?」
「日本文学のイベント。審査員で呼ばれた」
「審査員…?」
「ああ。くだらねぇ仕事だ」
劫火は、どうでもよさそうに言った。
「でも、ここは悪くねぇ。ビートの聖地だ」
「ビート?」
「ああ。ゼンズバーグ、ケンドリック。ビート・ジェネレーション。ここがその聖地だ」
劫火は、Dharma Beansを見回した。
「本物のビートニクが、まだここにいる。インチキ禅だけどな。でも、魂は本物だ」
「…ゼンズバーグ?ケンドリック?」
健一は、聞いたことがなかった。
「知らねぇのか。まあ、日本じゃマイナーだからな。でも、ここじゃ伝説だ」
「…そうなんですか」
健一は、少し驚いた。
(アラン達、本物のビート詩人だったのか…)
劫火が、健一を見た。
「あんた、日本人だろ?」
「ええ」
「何でここに?」
「息子が休学して、LA生活を」
「へぇ。まあ、いいんじゃねぇか。若いうちは、好きにしろ」
劫火は、そう言って店を出ていった。
健一は、その背中を見送った。
(何者なんだ、あの人…)
その夜、ホテルの部屋。
健一は、ベッドに横になった。
「今日も、変な日だったな」
カヨが、横に座った。
「ええ。便所が聖地になったわ」
「…しかも、日本人が作った」
「そうね」
二人は、少し笑った。
健一が、言った。
「あの人、何者なんだろう」
「あの人?」
「地獄谷 劫火って人」
「…地下文学作家らしい」
「地下文学?」
カヨが、聞いた。
「ああ。アランとジェイク、実は有名らしい」
健一は、驚きを交えて言った。
「胡散臭い勘違い詩人だと思ってたのに、違ったんだな。地下文学では有名らしい」
「地下文学?何それ?」
カヨが、不思議そうに聞いた。
「分かりやすく言えば、地下アイドルっているだろ?あれの文学版だ」
「…」
カヨは、少し考えた。
「その表現、ホントに正しい?」
「一応、僕も言葉や表現で商売してるんだ。信用して欲しいな」
健一は、少し自信なさげに言った。
「…」
カヨは、何も言わなかった。
でも、その表情は「本当に大丈夫?」と言っていた。
健一は、小さく溜息をついた。
(やっぱり、信用されてない…)
カヨが、電気を消した。
「おやすみ」
「おやすみ」
健一は、目を閉じた。
(LA、ホントに変な人ばかりだ…)




