Episode 10: Stray Red Bull (野良のレッドブル)
登場人物
カヨ/健一の妻、管理の達人
トシキ/カヨの息子、マザコン
シンディ・ゴールドバーグ/トシキの彼女、カヨの弟子
ブレイディ・ヴァーデン/役者志望、おバカ
エイミー・ヴァーデン/ブレイディの妹、ストイック
スタートの合図。
ピストルの音が響いた。
ランナーたちが、一斉に走り出した。
トシキ、エイミー、ブレイディも、スタートした。
序盤。
5km地点。
エイミーは、完璧なペースで走っていた。
1キロ4分30秒。
計画通り。
呼吸も安定している。
表情も冷静。
(Perfect. Keep this pace(完璧。このペースを保つ))
トシキも、順調だった。
1キロ5分。
カヨとシンディの計画通り。
(母さんとシンディの言う通りにやれば、大丈夫)
そして、ブレイディ。
ブレイディは、異常に速かった。
1キロ3分30秒。
明らかにオーバーペース。
「Woohoo! I’m flying!(ウーフー!飛んでるぜ!)」
ブレイディは、エイミーとトシキを追い越した。
「See you later, guys!(じゃあな!)」
エイミーは、呆れた顔をした。
「…He’s going to crash(絶対クラッシュするわ)」
トシキも、心配そうに見た。
「大丈夫かな…」
「He’s not. But it’s his choice(大丈夫じゃない。でも彼の選択よ)」
エイミーは、冷静に走り続けた。
10km地点。
ブレイディの様子が、変わり始めていた。
ペースが落ちている。
1キロ4分30秒。
そして、4分50秒。
5分。
「…What’s…happening?(何が…起きてる?)」
ブレイディは、息を切らしていた。
手が震えている。
心臓がバクバクしている。
(This…doesn’t feel right…(これ…おかしい…))
エイミーが、ブレイディを追い越した。
「I told you, Brady!(言ったでしょ、ブレイディ!)」
「…Shut up…(黙れ…)」
ブレイディは、何とか走り続けた。
でも、どんどんペースが落ちている。
15km地点。
ブレイディは、もう限界だった。
歩いている。
いや、よろよろしている。
「…I can’t…I can’t…(無理…無理だ…)」
道端のベンチに、座り込んだ。
「…I’m done(終わった)」
頭を抱えた。
(Maybe…three was too many…(多分…3本は多すぎたかも…))
その時。
「Grrr…」
唸り声。
ブレイディは、顔を上げた。
目の前に、野良犬がいた。
ブルドッグ。
茶色と白。
ずんぐりした体。
目が、赤く充血している。
「…Hey, doggy. Nice doggy…(おい、ワンちゃん。いい子だ…)」
ブレイディは、少し後ずさった。
でも、犬は近づいてきた。
「Grrr…」
「…Stay back…(下がれ…)」
犬は、ブレイディのスネを見た。
そして。
「WOOF!」
噛みついた。
「AHHHHH!!!」
ブレイディは、絶叫した。
少し後ろを走っていたトシキ。
遠くから、叫び声が聞こえた。
「…ん?」
トシキは、立ち止まった。
(今の…ブレイディの声?)
前を見ると、ブレイディが道端で暴れている。
野良犬が、スネに噛みついている。
「Brady!」
トシキは、走った。
レースを中断して。
エイミーも、気づいた。
「What’s going on?(何が起きてるの?)」
振り返ると、トシキがブレイディのところに走っている。
エイミーも、Uターンした。
レースを中断。
ブレイディのところに到着。
野良犬は、まだスネに噛みついている。
「Get off! Get off!(離れろ!離れろ!)」
ブレイディは、犬を振り払おうとしている。
トシキが、近づいた。
「Shoo! Shoo!」
手を振った。
でも、犬は離れない。
エイミーも到着。
「Brady!」
エイミーは、水筒を犬に向けて投げた。
ボン!
犬に当たった。
犬は、驚いてブレイディから離れた。
そして、逃げていった。
「…Ow…ow…ow…(痛い…痛い…痛い…)」
ブレイディは、スネを抑えていた。
血が出ている。
「Let me see(見せて)」
エイミーが、スネを確認した。
噛み傷。
深い。
「This is bad. We need to get you to a hospital(これはまずい。病院に行かないと)」
「…Hospital?(病院?)」
「Yes. Now(今すぐ)」
エイミーは、トシキを見た。
「Toshiki, help me(トシキ、手伝って)」
「ああ」
二人で、ブレイディを立たせた。
ブレイディは、片足を引きずっている。
「…I can’t walk…(歩けない…)」
「We’ll get a taxi. Or an ambulance(タクシーを呼ぶわ。または救急車)」
エイミーは、スマホを取り出した。
救急車が到着した。
ブレイディは、ストレッチャーに乗せられた。
「…This is embarrassing…(恥ずかしい…)」
「This is what you get for drinking three Red Bulls(レッドブル3本飲んだ結果よ)」
エイミーは、呆れた顔をしていた。
でも、心配もしている。
トシキも、一緒に救急車に乗った。
「俺も行きます」
「Thank you, Toshiki(ありがとう、トシキ)」
エイミーは、感謝した。
救急車は、病院に向かった。
トシキとエイミーは、レースを完全にリタイアした。
病院。
救急処置室。
ブレイディは、ベッドに横になっていた。
医師が、傷を縫っている。
「You’re lucky. It’s not too deep. But you’ll need stitches(運が良かったわね。深くはない。でも縫う必要があるわ)」
「…Okay(分かった)」
ブレイディは、痛みに耐えている。
エイミーとトシキは、待合室で待っていた。
「…結局、全員完走できなかったな」
トシキは、溜息をついた。
「Yeah. All DNF(そうね。全員途中棄権)」
「…まあ、仕方ないか」
「Brady’s fault」
エイミーは、腕を組んだ。
「でも、放っておけないし」
「That’s true」
二人は、少し笑った。
30分後。
ブレイディが、処置室から出てきた。
足に包帯。
松葉杖を使っている。
「…Hey」
「Brady! How are you?(ブレイディ!大丈夫?)」
「I’m okay. Just…stupid(大丈夫。ただ…バカだった)」
「Yes, you were(ええ、そうね)」
エイミーは、容赦なかった。
「I told you not to drink Red Bull(レッドブル飲むなって言ったでしょ)」
「…I know. Three was too many(分かってる。3本は多すぎた)」
「What?(何?)」
「Next time, I’ll only drink two(次は2本だけにする)」
「…」
エイミーは、呆れた顔をした。
「Brady. That’s not the point(ブレイディ。そういう問題じゃないのよ)」
「What do you mean?(どういう意味?)」
「You shouldn’t drink ANY Red Bull before a race!(レース前にレッドブルを一本も飲んじゃダメなの!)」
「But I need energy!(でもエネルギーが必要なんだ!)」
「Real food gives you energy! Not caffeine and sugar!(本物の食事がエネルギーをくれるの!カフェインと砂糖じゃなくて!)」
「…But Red Bull tastes better(でもレッドブルの方が美味いし)」
「…」
エイミーは、頭を抱えた。
トシキは、横で笑いを堪えていた。
「Brady, you learned nothing, did you?(ブレイディ、何も学んでないわね?)」
「I learned that three is too many!(3本は多すぎるって学んだよ!)」
エイミーは、少し考えた。
そして、言った。
「Wait. The dog that bit you. It was a bulldog, wasn’t it?(待って。あんたを噛んだ犬。ブルドッグだったわよね?)」
「…Yeah, so?(ああ、それが?)」
「Bulldog. Red Bull. Don’t you see the irony?(ブルドッグ。レッドブル。皮肉が分からないの?)」
「…What?(何?)」
「This is a sign, Brady! Stop drinking Red Bull!(これはサインよ、ブレイディ!レッドブル飲むのやめなさい!)」
「…That’s a stretch(それは考えすぎだろ)」
「…」
エイミーは、溜息をついた。
「Fine. Next time, I’ll lock you in a room before the race(いいわ。次は、レース前にあなたを部屋に閉じ込めるわ)」
「That’s extreme!(それ極端すぎるだろ!)」
「It’s necessary(必要よ)」
ブレイディは、何も言えなかった。
病院を出た後。
三人は、タクシーでホテルに戻った。
ホテルのロビーで、カヨとシンディが待っていた。
「Toshiki!(トシキ!)」
シンディが、近づいてきた。
「We saw you left the race! What happened?(レースを離れたの見たわ!何があったの?)」
「ブレイディが、犬に噛まれて…」
「Dog bite!?(犬に噛まれた!?)」
カヨも、近づいてきた。
ブレイディを見た。
松葉杖と包帯。
「…大丈夫?」
「I’m okay, Mrs. Tadokoro. Just a bite(大丈夫です、カヨさん。噛まれただけです)」
「病院は行った?」
「Yes. They stitched it up(はい。縫ってもらいました)」
「そう。良かったわ」
カヨは、トシキを見た。
「あなた、レース、諦めたのね」
「…まあ、仕方ないし」
「そうね。怪我人放っておくわけにいかないものね」
「うん」
「次があるわ」
カヨは、あっさりと言った。
シンディも、頷いた。
「Yeah. We’ll find another race(ええ。別のレースを探しましょう)」
「そうだね」
トシキは、少し笑った。
その夜、ホテルの部屋。
健一とカヨは、ベッドに座っていた。
「今日は、大変だったな」
「ええ」
「でも、結局、誰も完走してないんだな」
「そうね。ブレイディのせいで」
「まあ、仕方ないか」
「次があるわ」
カヨは、あっさりとしていた。
健一が、言った。
「それにしても、ブレイディ、全然懲りてないんだって?」
「ええ。次は2本にするって言ってたらしいわ」
「面白い男だね、彼は」
「エイミーが大変ね」
二人は、少し笑った。
健一が、窓の外を見た。
LAの夜景。
「俺たちも、しばらくここにいるのか」
「そうね。でも、悪くないでしょ?」
「…ああ、悪くない」
健一は、笑った。
カヨも、笑った。
翌日。
ブレイディのアパート。
ブレイディは、ベッドに横になっていた。
松葉杖が、壁に立てかけてある。
隣の部屋から、エイミーの声。
「Brady! Breakfast!(ブレイディ!朝食よ!)」
「Coming!(行く!)」
ブレイディは、松葉杖を使って、リビングに行った。
テーブルには。
玄米。
蒸し野菜。
鶏胸肉。
プロテインシェイク。
「…Again?(また?)」
「Yes. You need proper nutrition to heal(ええ。治すには適切な栄養が必要なの)」
「But…(でも…)」
「No buts. Eat(でももないの。食べて)」
「…Okay(分かった)」
ブレイディは、観念して食べ始めた。
エイミーは、満足そうに見ていた。
「And no Red Bull for two weeks(それと2週間レッドブル禁止)」
「Two weeks!?(2週間!?)」
「Yes」
「But…(でも…)」
「No buts」
「…Fine(分かったよ)」
ブレイディは、溜息をついた。
でも、心の中では思っていた。
(Two weeks…then I can drink it again. But only two cans next time(2週間か…それから、また飲めるな。でも次は2本だけにしよう))
エイミーは、ブレイディの顔を見て、溜息をついた。
「…What are you thinking about now? Something stupid again, I bet(何考えてんの?また何かバカなこと考えてるんでしょ)」
「…No」
「You’re my brother. I know that look(あなた私の兄よ。その顔知ってるわ)」
「…」
ブレイディは、何も言えなかった。




