⑦大変身しました。
周りの視線はいつも以上に痛い。
「ゼウスの指示かな」
「ついに卒業したのか?」
「その辺のアイドルグループより可愛くね?」
「いよいよ露骨に女出してきてる、キモ」
ヒソヒソを超えた量と音声が私の耳に届く。
講義室に入ってきた先生も、私を二度見した。
「めちゃくちゃ注目されてるね、かすみ」
エナは楽しそうだ。
私は久しぶりにメイクをした。
エナが極めたナチュラルメイクを施してもらう。
髪はアイロンを使ってまとめたハーフアップ。
コーディネートはカナデ先輩考案。服も借りた。
スリットの入ったタイトスカートのワンピース。
身体の線が出過ぎている。
胸の大きい先輩ならまだしも、私が着ると一反木綿だ。
レザージャケットは重くて脱ぎたいけど、下はノースリーブなので無理。
靴はいつものスニーカーの許しが出た。
「悪目立ちしてるよ」
「良いじゃない。
皆ゼウスの彼女だって確信したんじゃない?
今までは『可愛いけど何であの子?』て反応だったもん」
私は口をもごもごさせる。
服やメイクで変身するのは楽しいけど、納得しない。
講義が終わり、私とエナは別れた。
私は次の講義の為、別のホールへ向かう。
「あ、木下さん」
ホール入口の傍にマサトさんがいた。
マサトさんは驚いた顔をしている。
「おはよう。昨日はありがとう。
あれから先輩の家に泊まれたから大丈夫」
「そっか良かったね……。
ちゃんと、そういう人がいるんだ。当然だよね」
マサトさんは引きつった笑みを浮かべる。
「僕も次はここの講義なんだ。一緒に座ろう」
私は「うん」と言って入室した。
視線を感じる。
私は悪目立ちで、マサトさんは持ち前の美貌で注目されてるって感じ。
「ほら、アイツがライオンの……」
「うわー、レベル高い子連れてるなぁ」
どうしよう。マサトさんの彼女だと思われてる?
マサトさんに申し訳ないよ。
「こんなこと言うと凄く失礼かもしれないけど。
今日はいつもと雰囲気が違うね。
あ、もちろん普段もとても可愛いよ」
マサトさんは優しいなぁ。
ラビットの彼女も、マサトさんなら良いって思えるそう。
「先輩と友達に今朝やってもらって……」
「え? じゃあその先輩って女子?」
「そうだよ。同じアパートに住んでる」
「そっかぁ……」
マサトさんは教壇の方を見る。
耳がほんのり赤い気がする。
私のせいで変な注目集めていることに気付いたのね。
講師がやって来て、私達は静かに受講した。
■■■■■
「昼休み、時間ある?」
講義終了後、マサトさんはノートを片付けながら言った。
「うん。夕方まで講義は無いよ」と私は返す。
「じゃあ一緒にお昼食べに行こうよ」
え?! でも、マサトさんは……
「彼女さんに悪いから……」私は言葉を濁して断る。
「彼女? あ、そうか」
マサトさんは私の方に身体を寄せてくる。
うわ、やっぱこの人もライオンだわ……。
「メゾン・ラビットの3階に知り合いはいない。
元々僕に、彼女はいないよ」
吐息と共に届く音量を抑えた声。
耳がくすぐったい。
彼を見ると、甘い眼差しを私に向けていた。
耳の奥に吐息の余韻を残しながら、私は彼について行く。
「ちょっと大学から離れようか」
マサトさんはそう言った。
私達は大学から一番近い繁華街へ電車で向かう。
ざわざわと人が多くて、誰一人私達を見ない。
注目されない空間に安心した。
マサトさんはするすると人混みの中を歩き、おしゃれなカフェに案内してくれた。
私達はソファ席に向かい合って座る。
パスタセットの注文を終えると、マサトさんは水を一口飲んだ。
「君はライオンファミリーのことを知ってるの?」
マサトさんの口から聞いてしまった。
私は姿勢を正す。ライオンファミリーを許してはいない。
「昨日の晩、先輩から聞いて初めて知りました」
「じゃあどうして、あのシャツを持っているの?」
「あれは……」私はフーっと息を吐く。
「ゴミ置き場にあったものを拾いました。防犯用です」
「拾った……そういうことだったのか」
「マサトさんは、青田買いの為にアパートをうろついていたんですか?
オートロック解錠出来ますもんね」
私の言い方はかなりトゲがあった。
相手を不快にさせないように、なんて気配りする気は全くない。
「違うよ。五籐先輩の誤解だ。
あ、五籐先輩は昨日君に絡んだ奴のことだよ。
あのシャツは、多分……。
僕の父親のものなんだ」
「ええっ?!」思わず大きな声が出る。
一斉に客がこちらを見る。
私達はペコペコ頭を下げながら、水を飲む。
「ベランダから干したものを見ただけだから推測だけど。
あのシャツにライオンロゴの刺繍があるだろ?」
「うん」
「その下に文字も刺繍されてただろ? 多分こんな感じ」
マサトさんはスマホ画面を私に見せる。
確かにシャツに刺繍されたものと同じロゴと文字がある。
でも文字の方はアルファベットに見えたけど、なんか微妙に違うから何て書いているか分かんなかったのよね。
「ライオンロゴの下にゼウスと書かれているんだ。
ギリシャ語だよ」
ああだからか。
「君が拾った時、肩の部分が汚れてなかった?」
「あ、醤油かソースみたいなのがついてた」
「やっぱり……。
あれはメゾン・ラビット1階のライオン物置にあったものなんだ。
そこの片付けをした時に、間違えてゴミと一緒に捨てたみたいでさ。
失くしたと思っていたら、2階のベランダにシャツが干してあった。
でもシミが無いし、もしかして本当にゼウスかアポローンの彼女が干しているのかもと思った。
どうしても確認したくて、その部屋に住んでいる君と会ってみたいと思ったんだ。
色々、嫌な思いさせちゃったね」
店員さんがパスタを机に置いていく。
私達は湯気の立つパスタをじっと見つめる。
「ううん。あのシャツはすぐ返すね。
こちらこそ勝手なことをしてごめん」
「いや、むしろ感謝してるんだ。
あのボロボロのシャツを洗って干してくれて。
あれは父の形見なんだ。
先月頭に。あまりにも急だった。
OBの人から、物置に父の私物や写真があるから持って行って良いよって言われて。
そこでシャツを見つけたんだ。
でも、同行したOBが色々捨ててたから、混ざってしまったんだ」
「そうだったんだ……」
私はギュッと膝の上の手を握る。
「食べようか」
マサトさんはそう言って湯気の落ち着いたパスタをフォークに巻き付けて食べていく。
私は食べる気が起きない。
「ここからは別の相談だけど」
マサトさんは喉仏を動かしてパスタを飲み込む。
「僕はライオンとラビットのシステムを潰したい」
私はマサトさんの顔を見る。
「あの気持ち悪いシステムは、父の海外赴任が決まってゼウスを引退した後に誕生したんだ。
元々、女子をファミリー専用寮に連れ込む男が後を絶たなくて、父は何度も注意してたんだ。
引退後は忙しくて日本にもいなかったから、実情を知らなかったらしい。
五籐先輩の親族は建築不動産大手企業の社長だ。
土地を手に入れて女子を囲む用のアパートを作ったんだ。
それを知った父はショックだったらしい。
元ゼウスの立場を利用して、OBに働きかけて、この大学に合格した僕をファミリー上位につけた。
五籐派閥と対抗する為にね。
でもその矢先に、父は死んだ」
マサトさんのフォークを持つ手が震えている。
「木下さんに頼みがある。
ラビットが今までライオンの言いなりになっていた理由の1つに、アパート契約がある。
格安で住める代わりにライオンのことを漏らしたり、卒業前に退去したりすると、多額の違約金が請求されるらしい。
取り立ても荒っぽくて身内に影響が及ぶ程だ。
だからラビットは黙って住み続けるしかない。
けど、分かってたら契約を躊躇うだろ?
君はそんな契約だってことを知ってた?」
私は首を振る。初耳だった。
「契約書は読んだ?」
「契約書……」
もらってたっけ? あれ?
マサトさんはフーッと息を吐く。
「メゾン・ラビットの契約は五籐親族が経営する不動産屋が担当している。
担当弁護士も五籐派閥のOBだ。
連中は巧みに騙して入居させている可能性がある。
証拠を集める為には、ラビット入居者の協力が必要だ。
でも、あからさまにやっては、弁護士事務所が揉み消しに来るかもしれない。
慎重に内密に進めたいんだ。
明らかに借主側不利な契約や、適切な手順を踏んだ契約でないことが証明出来れば、メゾン・ラビットの問題を指摘して、ライオンファミリーの腐敗を言及出来る。
警察にもつき出せる」
マサトさんは私の目をじっと見る。
その目はとても熱いものを秘めていた。
「もちろん、やるわよ。
私もマサトさんにやってほしいことがあるの」
「何?」
「ライオンファミリーが持ってるアパートの鍵を回収して。
それから全部屋の鍵を取り替えて」
「確かに、ファミリーに鍵があるという証拠を押さえたら、不正契約を主張しやすくなるもんね」
「そんなのどうでもいいわよ。
知らない男がいつでも自分の部屋に入れる状態で、私達が暮らしていけると思ってるの?
契約よりもまずは、鍵を何とかしてよ。
ライオン・アポローンなんでしょ」
私の眉間に凄く皺が寄っていると自覚出来た。
可愛い可愛くないとか、今は関係ない。
「分かった。やってみるよ。
僕もファミリーに入ったばかりで、知らないことが多い。
時間は少しかかるかもしれない……けど」
マサトさんは目を伏せて、またこちらを見る。
「君達を助けてみせるよ」
とても真剣な眼差しだった。
でも私は不思議と心の奥が冷静だった。
「あのね、私達はウサギちゃんじゃないの。
あんた達が勝手にウサギ扱いしてるだけ。
それにあんた達もライオンでもゼウスでもないわ。
ただの馬鹿な学生集団よ」
そう言うと私はスッキリしたのか。
お腹が空いてきた。
湯気がすっかり収まったパスタを食べ始める。
冷めたエビを噛みながら、マサトさんを見る。
マサトさんも残りのパスタやパンを食べていた。
「ごめんね。マサトさんに当たるのって変よね」
「ううん、良いんだ……」
マサトさんは静かに言った。




