第4章 2 昇平を追って
ひこうき雲が二筋、淡い青空に浮かんでいる。
結衣の父親は、空港のロビーから飛び立っていく飛行機を見る度にためいきをついた。
「そんな顔をしないで、父さん……」
母親は、荷物をカウンターに預けている結衣を見ながら言った。
「三ヶ月なんてあっという間よ……」
「あっ……」父親は言った。
母親は首を傾げる。
「母さんの嘘つき……。あっという間じゃ、ないじゃない」
母親は笑って椅子に腰掛けた。
「それにだよ」父親は母親の横に座る。「わたしの意見もさ、聞いてほしかったね。勝手なことをしてくれちゃってさ……」
「父さん、反対するでしょう? 結衣がアメリカに行くの……」
「もちのろんですよ」
「だからですよ。結衣だって、父さんが反対すれば、決心が揺らぐわ」
「だからって、コネなんかつかうのは、どうかと思いますけどね……」
「コネっていうほどじゃあ……。理事長の奥様と懇意だった、それだけのことじゃないですか」
「母さんらしくない……」
「あの子のためですよ」
結衣が荷物を預け終え、両親を振り返って笑った。
「それに、父さんとまた新婚気分を味わえるから……」
「母さん……」
父親は母親に抱きつこうとしたが、母親は立ち上がって結衣を迎えた。
「荷物、預けてきた……」
「大体の物は、後から送るから……」
母親は結衣を抱きしめた。母子を見て、父親はまた涙ぐむ。
「結衣!」
振り返ると佐和子と栞が駆け寄ってきた。と、同時に、水橋怜奈の姿。
「びっくりしたよう、もう……」佐和子が言った。
「なんで、こんな急な展開なわけ?」栞は不満げに言った。
水橋とは一瞥を投げ合った。水橋はカウンターに向かう。
「ごめんね……」結衣は両手を合わせた。
「女子会でさあ、盛大に送別会したのにい……」
「また、夏休みには帰るしさ。ちょっと長めの旅行に行くだけだから」
「急いで行くことないじゃない」
「もう、そんなに早く内村に会いたいわけ?」
「うん……」
「うんって、恥じらいってものがないのかねえ、近頃の女子は……」
「二人とも、見送りに来てくれたの? ありがとう……」
父親と母親は礼を述べた。
メンフィス空港行きの搭乗を促すアナウンスが流れた。
「じゃ、行くね……」結衣は小さく手を振った。
「結衣……」
佐和子と栞は急に泣き出した。行きかけた結衣だったが、二人に駆け寄ると、三人で抱き合って泣いた。父親は、三人を遠くから見ている水橋の姿に気づいた。
「さあ、結衣。もう行きなさい」父親は結衣に言った。「新しい友達が、向こうで待ってる……」
「お父さん……」
「わかってる。でも、向こうでは、助け合っていかないと、いけないんじゃないか?」
結衣は、水橋を見た。両親と話をしている。理事長と校長が現れ、結衣にも声をかけた。「神谷さん、よろしく頼むよ……」理事長はまた大きな手で握手をした。
「みなさん、行ってきます」結衣は大きな声で言った。水橋は小さな声で。
結衣と水橋は、荷物検査のゲートをくぐった。搭乗口に向かう前にもう一回振り返った。父親が大きな声で結衣の名前を呼んだ。結衣はあいさつ代わりにカメラのシャッターを押して、みんなの顔をカメラに収めた。そして手を振った。
「ねえ、神谷さん、座席、何番?」水橋が訊いた。
結衣はチケットを見た。
「十六のA」
「なんだ……わたし、通路側か……」
(ん?)と結衣は思った。(もしかして、隣?)
『旅は道連れ世は情け』とはよくいったもので、外国人が多い中で、同年代の同姓が隣にいるのはやはり安心できる。たとえそれが恋敵であろうとも。
水橋は意外にもフレンドリーで、よく結衣に話しかけた。結衣にぶたれたことなど記憶にないくらいに。結衣は、多少気抜けすると同時にホッとした。父親の言うとおり、仲良くしたほうがいい。昇平のことを抜きにすれば……。
結衣は、寝入った水橋の横顔を見ながら考えた。
恋敵とは、同じ人を好きだという点においては、同じ価値観を持っているわけで、いわば仲間だ。ただ占有権の問題が出てくると、敵対せざるを得なくなる。昇平を独占しようという気持ちは、どうしても消し去ることができない。これが、恋とか、愛というものだと、結衣は漠然と解釈し、理由付けにした。
(あーあ。今度はアメリカで恋のバトルか……)
結衣は、すやすやと眠る水橋の寝顔を見て、ため息をついた。少しずれ落ちた毛布をかけ直してあげると、結衣も目を閉じた。
飛行機は静かなジェット音を響かせた。




