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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第4章 1 留学面接試験

 二学期が始まった。

 教室に昇平の姿はなかった。ひとつ空いた机を見ると、どうしても目が潤む結衣だった。そんな結衣を思いやる佐和子と栞におかげで、学校生活は瞬く間に時間に押し流されていった。

 体育大会も、文化祭も、部活動も、それなりの思い出となって過ぎていく。

 

 昇平とは毎日携帯電話で話した。料金を気にして、ほんの数秒のときもあった。それでも話をしている間、二人は幸せだった。

 昇平の右肘の治療は良好で、年末には腕を振れる状態までになった。

 クリスマス・イブの夜は、少し長めに話をした。

 昇平は、正月には帰らず、春になっても帰る目途は立たなかった。

 二月にまた週番が回ってきた。昇平をまだ好きでなかったあの頃を、懐かしく思った。担任の鵜川先生は、大好きな先生のひとりになった。

 卒業式。まどか先輩が卒業した。

「勝負、できなかったね」とまどか先輩は笑って言った。



 春休みに入り、結衣は思いがけないポスターを職員室前の掲示板で発見した。

〔海外留学制度が始まります〕

 留学先を見ると、テネシー州とある。さらに、ダニエル高校の文字。昇平が通っている高校だ。

 募集人員若干名とある。

「面接日は……明日?」

 担任の推薦書が必要と書いてある。

「こんなの、聞いてない……」

 部活中の佐和子と栞を呼び出し、聞いてみた。

「知らないわよ、そんなの」と二人ともかぶりを振った。

 廊下で新聞部の顔見知りを見つけたので、留学制度のことを聞いてみた。

「あのポスターなら、確か二日前、修了式の日に副校長が貼ってたよ。わたし、見たもん……」

 結衣は、副校長に話を聞こうと職員室に向かった。担任の推薦書が必要だったので、鵜川先生も探した。

「留学制度? なに言ってるの、あなた」鵜川先生は呆れ顔で言った。

 結衣はポスターを見せた。掲示板からはぎ取ってきたのだ。鵜川先生は、しげしげとポスターを見ると、続いて結衣の顔を見た。

「ちょっと待ってなさい」

 鵜川先生は、パソコンを開くと、ソフトを立ち上げ、データを読み込むとキーボードを叩いた。印刷された書面には、「推薦書」と書いてある。

〔下記の生徒は、別紙のとおり成績優秀であり、人物も申し分ない。したがって、担任が責任をもって推薦する〕と書いてある。

「内村くん、わたしにも年賀状くれたわ」鵜川先生が言った。「あの子も、ひとりじゃ寂しいだろうからね……この留学制度、わたしたち教師も知らないの。理事長が、なにか理由があってしてることじゃないかしら。フェアじゃないから、ダメよね、こんなことしてちゃ。これもって、面接を受けなさい。合格したらいいね。でも、それも寂しいかな?」

 結衣は涙を流して鵜川先生に抱きついた。

「この推薦書、わたしが副校長に出しとくわ」

 鵜川先生は、結衣の肩を撫でながら言った。


 その夜、留学のことを両親に話した。両親は意外とあっさり許してくれた。

「まあ、受かったらの話だ」と父親は笑った。

「お金、ある?」と結衣は訊いた。

「カメラを売るしかないだろ」と父親は言った。

「いざとなったら、ねえ、お父さん。わたしたちもアメリカに移住しようか?」

 母親がとんでもないことを言い出す。


 面接は十時からだった。

 春休みでも、部活動で学校は活気にあふれていた。

 副校長に呼ばれて校長室に入ると、理事長や校長、他に数名の先生が見えた。結衣は壁際の椅子に座るように言われた。ドアをノックする音が聞こえ、副校長が外に出た。副校長に続いて女生徒が入ってきた。その女生徒と目が合う。よく見慣れたその目。

「水橋さん、そこにお座りください」

 自分には素っ気なかった副校長が、敬語を使っている。

「留学希望は、この二人です」と理事長・校長に向かって言った。

「では、面接を始めます」

 結衣は、水橋とにらみ合った。水橋も、あのポスターに気づいたのだろうか。まったく抜け目がない女だと思った。恐らく、水橋もそう思っているだろう。

「まず最初に、神谷結衣……」

「はい!」結衣は明朗に返事をした。

「こちらの椅子に座りなさい……」

 結衣は、校長室中央の椅子に腰を下ろした。

「きみが、留学を希望する理由を述べなさい」

 もうひとりの副校長が訊いた。

「はい。わたしは、写真部に所属しています。将来の夢は、プロの写真家になることです。世界の子どもたちの現状をカメラに写して、世界にメッセージを発進したいと思っています。子どもたちの暮らしを少しでもよくしたい。そのために、自分にできることを実行していきたい。語学を勉強して、国際感覚を磨くために、この留学制度に応募しました」

「なぜ、子どものためにと、考えるようになったのかね?」校長が訊ねた。

「はい。中学生の時、青少年赤十字活動に参加したことがきっかけです。地雷で片足をなくした子や、路上でゴミを拾っている少年を見て、衝撃を受けました」

「カメラで、子どもたちを救えるのかな?」白髪の紳士が訊いた。理事長だ。

「はい。カメラは、ありのままの真実を映します。カメラが発明されてから、写真は時代を映してきました。写真のおかげで、時代が見えてきました。戦争の写真を見た人は、二度と戦争を起こしていけないと思うでしょう。写真がなかったら、戦争の悲惨さは伝わらなかったと思います。写真には、メッセージが込められています。世界の子どもたちの真実をカメラに写して、子どもたちの幸せを願うメッセージを、世界じゅうの人たちに届けたいのです」

「はい、いいでしょう。終わります」副校長が言った。

 結衣が席に戻ると、替わって水橋が呼ばれた。

「水橋玲奈さん」

「はい」

 結衣は、水橋の後ろ姿を見送った。面接が始まったが、自分とは明らかに質問や、言い方が違うことに気づいた。やがて結衣は、理事長の名前が「水橋」であることを思い出した。心のなかで、ストンと何かが落ちた。

(そういう……ことか……)

 水橋は、将来新聞記者になりたいと夢を語り、そのために国際的な視野や広げたいと言った。もしなれなかったら、きっとこの学園の理事長に納まるんだろうなと結衣は思った。 理事長を見ると、水橋に温かい眼差しを向けている。

「結果は、明日、本人に電話で連絡します」と副校長が言った。

  

「どうだった? 面接……」両親は揃って訊いた。

「明日連絡するって。でも、ダメだと思う……」

「どうして?」父親は、テレビを見て半分笑いながら言った。

「仕組まれた面接みたい」

「それ、どういうことなの?」母親がテレビを消した。

 父親は口をへの字に曲げる。

「わたしともう一人、同じ写真部の水橋さんって子がいるんだけど、その子も受けたの。二人だけだったの、面接受けたの。理事長の名前って、水橋でしょ?」

「まさかあ……」母親は笑った。

「理事長の娘だっていうのか、その水橋」父親は、母親にお茶のおかわりを催促しながら言った。

「孫でしょ。孫……」母子で一斉に突っ込んだ。

「留学募集のポスターもね、修了式の日にこっそり副校長が貼ってるし……。鵜川先生も『こんなことするなんてよくないわね』なんて言ってたよ」

「募集は若干名って、書いてあったんでしょ。だったら、希望者は二名なんだから、大丈夫かも」

 結衣は黙った。水橋と二人でテネシー州に行きたくはない。アメリカで三角関係の決着をつけるというのは気が進まない。三角関係のことは両親には黙っていた。

「不合格なら、それでもいいの」そう言って、自分の部屋に引き上げた。

 父親は、結衣のことばを聞いて頬を緩めた。

「さて、土手の桜は七分咲きくらいにはなったかな?」そう言って玄関に向かった。

 母親はテレビをつけた。チャンネルを変えると、大リーグのオープン戦を放送していた。レンジャーズに移籍したダルビッシュが投げている。母親は、ダルビッシュの姿に昇平の姿をダブらせた。そして、客席に、もう少し大人になった結衣の姿も……。

「なんとか、ならないかしらね……」

 母親は、ふと思いついてアドレス帳をめくり、受話器を取った。


 翌日、結衣に電話はなかった。結衣は、不合格ということだろうと考えた。部屋でふさぎこんでいると、母親が入ってきた。

「結衣ちゃん。学校から電話あってね、明日また面接したいって……」

「明日? また?」

「十時だって」

「わざわざ呼び出して、不合格って言うことないのになあ……」

「とにかく伝えたわよ」

 素っ気ない態度で母親は出て行った。


 校長室前に水橋の姿はなかった。きっとテネシー行きの準備でもしてるんだろうと思った。四月から写真部に水橋がいないと思うだけでも気が和らいだ。

(わたしだけかな、呼び出されたの)そう思っていると、副校長がドアから顔だけ出して言った。

「神谷結衣。入って」

 脚を踏み入れた瞬間、結衣は、動物園のライオンの檻にでも放り込まれたように感じた。

 水橋理事長のするどい眼光が向けられていたからだ。

「そこに座って」

 結衣はソファに案内された。

 校長がお茶をすすってから言った。

「神谷結衣さん。あなたの留学希望の動機を、もう一回教えてください……」

「動機……理由ですか?」

 結衣は宙を見つめた。おとといと同じことを言っていいものか思案した。

「はい、あの……将来写真家になることが夢でして、子どもたちのためにですね……」

「本当にそれだけかね?」理事長が突然さえぎった。

 理事長の目を初めて直視した結衣は、(確かに水橋さんと似てる)と思った。

「はい……。貧しい国の子どもたちを写真に撮って、メッセージを……」

「内村昇平は知ってるね……」

 結衣は息を飲んだ。

「はい……。クラスメートでした」

「クラスメート? わしは、それ以上だと聞いておるぞ?」

(だれからですか?)と結衣は心のなかで訊いた。

「内村昇平……」そう言いながら、理事長は立ち上がった。壁に掲げられた学校の沿革を見つめている。

「もう少しで、我が校の甲子園初出場が見えとった。期待の星はケガをして、今アメリカにいる。恋人のきみとしては、飛んでいきたいじゃろう……」

 結衣は、唇を結んだ。それまであまり意識していなかったが、理事長の言うとおりだった。自分は、留学を利用しようとしただけに過ぎない。しかし、それだけでないことも確かだ。

「どうだね? 本当の気持ちを言いたまえよ、神谷くん」

 理事長はソファに戻り、深々と腰を下ろした。眉がぴくりとも動かない。結衣は、どうせ不合格なんだからという気持ちで、覚悟を決めた。俯きながら、つぶやくように言った。

「はい……本当のこと言います。わたしがアメリカに行きたいのは、内村昇平くんがいるからです。彼のことを……愛しています。彼の夢を、傍で支えたいんです。電話では言いませんが、昇平くん、きっと、つらい思いをしていると思うんです……」

 結衣の目には涙があふれた。

 理事長と校長は、目を合わせた。副校長は咳をした。

「ざっくばらんに言おう」理事長が身を乗り出した。「神谷くん、テネシー州、ダニエル高校に留学してほしい……」

 結衣は顔を上げた。

「どういうこと、ですか?」

「つまり、合格だよ」校長が言った。

「わしはね、神谷くん。理事長になってから、我が校の沿革史に甲子園出場の文字を刻むのが夢なんじゃ」

「それなら、きっと、大丈夫です。甲子園は、昇平くんと、わたしの夢なんです。昇平くんの右腕が治れば、帰ってきます」

「神谷くん……」校長が諭すように言った。「きみは知らないのかね?」

 結衣は、眉を寄せて言った。

「なにをですか?」

「内村昇平は、日本にはもう帰って来ないんだよ」理事長が答えた。

 その言葉は、結衣の耳に届いてから、三半規管に凍り付いた。

「そんなはずは……」

 結衣は、そのあとの言葉を失った。

「内村くんの手術は、大リーガーがするような大手術だったんだよ。確か『トミー・ジョン手術』とかいったかな、校長」

 校長はうなずいた。

「大金をかけてまで彼を育てようというのは、すぐにでも大リーガーにするためだ。高校野球なんぞしてたら、日本のプロ野球に入りかねない。もちろん、高校野球でまた故障でもされたら、せっかく治した腕が台無しになる、そんな心配もあるだろう。とにかく、あちらさんは、内村くんが我が校に帰ることに、簡単にはうんと言わんだろう」

 結衣は黙って聞いていた。

「ざっくばらんに……と、わしはさっき言ったがね」理事長は声を低くした。「ダニエル高校に行ったら、内村くんをサポートしてくれたまえ。そして、来年、3年生になったら栄翔高校に戻るように言ってくれんか。わしはまだ、甲子園を諦めとらん。いや、正直に言おう。わしが狙っているのは、本音を言えば全国制覇なんじゃ。甲子園に出るくらいなら、今年でもなんとかなるかもわからん。内村くんがもし完全復活すれば、甲子園で優勝も決して夢ではない。わしは、そう確信しとる」

 理事長は、お茶を全部飲み干してから言った。

「副校長、神谷くんにお茶も出とらんじゃないか。すぐに出しなさい」

 副校長は慌てて退室した。

「待て。コーヒーにしなさい!」理事長の顔が少し緩んだ。「神谷くん。実は孫の玲奈が留学の話を持ちだしてな。我が校も、ゆくゆくは留学制度をやろうと思っとったから、内村くんが行ってるというダニエル高校に、まあ、視察という感じで行かせようと思った。形式だけの募集をしてな。玲奈ひとりだけ留学をと思ったが、若干名という募集じゃったし、あの子だけじゃ心配なんでね」

 校長が身を乗り出して言った。

「昨日、合格の連絡をしてもよかったんですが、話し合いが長引いてね。今日になってしまいました。いろいろとお願いしたいこともありましたのでね」

 結衣の前に副校長がコーヒーを置いた。結衣としては、できればお茶のほうがよかった。「どうぞ、コーヒーでも飲みなさい」

 校長に勧められ、一口すする。

「昇平くんが……」結衣は、喉元を過ぎるコーヒーの熱さに思わず目をつむった。「帰ってこないって本当なんですか?」

「きみも知ってるのかな? サイモンという男……」

「はい……」

「ここにもあいさつに来てね。そのときの話ではね、我が校に返すようなことは言ってなかった。おそらく、長期的な治療になるからだろうね……」

「すぐには、やっぱり治らないんですね……」

 結衣は、【順調だよ。今年の夏は投げられる】と言った昇平の言葉を思い出した。このことは、理事長や校長には言わないほうがいいと結衣は思った。

「昇平くんは?」理事長が訊いた。「調子はどんな様子だったね。右腕の様子は?」

「治療は進んでるって言ってましたが……わたしを安心させたいために、本当のことは言ってないのかもしれません……」

「やはり行ってみないとわかりませんな、本当のところは……」

 校長は理事長にため息まじりに言った。

「理事長、校長先生……」結衣は深刻そうな表情を向けた。「昇平くんの腕が治っていなかったら……甲子園が無理なときは……」

「もちろん……」理事長は大きくため息をついた。「内村くんの将来が第一だと、思うておる。腕が治っていないようなら、諦めるしかなかろうね。この話は、もしできることなら、という話だと思ってくれ、神谷さん……」

「昇平くんは、わたしを甲子園に連れていくって約束してくれたんです。甲子園での優勝はともかく……。昇平くんは、きっと、そのつもりでいると思います」

「とにかく、神谷結衣さん」理事長が立ち上がった。

 結衣も思わず立った。

「五月から、ダニエル高校に編入学じゃ。手続きはすぐにやる。急なことじゃからピザなしで九十日の留学になる。わしの孫、玲奈のこともよろしくお願いしたい」

 理事長は手を差し伸べた。結衣はグラブのような手に包まれた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 結衣は、深々と一礼した。

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