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後日談2「実家に帰らせていただきます・1」

「まあ、これがオルレアン様のお父様とお母様なのですね!」

「そうですよ、このアルバム見てていいですから」

「邪魔しないでください奥様……」

 オルレアンの書斎の大掃除と聞いて目を輝かせていたアマレッティは、マリーとベリーに言い含められてこくこくと頷く。

 手元に残った写真には先代ヴァロア公爵夫妻が映っている。二人とも若い。裏に日付は15年ほど前だった。オルレアンが生まれる前だ。

 小さな写真で細部までは分からない。それでもアマレッティはほうと微笑んでしまう。

「オルレアン様のお父様、とてもとてもかっこいいです……!」

 パラソルをさしてふんわりと微笑んでいる夫人は、うっとり夫を見つめているように見えた。その気持ちがアマレッティにはよく分かる。

(オルレアン様が大きくなったらこんな感じなのでしょうか……!)

 頬を両手ではさんで想像してみると、でれっと顔が崩れた。

「ど、どうしましょう心臓に悪いです……あ、これはひょっとしてオルレアン様!?」

 白い産着にくるまれた赤ん坊を抱いた夫妻の写真を見つけた。そのままオルレアンの成長に合わせて写真が続く。

「ち、小さいオルレアン様が可愛いですっ……オルレアン様が可愛い!」

「奥様ーそれオルレアン様に言ったら殺されますからねー」

「むしろぬいぐるみの方が……」

「わ、分かりました!」

 遠くで書斎の掃除をしているベリーとマリーの忠告はもっともだが、にまにましてしまう。その内、今より少し背が小さなオルレアンと可愛い女の子が二人で映っている写真を見つけた。

(ああ、この頃のオルレアン様はもうオルレアン様です……! お隣は、オルレアン様のお友達でしょうか?)

 にこにこしながらくるりと写真を裏返す。

 そして惚けた。


 ――オルレアン、8歳。婚約者のマリベル嬢と。




 いつも帰宅するなり突撃してくる妻の姿が見えない。メディシス王家の財政状況から夜会の誘い、書斎の掃除完了まで本日の報告を全て聞き終えてから、オルレアンは家令に尋ねた。 

「あの馬鹿妻はどうした」

「お部屋に引きこもっておられます」

「は?」

 それきりラムは何も答えない。舌打ちしたオルレアンは、妻の自室へと向かう。

 すると、妻の部屋の前でマリー、ベリー、ラートが並んでいた。

「あ、オルレアン様だ」

「奥様奥様、オルレアン様がきましたよ!」

「いい加減あけてくださいよ……めんどくさい……」

「一体、何事だ」

「アマレッティ様に聞けばいいよ、ねえ」

 使用人達がそうだそうだと頷く。どことなく、その顔が皆楽しんでいるように見えるのは――多分、気のせいではない。

 扉の前までやってきたオルレアンは、まずドアノブを回す。


 すると開いた。


「……。ひきこもっていたんじゃないのか」

「えっ鍵かかってなかったの!?」

「さすが奥様ですな」

「あ、あっだめです! あけちゃだめです、アマレッティの部屋に入らないでください!」

 部屋が開けられたことを知ったアマレッティは、お気に入りのシュークリームのぬいぐるみを抱き締めたまま慌てて扉に駆け寄る。

 だが、いつの間にか教鞭を持ったオルレアンににっこりと微笑まれて、その場で固まった。

「それでなんの騒ぎだ?」

「そ、それは」

 おろおろ目線を泳がせたあと、ぎゅうっとシュークリームのぬいぐるみを抱き締める。ここは勇気を出すところだ。

「ア、アマレッティは、悪くありません……っ!」

「ほう?」

「い、いえアマレッティが悪いです! 悪いですけど、オルレアン様だって悪いんです! こ、これはなんですか!!」

 ずっと見つめてしくしく泣いていた写真を、オルレアンの眼前に突き付ける。

 ぱしんぱしんとオルレアンの掌で鳴っていた鞭の音が止まった。

「マ、マリベル様ってどなたですか。私、私という、妻が、ありっ、あるのにっ、あったらっ」

「奥様奥様、『ありながら』」

「ありながらっ! そう、ありながら、浮気ですっ……お、オルレアン様が浮気なんて、わ、私は――アマレッティは、実家に帰っ――」

 ぶわっと大量の涙が溢れて言葉に詰まった。しかし踏ん張る。

「じ、実家に帰りたくないですけど、帰らせて頂きます!」

「アマレッティ様がオルレアン様に刃向かった!」

「成長なさいましたな、奥様も」

「――実家に、帰る?」

 オルレアンの低い問いかけに、その場が凍り付いた。

「僕の妻の分際で、実家に帰る? よく言った」

 褒められている気もするが、怖すぎて顔が上げられない。ぶるぶる震えたままでいると、オルレアンが床に落ちた写真を拾い上げるのが見えた。

「マリベルか。いたな、そんな女も」

 既に始末した言い方に聞こえるのは気のせいだろうか。

「ラム。聞きたいことがある」

「は、旦那様。なんでしょう?」

 ラムの呼び方が坊ちゃまから旦那様に昇格している。怖い。何もかもが怖い。

「僕の妻の元婚約者の名前を全てあげろ」

 きょとんとして、アマレッティは顔を上げてしまった。丁度灯りを背にしているせいで、オルレアンの顔は見られない。だが、ラムが深々と頭を下げた。

「はい。まずはイブレア伯爵家ご子息バルトロ様。ブルーノ・トゥルム侯爵に、ファルネーレ家の次男坊もおられましたな」

「えっ」

「それからラウロ・バルベリー様。バルベリー公爵家の跡取りで御座います、ヴァロア家とは犬猿の仲の。それから」

「えっえっまだいるんですか!?」

「奥様は、期待外れでもメディシス王家の第二王女でいらっしゃいますから」

 初耳の情報にうろたえていると、オルレアンが踵の音を鳴らして一歩踏み出した。

「僕は妻の過去をうるさく言うつもりはなかったんだが……」

 ゆっくりと鞭の先がアマレッティの顎を撫でる。目を細め、オルレアンは優雅に微笑んだ。

「実家に帰るのか。残念だ」

「かっ――帰りません!!!!!」

 叫んだアマレッティはそのままオルレアンの胸にすがりついた。

「帰りません、帰りません! アマレッティはオルレアン様のおそばにいます!」

「僕はお前を愛していたのに」

「あ、あいっ……わ、私もオルレアン様を愛してます、だからどうか」

「お前の誤解がとけないのは僕の力不足だな」

「違います違います、とけました! オルレアン様はアマレッティを愛してくださってますっ……!」

 ぎゅうぎゅう抱きつくと、頬にそっと手をそえられた。涙目で見上げると、オルレアンが快楽の頂点を極めたような微笑を浮かべている。

「無理はしなくていいんだ。僕といるとお前が幸せになれない」

「お願いします、許してくださいオルレアン様……っアマレッティは幸せです、空中ブランコも火の輪くぐりもしますから……っ」

「へえ。綱渡りもか」

「します!」

「できて幸せか」

「幸せです!」

 鼻を鳴らしたオルレアンは、気が済んだらしい。やっといつもの顔に戻った。

「で、でもあの、マリベル様というのは……」

「元婚約者だ」

「そ……そう、ですか……」

 浮気ではないというのは理解したが、もやもやした思いが疑問になった。

「……か、可愛らしい方でしたか」

「覚えてない」

「じゃ、じゃあオルレアン様はマリベル様をどう思ってらっしゃいましたか。あと、さっきそんな女『も』いたって仰ってたってことは、つまり他にも」

「お前、意外とうるさいな」

「だ、だって、だって、アマレッティはオルレアン様の妻です……」

 しょげながら言うと、オルレアンは瞠目したあとに、少しだけ笑った。

「……だったらどんな状況でもおかえりなさいのキスくらいしてみせろ、馬鹿が」

「あっします! まだしてません!」

 ぱっと顔を輝かせて、オルレアンの頬にすり寄るように顔を近づける。

 最初はどきどきしすぎたり緊張で鼻をぶつけることもあったりしたけれど、もうそんなことはしない。


「おかえりなさい、オルレアン様。今日もお疲れ様でした」

「まったく、お前は手がかかる妻だ」


 少し笑ったオルレアンが、まだ濡れた瞼に軽く唇を落としてくれる。

 たまらなく幸福になったアマレッティはぎゅうっと旦那様に抱きついた。

(やっぱりやっぱり、オルレアン様は素敵な旦那様です……!)

「おーい、オル坊。うまくまとまったとこ申し訳ねーんだけど、そのマリベル嬢がきてるぞ」

 その場にはいなかったはずのカルトの声が割って入ってきた。

 きょとんとしたアマレッティは、オルレアンに抱きついたままその報告を聞く。

「お前の妻は自分だって」

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