後日談2「実家に帰らせていただきます・2」
「結婚しにきてあげたわよ、オルレアン」
玄関先でお付きもなしに赤い外套を脱いだ黒髪の少女は仁王立ちでそう言い放った。
階段の踊り場で冷めた目をしたオルレアンは、少し離れて様子をうかがっている使用人に目を向ける。
「頭のおかしな子供が迷子になったようだ。ラート、ご両親の元へ送り届けて差し上げろ」
「私のお父様とお母様はもう亡くなってるわよ! 分かっててなんてこと言うの、最悪!」
「分かっていてご両親の元へ送り届けると申し出てるんだが?」
「はあ!? あいっかわらずむかつく……まあいいわ、それで? アマレッティ王女はどこなの」
名指しされでも、アマレッティは壁に体を半分隠したまま動かなかった。正確には、動けなかった。
(オ、オルレアン様と、仲がよさそうです……!)
ふわふわの黒髪に赤いドレスを着た少女は堂々としていた。それこそアマレッティより王女らしく、ヴァロア公爵夫人らしく見えた。
ぶるぶる震える自分を一瞬だけオルレアンが見た気がした。だがすぐに前を向いて、目の前の少女に言い捨てる。
「妻をお前に会わせる理由はない」
「あなたになくても私にはあるし、アマレッティ王女にだってあるはずだわ。だって私こそが妻って女が現れたのよ?」
波打つ黒髪をふふんと片手ですくい上げ、マリーが挑発的に笑う。オルレアンが嘆息した。
「……マリベル。お前、何が目的で」
「アマレッティです!!」
大声に、広間中の視線が集まった。
やっと壁から半分出たアマレッティは、涙目で一生懸命宣言する。
「わ、私が、アマレッティですっ……オルレアン様の、妻のっ……ひぐっ、お、オルレアン様が、オルレアン様がっ……マリベル様をマリベルって呼びました!!」
広間中に『何言ってるんだこいつ』な空気が満ちる。だがアマレッティはそのまま膝から泣き崩れた。
「私のことは、クズレッティとかバカレッティなのにずるいですっ……!!」
「……。マリー、ベリー。あの馬鹿を寝室に叩き込め」
「はいはーい。奥様奥様、威厳が台無しですからねー」
「い、いりません! いりません、アマレッティは実家に帰ります!!」
勢いで宣言し直したら、オルレアンの鋭い視線が飛んできた。ひぃっと喉を鳴らして後ずさる。
「僕が寝室に戻れと言っているのに? もう一度僕の目を見て言ってみろ」
「む、無理です!」
「あら、帰ればいいじゃないの」
その一声に、アマレッティはぴたりと動きを止めた。
マリベルがアマレッティを上から下まで眺めて、ふふんと笑う。
「ふーん、オルレアンが選んだっていうからどんな賢妻かと思ってたけど……勝った!」
「わ、私、もう負けたんですか!?」
「ほら出て行くなら出て行きなさい泥棒猫! オルレアンの本妻は私よ!」
がーんと分かりやすく顔に出したアマレッティの前で、マリベルはオルレアンの左肩に手を置いて笑う。
「おい、遊ぶな」
「い、いやですっ……私がオルレアン様の妻です、オルレアン様! アマレッティは実家に帰りません!」
「帰っていいわよねー、オルレアン?」
「帰りません! 帰さないでください、オルレアン様……綱渡りしますから!」
マリベルに対抗してオルレアンの右腕に飛びつく。あーあ、と使用人たちの声が聞こえた。
「11歳にして愛人と本妻に間に挟まれる修羅場とかオル坊、すげえな」
「修羅場だ修羅場だー」
「オルレアン、私の部屋はあなたの寝室でいいわよ」
「だ、駄目です! わ、私だってまだオルレアン様の寝室で一緒に寝たことないのにだめです!!」
「はてさて、どうしましょうねオルレアン坊ちゃま」
「全員、いい加減にしろ!!!」
響き渡ったオルレアンの怒声に、にぎやかだった広間が静まり返った。
持っていた教鞭を一度掌できつく鳴らして、オルレアンはアマレッティもマリベルも振りほどく。
「どうするだと? 決まってる、この馬鹿は自分の寝室に戻せ。マリベルは客室に放り込んでおけ!」
「それじゃあつまらないじゃない、オルレアン」
「わ、私オルレアン様と一緒にいたいです……!」
「僕の決定に異存がある奴はサーカスに売りとばす」
屋敷の外などという生ぬるい選択を示さないオルレアンの本気の声に、アマレッティもマリベルもそろって押し黙った。
掛布団を頭からかぶって、寝台の上で三角座りをする。前にはシュークリームちゃんとババロアちゃんと、とにかくたくさんの友人を並べた。もちろん、話を聞いてもらうためだ。
「かわいい女の子でした、マリベル様……。頭もよさそうで……どうしましょう、シュークリームちゃん」
もちろん、答えはない。
「わ、私知ってるんです。オルレアン様は頭のいい人が好きなんです。お姉さまとだって仲がよさそうでしたしっ……それに、何より」
じわあっと目に涙が浮かぶ。シュークリームちゃんを抱きしめて、ふかふかの生地に顔をうずめた。
「マリベル様はオルレアン様より背が低いんです……!!」
「身長の話をしたな」
「ひいっ!!」
すくみあがったアマレッティの掛布団がはがされる。幻聴ではない夫の姿がそこにあった。
「オルレアン様……どうしてここに」
「僕の身長の話をしたな?」
「してません! あ、アマレッティの身長の話です!」
脅えながら言い募ると、オルレアンが顔をしかめる。
「どうしてお前の身長なんだ」
「だ、だって、アマレッティは縮めません……」
しゅんとして答えると、オルレアンはものすごく複雑そうな顔で考え込んだあと、溜め息をついた。
「お前は本当に馬鹿だな」
「う……」
「でも僕の妻はそれでいい。ほら」
頬にオルレアンの手が伸びてきた。嬉しくなったアマレッティは頬ずりするようにしてオルレアンに身を寄せる。
寝台の上に座るアマレッティと、寝台の脇に立つオルレアンの距離はいつもより近い。この高さだと、アマレッティの頭はオルレアンの胸に丁度おさまる。
「お前に頼みがあってきた」
「まあ! はい、何でもします!」
オルレアンに頼られるのが嬉しくてにこにこしてしまう。オルレアンは優しい口調で、口端を持ち上げた。
「マリベルとはうまくやれ。しばらく屋敷に置く」
「……えっ」
「あれはおそらく厄介ごとを抱えてる」
カルトに今探らせている、という言葉に、アマレッティは一生懸命ヴァロア家の秘密を思い出す。
(カルトさんは、情報屋さんです。ええっとラムさんは、殺し屋で、ラート君は運び屋で)
「あれはオルゴーニュの亡命貴族、ということになっている。存在そのものが厄介なんだ」
「そ、そうなんですか」
「分かってないだろう、お前。オルゴーニュ王国は平等革命のせいで、貴族は片っ端から処刑される。マリベルもオルゴーニュに戻れば例外じゃない」
オルレアンが出してくれたヒントをもとに、アマレッティは考えて、そして辿り着いた。
「つまりマリベル様はお尋ね者なんですね!」
「……。まあ……その認識でいい。ともかく早くたたき出したいんだが、その前準備が」
「た、大変です。どうしましょう、オルレアン様。マリベル様、まだ小さいのに処刑なんて、ひどいです。可哀想です。困っているなら、助けて差し上げないと……」
一生懸命考えてみると名案がひらめいた。
「ヴァロアスイーツをお土産に持って帰るのはどうでしょう! 皆さんきっと、おいしいお菓子を持って帰ってきたマリベル様を助けてくれるかもしれません!」
「……。そうだな、やってみたらどうだ」
「はい、頑張ります!」
張り切って拳を握ったあとで、疲れた顔をしていたオルレアンがふとアマレッティの顔を覗き込んだ。
「ただ、他にもマリベルを確実に助ける方法があるぞ」
「まあ、なんですか?」
さすがオルレアンだ。きらきら尊敬の眼差しを向けると、オルレアンがものすごく意地の悪い笑みを浮かべて見下ろした。
「マリベルを僕の妻にすることだ。ヴァロア公爵夫人の地位はあいつを助けるだろう」
ぴしっとそのまま固まってしまった。ふわふわの横髪をすくいとって、オルレアンが尋ねる。
「どうする?」
「だ……っ駄目です!! オルレアン様の妻はアマレッティです!」
「じゃあマリベルは処刑だ」
「えっ。そ、そんな……アマレッティのせいで……!!」
青ざめるアマレッティに、オルレアンは何故かこれ以上なく楽しそうに唇の端を持ち上げる。
「さあ、どうする? マリベルを殺すか僕の妻の座を明け渡すか」
「えっ……えっ……」
「よく考えろ。答えは明日聞く。おやすみ、可愛い僕の妻」
そう言ってオルレアンは瞼に一つ、キスを落とす。
その甘さに浸ることもできず、アマレッティは一人、寝台の上で固まっていた。




