第5話 王都帰還と、至高の「スパゲッティ・アル・ポモドーロ」革命
転移陣の青い光の粒子が弾け飛び、二十二日間の暗黒の地下生活を経て、俺はついに地上の生暖かい風を顔に浴びた。
俺たちが降り立ったのは、王都ソラリアの中心に広がる『冒険者ギルド大広場』だった。白い石造りの美しい建物や尖塔が並び、何百人もの武装した冒険者たちが行き交っている。
見張りの衛兵たちが『白銀の暁』の紋章に気づいた瞬間、大広場は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「生きていたぞ! 剣聖レオ様とゴラン様、聖女エレナ様とヴィクトル様が奈落層から生還された!」
「おい、お前らあの方々のオーラを見ろ! 傷ひとつないどころか、魔力が濃すぎて空気が揺れてるぞ! ……それに、真ん中にいる白い服を着た丸腰の男は一体誰だ!?」
群衆が押し寄せるより早く、金箔を貼った豪華な馬車が近衛兵を連れて広場へと割り込んできた。
馬車から降りてきたのは、五十メートル先からでも鼻につくほど傲慢な態度をぶら下げた二人の男だった。一人は金糸の刺繍が入った緑のローブを着た『錬金術師ギルド長・マラコール』。もう一人は、高さ五十センチもありそうな真っ白なコック帽を被った『筆頭宮廷料理長・ガスパール』だった。
「おお、崩落の向こう側で五日間も生き延びておられたとは!」
錬金術師ギルド長のマラコールが脂ぎった笑顔を浮かべ、後ろに控えていた荷車部隊に手招きした。「さぞかし私が開発した高価な『非常用栄養丸薬』が役に立ったことでしょうな! さあ、あなた方の空間収納鞄に入っている『黒曜石の五頭ヒュドラ』の死骸をこちらへお渡しください。王室用の魔石を抜き取ったあと、残りの三十トンもの猛毒の腐肉と骨は、規則通り王立焼却炉で灰にして処分いたしますので!」
俺は片眉をピクリと跳ね上げた。「焼却炉で灰にするだと? お前ら、三十トンの肉を丸ごと燃やす気か?」
宮廷料理長のガスパールが、小麦粉のついた俺のコックコートを上から下まで見下ろし、汚物でも見るかのように鼻をひくつかせた。
「なんだこの下働きは? 上層で雇った荷物持ちか? 当たり前だろう、無知な平民め! 神聖なる【料理人】のクラスとは、公爵家の晩餐会に貴族用のジビエと香辛料入りのワインを供するためのものだ。正気の人間に、迷宮の魔物の硬くて臭いクズ肉など食えるはずがない! 冒険者が力を得るには、一瓶金貨五十枚の『錬金術師ギルド製マナポーション』を飲むしかないのだよ!」
俺は広場の端に立つ一般の若手冒険者たちへと視線を向けた。
どいつもこいつも痩せこけ、目の下には黒い隈ができ、粗悪な化学ポーションの飲みすぎで唇が青黒く変色している。胃を荒らし、有り金をすべて巻き上げられながら、すぐ目の前では何十トンもの極上のタンパク質と魔力の塊が「薬の値段を下げないため」だけにゴミとして燃やされているのだ。
「おい、レオ」と俺は低く静かな声で剣聖に尋ねた。「あの冒険者ギルドの真ん前にある広い空き地は、誰の土地だ?」
「移動商人用の公共広場です、アンジェロ師匠」
レオは俺の意図を即座に察し、獰猛な笑みを浮かべて胸を叩いた。「そして王国筆頭パーティ『白銀の暁』のリーダーの権限により、今この瞬間からアンジェロ師匠に無期限の使用許可を発行します!」
「よし。じゃあ全員、五歩後ろへ下がってろ。――開店だ」
俺は広場の石畳に向かって右腕を突き出し、【伝統のナポリピッツェリア】を発動した。
――ゴォォォォンッ!!
何百人もの冒険者、錬金術師、そして宮廷料理長の目玉が飛び出さんばかりに見開かれる中、空間が揺らぎ、広場の中央に溶岩石と古木で造られたピッツェリアが出現した。
テラス席の奥には白大理石のカウンター、2℃の温度でヒュドラの肉を完璧に熟成させている『無限業務用冷蔵庫』、スパイラルミキサー、そして485℃の炎が唸りを上げる銅張りの薪窯が姿を現す。
「な、なんだこの空間魔法は!? 建物ごと持ち歩いているだと!?」とガスパールが腰を抜かして馬車に尻餅をついた。
「魔法じゃねぇ、これが本物の飲食店だ」
俺はガラス扉を大きく開け放ち、エプロンの紐を締め直した。「だが、ピッツァを焼く前に……この広場には顔色の悪い連中が多すぎる。まずは俺の故郷で『死人でも生き返る』と言われる、無限食材庫の恵みだけで作る究極の一皿を食わせてやる。『サン・マルツァーノと24ヶ月熟成パルミジャーノのスパゲッティ・アル・ポモドーロ』だ!」
俺は厨房へ入ると、大鍋に純粋な湧き水を張って沸騰させ、海塩を絶妙な塩梅で溶かした。
同時に、熱伝導率の高いアルミと銅の大きなフライパンを取り出す。
余計な具材も、焦げた玉ねぎもいらない。
フライパンに緑色に輝く『エクストラバージン・オリーブオイル』をたっぷりと引き、手のひらでバンッと潰した皮付きの『新鮮なニンニク』四片と、香りを移すための『バジルの茎』を入れて弱火でじっくりと加熱する。
ニンニクが美しい黄金色に色づき、広場中に食欲を暴走させる香りが広がったところでニンニクと茎を取り出し、そこへ手で粗く潰した『サン・マルツァーノ種トマト』を一気に投入した!
強火でわずか五分。
煮込みすぎてはいけない。サン・マルツァーノ特有のフレッシュな酸味と濃厚な甘みを生かしたまま、ソースが艶やかな深紅へと変わる。
そこへ、表面がザラザラしてソースがよく絡む『ブロンズダイス(銅製鋳型)で押し出したスパゲッティ』を、茹で上がりより三分早く大鍋から引き上げて直接フライパンのトマトソースの中へと移し、小麦のデンプンが溶け出した白濁した茹で汁をお玉二杯分加えた。
そして――火を完全に止めてからが、本当の料理人の仕事だ。
俺はフライパンを胸の前で構え、手首のスナップを効かせて激しく煽り始めた。
――チャッ、チャッ、チャッ、チャッ!
空中で波打つスパゲッティに空気を含ませながら、火を止めた状態で『生のエクストラバージン・オリーブオイル』を糸のように回し入れ、手でちぎった新鮮なバジルの葉、そしておろし金で削りたての『24ヶ月熟成パルミジャーノ・レッジャーノ』を両手いっぱいに振りかけた!
パスタのデンプン、生オリーブオイルの油分、トマトの果汁、そして24ヶ月熟成パルミジャーノの濃厚なアミノ酸の結晶が完璧に乳化し、一本一本のスパゲッティに赤いビロードのドレスのような「とろりとした極上のクリーム状ソース」が絡みつく!
俺はトングとお玉を使って、湯気を立てるスパゲッティを美しい巣のように高く盛り付け、仕上げに追いパルミジャーノとバジルを乗せ、さらに脇には『生のニンニクと山のオレガノをこすりつけたパーネ・カフォーネのブルスケッタ』を一切れ添えて、カウンターに二十皿並べた。
「さあ、その不味い泥水みたいなポーションをゴミ箱に捨てる勇気がある奴から、先着二十名にタダで食わせてやる! かかってこい!」
王都の大広場に放たれたその香りは、文字通り「暴力」だった。
加熱されたサン・マルツァーノの甘酸っぱい香りと、24ヶ月熟成パルミジャーノの芳醇なコク、バジルとニンニクの香りが混ざり合い、すでに最前列の席を陣取ってフォークを構えていたレオ、ゴラン、エレナ、ヴィクトルの四人を含む二十人の冒険者たちが、一斉にスパゲッティを巻き取って口へと運んだ。
広場から、すべての音が消えた。
聞こえるのは、パスタを啜る音と、魂が震えるような感嘆の吐息だけだった。
「な、なんだこれは……!? ただのトマトとチーズと麺のはずなのに、なんでこんなに濃厚でクリーミーなんだ!?」
若い槍使いの冒険者がボロボロと涙をこぼしながら夢中でフォークを動かし、最後は添えられたオレガノ風味のブルスケッタで皿のソースを一滴残らず拭い取った。「胃の奥から温かい光が湧いてくる……! 一ヶ月ずっと続いていたポーション中毒の吐き気が一発で消えて、魔力が限界まで溢れ出してくるぞ!」
――ドォォォォォンッ!!
テラス席に座る二十人の冒険者たちの体から、同時に黄金色の魔力の柱が天へと噴き上がった!
一切の不純物を含まない最高峰の食材と乳化の技が、彼らの枯れ果てた魔力回路を100%完全に再生させたのだ!
そこからはパニックだった。
「俺にもその赤い麺とマルゲリータをくれ、アンジェロ親方!」「銀貨なら払う、ポーションなんかもう二度と飲むか!」と叫ぶ三百人以上の冒険者たちがピッツェリアの前に長蛇の列を作り、マラコールのポーション荷車の前にはハエ一匹いなくなった。
「き、貴様……これは経済テロだぞ!」
宮廷料理長のガスパールが顔を紫にして怒鳴り、マラコールが憎悪に満ちた目で俺を睨みつけた。「きっとあの赤いソースの中に違法な興奮剤を混ぜているに決まっている! 明日、国王陛下の御前で行われる『王宮料理審判』に引きずり出し、そのイカサマ店舗ごと王都から追放してやるからな!」
俺は485℃の窯の中で同時に四枚のマルゲリータをパーラで鮮やかに回転させながら、二人に片目をつぶって見せた。
「おう、明日は国王でも誰でも連れてきな! ただし予約してこないと、見習い兵士の後ろに並んでもらうことになるぜ!」




