第3話 「落ちゆく窯」の秘術と、捨てられた骨髄がもたらす永久進化
俺は『無限業務用冷蔵庫』で一度しっかり冷やし締めた『奈落の装甲猪』と『溶岩トカゲ』の部位をステンレスの解体台の上に並べ、分厚い肉切り包丁と骨スキ包丁を手に取った。
レオ、ゴラン、エレナ、そしてすっかり俺の料理の虜になった大魔導士ヴィクトルの四人は、カウンターの向こう側から息を呑んで俺の手元を見つめている。
「いいか、よく見ておけ。なぜお前らが野営の焚き火で魔物の肉を焼くと毒に当たるのか、その理由を教えてやる」
俺は骨スキ包丁の切っ先を滑らせ、猪の赤身肉と分厚い背脂の間にある「黒ずんだ小さなリンパ節(臭腺)」と、血管の中に残った古い血の塊をミリ単位の正確さで切り離して取り除いた。
「魔物の瘴気っていうのは、肉そのものじゃなく、このリンパ節と古い血、そして脂の表面の水分に溜まる揮発性の毒素だ。お前らは下処理もせずに、この臭腺ごと強火の直火でいきなり丸焼きにするから、熱で溶けた瘴気が肉の中心まで染み込んで食えたもんじゃなくなるんだよ」
俺は臭腺を綺麗に取り除いた真っ白な背脂を角切りにし、深い銅鍋に入れて少量の湧き水と潰したニンニク、バジルの茎と一緒に薪窯の入り口近くに置いた。
数分で水分が沸騰して蒸発し、その水蒸気と一緒に「黒っぽい硫黄臭い瘴気のガス」がすべて煙突の奥へと吸い込まれて消えていった。そして鍋の底に残った純粋な脂がゆっくりと溶け出し、ヘーゼルナッツのように香ばしく透き通った黄金色のラード(精製脂)へと変わったのだ!
ヴィクトルがカウンターから身を乗り出し、眼鏡をずり落としながら叫んだ。
「な、なんということだ……! 水蒸気蒸留の原理を応用して、揮発性の瘴気だけを煙突へ逃がし、純粋な脂の旨味だけを抽出するとは! 魔導院の錬金術師たちが何百年も失敗し続けてきた『魔物肉の無毒化』を、包丁一本と鍋だけでやってのけたぞ!」
「ただの精製ラード作りだよ、大げさだな」
俺は笑って、次に重たい肉切り包丁の峰を振り下ろし、装甲猪の太い大腿骨を「ガツン!」と縦に叩き割った。中にはルビーのように赤く艶やかな『骨髄』がぎっしりと詰まっている。さらに、誰も見向きもしない頬肉、スジ肉、そして溶岩トカゲのコラーゲンたっぷりの太い尻尾の輪切りを並べた。
「そして二つ目の問題――『魔物のスジ肉や尻尾は鋼鉄みたいに硬くて噛み切れない』だったな? それはお前らが、コラーゲンと結合組織の塊である部位を、ステーキみたいに高温で一気に焼くからだ。コラーゲンは急激に熱すると縮んで靴底みたいに硬くなるが、低温で何時間もじっくり熱を加えれば、ゼラチンに変わってバターみたいに溶けるんだよ」
俺は大きなテラコッタ(素焼き)の深鍋を取り出した。
底に先ほどの黄金色のラードとエクストラバージン・オリーブオイルを引き、潰したニンニクと野生のオレガノを香りが出るまで炒める。そこへ叩き割った大腿骨、頬肉、スジ肉、トカゲの尻尾を投入し、表面に美しい焦げ目(メイラード反応)をつけて旨味を閉じ込めた。
そこへ純粋な水と、手で潰した大量のサン・マルツァーノのトマト、バジルの葉と茎、そして24ヶ月熟成パルミジャーノ・レッジャーノの「硬い皮の部分(これも絶対に捨てない最高の出汁になる!)」を丸ごと放り込んだ。
そして俺は、薪窯の前へと向かった。
燃え盛る薪を端に寄せ、分厚い鉄の扉で窯の口をピタリと密閉し、煙突のダンパーを絞る。
炎が消え、耐火レンガと溶岩石に蓄えられた熱だけがじんわりと放射される『落ちゆく窯』の状態だ。窯の温度は485℃から、煮込み料理にとって理想的な【165℃】へと落ち着いた。
俺はその静かな窯の懐深くにテラコッタの鍋を滑り込ませ、再び鉄の扉を閉めた。
「さあ、今夜はもう寝ろ。仮眠室のベッドとホールのソファを使っていい。これから朝までの八時間、この『落ちゆく窯』の優しい余熱が、骨の髄とスジ肉を魔法に変えてくれるからな」
◇
翌朝。
『白銀の暁』の四人は、誰に起こされることもなく同時に目を覚ました。
窯の鉄扉のわずかな隙間から、人間が抗うことなど不可能なほど濃厚で、芳醇で、肉とトマトとチーズの旨味が渾然一体となった悪魔的な香りが店中に充満していたからだ。
俺がミトンをはめて鉄扉を開け、八時間じっくりと火を通したテラコッタの鍋を取り出すと、四人はゴクリと唾を飲み込んだ。
鍋の中では、サン・マルツァーノのトマトソースが骨髄のエキスとパルミジャーノの皮の旨味を吸い込んで、鏡のように艶やかな深紅のラグー(煮込みソース)へと変わっていた。
俺は木製のフォークを手に取ると、昨日まで彼らが「大剣でも切れないほど硬い」と言っていた溶岩トカゲの尻尾と装甲猪の頬肉に、軽く先端を当てた。
力を入れる必要すらなかった。フォークが触れただけで、ホロホロになった肉が繊維に沿ってバターのように柔らかく崩れ、中から琥珀色のゼラチン質の肉汁がジュワッと溢れ出したのだ!
「き、木のフォークが触れただけで、あの装甲猪のスジ肉が崩れただと……!?」
ゴランが自分の目をこすりながら絶叫した。
「これが『落ちゆく窯』の力だ。さあ、最高の朝飯にするぞ!」
俺は48時間熟成させた生地を大きく広げると、その半分に、骨髄ごとほぐしたホロホロの魔物肉のラグー、水牛のモッツァレラ、バジル、そして削りたての24ヶ月熟成パルミジャーノを山盛りに乗せ、生地を三日月型に折りたたんで端をしっかりと閉じた。
そして薪をくべて再び温度を上げた窯に入れ、黄金色に膨れ上がった巨大な包み焼きピッツァ――『奈落の骨髄ラグーとモッツァレラのカルツォーネ』を焼き上げた!
さらに、テラコッタの鍋に残った熱々の骨髄ラグーをそのままテーブルの真ん中に置き、焼きたての『パーネ・カフォーネ』を山積みにして並べた。
「さあ、カルツォーネを真ん中から割って食え! そして鍋の底のラグーは、パンで一滴残らずスカルペッタ(拭い取り)するんだ!」
レオがナイフで膨れ上がったカルツォーネの真ん中を切り開いた瞬間、閉じ込められていた白い湯気とともに、骨髄ラグーと溶けたモッツァレラとパルミジャーノの香りが爆発した。
四人は夢中でカルツォーネに食らいつき、さらにパンを掴んで鍋の中の骨髄ラグーに浸して口へと運んだ。
「な、なんだこの深みは……!!」
大魔導士ヴィクトルが、眼鏡を涙で濡らしながらパンを鍋に突っ込んで叫んだ。「昨日食べたマルゲリータが太陽のように輝く味だとしたら、この骨髄とスジ肉のラグーは奈落の底知れぬ魔力をすべて旨味に変えたような味だ! 噛む必要がないほど柔らかい肉と、骨の髄から溶け出した濃厚なゼラチンが、モッツァレラと一体になって舌の上で溶けていく……!」
その直後だった。
レオ、ゴラン、エレナ、ヴィクトルの四人の体から、昨日とは比較にならないほど激しい「黄金と真紅のオーラ」が噴き上がり、店内の空気がビリビリと震えた!
この世界の誰もが知らなかった真実――それは、高ランクの魔物が持つ魔力の90%以上は、魔石ではなく「誰もがゴミとして捨てていた骨髄・結合組織・内臓」にこそ宿っているという生物学的法則だった!
俺が完璧な下処理で瘴気だけを飛ばし、八時間の余熱調理でその90%の魔力を完全に消化・吸収可能な状態へと変えたことで、四人の肉体とクラスは人間の限界を突破したのだ!
【深淵の骨髄および廃棄部位の完全同化を確認!】
・レオ(【剣聖】):筋繊維および魔力回路の限界突破! スキル『【閃光斬】』が最高位スキル『【深淵断ちの聖剣】』へと永久進化しました!
・ゴラン(【難攻不落の城塞】):骨髄の同化により骨密度が三倍に上昇! 永久パッシブスキル『【金剛不壊の肉体】』を獲得しました!
・エレナ(【聖女】)&ヴィクトル(【四大元素の大魔導士】):体内の最大魔力容量が【永久に2倍】へと拡張され、『【瘴気完全無効】』を獲得しました!
そして同時に、俺の目の前の青いウィンドウもまばゆい光を放った。
世界中が「毒のゴミ」として捨てていた部位を至高の料理へと変えたことで、俺の【料理人】クラスが新たなユニークスキルを覚醒させたのだ。
【新規ユニークスキル獲得:『ゼロ・ウェイストの錬金術(食材完全活用)』】
効果:世間で「廃棄部位」「クズ肉」「骨」と見なされる食材を、店主が一切の無駄なく調理した場合、その食材が持つ生命エネルギーと魔力効果が【300%】に増幅され、食べた者に『永久的な能力進化』と『完全再生』をもたらす!
レオは立ち上がり、自分の右拳を軽く握りしめた。ただ拳を握っただけで、周囲の空気が爆ぜるような衝撃波が生まれた。
王国最強のパーティのリーダーは、ゴラン、エレナ、ヴィクトルとともにカウンターの前に一列に並ぶと、粉まみれの俺に向かって深々と九十度の礼をした。
「アンジェロ師匠!」
レオは震えるほどの敬意を込めて叫んだ。「俺たちは今日まで、自分たちが王国最強だと自惚れていました! ですが、俺たちは本当の『食』の力も、命を無駄にしないことの意味も何も知らなかった! どうか俺たちと一緒に地上へ出て、『白銀の暁』の専属シェフになってください!」




