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第2話 命を救うブルスケッタとマルゲリータ、そして「食材を捨てる奴は許さない」

十秒間、王国最強と謳われる『白銀の暁』の四人は、誰一人として声を出せなかった。


彼らは奈落の黒い岩壁に突如として現れた木の看板、赤と白のチェックのテーブルクロス、白い大理石のカウンター、そして奥で赤々と燃える銅張りの薪窯を、まるでタップダンスを踊る三つ首のドラゴンでも見たかのような目で凝視していた。


「さ、下がれ、みんな!」


大魔導士のヴィクトルが突然ハッとしてエレナの前に立ちはだかり、魔力の消えた杖を俺の鼻先に突きつけた。


「飢えた五感に騙されるな! こんな奈落層に人間の建物が無傷で存在できるはずがない! 防具もつけず、戦闘用の魔力すら持たないこの男は、旅人を誘い込んで胃袋に収める『Sランクの幻覚悪魔(イリュージョン・デーモン)』に決まっている!」


「ヴィクトル……もしここが悪魔の胃袋の中なんだったら、俺はもうこのままここで温かく消化されてもいいぞ……」


身長二メートルのタンク・ゴランが、俺の後ろの網の上で湯気を立てている三つの巨大な『パーネ・カフォーネ』を見つめながら、本気の涙声で呟いた。


「おい、三秒やるからさっさと中に入ってドアを閉めろ。外の冷たい隙間風が入ると、発酵箱の中の生地が風邪を引くんだよ」


俺は一番大きな中央のテーブルを指差した。「それとそこの眼鏡、その杖を下ろせ。もし俺のカラーラ産の大理石カウンターに傷でもつけたら、来年の今頃まで皿洗いをさせるからな。ほら、動いた動いた!」


匂いに釣られて自分の足を止められなくなったゴランとレオに背中を押され、四人はよろめきながら店内へと足を踏み入れた。

ガラスの扉がパタンと閉まった瞬間、奈落層の息が詰まるような瘴気と冷気は完全に消え失せ、樫の薪の香りと酵母の甘い匂いに満ちた暖かな空気が彼らを包み込んだ。


レオ、ゴラン、エレナの三人はたまらず木の椅子に崩れ落ちるように座り込んだが、大魔導士のヴィクトルだけは椅子の端に背筋を伸ばして座り、腕を固く組んだ。


「ふん、私は一口たりとも口にしないぞ」


ヴィクトルは口の端からよだれが垂れそうになるのを必死に堪えながら、傲慢に言い放った。「私は王立魔導院の大魔導士だ。私の肉体は、錬金術で不純物を完全に取り除いた『栄養丸薬』と『精製マナポーション』しか受け付けない。火で炙っただけの野蛮な食事など、魔力回路を濁らせるゴミに過ぎん!」


「ああそうかい、その自慢の丸薬のおかげで死体みたいに真っ青な顔色をしてるわけだな」


俺は呆れて鼻を鳴らすと、まず純粋な湧き水を四つのグラスに並々と注ぎ、焼きたての『パーネ・カフォーネ』をパン切り包丁で分厚く四枚に切り分けた。


表面がまだ熱いうちに、新鮮な生のニンニクの断面をカリカリのクラスト(皮)に力強くこすりつける。熱と摩擦でニンニクの芳醇な香りのオイルがパンの表面に溶け出したところへ、緑色に輝くエクストラバージン・オリーブオイルをたっぷりと回しかけ、天然海塩と、指先で揉んで香りを立たせた野生の山のオレガノをパラリと振った。


「まずはこの『ニンニクとオレガノのブルスケッタ』と水で喉を潤してろ。あと八十秒でピッツァが焼ける」


レオ、ゴラン、エレナの三人は震える手でその分厚いブルスケッタを掴み、思い切りかぶりついた。


――バリッ、ザクゥッ!!


店内に、分厚く焼かれた皮が砕ける小気味のいい音が響き渡った。

その直後、生のニンニクのパンチのある香りと山のオレガノの爽やかな風味、フルーティーなオリーブオイルを吸い込んだモチモチの白い中身(クラム)が口いっぱいに広がった。


「な、なんだこのパンはァッ!?」


タンクのゴランが目を剥き、頬を押さえて叫んだ。「外側は鎧みたいにバリッと香ばしいのに、中は雲みたいに柔らかくて熱い! ニンニクとこの緑の油の香りが鼻から突き抜けて、頭に直接ガツンと来るぞ!」


「レオ、見て……私の魔力が!」


聖女エレナが自分の両手を見つめて息を呑んだ。震えていた指先にみるみる血色が戻り、淡い光の粒子が溢れ出している。「ただのパンとニンニクと油なのに、素材があまりにも純粋で生命力に満ちているから、錬金術のポーションみたいに胃がムカムカすることもなく、食べた瞬間から全身の魔力回路にエネルギーが染み渡っていくわ!」


その間にも、俺はすでに大理石のカウンターの前で次の作業に入っていた。

『無限業務用冷蔵庫』の4℃の熟成庫から、48時間低温熟成させた生地玉を四つ取り出す。スパイラルミキサーで完璧に捏ね上げ、じっくりと時間をかけた生地は、空気を含んで赤ん坊の頬のように柔らかく膨らんでいた。


俺はまず二つの生地を小さく伸ばし、窯の入り口に置いた鉄鍋の中の【180℃の高オレイン酸落花生油(ピーナッツオイル)】へと滑り込ませた。

発煙点が高く酸化しにくい落花生油で揚げることで、生地は油っぽさを一切残さず、わずか数十秒で黄金色の風船のようにぷっくりと膨れ上がる。

油を切ってキッチンペーパーの上に上げると、油染みひとつ残らないほどカラッと揚がったその生地の上に、温めたサン・マルツァーノのトマトソースを乗せ、24ヶ月熟成させた『パルミジャーノ・レッジャーノ』をおろし金で雪のようにたっぷりと削りかけ、最後に新鮮なバジルの葉を一枚乗せた。伝統の揚げピッツァ『モンタナリーナ』だ。


そして残りの二つの生地玉は、石臼挽き小麦粉をわずかに振った大理石の上で、中心から外側へと空気を押し出す「ナポリ式の手伸ばし(スキアッフォ)」で一瞬にして丸く広げた。

一つにはトマトソース、スライスしたニンニク、山のオレガノ、オリーブオイルを乗せた『マリナーラ』。

もう一つには、手で潰したサン・マルツァーノのトマトソースを塗り、24ヶ月熟成パルミジャーノをひと掴み散らしてから、水牛のモッツァレラとバジル、オリーブオイルを回しかけた王道の『マルゲリータ』だ。


木べら(パーラ)に乗せ、手首のスナップを効かせて【485℃】の薪窯の床へと一気に滑り込ませる。

圧倒的な熱量の前では、すべてが秒単位の勝負だ。

三十秒で縁(コルニチョーネ)が王冠のように劇的に膨れ上がり、表面に黒い豹柄の焦げ目がつく。五十秒で鉄のパーラを使ってその場で回転させ、七十五秒目でドームの天井近くへ持ち上げて炎の輻射熱を直接浴びせる「天火仕上げ(メッサ・イン・チェーロ)」を行い、八十秒きっちりで窯から引き出した。


「お待たせ! 揚げたての『モンタナリーナ』に、焼きたての『マリナーラ』と『マルゲリータ』だ! 冷めないうちに手で持って、二つ折り(ア・リブレット)にして食え!」


テーブルの真ん中に置かれた瞬間、24ヶ月熟成パルミジャーノの濃厚な旨味の香りと、焦げた小麦と水牛モッツァレラの甘いミルクの香りが爆発した。


剣聖レオとタンクのゴランは、まず揚げピッツァの『モンタナリーナ』と『マルゲリータ』に同時にかぶりついた。

モンタナリーナは、落花生油で揚げたサクサクで軽い生地の上で、熱いトマトソースの酸味と24ヶ月熟成パルミジャーノの結晶のような塩気と旨味が溶け合い、バジルの香りとともに脳髄を揺さぶる。

そしてマルゲリータは、薄くしなやかな生地の真ん中で水牛モッツァレラが白い奔流となって糸を引き、空気をたっぷり含んだ縁(コルニチョーネ)を噛み締めると、樫の薪の香りと小麦の甘みが口の中で爆発した。


「う、美味すぎる……!!」


剣聖レオは、傷だらけの頬にポロポロと大粒の涙をこぼしながらマルゲリータの耳まで一気に食い尽くした。「王宮の祝勝会でどんな高級料理を食べた時よりも、体の中から熱い力が湧き上がってくる……!」


その隣で、最後まで腕を組んで我慢していた大魔導士ヴィクトルは、目の前の皿に残された『マリナーラ』と『マルゲリータ』の最後の一切れを見つめていた。

オレガノと焼けたニンニクの香り、そして糸を引くモッツァレラとパルミジャーノの匂いに、ヴィクトルの喉が「ゴクリ」と大きく鳴った。


「ほら教授、遠慮するなよ」と俺は笑って皿を押しやった。「お前が丸薬を裏切ってマルゲリータを食ったことは、王立魔導院には黙っといてやるから」


ヴィクトルは震える手でマルゲリータの一切れを掴み、レオたちの真似をして二つ折りにすると、恐る恐るその先端を噛み切った。


次の瞬間、割れた眼鏡の奥でヴィクトルの両目が限界まで見開かれた。

生涯、食事とは「苦い錬金丸薬を水で流し込む作業」だと信じてきた男の舌の上で、485℃の炎が凝縮させたサン・マルツァーノの甘み、24ヶ月熟成パルミジャーノの深いコク、そして水牛モッツァレラの濃厚なミルクの奔流が暴れ回ったのだ。


貴族のプライドも大魔導士の威厳も、一秒で吹き飛んだ。

ヴィクトルは野獣のような勢いでマルゲリータとマリナーラを交互に口へ押し込み、最後には――呆気にとられるエレナとレオの前で――バスケットに残っていた『パーネ・カフォーネ』の切れ端を掴むと、皿の上にわずかに残ったトマトソースとオリーブオイルと溶けたチーズを、皿が鏡のようにピカピカになるまで必死に拭って食べ尽くしたのだ!


「な、なんという恐るべき錬金術だ……!!」


ヴィクトルは荒い息を吐きながら、指についたオイルまで舐め取って叫んだ。「48時間の低温熟成によって分解された小麦の糖分と、高オレイン酸の油、そして24ヶ月熟成されたチーズのアミノ酸が、胃に入った瞬間に純粋な魔力へと変換されている! 私の枯渇していた四大元素の魔力回路が、過去最高の出力で脈打っているぞ!」


「イタリアじゃ、その皿をパンで拭うのを『スカルペッタ(小さな靴)』って呼ぶんだよ、教授」と俺は腹を抱えて笑った。「料理人に対する最高の褒め言葉だ!」


腹を満たし、魔力と体力を完全に回復した四人は、深々と礼を言って立ち上がった。

そしてゴランとレオは、店の入り口の隅に置いていた血まみれの巨大な麻袋を二つ担ぎ上げ、ドアノブに手をかけた。一時間前に彼らが必死の思いで討伐した『奈落の装甲猪(三百キロ)』と『溶岩トカゲ』の死骸が入った袋だった。


「おい、その袋を持ってどこへ行くんだ?」と俺は眉をひそめて尋ねた。


「ああ、アンジェロさんのおかげで命が助かりましたから、この死骸は外の深い亀裂(クレバス)に捨ててきます」


レオは胸元から二つの輝く魔石だけを取り出して見せた。「必要な魔石はもう心臓から抜き取りましたし、残りの肉や骨は置いておくと他の魔物を呼び寄せるだけのゴミですから」


その瞬間、俺のこめかみに太い青筋が浮き出た。

俺はカウンターから飛び出すと、剣聖レオと身長二メートルのゴランの前に仁王立ちして入り口を塞ぎ、麻袋の口をガッと引き開けた。


そこには、見事な脂が乗った背ロース、丸々とした後ろ足の塊、頬肉、レバー、ハツ、髄液がたっぷり詰まった太い大腿骨、そして高山牛のテールのように引き締まった溶岩トカゲの太い尻尾が詰まっていた。


「お前ら……さっきまで外で餓死しかけてたくせに、この二百キロ以上の極上の肉と脂と骨を『ゴミだから谷底に捨てる』だと……!?」


俺が地の底から響くような声で睨みつけると、身長二メートルのタンク・ゴランが本能的な恐怖で半歩後ろへ下がった。


「で、ですがアンジェロ殿、先ほども申した通り、これは奈落層の魔物の死骸ですぞ!」とヴィクトルが慌てて弁解した。「この世界のどの料理人が焼いても、ゴムと鉄の塊のように硬くて歯が立たず、脂と骨に含まれる瘴気で中毒を起こすのです! だから王国中どこでも、魔物の体は焼却処分するのが常識で――」


「それはお前らの王都にいる料理人どもが、肉の下処理も火入れの温度も知らないド素人だからだ!!」


俺は三百キロある麻袋を一人で引きずりながら厨房の奥へと運び、『無限業務用冷蔵庫』の巨大な熟成フックに死骸を吊るしながら、腕まくりをして怒鳴った。


「いいか、俺の店には絶対に破ってはならない鉄の掟が一つだけある! 『この厨房では、食材を1グラムたりとも捨てない』ことだ! 全員もう一度その椅子に座れ! お前らがゴミと呼んだその骨とクズ肉が、本物の職人の手と薪窯にかかればどうなるか、その目に焼き付けてやる!」

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