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【劇場版1・前編】真夜中の『ピッツァイオーラ(竜牛肉と大蜘蛛卵のトマト煮)』と半額給料の皿洗い少年!『パヌオッツォ』と+2000%のティラミスで限界突破の【無限倉庫】を解き放て!

いつも『奈落の底の485℃ピッツェリア』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

今回と次回の全2話構成で、スペシャル長編【劇場版・前後編】をお届けします。


今回の【前編】と、次話の【後編】は2つで1つの映画のような物語になっていますので、ぜひ前後編あわせて最後までお楽しみいただければ幸いです!

それでは、真夜中のピッツェリアから始まる『劇場版』をお楽しみください! Buon appetito!

地球の税務署からの強制送還ゲートを『ティラミス(+2000%)』の力で引きちぎり、創世の魔王と海神ネプトゥーノをマイナス18℃の『リモンチェッロ』で泥酔させてからというもの、王都『新ナポリ(ネアポリス)』にある俺のピッツェリアは、文字通り戦場のような忙しさになっていた。


485℃の薪窯の前でピッツァを焼き続ける俺と、今や最高の二番手(セコンド・ピッツァイオーロ)となった元暗殺者のカイル。


二人掛かりで回しても、夜中の十二時に店の扉を閉める頃には、肩も腰も鉛のように重くなっている。



その夜も、外はバケツをひっくり返したような土砂降りの秋雨だった。


四百枚のピッツァを焼き上げ、銅張りの薪窯の火を落として鉄扉を閉めた頃には、木箱(マステッロ)の中のピッツァ生地は一グラム残らず売り切れていた。



「よしカイル、薪窯の白い灰をバジル畑の堆肥箱に捨てたら、今夜は店じまいだ!」


「はい、アンジェロ師匠!」



俺が肩を回しながら、裏路地に面した勝手口の木の扉を押し開けた――その瞬間だった。



「……おい、このゴミ袋も一緒に持って失せろ、役立たずの荷物持ちが!」


――ドゴォッ!!



土砂降りの雨音に混じって、すぐ向かいの高級宿屋の軒先から下卑た笑い声と、鈍い蹴りの音が響いた。


見れば、金ピカの鎧を着込んだAランク冒険者パーティー『紅蓮の牙』のリーダー・ヴァンスと仲間たちが、ボロボロの麻服を着た十七歳くらいの痩せこけた少年を泥水の中へ蹴り飛ばしていた。



「お前は今日限りでクビだ、ニコ!」


ヴァンスは懐の高級ポーションの箱を撫でながら、泥の中に倒れた少年へ破れた麻袋を投げつけた。


「俺たちが高価な錬金ポーションと毛皮を詰めるために『その気色悪い大蜘蛛の卵を谷底へ捨てろ』と命じたのに、貴様はそれを拒んで行軍を遅らせた! たった五十キロしか荷物を運べない役立たずの【荷物持ち(ポーター)】なんざ、一銭の給料も払う価値はねぇ!」



「で、ですがヴァンスさん……っ!」


少年――ニコは泥水を吐き出しながら、必死にその麻袋を胸に抱きしめた。


「この『皇帝大蜘蛛(インペリアル・ギガスパイダー)の卵』は、さっき産み落とされたばかりの最高の食材なんです……! 僕の故郷の貧しい村じゃ、卵一つで子供の命が救えたんです……! 重いからって食べ物を谷底に捨てるなんて、絶対に間違ってます……!」



「ならテメェが泥の中で生のまま虫の卵でもすすってろ! あばよ!」



ヴァンスたちは高笑いしながら宿屋の扉を閉め、少年は氷のような豪雨の路地に一人きり取り残された。


少年は震える足で立ち上がろうとしたが、三日間の絶食と粗悪なポーションの残りカスを飲まされ続けた中毒のせいで、俺の店の勝手口の前で糸が切れたように前のめりに倒れ込んだ。



だが――その瞬間、俺は自分の目を疑った。


少年は意識を失って石畳に倒れ込む最後のコンマ一秒で、不自然に自分の背中をひねり、自分の細い右肩と肘を石畳に激突させて、胸に抱いた麻袋の『卵』を自分の肉体をクッションにして守ったのだ!



血のにじんだ少年の腕の中から、大人の頭ほどもある斑模様の巨大な卵――『皇帝大蜘蛛(ギガスパイダー)の卵』が二つ、ヒビ一つなく転がり出た。



俺とカイルは、無言で顔を見合わせた。


鑑定魔法なんざ使わなくても、料理人として十五年生きてきた俺には一秒で分かった。この少年は、自分の給料や命よりも「食べ物を捨てないこと」を選んだ本物の漢(おとこ)だ。



「カイル! お前はその大蜘蛛の卵を王の冠みたいに大事に持て!」


俺は雨の中へ飛び出し、気絶した少年の襟首を片腕でひょいと担ぎ上げた。


「俺はこの小僧を運ぶ! 店の前で凍え死なれたら寝覚めが悪い、今すぐ厨房へ入れるぞ!」



* * *



五分後。


まだ485℃の余熱でぽかぽかと温かい店内のテーブルで、乾いた毛布にくるまった少年――ニコが「う、うぅ……」と目を覚ました。


同時に、少年のぺちゃんこの腹から『グゥゥゥゥゥッ……!!』と店中のグラスが震えるほどの腹の虫が鳴り響いた。



「気がついたか、ニコ。ピッツェリアはもう閉店だし、今夜はピッツァの生地も一グラムも残ってねぇ」


俺は白いカッラーラ大理石のカウンターの前で腕を組み、真っ青な顔で震える少年に言った。


「だがな、俺の店には絶対に破っちゃいけない鉄の掟がある。一つ、食べ物を一グラムも無駄にしないこと。二つ、自分の体を張って食材を守った奴を、腹ペコのまま帰さないことだ! カイル、今夜の営業で残った端材を全部並べろ!」



「はい、アンジェロ師匠!」



カイルが『無限業務用冷蔵庫』から取り出し、大理石の作業台に並べたのは、今夜の営業のほんのわずかな「残り物」だった。


ボウルの底に少しだけ残った手潰しのサン・マルツァーノ種トマトソース。


皮付きのニンニクが三片、野生の山オレガノが一掴み、エクストラヴァージン・オリーブオイル。


そして、一昨日の仕込みで切り落とした、Sランク魔物『黒曜石山脈の竜牛(ドラゴ・ヴィテッロ)』のモモ肉(ジレッロ)の薄い端肉が四枚!



「あ、あの……それは竜牛(ドラゴ・ヴィテッロ)の赤身の端肉と、僕が持っていた大蜘蛛の魔物の卵……!」


ニコが目を丸くした。「で、でも、竜牛の薄いモモ肉は焼くと鉄板みたいに硬くて噛み切れないって冒険者たちがみんな捨ててしまう部位ですし、大蜘蛛の卵も生臭くて食べられないって……」



「それはこの世界の料理人が、魔物の肉と卵の扱い方を知らねぇド素人だからだ!」


俺はニヤリと笑い、銅とアルミの広いフライパンをコンロの火にかけた。


「いいかニコ、よく見ておけ! 薪窯の火が落ちた真夜中、腹を空かせたナポリのピッツァ職人が残ったトマトとニンニクとオレガノで作る最高の賄い(まかない)――『竜牛肉のピッツァイオーラ(ピッツァ職人風トマト煮)』と、お前が命懸けで守った『皇帝大蜘蛛の卵のピッツァイオーラ(煉獄の卵)』を食わせてやる!」



まず、俺は筋の多い『竜牛(ドラゴ・ヴィテッロ)』の薄切り肉を包丁の腹で軽く叩き、硬い筋繊維をほぐした。


フライパンにエクストラヴァージン・オリーブオイルと、手のひらで潰したニンニク、赤唐辛子をひとかけら入れて弱火にかける。


ニンニクが黄金色に色づき、食欲を暴走させる香ばしい香りが立ったところで、残っていたサン・マルツァーノ種のトマトソースを投入し、野生の山オレガノを両手のひらでこすり合わせながらたっぷりと振りかけた!



――ジュワァァァァッ!!



熱いトマトの酸味と、ニンニク、そして山オレガノの精油が弾け合い、まるで焼きたてのピッツァ・マリナーラそのもののような暴力的な芳香が店内いっぱいに爆発した!



「この煮立ったトマトソースの中に、竜牛の薄切り肉を並べてフタをする! 火を通すのは『片面たったの四十五秒ずつ、合計九十秒』だけだ!」


俺はフライパンをゆすりながら言った。


「薄い赤身肉を強い直火で焼けば靴底みたいに硬くなるが、蓋をしてトマトの自然な酸味と蒸気の中で九十秒だけサッと煮込めば、魔物の肉のコラーゲンが瞬時にほどけてバターみたいに柔らかくなり、肉の旨味と赤い肉汁が全部トマトソースの中に溶け出すんだ!」



九十秒後、俺はトロトロに柔らかくなった竜牛肉のピッツァイオーラを温かい皿に盛り付けた。


――だが、本番はここからだ。


俺はフライパンを洗わない。


竜牛の濃厚な肉汁とニンニク、山オレガノの香りが極限まで溶け込んだその真っ赤なソースの真ん中に、俺はニコが泥の中で自分の肩を打ちつけてまで守った巨大な『皇帝大蜘蛛(ギガスパイダー)の卵』を二つ、パァン!と割り入れた!



現れたのは、臭みなど微塵もない、夕陽のように濃く輝く巨大なオレンジ色の黄身と、生命力あふれる白身!


俺はその上から塩と黒胡椒、そして『24ヶ月熟成パルミジャーノ・レッジャーノ』の削りたての粉を雪のように振りかけ、蓋をして弱火でたった二分間だけ蒸し焼きにした!



白身がぷるぷるの半熟に固まり、中心の巨大な黄身がとろりとした液体のまま残った瞬間、火を止めてフレッシュバジルと生のオリーブオイルをひと回し!



「ほらよ、待たせたな! 魔物の端肉と大蜘蛛の卵が化けた『真夜中のダブル・ピッツァイオーラ』だ! 余熱で温め直した田舎パン(パーネ・カフォーネ)で、黄身を潰してフライパンの底まで拭って(スカルペッタして)食え!」



ニコは震える手でフォークを握り、まずトマトとオレガノのソースをまとった『竜牛肉のピッツァイオーラ』を口に運んだ。


噛んだ瞬間――少年の大きな瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。



「う、うわぁぁぁっ……!? や、柔らかい……っ!!」


ニコは声を詰まらせた。


「鉄みたいに硬いはずの竜牛の端肉が、噛んだ瞬間に舌の上でホロホロにほどける……! ニンニクと山オレガノの香りと、太陽みたいに甘いトマトの酸味が肉の脂とひとつになって……今まで食べたどんなご馳走より美味しいです……っ!!」



続いてニコは、分厚い『パーネ・カフォーネ』を手でちぎり、フライパンの真ん中で揺れる『皇帝大蜘蛛の卵』の巨大な黄身に突き刺した。


ぷつり、と弾けた黄金の卵黄が、竜牛の肉汁が溶けた真っ赤なトマトソースとパルミジャーノ・チーズに絡みつく!


それをパンごと口いっぱいに頬張ったニコは、子どものようにしゃくり上げながら涙を流した。



「生臭さなんて全然ない……! 僕が捨てずに守った大蜘蛛の卵が、こんなに濃厚で、優しくて、お腹の底から命が湧いてくるみたいな味になるなんて……っ! ヴァンスさんたちに蹴られても、捨てなくてよかった……本当によかったです……っ!!」



ニコは夢中で四枚の竜牛肉と二つの大蜘蛛の卵を平らげ、最後はパンの耳で銅のフライパンの底が鏡のように光るまでソースを一滴残らず拭い取って(スカルペッタして)食べ尽くした!



その瞬間だった。


俺のユニークスキル【食材完全活用(ゼロ・ウェイストの錬金術):効果300%】が黄金の光を放ち、ニコの体内に溜まっていた粗悪ポーションの毒素を完全に浄化しただけでなく――少年の頭上に、俺とカイルが目を剥くようなシステムウィンドウが弾けた!



【魔物食材の完全昇華『真夜中のピッツァイオーラ』の完全摂取を確認!】

【食材の命を尊ぶ魂が共鳴し、ニコのコモンスキル『荷運びの背中』が限界突破(リミットブレイク)しました!】

【新規ユニークスキル覚醒:『無限次元倉庫(ゼロ・ウェイト・ストレージ)』!】

・効果:時間停止状態の専用異空間に、容量無制限であらゆる物体・魔物素材を完全鮮度のまま収納可能。さらに、術者が手に触れた物体の体感重量を【0.0グラム(無重量)】に変換する。

※制限事項:収納対象は『非生物および食材・物体』に限る(生きた人間や生物を収納することはできません)。



「す、すげぇぞ師匠!!」


カイルが目を輝かせて叫んだ。「容量無制限で時間が止まる【無限倉庫】ですって!? 宮廷魔導師の空間袋ですら数メートルしか入らないのに、これがあればダンジョンから何十トンでも魔物の肉や食材を持ち帰れますよ!」



全身に漲る力に驚いていたニコは、ハッと我に返ると、椅子から飛び降りて俺の安全靴の前に両膝をつき、床に額をこすりつけた。



「あ、ありがとうございました、アンジェロ師匠、カイルさん!! お二人のおかげで命が助かりました!」


ニコは涙を拭いながら、悲しそうに笑って立ち上がった。


「あの……僕、ヴァンスさんに給料を没収されてしまったので、このお料理代を払う銅貨一枚持っていません……。で、でも、今すぐ雨の中を走って『紅蓮の牙』の宿屋へ戻ります! 一晩中扉の前で土下座して、ヴァンスさんたちの泥だらけのブーツを舐めて謝れば、きっと僕を許してまた荷物持ちとして雇ってくれるはずですから、お代はそれで必ず――」



――ダァァァァンッ!!



俺がカッラーラ大理石のカウンターを平手で叩きつけた轟音に、ニコはビクッと肩を跳ねさせた。


振り返った俺の額には青筋が浮き上がり、俺は火山が噴火寸前のような目でその馬鹿小僧を睨みつけた。



「テメェは今……何つった、この大馬鹿野郎がぁっ!?」


俺の怒鳴り声に、店の窓ガラスがビリビリと震えた。


「大蜘蛛の卵をゴミ扱いして捨てろと命じ、テメェの腹を蹴り飛ばして雨の中に放り出したクズどものところへ戻って、土下座してブーツを舐めるだと!? ふざけるな!! 俺が大事なサン・マルツァーノのトマトと24ヶ月熟成パルミジャーノを使って作ったピッツァイオーラは、クズの靴舐めをする奴に食わせるために作ったんじゃねぇ!!」



「で、でも、僕には荷物持ちしか能がありませんし、お金も一銭も……」



俺はニコのボロ服の襟首を片手でひっ掴むと、そのまま厨房の奥の巨大なステンレス流し台(シンク)の前へ引きずっていき、営業で使った『五十個の銅鍋とフライパンと皿の山』の前に立たせた。


そして、少年の両手に『鉄タワシ』と、薪窯の白灰と乾燥させたモカコーヒーの出がらしを混ぜた『特製クレンザー』をドン!と押し付けた。



「一つ! 誰が今のピッツァイオーラをタダ(無料)だと言った! 俺の店じゃ泣き虫に施しはしねぇ、全員が胸を張って働いて飯を食うんだ! 金がねぇなら、今すぐカイルの横に並んでその五十個の鍋を俺のヒゲが映るまでピカピカに磨き上げろ!」


俺は目を白黒させるニコの頭の上に、粉まみれの分厚い右手をガシッと乗せた。


「そして二つ! 食べ物を粗末にする奴に頭を下げるくらいなら、明日の朝から俺のピッツェリアの『専属・食材運搬係兼皿洗い』としてここで働け! ……言っとくがな、今夜のピッツァイオーラ代は高いぞ! 借金を返し終わるまでの最初の一ヶ月間は、テメェを『給料半額』で朝から晩まで馬車馬みたいにこき使ってやるから覚悟しやがれ! 嫌ならあのクズどもの宿屋へ帰れ、どうする!?」



ニコは自分の手の中の鉄タワシと、隣で優しく微笑むカイルの顔と、俺の顔を順番に見つめた。


次の瞬間――ニコの目から再び滝のような涙が溢れ出し、少年は鉄タワシを胸に抱きしめて心の底から叫んだ。



「は、はいっ!! 働きます!! 給料半額でいいです、一生アンジェロ師匠のお皿を洗わせてくださいぃぃっ!! ありがとうございます、ありがとうございますっ!!」


* * *



そして俺は、宣言通りにその日から一ヶ月間、ニコを『給料半額』で徹底的にこき使った。


毎朝五時に叩き起こして何トンもの樫の薪と石挽き小麦粉の袋を運ばせ、カイルと一緒に何百枚もの皿を洗わせ、市場や近場のダンジョンへ走らせては【無限次元倉庫(ゼロ・ウェイト)】に山のような食材を詰め込ませた。



だが――このニコという小僧は、俺が呆れるほど毎日幸せそうに笑っていた。



無理もない。前のパーティーではカビの生えたパンの耳しか与えられず、毎日殴られて一銭の給料も貰えなかった少年が、俺の店では二階の暖かい個室で眠り、朝・昼・晩の三食、俺とカイルが作る焼きたてのピッツァやパスタの賄い(まかない)を腹いっぱい食べ、さらには俺が「半額だぞ!」と渡した銀貨の給料袋を見て『こ、こんな大金、見たことありません……!』と気絶しかけたのだ。


俺が「おい半額小僧、サボるな! 銅鍋がまだ曇ってるぞ!」と怒鳴るたびに、ニコは「はいっ、アンジェロ師匠! 今日もこき使ってくれてありがとうございます!」と尻尾を振る子犬のように目を輝かせていた。



そんなある金曜日の午後、事件は起きた。



――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!


王都『新ナポリ』の中央広場の上空が、突如として真っ二つに裂けたのだ!


左の空からは黄金のラッパと共に、傲慢な光を放つ【天界の最高神(パラディーゾ)】が舞い降り、右の大地からは黒炎の柱と共に、冥府を統べる【地底の獄炎王(インフェルノ)】と創世の魔王が姿を現した!



『新ナポリの人間どもよ、そしてピッツァ職人のアンジェロよ!』


天界の最高神と地底の獄炎王が、俺の店の前で激突せんばかりの覇気を放ちながら吠えた。


『天界の聖なる美食こそが至高か、地底の燃える激辛料理こそが至高か、それとも貴様ら地上の泥臭い料理か……! 明日の正午、この広場にて【天界・地上・冥府の三界料理大戦】を開催する! 我々は十品の至高のコースを持ち寄る! もし地上の料理が敗れれば、このピッツェリアは地上から消滅させる!』



言い捨てて二柱の神々が消え去ると、店に駆け込んできた『白銀の暁』の剣聖レオ、盾職ゴラン、聖女エレナ、大魔導師ヴィクトルが真っ青な顔で叫んだ。



「大変だアンジェロ師匠! 天界の神と冥府の王を相手に、十品のコース料理だなんて……!」


「ハッ! 見栄っ張りの神様どもが並べる十品のコースなんざ、相手にするまでもねぇ!」



俺は小麦粉のついた鼻の下を親指でこすり、不敵に笑った。


「いいかお前ら、明日俺があいつらの度肝を抜いてやるのは、贅沢な百種類の食材を使った料理じゃねぇ。――『たった数種類の同じ基本食材』に、一つずつ食材を足していくだけで全く別の宇宙を生み出す、イタリアの伝説の【5大パスタの階段(カチョ・エ・ペペ、グリーチャ、カルボナーラ、アマトリチャーナ、ゾッツォーナ)】だ!!」



「お、同じ食材に一つずつ足すだけで、五つの伝説のパスタを作るですって!?」


ヴィクトルの眼鏡がカッと光った。「してアンジェロ師匠、その五つのパスタを完成させるために、明日の朝までに何の魔物食材が必要なのですか!?」



俺は進化した【白き芸術の無限食材庫:マエストロ】から、熟成『ペコリーノ・ロマーノ・チーズ』と『黒胡椒』、そして『サン・マルツァーノ種トマト』を取り出してカウンターに置いた。



「チーズと胡椒とトマトはここにある。だが、残る二つの主役――最高の脂と旨味を持つ『豚の頬肉の塩漬け(グアンチャーレ)』と『粗挽きソーセージ(サルシッチャ)』、そして濃厚な『卵黄』だけは、この世界の最高峰の魔物から獲るしかねぇ!」


俺はカウンターの横で拳を握りしめているニコを指差した。


「必要なのは、北の『玄武岩の大火口』の最深部に棲む神話級Sランクボス――体重六十トンの『千年竜豚(ドラゴ・マイアーレ)』の極上頬肉(グアンチャーレ)と、その火口に群生する『皇帝大蜘蛛(ギガスパイダー)の新鮮な卵』三十個だ! 六十トンの巨体を血抜きしたまま傷一つつけずに持ち帰れるのは、世界でただ一人、ニコの【無限次元倉庫(ゼロ・ウェイト)】しかねぇ!!」



ニコの瞳に、485℃の薪窯のような炎が灯った。


「任せてください、アンジェロ師匠!! 僕に居場所と誇りをくれた師匠のために、絶対にその『千年竜豚』と『大蜘蛛の卵』を収納して持ち帰ります!!」


「おう、死ぬんじゃねぇぞ! お前が死んだら誰が半額の給料でうちの鍋を洗うんだ!」



俺は笑いながら、出発するレオ、ゴラン、エレナ、ヴィクトル、そしてニコの五人に、薪窯で二度焼きした熱々の戦闘携行食『パヌオッツォ(骨髄ラグーと水牛モッツァレラのピッツァ生地サンド)』を五本、保温紙に包んで渡した。


そして、俺はニコだけをカウンターの端に呼び寄せ、冷たく密閉された小さな箱を少年の両手に握らせた。



「いいかニコ、この箱に入ってるのは、ナポリ式モカで淹れたエスプレッソとマスカルポーネで作った俺の特製『ティラミス』だ」


俺は真剣な目でニコを見つめた。


「これは昼飯じゃねぇ。お前のお守りとして【無限次元倉庫】の一番手前にしまっておけ。――いいか、これは『絶対に絶体絶命の、生きるか死ぬかの瞬間』にだけ食え! 誰かを奈落の底から引き上げなきゃいけない時にだけ、そのスプーンを使え! 分かったな!?」



「はいっ、アンジェロ師匠! 行ってきます!!」



* * *



三時間後。


王都のピッツェリアの厨房では、俺とカイルが明日の生地を仕込みながら、ヴィクトルがカウンターの上に置いていった『実況中継用の通信魔導球』の映像を食い入るように見つめていた。



魔導球のスクリーンには、『玄武岩の大火口』の第四層で、ニコがレオ、ゴラン、エレナ、ヴィクトルと車座になって座り、俺が持たせた熱々の『パヌオッツォ』を五人で分け合って頬張っている姿が映っていた。



『うまぁぁぁいっ! 外はビスケットみたいにパリパリなのに、中はモッツァレラが五十センチも伸びるぞ! ほらニコ、お前ももっと食え!』


『ありがとうございます、ゴランさん、レオさん! 誰かと一緒に同じパンを分け合って食べるのって、こんなに美味しいんですね……!』



画面の中で幸せそうに笑うニコを見て、俺とカイルが思わず頬を緩めた――その時だった。



――ドゴォォォォォンッ!!



魔導球の画面が激しく揺れ、火口の下層である第五層から、聞き覚えのある男たちの悲鳴が響き渡った!


『た、助けてくれぇぇぇっ!! ポーションが効かない、胃が麻痺して動けねぇ!! 食われるぅぅぅっ!!』



レオとニコたちが火口の崖っぷちへ駆け寄ると、画面の向こうに地獄のような光景が広がっていた。


煮えたぎるマグマ湖のほとりで、血まみれになって地面を這いずり回っている四人の冒険者――それは一ヶ月前、ニコを蹴り出して見捨てた元パーティー『紅蓮の牙』のリーダー・ヴァンスたちだった!



彼らは三界料理大戦の噂を聞きつけ、褒賞金目当てで『千年竜豚』の縄張りに無謀にも単独で突っ込んだのだ。だが、優秀な荷物持ちだったニコをクビにしたせいで予備の盾も解毒水も運べず、粗悪なポーションのガブ飲みで内臓が麻痺して自滅していた!



そして、動けないヴァンスたちの目の前には――ボスの親衛隊である三十体のAランク魔物『獄炎猪騎士(ヘル・ボアナイト)』と、巨大な『皇帝大蜘蛛(ギガスパイダー)』の大群が牙を剥いて殺到していた!



さらに最悪なことに、暴れる魔物の衝撃で火口の天井が崩落し、五百トンを超える巨大な玄武岩の岩壁がドォォォン!と落下して、レオたちとヴァンスたちの間を完全に塞いでしまったのだ!



『くそっ、五百トンの落盤だ!』


画面の中で、剣聖レオが聖剣を振り上げながら叫んだ。『俺の剣で岩壁を砕くのに十秒かかる! だが、もう獄炎猪と大蜘蛛の群れの牙がヴァンスたちの首筋に届くぞ、間に合わねぇ!!』



画面の向こうで、ヴァンスが『ひぃぃぃっ、死にたくない!!』と涙と鼻水まみれで絶叫していた。


手前の岩壁の前で、ニコが息を呑んで立ち尽くしている。



俺は麺棒を大理石のカウンターに叩きつけ、通信魔導球に顔がぶつかるほど身を乗り出して、腹の底から咆哮した!!



「――おいニコォォォッ!! 何ボサッと突っ立ってやがる!! テメェを蹴り出したクズどもなんか見捨てても誰もお前を責めねぇ……だが、お前の優しい魂が『助けたい』と叫んでるなら、今すぐ箱を開けて俺の『ティラミス』を食えぇぇぇっ!! 一秒でその岩壁をぶち抜いて、全員まとめて助けてこい!!」



ピッツェリアから届いた俺の怒鳴り声に、ニコの瞳がカッと見開かれた。


『――はいっ、アンジェロ師匠ォォォッ!!』



ニコはコンマ一秒で【無限次元倉庫】から密閉箱を取り出し、ナポリ式モカのほろ苦いエスプレッソが染みたサヴォイアルディと、黄金のマスカルポーネ・クリームを大さじ山盛りですくい上げ、一気に口へ放り込んだ!!



その瞬間――火口全体の時間が凍りついた。


モカ・エスプレッソの覚醒の苦味とマスカルポーネの甘美な抱擁がニコの脳髄を貫き、世界の法則そのものを捻じ曲げる神話級のウィンドウが炸裂した!



【神話級ユニークスキル発動:『真・ティラミスの奇跡(ティラ・ミ・ス/私を天へ引き上げて!)』!!】

【効果:30分間、ニコの全身体能力・速度・およびユニークスキル『無限次元倉庫(ゼロ・ウェイト)』の出力が次元限界を突破し、「+2000%(20倍)」に到達しました!!】



――ドゴォォォォォォォンッ!!!



ニコの小さな体から、黄金とエスプレッソ色の神々しい光の柱が噴き上がった!


20倍の超速度を得たニコは、一歩の踏み込みで音速を超えて五百トンの落盤岩壁に突っ込むと、右手のひらを岩壁に叩きつけた!



『邪魔だぁぁぁっ――【ゼロ・ウェイト収納】!!』



――シュンッ!!


レオが十秒かかるはずだった五百トンの巨大な玄武岩の壁が、ニコが触れた瞬間に「重さ0.0グラム」となって一瞬で【無限次元倉庫】の中へ消滅した!



道が開けたその先、百メートル離れたマグマ湖のほとりでは、三十体の『獄炎猪騎士』と『皇帝大蜘蛛』の槍のような牙が、倒れたヴァンスたち四人の頭蓋骨をまさに噛み砕くコンマ一秒前だった!



いかに+2000%のスピードでも、四人を一人ずつ抱えて逃げる時間はない!


ニコのスキル『無限次元倉庫』のルールには、【※生きた人間や生物を収納することはできません】という絶対のシステム制限があるはずだった。



だが――ニコは黄金の光を纏ったまま、20倍の超加速でヴァンスたちの真上に飛び込むと、四人の体に向かって両手を大きく広げ、魂の底から叫んだ!!



『アンジェロ師匠のティラミスは、どんな絶望からでも人を引き上げるんだ!! お願いだ、僕の倉庫(スキル)よ、みんなを守ってくれぇぇぇっ――【限界突破・緊急収納】!!!』



――ピキィィィンッ!!


【警告:生体の収納はシステム制限により不可……エラー!!】

【『真・ティラミスの奇跡(+2000%)』が世界のシステム制限を強制突破(オーバーライド)しました!!】

【特別派生効果:『無重量・生体保護シェルター収納』が一時解放されました!!】



――フラッシュ!!


三十体の魔物の牙が地面を噛み砕くわずか「0.01秒前」!


ニコの手から放たれた黄金の光がヴァンスたち四人の体を包み込み、生きたまま自分の【無限次元倉庫】の安全空間へと丸ごと吸い込んで消し去ったのだ!!



ドガァァァァン!!と空振りに終わった三十体のAランク魔物たちが、目の前に一人で降り立った小柄な荷物持ちの少年――ニコを見てギョロリと赤い目を向けた。



「す、すげぇ……!! ティラミスの+2000%で、スキルのルールまでぶち破って元仲間を倉庫の中に隠したぞ!!」


店のカウンターでカイルが歓声を上げ、俺も拳を握りしめた。


「いいぞニコ! だが、まだ終わっちゃいねぇ! 目の前の大蜘蛛の卵と豚どもを、レオたちと一緒に片付けろ!!」



その瞬間、ニコが消した岩壁の跡から、剣聖レオ、盾職ゴラン、聖女エレナ、大魔導師ヴィクトルの四人が戦場へ躍り出た!



『よくやったぞ、ニコ! あとは俺たちに任せろ!』


『いいえ、レオさん! 僕もアンジェロ師匠のピッツェリアの一員です、一緒に戦います!!』



+2000%の黄金オーラを纏ったニコは、隣を走る身長二メートルのゴランの『大盾』と、レオの『白銀の大剣』にポン、と両手で触れた!



『【ゼロ・ウェイト付与(重量0.0グラム)】!!』



瞬間、ゴランとレオの目が驚愕に見開かれた。


『な、なんだこりゃあ!? 百キロある俺の大盾が、羽毛みたいに重さゼロになったぞ!?』


『大剣の重さが消えて、振りの速度が五倍に跳ね上がった!!』



それだけではない!


ニコは自分の【無限次元倉庫】へ手を突っ込むと、先ほど収納したばかりの『五百トンの玄武岩の塊』を、まるでピンポン玉でも持つかのように「重さ0.0グラム」のまま片手で軽々と頭上に取り出した!



『うちの師匠の卵と食材に、指一本触れるなぁぁぁっ!! 【重量解放(ウェイト・リリース)+2000%】!!』



ニコが群がる『獄炎猪騎士』のど真ん中へその巨岩を投げつけ、激突の瞬間だけ本来の「五百トンの重さ」を解放した!


――ドゴォォォォォォォンッ!!!


凄まじい衝撃波だけで二十体の獄炎猪騎士が一瞬で気絶し、無重力の神速で空を舞ったレオとゴランが、残る十体の『皇帝大蜘蛛』の急所だけを寸分の狂いもなく討ち取った!



さらにニコは、20倍のスピードで火口の巣を駆け回り、産み落とされたばかりの極上の『皇帝大蜘蛛の卵』五十個と、気絶した獄炎猪たちを片っ端から【無限次元倉庫】へ回収していく!



『す、凄すぎるぞニコ! たった三十秒でAランク魔物三十体の群れが全滅だ!!』



ゴランが歓声を上げた、まさにその時だった。


――グォォォォォォォォッ!!!



火口の中央にある巨大なマグマの湖が、大噴火のように真っ二つに割れた!


赤黒い溶岩のしぶきを浴びながら姿を現したのは、全長三十メートル、体重六十トン、鋼鉄の剛毛と燃え盛る二本の巨大な牙を持つこの迷宮の絶対支配者――神話級Sランクボス『千年竜豚(ドラゴ・マイアーレ)』!!



そしてニコは、ゴランの盾の後ろで床に両手を突き、【無限次元倉庫】の中に保護していたヴァンスたち元パーティー四人を安全な岩陰へと解放した!


腰を抜かして震えるヴァンスたちの目の前で、ニコと『白銀の暁』の四人が、六十トンの怪物『千年竜豚』と真正面から睨み合う――!



(【劇場版・後編(18時10分公開)】へ続く! 次章、ニコと元パーティー&白銀の暁による『千年竜豚』総力戦! そして天界の神と冥府の王にアンジェロの『W平手打ち(スキアッフォ)』が炸裂し、同じ食材から生まれる奇跡の『5大パスタ』が三界をひとつに繋ぐ大団円へ!!)



* * *



【アンジェロ師匠の「今夜家で作れる!」真夜中の本場ナポリ秘伝レシピ】

『硬い赤身肉がバターのようにとろける!牛肉と卵のダブル・ピッツァイオーラ(2人前)』

(※ナポリのピッツァ職人が、残ったトマトソースとニンニクとオレガノで硬いお肉を極上に柔らかくする伝統の賄い料理です!)


<材料>

・牛赤身肉の薄切り、またはステーキ用の安い赤身肉(モモ肉など):250g〜300g

・新鮮な卵:2〜4個

・ホールトマト(手潰し)、またはトマトパッサータ:300g

・ニンニク:2片(皮をむいて包丁の腹で潰す)

・乾燥オレガノ(たっぷりが命!):大さじ1

・エクストラヴァージン・オリーブオイル:大さじ3

・パルミジャーノ・レッジャーノ(すりおろし):大さじ2〜3

・塩、黒胡椒、赤唐辛子(お好みで)、フレッシュバジル:適量

・美味しいパン(バゲットやカンパーニュなど、スカルペッタ用!):適量


【黄金の作り方(お肉は90秒、その後のソースで卵を煮る!)】

1.【お肉の下準備】:赤身肉が厚い場合は包丁の背や肉叩きで軽く叩いて繊維をほぐし、軽く塩胡椒を振っておきます。

2.【マリナーラの香りを立てる】:フライパンにオリーブオイル、潰したニンニク、赤唐辛子を入れて弱火にかけます。ニンニクが黄金色になったらトマトを加え、乾燥オレガノを両手のひらでこすり合わせながらたっぷり加え、中火で5分ほど煮詰めて濃厚なソースにします。

3.【90秒の魔法】:煮立ったトマトソースの中に牛肉を並べ、ソースを肉の上にかけて【フタをして弱火〜中火で片面45秒ずつ(計90秒)】だけサッと火を通し、お肉だけを一度お皿に取り出します(煮すぎないことで驚くほど柔らかくなります!)。

4.【煉獄の卵(ウオーヴァ・イン・プルガトーリオ)】:お肉の旨味が溶け出たフライパンのソースを洗わずにそのまま火にかけ、そこへ生卵を割り入れます。上からパルミジャーノ・チーズを振り、フタをして弱火で2〜3分(白身が固まり、黄身がトロトロの半熟になるまで)蒸し焼きにします。

5.【仕上げ】:お肉の皿の横にトロトロの卵とソースを盛り付け、生のオリーブオイルをひと回し!パンで黄身を潰し、ソースを一滴残らず拭って(スカルペッタして)召し上がれ! Buon appetito!!

【劇場版・前編】をお読みいただきありがとうございました!

アンジェロの真夜中の賄い『竜牛肉と大蜘蛛卵のダブル・ピッツァイオーラ』と、半額給料でこき使われながらも幸せいっぱいの新メンバー・ニコの覚醒、いかがでしたでしょうか?


物語はすぐ次の最終話【劇場版・後編】へ直結します!

後編では、ニコと元パーティー&『白銀の暁』による60トンの怪物『千年竜豚』との総力戦、そして天界の神と冥府の王にアンジェロの『W平手打ち(スキアッフォ)』が炸裂する伝説の『5大パスタ対決』が描かれます。

前編だけでは物語が半分ですので、ぜひそのまま次話【劇場版・後編】も続けてお楽しみください!

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